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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第二章『花国探偵の調査』
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4. エルピネスの意志

 殺害現場に残った痕跡、エルピネス様が共に眠れる相手、城を守る霧のこと――。


 これらの調査が終わったことで、ようやく犯人候補に関する本格的な聞き込みを始められる。


 だがその前にファルマコセキニという少女を呼びに行かねばならなかった。霧の維持で動けない、アスピダ様からの頼みである。


 しかし何用だろうか。事件調査に貢献したエン医師への謝礼なら分かるが、呼ばれたのはその従者のみだ。何かもっと個人的な用事なのかもしれない。


「ファルちゃんはエンくんと一緒のはずだよね~? なら他の皆と一緒にお茶を飲んで休んでるのかなあ?」


 カリダ様はまだあの少女と話したこともないはずだが、早くもあだ名呼びをしている。俺も見習って気楽な感じで行った方がいいだろうか。


「とすると、こっちですね」


 白く神々しいホールを東側に抜ける。元々客人たちが入ることを許されているのはこちら側のみだった。宴の部屋や彼らを解放した部屋も全て東にある。


 しかし俺たちはホールを出てすぐ足を止めることになった。


「はあっ、はあっ……どいてくださいまし!」


 使用人のカストロニアが血相を変えて前方から走ってきた。俺たちを避ける時間も惜しいのか、そのまま一直線に走り抜けようとする。


「待て、カストロ。何があった」


「坊ちゃまの遺書が見つかったのですわ! 早くホドス様にお届けしなくては!」


「なんだと!」


 驚いているうちにカストロは行ってしまう。急いで追いかけた。


「待ってぇ~ニケくん、わたしも連れていって~」


「はい喜んで!」


 カリダ様を抱き上げて走る。小さな体は温かく、羽のように軽かった。トンガリ帽子に咲いた花から甘い香りが漂ってくる。


「わ~、速いね~」


「ん。快適」


 何故かフィリアーネ様まで後ろからしがみついてきているが支障はない。いや少し重いがカストロの足が遅いから追いつけないことはないし、行き先も分かっているのだから遅れても問題はない。首を両腕で絞められて息ができないくらいだ。


「遺書かぁ~。本物かなあ?」


 詳しく聞いてみないことにははっきりしたことは言えない。それよりも息が苦しい。


「偽物かも。多分、犯人の仕業」


 現時点では同意見だ。自殺でもないのに遺書が出てくるとは考えにくい。ところで息ができないのですが。


 玉座の間の扉が見えてくる。なんとか気を失う前にたどり着くことができた。カストロが扉を破る勢いで中へ飛び込む。


「大変! 大変ですわ!」


「何事だ、騒々しい」


 先ほどより少し元気を取り戻したらしいホドス様が落ち着いた様子で振り返る。どうやらまだ物思いに耽っていたようだ。


 カストロはエルピネス様の遺書が見つかったことを伝え、その現物を手渡した。ホドス様が本の形をしたそれを開き、戸惑いを隠せない様子で頁をめくる。表紙には簡潔に『助言書』とだけ書かれていた。そこだけ見ると遺書ではないように見える。


「お父様。何が書いてあるの」


 フィリアーネ様が横から覗き込む。


「う、うむ……カストロの言う通り、これはエルの遺書で間違いないようだ。だが暗殺を予期してのものではない。もしも自分の身に何かあった時のためにと遺した保険のようなものだ」


「本当に王様が書いたものなのぉ?」


「内容は全て『誓いのサングィス』で書かれている。間違いない」


 自身の血を使って文字を書くことで絶対に本人が書いたものであると証明する魔術だ。文字にはエルピネス様の魂が刻まれており、触れるだけで彼の声が頭に響く。しかもその頁の文章を読んでくれる。


 だから偽造はできないし、文字を書き換えたり付け加えたりしても無駄なのだ。できるとすれば、一部の文章を頁ごと破り捨てるしかない。


 魂に干渉する魔術は高等な技術を必要とするため、誰にでもできるものではない。優秀なエルピネス様だからこそ信頼できる遺書を遺せた。


「え。私が女王……」


 フィリアーネ様が呟き、無表情のまま固まった。


「なあに~?」


 固まった彼女の代わりにホドス様が答える。


「うむ。主に今後の政治について助言が書かれているようなのだが……女王としてはフィリーがふさわしいと書かれておるのだ。余も同意見だが」


「ん……考えては、おく……」


 フィリアーネ様は珍しく歯切れの悪い返事をする。無理もないことだ。エルピネス様が王になることはずっと前から決まっていたようなものだから、心の準備などできていなかったはずだ。人を束ねたがる性格でもない。


「しかしエルのやつめ。自分のいないサクスムのことまで考えておったとは。これだけの助言があれば、混乱を最小限に抑え、余の時以上に上手くサクスムを統治できるであろう。……どこまでも民想いな王だ」


「坊ちゃま……ええ、坊ちゃまはまさしくサクスムの王にふさわしいお方でしたわ」


 ホドス様とカストロが涙ぐみ、しんみりとした空気になる。


 その雰囲気をぶち壊すように、開きっぱなしになっていた扉の外から騒々しい足音が聞こえてきた。


 やってきたのは召使の少女だった。いつも慌ただしく、見ていてハラハラする世話のかかる子だ。


「ご、ご歓談中失礼しますっ」


 少女は勢いよく頭を下げた。また何か失敗したのかと思ったが、それで玉座の間に駆け込んでくるのはおかしい。それに手に、見覚えのある書物を持っていた。


 その場の全員、一目でそれに気が付いた。彼女がその表紙を見せつけるように突き出していたからだ。


「廊下の壁が凹んでて、気になって見てみたらこんなものがあったんですっ! これって、遺書じゃないですか?」


 その表紙には『助言書』という簡潔な文字が書かれていた。今俺たちが見ていたものと全く同じものである。




     *




 召使の話から察するに、二冊目の『助言書』はエルピネス様の意思により今まで隠されていたようだ。


 彼女が見つけた壁の凹みには二冊目だけなく壁と同じ色の石板が入っていたらしいのだ。それを聞いた俺はすぐにエルピネス様のしたことを悟った。


『残影のランタン』という、ランタンの光を当てた物の姿を残しておける魔術がある。言い方を変えれば、触れられない幻を作り出せる魔術だ。


 おそらく彼は、石板を壁にはめてその光を当て、『影石』のような偽物の壁を作っていたのだ。『影石』と違うのは、こちらの魔術では幻が長くとも数日程度しか存在できないこと。放っておけば偽の壁が消えて『助言書』が露わになるという仕掛けだ。


「へえ~、面白い仕掛けだね~。じゃあ王様は、時々偽物の壁を作って、それができなくなった時に『助言書』が見つかるようにしてたんだ~」


 感心して頷くカリダ様に、俺は少し複雑な気持ちになりながら捕捉する。


「実は自分の母が同じことをしていたのです。母は八年前の戦争に参加していましたから……何かあった時のためにと、遺書を遺してくれました。この話はエルピネス様もご存じでした」


 エルピネス様は俺の母さんを真似たのだろう。やりそうなことではあった。


 しかしそうなると疑問が出てくる。維持の面倒な仕掛けまで使って二冊目を守っていたのなら、一冊目は何のためにあったのだろうか。


 ホドス様が目を通した結果、召使が持ってきた二冊目もまたエルピネス様が用意した本物であると分かった。同じく『誓いのサングィス』の血文字で書かれている。


 ただ一つ、大きな違いがあった。こちらだけ表紙の裏に別のメッセージが書かれていた。


「『もう一冊の助言書が私の寝室になかったなら、何者かが持ち去ったことになる』、か……まさかエルは自分が暗殺される可能性を予期しておったのか?」


 ホドス様が唸る。二冊目の『助言書』の正体は、一冊目が悪意ある者によって消された時の予備だった。


「あくまでも念のためじゃないかなあって思うよ~。少なくとも今回の事件を予期したわけじゃなさそうかなあ。王様が想定したのはわざわざ『助言書』まで消してしまう、サクスムの敵みたいな存在だけど――実際の犯人は王様だけを狙っていたみたいだからね~」


「何故そう言い切れる?」


「だって犯人は『助言書』を処分しなかったから」


「そんなもの、ただ気づかなかっただけかもしれぬであろう」


「それがね~、さっきわたしたちが王様の寝室を見た時は『助言書』なんてなかったの。誰かに持ち去られた後だったんだよ~」


 そうだった。寝室に『助言書』があったのなら俺たちが先に見つけていなければおかしい。


「カストロちゃん、『助言書』はどこで見つけたの?」


「は、はい。ワタクシは召使から受け取ったのですが、その者が言うには『心臓室』の床に落ちていたと……」


「心臓室? それなら先ほど俺たちも行ったぞ」


「その前のことと思いますわ。最初はよく分からず誰の落とし物かと聞きまわっていたようですの。中々持ち主が見つからないので少し覗いてみたところ、坊ちゃまの書かれたものと気づいたそうですわ」


 俺は顎に手を当てて唸った。


「そんな場所に落ちていたとなれば、持ち去った犯人が誰かに見つけてもらうためにわざと置いたとしか思えないが……一体何のために?」


「理由はきっと単純だよ~」


 カリダ様が言った。


「『助言書』の内容がサクスムのためになるものだったから、犯人としてもあった方がいいって思ったんじゃないのかなぁ~」


 なんだそれは。俺は頭がかっと熱くなるのを感じた。それでは犯人は、王の実力を認めた上で、サクスムに危機を招きかねないと知りながら暗殺したことになる。そのくせ『助言書』は利用するのか。身勝手すぎる。


 虫唾が走るがカリダ様の推測はきっと正しい。必要と感じていなければ処分していたはずだ。


「しかし大胆なことをするものですね。ホールには人目があったはずなのに、その隣室に置きに行くとは。ここから犯人を特定できたりしないでしょうか」


「どうかな~。人目を盗んで直接ホールから『影石』越しに投げ入れたのかもしれないし、安全に通気口を経由したかもしれないよね~」


 先ほど自分で説明したのにうっかりしていた。『心臓室』は全ての廊下と通気口で繋がっている。


「投げ入れる方法ならすぐに霧番と変わったアスピダくんにもできそうだし、通気口を系有する方法なんて、もっと色んな人ができそうだよね~。犯人に協力者がいるならもっと簡単になるし、誰が『助言書』を置いたのか調べるのは難しいかも」


 そう簡単には行かないか。思わず肩を落とす。


 落胆したのは俺だけではなかった。ホドス様も小さくため息をつく。


「むう、そうか……これで事件調査も一気に進んでくれると少し期待したのだが……」


「そうだねぇ。でも、得られたものが何もないわけじゃないよ~。犯人がサクスムの未来をどうでもいいって思ってるわけじゃないことは分かったからね~」


 それは調査の進展と言えるのだろうか。どうでもいい情報にしか思えなかった。あるいはホドス様を慰めただけなのかもしれない。


 何にせよ、『助言書』の存在自体は本当にありがたいものだ。エルピネス様は嘘偽りなく人生の全てをかけてサクスムを守ろうとしているお方だった。その強い気持ちを改めて感じ、胸が熱くなる。


 どれほどの理由があればそんな善き王を殺せるというのか。納得できるはずもないが知らないままではいられない。一刻も早く犯人の首根っこを掴み、問いただしてやりたかった。










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