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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第二章『花国探偵の調査』
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7. すごいぞファルマコセキニちゃん

 エン医師の従者ファルマコは、客人たちが集まって休憩している広間にいた。昨日の宴にも使われたその部屋にはエン医師やカコ監視官などを含むほぼ全ての客人がいる。加えてソポス先生も起きてきていた。彼らに茶を出す召使の中には使用人のカストロニアの姿もある。


 ファルマコセキニは硬めの髪を肩のあたりまで伸ばしたそばかすの少女で、肩肘張ってぎこちない笑みを浮かべる様子から、真面目で緊張しやすい性格だと一目で分かった。


「おお、おお! そのような偉業を果たすとはさすがはカコ様! 同じパイーニの地位に登り詰めた者として誇りに思いますぞぉ!」


「ガハハハ! そう言ってくれるかエン殿ぉ! 我もこうしてエン殿と語らえることを誇りに思うぞ!」


 俺たちは部屋に足を踏み入れて早々にエン医師とカコ監視官の自慢大会を目の当たりにすることとなったのだが、彼らが話す間、ファルマコは終始控えめに拍手したり愛想笑いを浮かべたりと頑張って反応していた。周囲のうんざりしきった様子を見るに、相当長い時間こんな会話を続けているらしい。ご苦労なことだ。


「ところでカコ様。そちらの羽衣、見れば見るほど美しいですな!」「おお、この羽衣の価値が分かるか! やはりパイーニになれる者はものを見る目が他とは違うようだな! だははは!」


 この二人はさっきからずっと相手を褒めつつ間接的に自分の凄さをアピールするような物言いを飽きることなく繰り返している。というか今さら服の話か……。


 そろそろ待っていられない。痺れを切らして彼らに近づこうとすると、カコ監視官がいきなり羽衣を開いて中の服を見せびらかした。


「しかァし! 実はこの下の衣装こそ本命! フロースでしか採れない特別な糸を用いて作らせたこの世にただ一つの特注品である! これに比べたらこの羽衣など下僕のぼろ切れも同然よぉ! いやもちろんこの羽衣がものすごく貴重なものであるという前提であるぞ? ガハハ、真に教養ある者はこうした目に見えないところにこそ最も気を配るものなのだ!」


 繊細な装飾をされた上品な赤い服を見せつけてぺらぺらくどくどと喋っているが、ぶくぶくと膨らんだ腹のためにせっかくの衣装がはち切れんばかりに引き伸ばされ残念なことになっている。というか、昨日の宴であれほど下品に食い散らかしていた男が教養を語るか。


 また話しかけるタイミングを見失ってしまいため息をついた時、別の方から声がした。


「本当にすまない、何とお詫びしたらいいか」


 スキア様が深く頭を下げて謝罪をしている。相手は黒装束を着たウェントス人の青年。エルピネス様の寝室のそばで俺が捕らえたウェントス兵だ。何を謝っているのかは考えるまでもない。


「冤罪で国を滅ぼすなんてあってはならないことだ。王の死がいかに深刻なことだったとはいえ、いやだからこそ、もっと慎重になるべきだった」


「ほ、本当ですよ! ホドス様に首を掴まれたときどれだけ怖かったか……!」


 青年は涙目で抗議する。俺はすぐに駆け寄った。


「自分からも謝罪させてほしい」


「あっ、君は……!」


「あの場で捕らえたことについては城の安全のためと理解してほしい。だが、その後の対応については少々、手荒すぎた。ホドス様を止められたのも自分だけだったというのに、何もできず、申し訳ない」


「ぐっ……ううっ!」


 スキア様にならって頭を下げたが、当然それだけで許してはもらえなかった。泣きながら罵詈雑言を浴びせてくる青年に何度も頭を下げ、解放されるその時まで恨みは残ったままであった。


 仕方のないことだ。本当に申し訳ないことをしたと思っている。しかし俺は、ウェントス兵のことをまだ完全な白とは思っていない。


 やはり、偶然アガペーネ様の寝室に迷い込み、一晩誰にも見つからずに過ごしたというのがどうにも都合が良すぎるように思うのだ。もちろんありえないとは断言できないし、だからこうして犯人探しをしているわけなのだが、ウェントス兵のことを疑わないわけにはいかないだろう。


 王殺しが身内の犯行と分かった今、ウェントスの陰謀という線は確かに消えた。しかしウェントス兵が刺客でないと言い切る根拠はどこにもない。それどころか俺には、誰ならこの兵士を刺客として操れるのか、その心当たりがあった。


 アスピダ様だ。


 ウェントス兵は実はウェントスに潜入した影なのではないか? 俺はそう考えていた。何故わざわざウェントス人を使ったのかは分からないが、この兵士がアスピダ様の忠実な部下であったとしたら、王殺しの命令をくだすのもそう難しくはないはずだった。


 いや、そうか。そういうことなのだ。いくら影と言えども誰もが王殺しという大罪を背負ってくれるわけではないはずだ。刺客として選ぶなら、裏切りの心配がない心から信頼できる人物でなければならない。ウェントス兵がもしアスピダ様にとって最も信頼できる影だったのだとしたら、多少面倒でも彼を使う価値はある。


 無論それでも、エルピネス様の死が暗殺でないと思わせたいならこの兵士を使うべきではない。寝室のそばで見つかったとしても不自然でない人間を使うべきだ。しかしそれを言うならば、部外者のいる昨晩に暗殺すること自体が間違っている。


 犯人には自信があったのだ。毒が検出されなければ殺人を疑われることはない。だから部外者がいようが関係ないし、仮にウェントス兵を見られたとしても何ら支障はない。そういった過信があったのだろう。であれば刺客の人選について心理的な制限はなかったと見ていい。


 やはり最も怪しいのはウェントス兵とアスピダ様だ。ウェントス兵が宴の席を離れたときに何らかの細工――すれ違う召使いたちの目を欺く仕掛けを施していたのなら、その証拠を抑えるだけで真相に近づけるのだが。


「ねえねえ、ちょっとファルちゃんを連れて行ってもいーい?」


 カリダ様の声ではっとする。俺が気を取られているうちにエン医師に話しかけていた。


「はひっ? わ、わたしですか?」


 あからさまに怯えるファルマコの隣で、医師は怪訝そうな顔をする。ツルツルに剥げた頭を撫でつけてからパチンと叩いた。


「ほほう! 事件の聞き込みですな! しかし何故ファルマコのみを連れて行くのでしょう?」


「ううん、違うの。アスピダくんに呼んできてほしいって言われたんだ〜。理由を聞いたけど話してくれたくて」


「話してくれない? うーむ、それは不可解ですなぁ? いやしかし、アスピダ様は独特なお方ですからな! よく分からない行動をされても不思議はないと言いますか!」


 自分だって変わり者であるくせによく言う。しかし同意見だ。アスピダ様の言動の真意を一々探っていては頭が混乱してしまう。


「そういうことだから、ファルちゃん、こっちにおいで〜」


「えっえっえっ? も、もももしかしてわたし疑われてますかっ? ほっ、本当は尋問されたりしますかっ?」


「違うよ~、ちょ~っとお話があるだけだよぉ~」


「ひぃっ?」


 青ざめてがくがくと震える哀れなファルマコを連行し、予定より大きく遅れて俺たちはアスピダ様の元へと戻った。




     *




 昔から不思議に思っていることがある。


 サクスムの頼れる外交官アスピダダン様。政治のみならず戦場においても数多くの功を立ててきた彼であるが、不気味な表情や先読みできない言動から気味悪がられることもしばしばある。彼が有能さを示すたび、彼を恐れる人々は増える一方であった。


 皆が何をそこまで不気味がっているのかと言えば、やはりその目であろう。常にぎょろぎょろと忙しなく泳ぐ二つの目は、左右それぞれが別々に動き、死角などどこにもないと言うように視界に入る全てに視線を叩きつける。


 俺にはその動きが不思議でならなかった。どうやったらそんな風に目を動かせるのか。人間にできることなのか。この人は実は人間の振りをしたお化けなのではないか。そんなことを真面目に考えてしまう時がある。


「ゆ、ゆるしてくだひゃい……」


 アスピダ様と対面で座らされたファルマコも、まさに化け物でも前にしているかのように怯えていた。血の気が引きすぎて今にも気絶しそうだ。


 俺たちが霧番用の小屋に戻ってくると、アスピダ様はファルマコ一人を連れてもう一つの小屋に向かった。二人きりにするのも気の毒であったし、何を話すのか気になったので俺たち三人もついてきたのだが……。


「おや。何を許すのでありますかな?」


「ひえっ、そ、それは……」


「吾輩が、ファルマコ殿の、何を、許すのでありますか?」


 言葉を区切るたびにアスピダ様が顔を接近させ、ファルマコはますます縮み上がる。


「あわ、あわわわ、ぶくぶくぶく……」


 ついにファルマコは泡を吹いて気絶した。


「アスピダ様! ご用件は! ここに呼び出したご用件はなんだったのでしょうか!」


 小心者とアスピダ様を絶対に二人きりにしてはならない。そう思い知った瞬間だった。


「それよりファルちゃんを起こさないと~」


「ふむ、これはただの死んだふりですな。もっと怖がらせれば起きます。どれどれ、どの方法から試しますかな」


「イヤあああっ! ごめんなさいごめんなさい!」


 本当に起きた。


「気の毒だからやめてあげてください! 早く本題に入りましょう!」


「よろしい。ではまず、これを」


 アスピダ様は懐からずっしりと中身の詰まった布袋を出し、ファルマコに渡した。


「我が王の死因を解明した報酬であります」


「あ、エン様にですね。なーんだ、そういうことでしたか! 報酬、確かに受け取りました。しっかりお渡ししておきますね。それでは!」


「待たれよ」


 そそくさと立ち上がろうとしたファルマコの鼻先にアスピダ様の顔面が迫る。あからさまに帰りたがっているが、残念ながら、おそらく用事は済んでいない。


「ひぃぃっ? なんなんですかぁ、もう!」


「これはファルマコ殿、貴方への報酬でありますぞ。エン殿にはまた別にご用意いたそう」


「え……」


 その時、ただ怖がってばかりいた彼女が初めて、アスピダ様をじっと見た。話を聞く気になったようだった。


「ところで、サクスムの研究所に所属してみる気はありますかな?」


「へっ?」


「はい?」


「唐突」


 急すぎる展開にファルマコのみならず俺やフィリアーネ様も声を上げる。何を考えているのか、アスピダ様はさらに意味の分からない言葉を呟き始めた。


「住居はラクス王都第六十七通り。毎朝第六刻に一人で家を発ち、必ずパン屋フェリチタスに立ち寄り甘いパンと肉入りのパンを購入。歩きながら食す。近ごろは『昔語りの貝殻』でカンティオセキニの歌を聴きながら研究所へ向かうのがお気に入り。苦い茶は好みでないがエン殿に褒められるため茶の知識を日々深めている。先日自らミームという、知る人ぞ知る高品質な茶葉を取り寄せエン殿を唸らせたところで」


「い、いやああああ!」


 次々とあふれてくる謎の情報をファルマコの悲鳴がせき止めた。彼女は頭を抱えおぞましい害虫でも見るような目つきで小屋の壁に背を付けた。


「いやあ! いや! いや! いやああああ! えっえっ、なに? なんなんですかっ? なんでわたしの日課をそんなに知ってるんですかっ?」


「今朝にも話したことでありますが」


 アスピダ様は有無を言わさぬ圧を込めて言った。


「城へ足を運ぶ客人は、その全てにおいて身辺調査をしております。この意味がお分かりになりますかな?」


「……ま、まさか」


「貴方の想像の通りであります」


 何がなんだか分からない。目の前で繰り広げられるやり取りの全てが謎を深め、頭を混乱させた。


 そんな中でもカリダ様は冷静だった。ぽけーっと半口を開けて宙を見つめていたかと思うと、一人納得したように頷いた。


「今の話を聞く限り、ファルちゃんはエンくんの従者じゃないんだね?」


「う。そ、それは……」


 何故その答えに行き着いたのか、理解するまでに時間がかかった。


 しかし思い返してみれば簡単だ。今語られたファルマコの生活は確かに従者のものとは思えない。ラクスの職人階級によくある自由な暮らし方だ。それに貴族の身の回りで働く従者が一人で家を発ち研究所へ向かうなどあり得ない話だった。


 皆の視線を受け、ファルマコは諦めたように息をつく。


 そして、予想外の真実を口にした。


「もうきっと隠したってダメなんですよね。『泥水の悪魔』の研究をしたのがわたしだってこと……」


 俺は自分の耳を疑った。エルピネス様の命を奪った『泥水の悪魔』。その痕跡を検出した技術を彼女が編み出したというのか?


 あれほど得意げに自身の功績をひけらかしていたエン医師は、実は他人の研究を自分のものとして語っていたと――。


 驚くべきことのような、さほど意外でもないような、微妙な心境であった。


「むむ。吾輩としてはファルマコ殿の意思を尊重し、そのことについては黙っているつもりだったのでありますが」


「え」


 ファルマコは目を見開いてアスピダ様と俺たち三人とを見比べる。


「み、皆さん……今の話は聞かなかったことに」


「無理」


「無理だな」


「ごめんね~、大事な情報だから忘れられないよ~」


「いやああああ! やっちゃったあああ!」


 何度目かファルマコが叫んだ。俺たちのそばへ滑り込んできて、カリダ様のローブにしがみつく。


「違うんですぅぅ! 本当はエン様はとってもいい人で、わたし、本当に色々とよくしてもらってるんですぅ! そ、それにそれに! 冗談が下手でとっても可愛いんですよ!」


「カワイイ……?」


 はて、カワイイとはどういう意味だったか。多分この場合、猫のような愛らしいものに対して使う言葉とは全く別のものなのだろう。


「あの、本当に誤解しないでください。エン様が名医だっていうのは本当なんです。実際に手術とかしてますし、元々誤魔化しようがないですけど。ただちょっと、見栄っ張りで目立ちたがり屋さんなだけなんです! 名医な上に優秀な研究者になれたらカッコいいんじゃないかって思っちゃっただけで……それでその、わたしの研究成果を勝手に自分のものとして発表しちゃっただけで……」


「立派な悪党ではないか」


「で、でもでも! わたしは許してますから! それ以降の研究はエン様のものになるって分かった上でしてましたし! わたしが研究に専念できるようになったのはエン様が色々と助けてくれたからなので、その恩返しができるならわたしは嬉しいんです。あとあと、エン様はいつも褒めてくれるし、優しくていい人なんです! それに可愛いし……」


 にわかには信じがたい話だが、どうやら彼女はエン医師のことを相当慕っているらしい。大事にするのは彼女の望むところではないということだ。だからアスピダ様は真実を皆に告げようとしなかったのだろう。


「あの、だから……今の話、ここだけにしておいてください」


「ごめんね。約束はできないよ」


 カリダ様は意外にも、ファルマコの懇願を容赦なく突っぱねた。彼女にだけはそんな返事をされると思っていなかったのだろう。ファルマコは不憫にも放心してしまった。


「わたしは犯人を見つけるだけじゃなくて、皆にその根拠を示す必要があるの。だから、必要があればどんな秘密も話さなくちゃいけないんだ」


「犯人……」


 ファルマコがその言葉に反応する。俯き、しばらくして顔を上げる。彼女は青ざめていなかった。


「わかりました」


「いいのか?」


 俺は思わず聞いてしまう。ファルマコは微笑んだ。


「王様とは何度か会っただけですけど、従者として振舞っていたわたしにも優しく接してくれました。王子様がですよ? そんなの普通あり得ません。サクスム以外の王族にとって従者や召使は空気みたいなものなんです」


 言われてみれば、アガペーネ様を除きサクスムの王族は寛容で、他の国からすれば変わり者なのかもしれなかった。そのことは、彼らに仕える者として誇らしくもある。


「あんないい王様を手にかけるなんて、わたしも許せませんから……だから、いいんです。エン様のことはわたしが何とか庇ってみせます」


 ファルマコの真剣な眼差しから、エルピネス様がいかに多くの人から慕われていたのかがよく分かったような気がしたが、純粋でお人好しな彼女からすれば大抵の人は人格者かもしれなかった。


 こんな子を利用するなんて、やはりエンパーニは外道だと思う。どうか彼女の目の届かないところでしっかりと罰を受けて欲しいものだ。









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