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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第三章『仮面男の秘密』
23/47

1. 仮面の大男ピルゴスニル

 青い炎が並んで揺らめく、見慣れた廊下を歩く。


 聞き込みを再開した俺たちはスキア様を探していた。犯人候補の中で昨晩の話を聞けていないのは彼だけである。


「いない。何度も会ったのに」


「本当だねぇ。すぐ会えると思ってたんだけど。後回しにしないでお話を聞いておけばよかったかなぁ~」


 調査において重要な人物であるというのに、スキア様の姿が見当たらなくなった。調査に協力的な姿勢を見せていたから、またすぐ会うだろうと思っていたのだが。


 これまでは暗殺現場の調査やアスピダ様の頼みなど、他のことを優先したい時ばかりであった。その時聞けないこともなかったが、後になって探す羽目になるとはカリダ様すら予想していなかったようだ。


 広間の客人たちや廊下ですれ違った召使などにも尋ねてみたのだが、誰も見ていないようなのだ。


「おや、何か困り事かい? そういう事なら僕に相談してくれたまえ!」


 背後から朗らかな声が聞こえて振り返ると、キラキラと鮮やかに輝く青年騎士の姿があった。王子と見紛われるほど美しいその姿はもちろん、スキアダン様のものである。


 しっとりとした柔らかい質感の髪をわずかに揺らし、気軽な調子で手を振ってくる。


「ははっ、冗談冗談。分かっているさ、僕を探していたんだろう? 皆から聞いたよ。時間を使わせて悪かったね」


 スキア様のそんな様子を見て、フィリアーネ様がほんの微かにむっとしたような顔をした。


「何してたの。こんな時に」


「私室にこもって剣の手入れをしていただけですよ。こんな時でも日課をこなすと心が落ち着くんです」


 スキア様はいつもと変わらぬ爽やかな笑みを浮かべているが、読み取れる言葉の意味は決していつもの余裕の感じさせるものではなかった。心を落ち着ける時間が必要だったということだ。


「……そう」


 フィリアーネ様は静かに頷いて目を逸らす。彼の心情を察したような素振りだった。


「さ、そんなことより移動しようか。聴取がしたいんだろう? ならあっちの部屋で座って話そう。ただあまり期待はしないでくれよ? 事件の真相に繋がりそうな重大な情報なんかを持っていたら、とっくに話しているからね」


 スキア様が肩をすくめながら言う。


 彼に連れられ小さな客間で話を聞くことになった。招いた客人と大切な話をするための場所であり、テーブルや椅子は最小限に抑えられている。フィリアーネ様との過去を話した時にはここを使えばよかったかと今さら気づいた。


「残念ながら、これといって変なものは見ていないよ。夜はぐっすり眠っていたからね」


 事件のあった頃に何か変わったことがあったかという問いに対し、スキア様はそう答えた。


 スキア様の真向かいに座ったカリダ様が質問を続ける。


「スキアくんは王様の側近なんだよねぇ? お城の中ではいっしょにいないのぉ?」


「城内で傍にいるのは公務の間だけだよ。昨日も宴の後で客人たちが帰った後は一人だったよ。正確には君たちみたいに残ってるお客もいたみたいだけど」


 自身が酔い潰れて城に残った一人だと指摘され、カリダ様は照れたように笑った。


「でも、いっしょにいる時間は他の人よりずーっと長そうだよね~? 王様が何か悩んでたり、何か気にしてたり、そういうことはなかったの~?」


「僕らの王は国のことばかり考えているお方だったからね。王になった後何をするかってことしか頭になかったんだよ。はっきり命を狙われていると分かっていれば話は別だろうけど、正直僕も気づけなかった。身内の犯行とだけあって、害意を僕に悟られないことにも注意を払っていたんだろうさ」


 犯人の目線で語るなら、スキア様はかなりの脅威であったはずだ。身内ならエルピネス様が一人になる時間も最初から分かっていたであろうし、警戒されないよう計画を立てるのは難しくない。


「強いて言えばアガペーネ様とは仲が悪かったけど、それだけで疑うのはさすがにね」


 スキア様は苦笑交じり言ってから、ぽんと手を打った。


「あ、でもそうだな……一つ気になることはあったよ」


「なあに?」


「就任式の前、どうしても一人で行きたい場所があるって言って僕を置いて行っちゃったんだ。皆を驚かせる準備をしていたみたいだけど、なんだったのかな。聞く前にこんなことになっちゃったからね」


「そういえば自分もそんな話を聞きました。今日何かをお披露目される予定だったのですが、それが何かまでは自分にも分かりません」


 俺が聞いたのは宴の後のことだった。最後にエルピネス様とお話しした時だ。


「あれかなぁ……?」


 カリダ様が呟く。あれとはなんだろう。それらしいものを見た記憶はないのだが。視線の先を追ってみても黒い天井があるだけだった。


「王様がお城の外に出る時は、いつもなら絶対にスキアくんがいっしょにいたの~?」


 スキア様は痛いところを突かれたというように頬をかいて苦笑いした。


「いやぁ、それがさ。本来ならそうあるべきだったんだけど、テクネーニルのところへ行く時だけはどうしても二人きりが良いって言って聞かなくてね。あ、君は知らないか。テクネーニルっていう、偏屈な絵描きのお爺ちゃんがいるんだ」


「さっきちょっとだけなら聞いたよ~。武器にするための絵を描いてる武器職人なんだよね~? 王様の寝室に絵が置いてあったからその話になったんだ~」


 ああ、そんなこともあったか。どうでもいい情報と思いすっかり忘れていた。


「なるほどね。エルピネス様はずいぶんと彼の絵に惚れこんでいるようだったから。でもきっとそれは武器職人として期待したものではないよ」


「どうしてそう思うの~?」


「彼の絵を武器にするなら、当然『紙上のソムニア』で実体化させなきゃならないのは分かるだろう? そこが問題でさ。実体化していられる時間がほんのちょっとしかないから、どうしても使い勝手が悪いんだよ。彼の生む武器で一番需要が高いものが何だか知っているかい? 爆ぜ石だよ爆ぜ石。その辺で採れるものと比べたら破格の品質を持っているようだけど、他の魔術に頼った方が賢明だと僕は思うね」


 優れた絵描きなのは間違いないが、武器商人としては頼りにならない。スキア様はそう言いたいのだろう。だからエルピネス様も絵描きとしてのテクネーニルしか見ていなかったのだと考えているようだ。


「ああ、でも誤解しないでほしい。彼自身はよくやってるさ。『紙上の夢』なんて魔術であそこまでまともな武器を作れるのは彼しかいないからね。他の人間が真似したって、ふにゃふにゃで中身もスカスカな謎の物体しか作れないよ」


「うんうん。絵を武器にするなんて子、わたしも聞いたことなかったよ~」


 スキア様から聞けたことと言えばこんなところだった。エルピネス様が何を披露しようとしていたのかは気になるが、事件と関係があるとは思えなかった。それに無理に探さなくとも、遺品の整理がされればあっさり見つかるのではないだろうか。


 さておき、これで城内での聞き込みは終わった。城下町の人々に話を聞いたらまた同じ人に質問をしに戻ることはあるだろうが、ひとまずは完了と見ていいだろう。


 しかし客間を出てスキア様と別れた後、カリダ様は城門へは向かわなかった。


「じゃあ次は、ピルゴスくんに会いに行こ~!」


「ピルゴスニルですか?」


 ホドス様の恩人として城に招かれ住み着いている仮面の大男のことだ。常に顔を隠し声も出さない彼は確かに怪しい人物であるが、昨晩はずっと城外にいたはずで、事件について何か知っているとはとても思えない。


 もっともこれまでも重要人物ばかりでなく、その辺にいた召使や客人にも聞き込み自体はしていた。その一環と考えればおかしくはない。


 単に俺があの男と会いたくないから、話を聞かなくてもいい理由を探してしまっているだけだ。それもただ不気味であるという動機からであり、そんなことでカリダ様を止めるわけにはいかなかった。


 気持ちを切り替えてピルゴスニルの部屋へ案内する。


「ピルゴスニル――ヤツは八年前の戦争の際、複数人の刺客に襲われたホドス様を庇い、命を救ったそうです。フルリオダンや王妃様が巻き込まれたのと同じ時のことです。その後恩人として城に招かれたあの男が、それ以前に何をしていたのか、俺は全く知りません」


 俺は廊下を進みながら簡単にピルゴスのことを語る。


 彼はとにかく不気味で、詮索することすら憚られる存在だった。


「現在のヤツは、毎日部屋に引きこもって、美食に舌鼓を打ったり、芸術品を飾って眺めたりと大層な暮らしぶりです。そして時折、深夜のうちに屋敷へ帰って、それからまた城に戻ってくるという奇妙な行動を取ります。以前、屋敷にも希少な食材が届けられていたと聞いたことがあるので、おそらくは食事のために行っているのだとは思いますが……わざわざ屋敷で食べる理由は何でしょう?」


「お料理じゃなくて食材が届いたのなら、料理人の子に作ってもらってるのかもね~」


 なるほど。しかしそれでもわざわざ深夜に帰る理由が分からない。


「着いた。ここ」


 フィリアーネ様がぼそりと言った。ピルゴスは貴族でも何でもないが、召使や兵士の部屋の近くではなく、王族たちのすぐ近く、一つ下の階に部屋を与えられていた。


「入る前に、もう一つ。ヤツは喉が潰れていて言葉を話せません。そのため筆談してきますが、耳は聞こえるのでこちらからは声で返事をしても問題ありません」


「うん、分かった~!」


 俺は頷くと、扉をノックする。少し待つと中からピルゴスが顔を覗いた。平らな仮面で覆われた顔は得体の知れない迫力があり、分かっていたのに気圧される。


『食事中だ』


 彼は『マギの陽射し』という魔術で空中に亀裂を走らせる。そこから雲の切れ間から差すように光が漏れ、文字となった。


 俺が面食らっていると、彼はさらに文字を刻む。


『食事の邪魔だ。帰れ』


 仮面に空いた細い穴から睨みつけてくる。しかしいつまでも脅かされる俺ではない。


「悪いが付き合ってもらうぞ。でなければホドス様でもお前を庇い切れないだろうな」


「――」


 今にも掴みかからんばかりに顔を近づけ威圧してきたが、俺が動じないのを見ると、踵を返して室内へ戻った。


 俺たちも部屋に入る。見回すと一目で「いい暮らし」をしているのが分かった。一流の家具、一流の料理、一流の芸術品――王族にでもなったつもりなのだろうか。


 平民の家ほどもある広い室内にはこれでもかというほどの彫刻や絵画が飾られ、中央には一人で使うには大きすぎるテーブルと、どう考えても食べきれないほどの料理が並んでいた。


 ピルゴスは椅子にどっかりと座ると、仮面を外して素顔を露わにする。火傷で皮膚が死に、乾き切って岩肌のようになっていた。俺が息を飲んだのを見逃さず、彼はにたにたと粘着質な笑みを浮かべる。


 それから石――ではなく金で作られた杯を手に取り、トカゲを丸ごと漬け込んだ鮮やかな赤い液体を口にする。


生命いのちの血薬』。魔術で作った特殊な飲み物であり、生き物の血と魂を混ぜた治療薬だ。重い病に罹った者を救う最後の手段だった。


「……おい、ピルゴスニル。病人でもないのに『生命の血薬』を飲むな」


 ねめつけるとピルゴスは見せつけるように血を啜り、トカゲをちゅるりと飲み込んだ。


『何故だ? 体力がつくぞ』


マギの教えを知らないのか。他者の魂は生きるのに必要な時のみ使え」


 瞬間、ピルゴスは大きな手をテーブルに叩きつけ立ち上がる。素早く空間に文字を書き、獰猛な獣のように牙を剥いた。


『俺は無神論者だ。俺の前で神を語るな』


 俺はまた絶句した。今までこの不気味な男とはあまり言葉を交わさないようにしてきたが、正解だったらしい。ここまでの変わり者だとは知らなかった。


『サクスムの大いなる魔術神マギ。あれは実にくだらぬ妄想だ』


「何?」


 ピルゴスはふんと鼻を鳴らして座り直し、嫌悪感をにじませるように口元をゆがめた。


『魔術とは神のもたらす恵みなどではない。人間の業そのものである。人間は最も醜い魔獣であり、魔術は最も残忍な力である。それを誤魔化すため神の名を口にし、自らを肯定しているに過ぎない』


 口元の歪みは醜悪な笑みに変わる。『血薬』を――トカゲの魂を飲み干し、満足気に息をついた。


『俺たちは悪魔だ。真実を受け入れれば、生きるのが楽しくなるぞ』


「意味不明」


 フィリアーネ様が無表情に呟く。同感だ。この男は何が言いたいのか。


 まだ言葉は続くようだ。ピルゴスは文字を刻むための彫刻刀をさらさらと動かす。


『王殺しの犯人は惜しいことをしたものだ。毒殺などせずに首を切り落とすべきだった。そうすれば貴様らは現実から目を背け、くだらないマギの教えなどなかったことにしたであろうに』


 ヤツが言葉を最後まで書き切る直前、テーブルに剣が叩きつけられ、真っ二つに割れた。


 フィリアーネ様が剣を抜き、力いっぱいに振るったのだ。彼女がやらなければ俺が同じことをしていた。


「次は、ない」


「……」


 しかしピルゴスは怯まず、睨み返した。


『話は終わりのようだな』


「ん。終わり。それと、このことはお父様に言っておく」


『構わない。こんな退屈な城、いい加減出たいと思っていたところだ。既に金はもらっているのでな』


 にたにたと笑うヤツの顔を今度こそ殴りつけてやろうかと思ったが、フィリアーネ様が剣を突き付けて黙らせてくれたので俺は下がった。


「カリダ様。やはり戻りましょう。事件と関わりはないでしょうし、こんな男と話しても時間の無駄です」


 不愉快な気分に耐えられずさっさと部屋を出ようとしたが、カリダ様は動かなかった。


「一つだけ聞きたいなぁ~。昨晩はお城の外にいたみたいだけど、何をしていたの~?」


 険悪な空気を霧散させてしまうようなのんびりとした声で、カリダ様がわずかに首をかしげた。


 さすがに今は笑っていなかったが、それでも声は幼い子に向けたもののように優しく、ピルゴスは明らかに戸惑った様子を見せた。


『屋敷に戻っていた』


「でも、昨日の夜は大雨だったよね~? そんな中でわざわざ屋敷に行くなんて、何か大事な用でもあったの~?」


 雨が降っていたとは知らなかった。霧の城にいると日差しも雨も入らないから外のことが全く分からなくなる。


『食事のためだ』


「深夜に~?」


『俺は昼に寝て夜に起きる。そうでないとしても』


 ピルゴスは文字を区切り、塵のように消え去るのを待ってから続きを書いた。


『食べたいものがあればすぐにでも食べる。触れたい芸術品があれば手元に置く。それが俺の生き方だ』


 それは既にこの部屋や普段の生活が物語っている。この台詞に偽りはないだろう。


「そっかぁ、分かったよ~。答えてくれてありがと~! でも、これからはあんな酷い事言ったらダメだからね~」


「……」


 余計なお世話だと言わんばかりに睨みつけるピルゴスに、カリダ様はとことこと近づいていく。そして額をぺちんと叩いた。


「めっ! ちゃんと約束してね」


 やはり「めっ!」は必要だったらしい。今回は止める必要もあるまい。


 ピルゴスは呆気に取られていた。無意識なのか、放心した様子のままこくりと頷く。カリダ様はにこにこと笑って頭を撫でた。


「うん、偉い偉い! お利口さんだよ~! あ、お部屋は自分で片付けて欲しいなあ。今回ばかりはあなたの責任だから! それじゃあまたね~」


 カリダ様はそう言って本当に部屋を後にした。俺から言い出しておいてなんだが、こんなにあっさり質問を終えていいのだろうか。


 開いた扉と放心するピルゴスを見比べ、少し悩む。何か他に聞くべきことはないのか。だがぱっと思いつくものはなく、結局そのまま部屋を後にした。


 なんと気分の悪い男なのだろう。本当にあんなのがホドス様を助けた男なのか? 別人とでも間違えているのではないか。火傷で顔もよく分からなくなっているし、あり得ない話でもないように思う。


「ところで、ニケ。分からないことが、一個ある。エルの首を切り落としたら、なんで私たちがマギの教えを忘れることになるの」


 そんな話はしたくなかったのだが、フィリアーネ様のためなら我慢しよう。俺は頷き、答えた。


「ご存じのことと思いますが、マギの教えでは生きたまま首を断てば魂があの世に行けず、苦しみ続けることになります」


 古来より人間の魂は頭と胸に宿るとされてきた。頭でものを見て、聴き、伝え、飲み込む。胸でそれらを感じ取る。だから元々魂は二つあると考えられてきたが、魔術が生まれたことでその考えが否定された。魂に干渉する多くの魔術が示していたのだ。魂は一人の人間に一つしかないと。


 人々はこれを魔術神からのご忠告と捉えている。一つの魂が頭と胸に一繋ぎで宿っているのなら、生きたまま首を跳ねたら魂が二つに引きちぎられてしまう。そうなっては魂があの世に還ることもできず、永劫の地獄を彷徨うこととなるだろう。


 あまりに残忍な行為であるため、現代ではたとえ戦場であっても生者の首を断つ行為は禁じられている。罪人に対しても斬首刑だけは行われないのである。


 そうした、神の教えを信じる者の事情を踏まえてピルゴスはああ言ったのだろう。


「ヤツは『現実から目を背け』と言っていましたから、皆が、エルピネス様が苦しみ続けるという現実に耐え切れず、神の教えを放棄すると考えたのでしょう。無神論者の考えそうなことです」


「ん。放棄なんか、しない」


 そんな都合よく捨て去るのなら、それは初めから信じていないということだ。多くの民はそうではない。心から魔術の神に感謝し、生きている。


 それをヤツは……ああ、嫌な気持ちが再びわきあがってきた。気分を変えたくて、俺は別の話題を出した。


「そういえば、昨晩は大雨だったのですね。そろそろ雨抜きをしないといけませんか」


「雨抜き?」


 カリダ様が首をかしげた。


「この城を包んでいる『霧覆いし世界ムンドゥス』は、風以外のあらゆるものを取り込みます。雨も例外ではありません。ですから、時々たまった雨水を抜いてやらないと、『霧』が消えた時に大変なことになってしまうのです」


 雨を抜くときは当然霧を晴らすことになり、部外者が侵入するにはもってこいの機会だ。だが城の者が警戒を怠るはずもなく、必ず城の周りに十隻以上、監視の船を飛ばすことになっている。実質的に侵入は不可能であろう。


 それに雨が少ない土地であるため、前回の雨抜きから既に百日は経過していた。


「雨抜きの際城内に響き渡る轟音と震動は一度聞けば忘れられない衝撃ですよ。ぜひ一度カリダ様にも体験して欲しいですね」


「へえ~、楽しそうだね~!」


「……カリダ」


 小さな声が聞こえ、振り返るとフィリアーネ様が後ろで足を止めていた。


「次の聞き込みは、どこ」


「城内は一旦終わりかなぁ~。街の方で調べたいことがあるんだ~」


「そう。なら、私はここまで」


 そうか。彼女は城外へ出ることを許されていなかった。犯人候補の一人だからだ。


「そうだったね~。ここまでありがとう! 本当に助かったよ~」


「むふん。護衛の役目を果たせて満足。主にアーネが暴れた時」


 思い出して苦笑する。あの時は本当に肝が冷えた。俺もカリダ様もよく無事だったものだ。


「カリダ。ニケ。絶対に犯人を突き止めて。頼りにしてる」


「もちろんっ! 吉報を待っててね~! あ、でも吉報とは言えないのかな……」


 カリダ様が頷く横で、俺はぽかんとしていた。頼りにしている――フィリアーネ様はそう言った。カリダ様だけでなく、俺にも。


 英雄になろうとした俺を危険から遠ざけるため魔力を奪ったあの彼女が、他でもないこの俺に。


 ありえないことだった。フィリアーネ様はこんなことは言わない。俺の知っている彼女なら。


 だが現に、彼女は俺を頼りにしてくれた。あくまでカリダ様に向けた言葉であり、ついでなのかもしれない。けれど俺の名前を付け加えてくれただけで、嬉しかった。


「……ニケ、やっぱり頼りない?」


 おっといけない。泣きそうになっていたら首を傾げられてしまった。


「いえ、自分はサクスムで最も頼りになる男です! カリダ様とごいっしょに、必ず犯人を突き止めてみせます!」


「大口叩きすぎ。でも、ニケらしい」


 フィリアーネ様が何故か得意げな様子で鼻を鳴らす。誇らしく思ってくれたということだろうか。


 俺たちを見てカリダ様は微笑ましそうに目を細める。これで三人での行動は終わりとなるが、事件が解決すれば、きっといっしょに街を回るような機会も作れるだろう。


 きっと。きっとそうなる。


 俺は胸の奥底に潜む不安から目を逸らし、ささやかな願いを抱いた。








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