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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第二章『花国探偵の調査』
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9. カストロニア大爆発

 次の聞き込み対象はカストロニアだ。しかし彼女には犯人候補の自覚があるのかないのか、気づいた時には広間から姿を消していた。ソポス先生に聴取をしていたのだから次は自分だと思うはずなのだが。


 それとも、それが嫌で逃げたのだろうか。


 ため息が漏れる。正直、身内を疑うのは気分の良いものではない。「あり得なくはない」と感じてしまうところがまた何とも後ろめたい。


「カストロ、いなくなってる。逃げた?」


 フィリアーネ様が呟く。客人たちがいる場所で気にせずそんな発言ができるのは彼女くらいなものだろう。やはり彼女は他人にどう見られるかなど気にも留めないらしい。


「む? なんだこれは」


 ふと、床に緑の玉が転がっているのを見つける。よく見るとその緑は中の物をぐるぐる巻きにしたツタのようなものだった。ふさふさとして手触りが良い。何重にも巻かれているため何が入っているのかは見えないが、おそらくは石か金属だろう。ずしりと重たかった。


 持ち主は誰かと周りに尋ねてみるも知る者はおらず、一旦懐にしまっておくことにした。


「あ、来たよ~!」


「あらあら申し訳ございません! ワタクシを待っておられたのですわね!」


 そうこうしているうちにカストロが戻ってきた。召使たちに口早に仕事を言いつけ、俺たちの傍へ早歩きで寄ってくる。事件があっただけでなく客人たちも幾らか残っているせいでいつもより忙しそうだ。


「オホホ! 何の御用でございましょうか!」


「決まっているだろう。事件調査のための聞き込みだ。昨晩何をしていて、何を見たか答えてもらうぞ」


「あら! ようやくワタクシの出番ですのね! 待ちくたびれてしまいましたわ!」


 サクスム城で働く使用人、カストロニア。頭に座布団を乗せたような独特な髪型と甲高く騒がしい声が印象的な彼女だが、仕事ぶりはテキパキとしていて召使への指示も明確、思いのほか周囲からの評価は高い。長年城に仕えているだけのことはあるようだ。


 優秀ということは警戒すべきということでもある。短気でおバカそうな言動に惑わされてはいけない。


「具体的には、昨晩の宴が終わった後からのことを聞きたいな~」


 カリダ様が捕捉する。つい出しゃばってしまったが、聞き込みは彼女に任せるべきであろう。


「宴の片付けなどを召使たちに命じたあとは部屋で眠っておりましたわ! 今日行われるはずだった国王演説のこともありましたし、早くに休んでいたのです」


 彼女も例によって自身の犯行を否定できるような情報は持っていないらしい。仕方のないことだ。


「ですがワタクシは事件とは関係ありません。ですよね、ニケ様?」


「ん?」


「言って差し上げてくださいまし! このワタクシがエルピネス様を殺めるなど絶対にあり得ないということを!」


 どういう意味だ? 犯人でない証拠が何かあるのだろうか。見逃していたというなら少し悔しいが、ありがたい情報でもある。


 しかしその意図は俺が想像したものとは全く違うものだった。


「ワタクシはエルピネス様を心から愛しておりましたし、暗殺など行うはずがないほどきれいな心を持っていますもの! ね? ニケ様?」


「いや……」


 俺が言いかけた瞬間カストロは目を剥いてつかみかかってきた。


「『いや』とは何ですっ? ニケ様! まさかワタクシをお疑いなのですかっ? それとも何です! あなた、ワタクシを犯人に仕立て上げようというのですね! ムキーッ! そうはさせませんわよこの外道! キエエエエッ!」


「ま、待て! お前が犯人だなどとは言っていないだろう! そうではなく、人柄的なもの以外に、もっと客観的に見ても暗殺していないと分かる証拠をだな……」


「ですから! ワタクシめの愛と日頃の行いが証拠だと言っているではありませんか! 探偵様、認めてくださいまし! ワタクシのような清廉潔白せいれんけっぱくな人間が暗殺などできるわけありませんでしょうっ?」


 ダメだ、話にならない! コイツがまともなのは仕事の時だけか!


「大丈夫だよ~、カストロちゃん」


 顔を真っ赤にして早口でまくし立てるカストロの手を、カリダ様がそっと握った。


「そんなに怖がらなくてもいいの。わたしが必ず犯人を暴き出して見せるから。そうしたらあなたを疑う人は誰もいなくなるよ。そうだよね?」


「探偵様……」


 あれほど聞く耳を持たなかったカストロが一瞬で落ち着きを取り戻し、感涙さえしてみせる。目の前でほほ笑む小さな女神に震え、カストロは膝から崩れ落ちた。


「そうです。そうでございますわ。ああ、探偵様……! もしもサクスムが滅亡した際にはワタクシ、あなた様にお仕えいたしますわ!」


 この使用人、しれっととんでもないことを言ったな。後でホドス様に報告しておくとしよう。


 自称清廉潔白なカストロニアは、神に祈りを捧げるようにカリダ様を見上げた後、はっと俺とフィリアーネ様の方へ振り向いた。フィリアーネ様は興味なさそうにあくびをしていたため、必然的に俺と目が合う。


「ニケ様、その……あっ!」


 目を泳がせていた彼女は、声を上げて俺の胸のあたりを指さした。


「な、何か光っておりますわよ! 何でしょう! 何でしょうねっ?」


 話を逸らそうとしているのは明らかだが、懐の中から光が漏れているのは本当だった。懐に手を入れて正体を確かめる。先ほど拾った緑色の玉がほんのりと光っていた。


「そちらは?」


「この部屋に落ちていたものだ。持ち主が分からなくてな。悪いが探しておいてくれないか」


「もっちろんですわ~! ワタクシ、ニケ様の頼みでしたら優先的に引き受けますわよ~!」


 清廉潔白が聞いて呆れる言動だが、自分で探すのも面倒だから結局彼女に任せることにした。


「よろしく頼むぞ」


 光る玉をカストロに手渡す。と、その時だった。


「――ん?」


 玉から放たれる光が急激に強さを増し、視界が明滅する。


 直後、爆発した。


「なっ……!」


 突然の光と轟音に部屋中から悲鳴が上がる。しかしそれ以上に凄まじい、地獄の底から響くような声が俺たちの耳をつんざいた。


「ギエエエエアアアアアーッ」


 人が燃えていた。全身を赤い炎に包まれ、苦しみ身もだえている。


 カストロだった。燃えながら手を伸ばしてきたので俺はとっさに飛びのく。部屋中から悲鳴や椅子の倒れる音が聞こえ、一瞬で周囲はパニックとなった。


「み、水を! 誰かを水をかけてくれ!」


 俺は慌てて呼びかけたが、誰もカストロに近づこうとはしない。動く者もいなかった。今この場で水を作るなら魔術が必須だというのに、俺やカリダ様以外の皆は叫んだり距離を取ったりするばかりで頼りにならない。


 しかし、彼女は違った。


 フィリアーネ様が床に水をこぼす。そこに杯を放り込むと床に広がった水が底の深い水たまりに変わった。『深き水面』。水面にあるはずのない奥行きを与える魔術だ。それは同時に、大量の水を作り出す魔術でもある。


「入って」


 フィリアーネ様が指さして言った。しかし声が届いていない。俺は意を決してカストロに体当たりし、二人して水たまりに飛び込んだ。


 火が消え、湯気が立つ。カストロは自慢の髪がチリチリに焦げていたものの、体の方は、少なくとも無残な状態にはなっていなかった。とはいえ後少し反応が遅れていたら命にかかわったであろう。


「無事か、カスト……」


「何のおつもりですかニケ様ァァァ!」


 声をかけた瞬間、カストロが怪物のごとき形相でつかみかかってきた。いや、首を絞めている!


「お、落ちつ……ぐぅっ……!」


「殺そうとしたのですねっ? ワタクシを殺そうとしたのですよね! ムキーッ! ゼーッタイに許しませんわ! 死ぬのはあなたの方ザマス!」


「ち、が……っ」


 この誤解はまずい! カストロは本気で俺を殺す気だ。


 首を絞められていることは大した問題じゃない。この程度の力なら振りほどける。今はもう一方の腕を抑えるのに集中していた。


「このっ、お離しなさい! 大人しく死んでくださいまし!」


 離すわけがないし、死んでやるわけもない。言い返したかったが声が出なかった。


 カストロの手には指でつまめるほど小さな白い球が握られていた。これは、『波打つ矛盾』の発動を補助する道具である。


『波打つ矛盾』――触れただけでどんな堅固なものでも溶かしてしまう恐ろしい魔術だ。


 だがこの魔術はただ手を触れるだけでは使えない。溶かしたいものに手を触れる前に粘性の液体を塗る必要があるのだ。それを基に、溶かす場所の表面に薄い膜を作り、膜のみを波打たせる。すると膜の下のものは自らが波打ったと錯覚し、液体となって崩れる。


 このように、本来なら下準備が必要となる魔術だが、ソポス先生が厄介な代物を発明した。


 カストロが握っている白い球がそれだ。力いっぱいに圧し潰すと粘性の液体が弾けて広がり、ほぼ同時に魔術を発動できてしまう便利な道具であった。


 つまりこの実を頭に叩きつけられ手のひらで触れられたら、俺の頭は溶けて崩れる。そんなことを許すはずもない。


「カストロ、やりすぎ」


「ああっ!」


 フィリアーネ様が手を伸ばし、白い球を取り上げてくれた。


「皆、カストロを押さえて」


「姫様っ? おっ、お待ちください! 何故このような……全員敵なのですかっ? やはりワタクシを殺そうとしているのですねっ? キエエエエッ」


 また暴れ出したカストロを兵士たちが取り押さえ、外へと連れて行ってくれる。騒ぎへの衝撃で皆が放心するように固まる中、カリダ様が何やら床を調べていた。


「これ、爆ぜ石の破片かなぁ?」


 呟きを聞き、俺は水たまりから這い上がって彼女のもとへ近寄った。


「それとこの燃えカスは火事草だよねぇ。そっかぁ、爆ぜ石の爆発でこれに火をつけてカストロちゃんを火だるまにしたんだね~」


「か、カリダ様……今の爆発が何故起こったのか、自分にも分からないのですが」


 俺は周囲に説明する意味も込めて無実を主張した。


「みたいだね~。あの緑の玉、最初広間に来た時にはなかったのに、わたしたちがまたここに来た時は最初から落ちてたから。その後すぐハリトメノちゃんが転がして遊びだしたから放っておいたんだけど、まさかあんな危ないものだったなんてね~」


 カリダ様は最初から気づいていたのか。おかげで要らぬ疑いをかけられずに済んだ。


「それで、爆ぜ石って――」


 フィリアーネ様が話を戻す。そしてすぐさま手で制してきた。


「待って。爆ぜ石がどんなものかは知ってる。魔力で爆発する石のこと」


 彼女の言う通り、爆ぜ石は魔力を込めることで急激に膨張し弾け飛ぶ危険な鉱石だ。


 込める魔力が強ければ強いほど高い威力を発揮するが、一般的には槌で殴りつける程度の力しか出ない。上手くやって敵の目を潰す程度が関の山だった。兵士たちも緊急時にとっさに使うくらいで、普段の攻撃には別の魔術を使っていた。


 そんな物足りない火力で有名な爆ぜ石だが、それを火事草で補ったのが先ほどの玉だろう。火事草とは非常に燃えやすく、しかもついた火を激しくさせやすい特徴を持つこれまた危険な植物で、これらを組み合わせることで先ほどの威力を生み出したと見られる。


「待て待て待てぃ!」


 野太い声をあげて話に割って入ってきたのはカコ監視官だった。殴りかからんばかりの勢いで俺に向かって指を差してくる。


「ニケと言ったな! やはりお前さん、中に何があるか分かっていて、故意に爆発させたのだろう! 理由は明白であるぞぅ! 爆ぜ石に魔力を注いだというのなら爆発させる意思が最初からあったとしか考えられぬからだ!」


 俺は言葉に詰まった。事情を知らぬ者からすればそう映るのも道理だ。


 このことを釈明する方法はある。しかし俺は躊躇った。


「私が説明する」


 もたついているうちにフィリアーネ様が前に立ち、庇うように言った。


「お待ちください、フィリアーネ様!」


「ニケとカリダは調査を続けて」


「し、しかし!」


「王女からの命令。聞けない?」


 静かだが強い声だった。冷たく突き放すような、頑なな眼差し。けれどそれは明らかに俺を守るためのものだった。


 彼女は分かっていない。兵士が姫に守られる事が、どれほど恥ずかしい事なのかを。だがそれを説明して理解してくれる人でもなかった。痛いほどによく知っている。


「分かりました。ですが昔のことは伏せてください。そこに触れずとも説明はできるはずです」


 耳打ちすると、フィリアーネ様は無言で小さく頷いた。


「ニケには魔力漏れの体質がある。昔、『無力の導き』を使われたせいで、そうなった」


「『無力の導き』? それは確か、法で禁じられている魔術ではないのか?」


「そう。ニケは、被害者。やったのは――」


 どきりとした。昔のことには触れるなと言ったばかりなのに!


 俺が発言を止めようとした時に、同時にカコ監視官の背後で手を挙げた者がいた。


「あー、ウチが説明した方が分かりやすいと思うんで、引き継ぐッスね~」


 ソポス先生だった。助け船を出してくれたのだろうか。


「魔術について知らない人もいるだろうから、まずそれを説明しなきゃッスね。『無力の導き』――簡単に言えば他人の魔力を失わせる魔術ッス。ただ、今回肝心なのはそこじゃなく、どうやって失わせるのか、ってとこなンス」


「ダハハハ! 勿体つけた言い方は好かんなあ! 焦らさず言え、どう失わせるというのだ?」


 カコ監視官に邪魔されて、先生は肩をすくめた。


「はあ、せっかちだなあ。すぐ言いますって。――人の体には魔力を溜める器のようなものがあるンスけど、それを溶かすンスよ。それによって体に魔力を溜められなくして、結果的に魔力を失わせるわけッス」


 さすがは先生、簡潔な説明だ。


 今言われた通り、俺はかつて自身の中にある魔力の器を壊され、魔術が使えない体になった。


 だがこれで終わりではない。


「その溶かすってのが肝心なところで、中途半端にこの魔術を使われると器の一部が残るンスねー。だからちょこーっとだけ魔力が溜められる状態になるンスけど……器は壊れちゃってるんで、勝手に魔力が漏れだす体質になっちゃうンスよ。今まで特に問題が起きなかったから放置してたッスけど、こりゃ後で完全に器を溶かしちゃった方がいいかもな~」


 カコ監視官はまだ納得いっていないようで、眉根を寄せて唸った。


「むう~? 本当に問題はなかったのかァ? 兵士なら爆ぜ石にうっかり触れてしまうことくらい今までにもあったであろうが」


「触ったことはあります」


 俺が説明を代わる。


「その時も爆ぜ石は光りましたが、爆発には至りませんでした。だから、自分の魔力では爆ぜ石で事故が起こることはないと思っていたのですが……」


「そう。普通なら、魔術も使えないような弱い魔力で爆ぜ石を爆破することなんてできないンスよ。さっきの緑の玉には何かまた別の仕掛けがあったンスかねえ。……まあともかく、これで分かったでしょ? ニケは何もわざとあれを爆発させたわけじゃないンスよ。そんなことより誰があれを持ち込んだのかをハッキリさせたほうがいいと思うッスね!」


「暗殺犯がニケを使って、カリダを燃やそうとした……のかも」


 フィリアーネ様が言った。


「うん、そうだね~。その疑いもあるね。でも、ニケくんが気づかなかったら意味ないし、床に転がすなら廊下とかの方が確実だから……罠かどうかは微妙なところかも」


「んん……」


 フィリアーネ様は考え込み、しばらくしてから言った。


「聞き込めば分かる。さっきの玉が落し物なら、持ち主は正直に言うはず。――私、行ってくる」


「あっ、フィリアーネ様!」


 言うが早いか、フィリアーネ様は広間を走り去る。呼び止める隙もなかった。


「わたしたちは暗殺事件の調査を続けよっか~」


 カリダ様はのんびりと言った。緑の玉がただの落とし物かを調べるだけなら簡単だろうから、手分けしたほうが良いのは事実だ。ただ、王女が自ら使い走りになるのはいかがなものか。


「ところでニケくん、後で城下町に行ったときお買い物してもいいかな」


「お、お買い物、ですか? それは構いませんが」


 この流れで何故そんな話になるのかさっぱり分からなかった。さすがにこれは調査とは関係あるまい。


 それにしても、城内で調査しているというのにここまで危険な目に遭うのは予想外であった。一見安全そうな衆人環視の中でもやはり護衛は付けるべきだということだ。


 ん? ではフィリアーネ様を行かせてしまったのはますます問題であったような……。


 まあいい。俺という頼りになる兵士がいるのだから、少しの間くらいなら何とかなるだろう。














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