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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第二章『花国探偵の調査』
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11. かつて少女は石になった

『霧の城』の食堂は黒を基調としながらも、灯りを多く使うことで重苦しさを感じさせない、落ち着いた空間であった。


 壁にはたくさんの絵画が並び、部屋の中心には大きな長いテーブルが置かれている。無論、額縁もテーブルも椅子も、全て石材で作られている。


 客人たちは食事も広間で摂っているため、こちらは誰にも使われていなかった。元々ここはよそ者を通していい部屋ではない。カリダ様は特別だ。


 召使たちが食事を持ってきてくれ、肉のスープとパン、それとサクスムの名物料理が並ぶ。置き終わると彼らにはすぐ部屋を後にしてもらった。


 名物料理とはキュケステレという、種類を問わない様々な食材を混ぜて固形にした料理である。一度全てを魔術で溶かし、混ぜ合わせた後で、また魔術によって固めるのだ。作る者によって味や食感が全く異なるためドキドキワクワクな食事が楽しめる。今回は城の料理人が作っているから味は保証されていた。


 幾らか種類のある中から赤くてツヤツヤとしたキュケステレを選び、フォークを使って口に入れる。濃縮された正体不明の旨味が口いっぱいに広がった。


「わあ、美味しいね~」


 緑とも茶色ともつかない謎色のキュケステレを頬張り、カリダ様が幸せそうに笑った。


「……」


 俺とカリダ様がもぐもぐと料理を堪能する中、フィリアーネ様だけが無表情に皿を見下ろしていた。


「フィリーちゃん、どうしたのぉ?」


「ん。待ってた。何か話があると思って」


 ここに来る前から俺も察していた。わざわざこの食堂へ来たのは、できれば三人だけで食事がしたい、とカリダ様が言い出したからだった。


 このことは席の座り方からも明らかで、俺とフィリアーネ様が隣に並び、カリダ様とだけ対面であった。この長いテーブルでである。何もないと思う方がおかしい。


 カリダ様はキュケステレをもう一つ美味しそうに飲み込んで、頷いた。


「うん。でも食べながら聞いてくれていいよ~。大したことじゃないから」


「どういう話?」


「ただの身の上話だよ~。人のことをあれこれ調べてるのに、自分だけ何も打ち明けないのは嫌なんだ~。だから、よかったら聞いてほしいなあ~」


「それは、構いませんが」


 急にそんなことを言い出したのは、先ほど俺とフィリアーネ様の過去を聞いたからだろうか。


 この際どんな理由でも構わない。英雄の身の上話など他では絶対に聞けない。損があるはずがなかった。思わず食べる手を止め、カリダ様が口を開くのを待つ。


「アニマのことは覚えてる?」


 少しして、彼女は切り出した。


「もちろんです。魔術全書を世に広めた大魔術師……いえ、ソポス先生の話では考古学者でしたね」


「うんうん、よく覚えてたね~! そのアニマなんだけど、わたしのお父さんなんだぁ」


 一瞬、俺は相槌も打てずに固まった。驚いたというより、ぽかんとした。


「すみません、ちょっと意味が……どういう比喩なのでしょうか?」


「比喩じゃないよ~。正真正銘血のつながった、実の父なの」


「ま、まさか。アニマは百年以上も前に亡くなっているのですよ。その娘とすればカリダ様は百歳以上ということに……」


「そうだよ~」


 カリダ様はあっさりと認めた。


「そ、そんな風には見えませんが」


「体の年齢はそんなにいってないからね~。わたしは百年以上の間、ずっと『永劫の石』の中にいたの」


 再び沈黙が落ちる。カリダ様は俺が意味を飲み込むのを待ってくれているようだった。


 やがて俺ではなく、フィリアーネ様が口を開いた。


「『永劫の石』なら、私も知ってる。琥珀の中に閉じ込めたものの時間を止める魔術……たまに商人が高級な食材とかを保管するために使うって」


 それは無論、俺にも分かる。そういう魔術があるのは事実だ。しかし。


「お待ちを。『永劫の石』に……人を入れる? そんな話は聞いたことがありません」


「前例ならあったんだよ~。わたしのお父さん、つまりアニマも同じように『永劫の石』の中でなが~い時間を過ごした人だからね~」


 カリダ様は世間話でもするかのように、衝撃的な事実を告げた。


「ソポスちゃんがお話してくれた通り、お父さんは考古学者だったんだぁ。でもそれははるか昔の文明を学ぶためじゃなくて、自分の家族や友達がどんな最期を迎えたか、きちんと知りたかったからなの。お父さんはそう言ってたよ~」


 容易には信じられない話だ。あり得るあり得ないというより、まるで現実味を感じられなかった。過去の偉人の話など、史実と上手く絡めればいくらでももっともらしく語れるし、『永劫の石』に関しても実際にやった証拠もない。


 だがカリダ様が打ち明けてくれたことだ。俺は信じたかった。それにこのような嘘、エン医師だって付かないだろう。目立ちたがり屋の子どもならまだ分からないが、これまで見てきたカリダ様はそんなに愚かではない。


 俺はゆっくりと息を吸い、力を抜くようにゆっくりと吐いた。


「つまり……カリダ様は百年もの間眠りにつき、体も百年前の状態で止まっていたということですか?」


「うん! そういうこと!」


「何故そのようなことに?」


「それはね~……」


 カリダ様は事の経緯について、背景となる部分から丁寧に語ってくれた。


 彼女は山間にひっそりと佇む村で生まれた。単身で数多くの遺跡を巡っていたアニマが、偶然出会った村娘と恋に落ち、たちまち結ばれたのだという。アニマは魔術による知識でその村を救った英雄でもあり、結婚を止める者は誰一人としていなかった。


 カリダ様の誕生をきっかけに、アニマは過去に執着するのをやめた。今の家族のために生きると決めたのである。


 しかし既にその時大陸ではいくつもの戦争が起こっており、次第にアニマは無視できなくなる。かつての古代文明と同じ滅びの道を辿ろうとする人々を何とかして止めたいと思うようになっていた。


 アニマは悩んだ。既に人類は再び魔術を使うようになっていて、今さらその発展を止めることはできない。魔術を使えない者だけをどうにか逃がすことはできないかと考えたこともあったが、現実的な発想ではない。


 考えに考え抜いた結果、いっそ魔術の知識をもっと広めて、せめて全体の力を拮抗させようという結論に至った。


 カリダ様は頭を悩ませるアニマの姿をよく覚えていた。名もなき村の穏やかな時間の中で、絶望するほどに悩み、憑りつかれたように希望を探す彼の様子は際立った異常であったのだ。


 今を生きると言っても、過去と同じことが起ころうとしているなら話は別だ。それも、下手をすれば家族にまで危害の及びかねない事態である。アニマの焦りは相当なものだったようだ。


 そんな壮絶な時間を乗り越え、結論を手にしたアニマは、『魔術全書』を世に広めるため一人で旅に出た。


 結果は誰もが知る通り。魔術の知識が国々の力を拮抗させ、百年以上経った今では五国同盟が成立するまでに至っている。


 けれども皮肉なことに、彼が最も守りたいと願った人は帰らぬ人となってしまった。


 アニマが去った後、戦乱の火が村にまで及んだのだ。村人たちはまともに戦う術を持たず、あっという間に逃げ場を失った。本来ならばそこで、カリダ様も命を奪われるはずだった。


 しかしカリダ様の母がそれを許さなかった。娘を愛し、何としてでも守りたいと願った彼女は、ある方法でカリダ様を地下深くに隠した。


 その方法が『永劫の石』である。彼女がいつからそうしようと考え、準備していたのかは分からない。確かなのは、そのおかげでカリダ様が生き延びたということであった。


 そこから先の長い時間、カリダ様の記憶は途切れている。次に目を覚ましたのは石が溶かされた時――ではなかった。


「『永劫の石』から出た時……ではない? どういうことですか? 石が溶けないなら、カリダ様の時間は止まったままのはずですが」


「そのはずだったんだけどね~。お父さんのお話の中でも石に入っている間のことは本当に何も覚えてないって聞いてたし。でも、わたしは何故か目覚めちゃったの」


「目覚めた? 石の中でですか?」


 カリダ様は頷く。今こうして子どものような姿のままでいられているということは、魔術に不備はなかったように思えるが……。


「後で知ったことなんだけどね~、わたしは地下深くに生き埋めにされてたんだけど、土砂に潰された時にちょっとだけ石が壊れてたんだって~。それできっと、お父さんでさえ知らない特殊な状況になっちゃったんだと思うなぁ」


「特殊な状況……とは?」


「わたしね、体の時間の時間は止まったまま、魂だけが目覚めちゃったんだぁ~」


 その事実を聞かされても、俺にはぽかんとするしかなかった。そうも複雑な現象となると俺が理解できる次元を超えている。ソポス先生なら納得できるのだろうか。


 起きた事実だけを語ると、このような状況だったらしい。


 真っ暗で何も見えず、音も聞こえない石の中、カリダ様は意識だけを取り戻したらしい。身動きが取れないどころか体の感覚もなく、ただ思考だけを許された永劫の地獄。眠ることも死ぬこともできず、意識を保ったまま気の遠くなるような時間を過ごしたという。


 俺は言葉が出なかった。少し聞いただけでもぞっとするような話だ。過去を語るカリダ様の表情は相変わらずのんびりとしていて、心の傷など微塵も残っていないように見えるが、それが逆に恐ろしかった。もしや彼女の心は壊れているのではないのか。


「だけどね~、ずっとそうだったわけじゃないんだぁ。それが十年後だったか、二十年後だったのか、わたしには分からないんだけど……声が聞こえたんだよ~」


 深く青い、限りのない奥行きを感じさせる瞳で、カリダ様は虚空を見つめる。


「ううん。最初はあくびだったかも~。どこかの男の子のあくびがね、急に聞こえたの」


 この時の彼女は知らなかったそうだが、村が外の者に襲われた後、同じ場所に大きな街ができたそうだ。世界に平穏を呼び込んだアニマがこの村に戻り深い眠りについた後、彼を英雄視するフロース人たちが山を開いて街を築き、数十年後には城まで建てられたらしい。カリダ様が聞いたあくびは、街の住人によるものなのだろう。


 これはあくまで本人の解釈だが、彼女は魂の状態でい続けたことで、生きた魂から発される声を聴き取れるようになったのだという。


 忙しなく働く召使の声、これからの統治に頭を悩ます領主の呟き、神に祈る聖職者の高らかな願い――声は次第に増えていき、集中して耳を傾ければ街中の声が聴こえるようになった。それからおよそ百年にも及ぶ長い年月、カリダはその土地の人々を見守るようにして過ごすことになる。


 言葉を聴くだけでも多くのことが理解できるようになり、様々な知識を得た。暗闇の中、人々の声だけが彼女の生きる喜びだった。今日は市場いちばの様子を見てみよう、今日は魔術の授業を覗こう、夜は旅人の冒険譚を聴こう。そうやって過ごすうち、なんだか街の人々が――領主すらもが愛おしい子どものように思えてきて、いつの日か石の外へ出ることができたら、たくさん可愛がってあげるのだと楽しみにするようになった。


 そして今より十年前、ついに土で埋もれた地下の存在に気づいた兵士によってカリダ様は掘り出された。『永劫の石』を溶かす方法は非常に単純だ。魔力を流し込めばいい。そのおかげもあり、カリダ様はその場ですぐに解き放たれたのであった。


 体はそのままとはいえ彼女は百年以上の時を過ごしている。すっかり街の皆より年上で、それもカリダ様だけが一方的に彼らのことを知っていた。そのため、最初は戸惑われることも多かったという。


 それでも、彼女がアニマの娘であることは判明しており、彼女の愛情も確かなものであったため、温かく迎え入れてもらえたそうだ。


「お父さんもお母さんもいないし、わたしの故郷は遠い過去にしかないけど、大切な子どもたちがいてくれるから、今はあの街がわたしの家なの。だからね、ニケくん。そんな顔しないで。わたし、とっても幸せなんだよ~」


 俺は何も言えなかった。話のスケールに戸惑うとか、そういった思考はとっくに吹き飛んでいる。今はただ、カリダ様が心配だ。


 今彼女が幸せを感じているのは事実なのだろう。けれど、それほど壮絶な時間を過ごした人に対し、今が幸せなら良かったなどと軽々しく言えるわけがない。


 少なくとも十年以上、カリダ様はたった一人暗闇の中で過ごし、人の声が聞こえてからも耳を傾ける以外にできることがなかった。そんな状況、気が狂わない方がおかしい。しかも彼女を地獄に突き落としたのが母の愛の結果というところがやるせない。


 今までのカリダ様を思い出すと、この話には納得できるところが多い。どれほど年齢の高い者に対してもまるで子どもを相手にするような態度だったこと。子どものような姿に見合わない知識量や落ち着き。そして殴られても顔色一つ変えない精神力。


 思い返すほど納得できて、より一層胸が苦しくなった。カリダ様の味わった地獄が事実なのだと分かるから、それがとても辛かった。


 だが、笑わなくては。でないとカリダ様が悲しむ。


「ごめんねニケくん。そんな気持ちにさせるつもりじゃなかったの」


 俺の顔を見るカリダ様はとても申し訳なさそうに眉を下げていて――。


「カリダは悪くない」


「ぐべぁっ?」


 いきなり後頭部を引っ叩かれた。隣にフィリアーネ様がいることを完全に忘れていた。


「私は嬉しい。話してくれたこと。カリダのこと、好きだから、話が聞けて良かった」


 そういってフィリアーネ様はカリダ様のいる方へとテーブルを回り込む。何かと思った次の瞬間、ぎゅっと抱き締めた。


「ありがとう、カリダ」


「えへへ。どういたしまして~」


 フィリアーネ様が大柄なこともあり、その様子はまるで親子のようであった。


 俺はその様子を見守ってからはっとした。こうしてはいられない。


「じ、自分も! 自分もです! 話してくれたこと、嬉しく思います! 本当ですよっ? 本当ですからねっ? ありがとうございます! ありがとうございます!」


 先ほどの失態を取り返すべく全力で感謝すると、カリダ様が振り返って微笑んだ。


「うん、どういたしまして~。話して良かったよ~」


 俺はほっと胸をなでおろし、二度とカリダ様を悲しませまいと胸に誓った。


「ん。それで良い」


 フィリアーネ様が得意げに頷く。そういえば今、彼女はカリダ様の気持ちを理解して行動したのだろうか。


「これでカリダが大人みたいなのに子どもな理由が分かった。やっぱり体は子どもだった」


「え~? この体は二十歳だよ~」


「信じがたい事実」


 ……まあ、今すぐに結論を出すこともないだろう。事件が解決してからでいい。


 俺は残りの料理を急いで頬張る。いつの間にかカリダ様の分がきれいに片付いていて驚いた。あれだけたくさん喋っていたのにいつ食べたのか。


 話を聞くうち料理がすっかり冷めていた。しかし問題はない。冷めても美味しいキュケステレである。


 俺が食べ終えるのを見て、カリダ様は石の杯に手を伸ばし、中の茶を飲み干した。


「ふう、美味しかったね~! お腹も膨れてお話もできたことだし、聞き込みを再開しよっか!」














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