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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第二章『花国探偵の調査』
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6. 影の親玉アスピダダン

 医務室を後にした俺たちはエン医師がいるという部屋へ向かっていた。アガペーネ様が起こした騒ぎのせいで完全に頭から飛んでいたが、アスピダ様から頼みごとをされていたのだ。向かうのはエン医師の従者ファルマコセキニを呼ぶためである。


 どんなことがあっても律儀に約束を守るカリダ様には感服するばかりだ。英雄たるもの多少の事件で動揺などしていられないということか。見習わなければ。


「その包帯、もう取っていいんじゃないかい?」


「ああ、そうでしたね。忘れていました」


 俺は言われるがまま顔をぐるぐる巻きにしていた『腐蝕の包帯』を外す。ついさっきタコ殴りにされたばかりの顔面はもうすっかり完治していた。魔術の包帯の力である。傷口をぐちゅぐちゅと溶かした後、すぐさま塞いで元通りのきれいな肌にしてくれる優れものだ。生ごみのような臭いを発するのが玉にきずだが、それもほんの一瞬のことだ。


 ところでスキア様が当たり前のようについてきているのだが、同行するつもりだろうか。


「スキア、用済み。もう行って良し」


「あはは、この姫様酷いなあ」


 辛辣なフィリアーネ様の言葉も全く意に介していない様子で、スキア様は呑気にあくびする。


 しかしよく考えれば彼が医務室に残る理由はないのだし、皆のいる部屋に戻るまで同じ道を歩くのは自然であった。


 と、勝手に納得していたら、スキア様が俺たちの前に出て手で制してきた。


「悪いね。ここでちょっと待っていてくれるかな」


「どうしたのぉ?」


「すぐに分かるよ」


 カリダ様が首をかしげたわずか一瞬に、スキア様が俺たちの間をするりとすり抜けた。目にも留まらぬ速さで空中を泳ぐ。『見えざるフルーメン』。水流騎士スキアダン様の得意技だ。空中に川のような泳げる空間を作り出し、馬より速く移動する。極めてコントロールが難しい魔術だった。


 普通の人なら直進するだけでも相当な集中力を使うはずだが、彼はそんな激流の中でも悠々としている。廊下に並んだ扉の一つにさも当然のように手をかけて、勢いよく開いた。


「う、うにゃあっ? なんでぇっ?」


「ははっ、バレバレだよ」


 扉の奥には背の低い猫目の少年がいた。首根っこを掴まれ軽々と持ちあげられて、手足をバタバタさせる。


「はい、捕まえたっと」


「は、離せえ! シャーッ! フーッ!」


「こらこら、暴れない暴れない」


 じたばたしながら威嚇する姿はニャンコそのもので、加えて頭には先っぽが二つに分かれ猫耳型の帽子をかぶっていた。妙に既視感を覚える。


「なんだお前は? 城の人間ではないな」


『霧の城』には数多くの使用人や兵士がいるが、夜警の義務として、その全てを把握している。彼が部外者であることは間違いなかった。客人の中にもこんな子どもはいなかったはずだ。


「ははは。そんな怖い顔しないでやってよ。この子は多分、『影』だ」


「『影』……なるほど」


 しかし、こんな子どもが?


「なあに、それ?」


 カリダ様が尋ねる。案内人としたことがうっかりしていた。まずは説明すべきだろう。


「アスピダ様直属の諜報員のことです。各国から様々な情報を集めている、というくらいしか公には知らされておらず、誰が『影』で今どこにいるのか、といった情報はアスピダ様のみが把握しています。つまり詳しいことは分からないということなのですが……」


「なーに、問題はないさ! ほら、ちょうどいいところに解説役がいるじゃないか」


 スキア様が視線で示す。彼に首根っこを掴まれたままの猫目の少年がまたフシャーッと威嚇した。


「誰が話すか! ばーかばーか!」


 なんだこのガキは。相手があの水流騎士だと分かっているのだろうか。


 うーん、しかしこの子ども。どこかで見覚えが……。


「君ねぇ、状況は知っているだろう? 国王になるはずだった人が殺されたんだ。これはアスピダ様から与えられた任務よりもずっと重大なことだと思わないかい?」


「そ、そりゃ重大だけど……それとオイラの立場を明かすことと何の関係があるんだよ」


「いやいや、あるに決まっているだろう! なんたってアスピダ様は犯人候補なんだからね! アスピダ様の手足となる『影』は刺客にだってなりうるんだ。どういうことができてどういうことはできないのか、きちんと知っておくべきだよ。そうだろう? 花国探偵」


「うんうん、そうだね。あなたたちのことたっくさん知りたいなぁ~」


「は? おまっ……はあっ? アスピダ様を疑うのかよ、ありえねえ! フシャーッ!」


「あなたはアスピダくんのことが大好きなんだね~。でも大丈夫、犯人に違いない~、なんて風に疑ってるわけじゃないよ。むしろあなたが話してくれることで、絶対に犯人じゃないってことを証明できるかもしれないの。だからお願い」


 カリダ様の柔らかな笑みと優しい話し方で少年の警戒が少し緩む。目をぱちくりとさせ、暴れるのをやめた。スキア様が床に下ろしても逃げようとはしない。


「そ、そうか、なるほどな。そういうこともあるのか……ん? いまアスピダくんって言ったか?」


 少年は愚かにも話を逸らそうとする。俺は腕を組み、立場を分からせるつもりで彼を見下ろした。


「そんなことはいい。さっさと吐け、ガキ」


「フシャーッ、なんだよお前、態度悪いぞ!」


「お前に言われたくないがっ?」


「大体、『影』である俺様が、アスピダ様の情報を売るようなことするわけねえだろ! べぇーだ!」


 俺様とはずいぶん生意気な物言いだ。ん? その言葉もどこかで聞いたような。


「ああああ!」


「キシャーッ!」


 毛皮のマントに生えた毛を逆立てて威嚇された。どういう仕組みだ?


「きゅ、急に大声出すなよ! ビックリするだろ!」


「お前、イェネオの弟だろう!」


 猫耳帽子、猫目、俺様口調、時折見せる猫のような言動、その全てが一致している。


「なっ、なんだオマエ! 兄ちゃんの名をそんなに馴れ馴れしく呼んで!」


 やはりか。イェネオ――俺にいつも悪態をついてくるあの同僚兵士は、よく弟のことを自慢していた。特別な仕事を任せられたと言っていたが、それが『影』だったのか。


 それにしてもこの感じ、兄に相当懐いていると見える。


「ちょっ、待っ! 急になんですか! んにゃあああっ」


「ん?」


 別のところからやたら聞き馴染みのある悲鳴が聞こえてきた。


「イェネオを連れてきたよ」


「早っ?」


 スキア様がイェネオを引っ張ってきた。恐ろしいことにいなくなったことにすら気づかなかった。


「いやぁ、ちょうどさっき近くにいるのを見たからさ。せっかくだし彼の力を借りるとしようか」


「あ、あの。スキア様? これは一体」


「いやー、かくかくしかじかでね! 彼の兄ちゃんとして説得してもらえないかい?」


「なるほど、お任せを!」


 話が早い!


「こらサロス! お前はアスピダ様の部下である以前にサクスムの兵士だ! それを忘れるな!」


「うっ、ご、ごめんなさい兄ちゃん」


 兄に叱られた途端少年は飼い主に怒られた猫のようにしゅんとする。


 イェネオは弟の肩に手を置いた。


「よし。『影』のこと、ちゃんと話せるな?」


「に、兄ちゃんが言うなら」


 なんと素直なことか。俺にもそういう態度で頼みたい。


 イェネオ弟は唇を尖らせながらカリダ様に顔を向けた。


「確かに俺様は『影』だよ。諜報員として、花国探偵の身辺調査をするために送られてたんだ。城に来るって話だったからな。でも、年頃の近い子どもとして近づこうとしたのに、いっつも旅しまくってて全然調査できねえの!」


「探偵として色んな所に呼ばれてたんだよ~。ごめんね~」


「んなことくらいは知ってるよ! 舐めんな!」


 このガキ! カリダ様にまでそんな態度を!


「おいサロス、失礼だぞ」


 中途半端に叱るイェネオを押しのけ、俺は唇を尖らせる少年の鼻先まで顔を近づけた。


「おいこらガキ! こちらにおわすはカリダ様だぞ! おい、カリダ様だぞ! 口の利き方には気を付けろ! カリダ様だぞ! おい!」


「ギニャーッ? 近いっ、近いって! 分かった! 分かったから!」


 俺が直々に説教してやるとイェネオ弟はすぐに聞き入れてくれた。ようやく俺が尊敬できる人物だと分かってくれたらしい。


 カリダ様が微笑んで、少年の頭を撫でる。嫌そうにするかと思ったら、頬を赤くして目を逸らした。


「それじゃあ、『影』について説明してくれるかな?」


「おう。いや、はい……」


 イェネオ弟は居心地悪そうに視線を彷徨わせたが、やがて兄の傍に移動して、その服をつまみながら語り始めた。


「『影』ってのはさっきスキア……様が言ったように、アスピダ様直属の諜報員のことだ。身分をごまかして調査対象の近くに紛れ込み、事細かに情報を記録するんだ。今回の就任式に足を運んだヤツら全員に『影』が送りつけられているんだぜ!」


「へえ、そりゃあすごい! 相当な数のはずだけど……やっぱりアスピダ様は侮れないね」


 スキア様の相槌にイェネオ弟は鼻を膨らませ、猫目をキラキラさせた。それを見て俺は疑問に思った。


「お前のように弱そうな子どもにそんな仕事が務まるのか?」


「ふん! 何もわかっちゃいないな! 弱そうな見た目も能力なんだぜ! むしろ俺様みたいなのじゃなきゃ潜りこめないところもあるんだよ!」


「ふむ、それは一理ある」


 子どもだからこそ周囲を油断させられるというのは大いにあるかもしれない。彼の表情からして、自身の見た目にはかなりの誇りを持っているようだ。


「にゃははっ! どうだ、俺様の弟はすごいだろう!」


 何故イェネオが威張るのか。俺は鼻で笑ってやる。


「ふん。確かにすごいな。赤ちゃんよりは有能ってところか」


「自分の能力をちゃ~んと分かって活かしてるなんてすごいよ~! こんな小さいのに中々できることじゃないよね~!」


「自分もそう思います! これからの活躍にも期待しているぞ、少年!」


「ねえ兄ちゃん! このオッサン嫌い!」


「そうだな! ぶん殴って良いぞ!」


 何故か馬鹿兄弟が揃って威嚇してくるが、強者の余裕を見せて無視してやった。ちなみに俺はオッサンではない。十八歳だ。


「まあ、カリダ様はいい人だからもうちょっと教えてやるよ。そうだな――『影』の決まりとかなら話してもいいか」


 ようやくまともに説明してくれるようだ。イェネオ弟は難しそうな顔をしたかと思うと、急に得意げににやりと笑ってぴんと人差し指を立てた。


「『影』としてやっちゃダメなことはただひとつ! 尾行している事実や正体がばれることだ! これさえ守ればいくらでも取り返しは効くからな!」


 たった今尾行も正体もばれたヤツが目の前にいるな。


「本当にすげえんだぜ。盗賊団員になりすましてアジトを探ったり、昔なんかはウェントスの兵士にまぎれたりすることもあったらしい! 敵の影に潜むから『影』ってことだな! くーっ、俺様かっけぇだろ!」


「うんうん! 隠れて戦う真の勇者って感じだね!」


 頭を撫でられてへへっと鼻をかく。


「そんなかっこいいお前は『影』として完敗しているわけだが」


「フシャーッ」


「それよりも、アスピダ様の無実を証明できるような情報が出ていないぞ。他に何かないのか?」


「え。いや、証明って言ったって……」


 期待はしていなかったが、やはり無理か。こればかりは仕方がない。そんな簡単に証明できるなら初めからカリダ様の力を借りる必要などないのだ。


「『影』のことが簡単に分かっただけでも十分だよ~。ありがとね~」


「そ、そうか? へへっ、それなら良かったぜ」


 また頭を撫でてもらっている。羨ましい。


 イェネオ弟への質問はそれで切り上げとなった。もっと細かく尋ねるかと思っていたがカリダ様の聞き込みは実にあっさりしたものだ。


 元々アスピダ様が城に来る客人全てを調査していたことは本人が言っていた。今朝のことだ。


 エン医師がエルピネス様の遺体から毒の痕跡を発見したことについて、ロギオス監視官はそれが真実であるか疑った。それに対しエン医師は自身の研究が正しいものであると証明するために論文を見せつけたのである。その時アスピダ様は仰った。ロギオス監視官ならば研究内容が正しいか判断できるはずだと。


 アスピダ様は皆の前ではっきりと言った。城へ来る客人の身分は例外なく調べている。そして彼の頭にはその全ての情報が入っている。


 イェネオ弟との遭遇で収穫があったとすれば、アスピダ様の言葉がハッタリではなく真実であるという信ぴょう性が増したことであろうか。


「ふう。そろそろ本当にファルちゃんを呼んであげないとね~。これ以上待たせたら悪いから」


 伸びをして歩き出したカリダ様に続きながら、俺は当たり前のようについてくるイェネオ弟をこっそり見やる。


『影』――アスピダ様の目となり耳となる忠実な部下たち。


 彼らは本当にただの諜報員なのだろうか。この少年はさておき、あらゆる国のあらゆる人物に忍び寄る潜入の専門家たちが、ただ情報を集めるだけで終わるとはとても思えない。


 彼らの力をもってすれば、もっと別の仕事ができるのではないだろうか。


 あるいは、王殺しさえも。


 頭に浮かんだ考えを、俺は密かに胸の奥にしまった。










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