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推理は魔術を凌駕する!  作者: 白沼俊
第一章『魔力を持たない英雄』
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10. サクスムの命運

「待ちぃや」


 カリダ様が暗殺犯の調査を引き受け、事件の解決に向け皆も動き始めようとしていた。


 そんな時だった。彼らをロギオス監視官が怒りの滲んだ声で呼び止める。


 わずかな微笑をたたえているが、それはあくまで余裕の表れだろう。その目はホドス様を鋭く睨み、いつ飛びかかってもおかしくない雰囲気だ。


「そりゃあないでしょう。犯人探しの前に、まずやるべきことがあるんとちゃいますか? なあ、ウチらの国を滅ぼそうとしたホドス様?」


 普段の彼ならば決してこのような挑発的な言動はしない。それだけ立腹しているということだろう。ホドス様はまともに目を合わせることもできずに項垂れた。


「すまなかった」


「それだけですかっ? 何百万もの人間が死ぬとこやったんですよ! 勘違いしてごめんなさいの一言で済まされていい問題やあらへんでしょう!」


「……無論だ。何の咎もなしというわけにはいくまい」


 そう答えるしかないだろう。あの時点でウェントスが疑わしかったのは確かだが、暗殺の証拠まではなかった。それでも全く耳を貸さずに国を滅亡させようとした事実は重い。無論、止められなかった俺たちにも責任があるだろう。


「おお、さっきとは別人のように聞き訳がいいですねぇ。少しは反省したってことですやんなあ? ま、そのことは後回しでもええんですけど」


 ロギオス監視官はあからさまに見下したような態度を取り、わざとらしく肩をすくめる。不敬だが責めることはできない。


「アンタらは犯人さえ見つければ解決になると思っとるみたいやけど、事はそう簡単やあらへん。まあもしかしたら、ホドス様が一番よう分かっとるかもしれへんけども」


「どういう意味だ」


「分からんのですか? それとも分からん振りです? どちらかハッキリさせないけませんなあ!」


 ロギオス監視官はホドス様の胸に指を突き付けた。


「あくまでも可能性の話ですけれどもね。ホドス様、アンタが全てを知った上で、つまり、犯人が身内にいると知っていた上で、無関係のウェントスを滅ぼそうとした――そんな説もあるんやないかって思ったんですわ。これが身内の裏切りなんかやなく、ホドス様がふか~く関わっとる事件やったら……ああ、こりゃいかん。いけませんわ。実質的なウェントスへの攻撃、立派な同盟違反ですねえ!」


「たわけが!」


 いくら責められる側の立場とは言え、こればかりは黙っていられなかった。ホドス様は差された指を振り払い、ぎろりと目を剥いた。


「ありえぬ! 余が次期国王を殺すだと? 愛する家族という点を抜きにしても、自国の首を絞めるような真似をするはずがなかろう!」


「いやいや、エルピネス様は確かに偉大なお方でしょうけど、他にも王様候補はおったでしょう。フィリアーネ様にアガペーネ様、どちらも女王にふさわしい大人物であらせられる。替えは利く言うこっちゃ」


「替え……だと? 貴様! 王の誇りをけがすつもりか!」


「まあまあ落ち着いてください。ご自分の立場をよう考えてな? ウチらに怒鳴り散らす権利なんかアンタらにはないんやで」


「ぐ……!」


「アンタねえ!」


 ホドス様が言葉に詰まると同時、アガペーネ様が鮮血色に輝く目を見開いて声を上げた。


「元はと言えばアンタんとこの馬鹿がアタシの部屋に入り込んで眠りこけてたのが悪いんじゃない! 悪いのは全部アンタらよ!」


「やめぬか、アーネ」


「嫌よ! こんな奴に良いように言われて黙ってるなんて無理……」


「やめろと言っておるのが分からんのか! 其方は下がっておれ!」


 父の怒声に驚き、アガペーネ様はびくりと固まる。傷ついたように俯くが、すぐそれを誤魔化すように監視官を睨み、ふんと顔を背けた。


 ロギオスは怒りのためか、やはり普段のように怯えることはなかった。睨み返しこそしないが、慌てて視線を逸らすようなこともなく平然としている。


「今の暴言に関しては聞かなかったことにしましょう。子どもの言うことですから」


「な、何よそれ!」


「アーネ」


 ぴしゃりと言われ、アガペーネ様は渋々引き下がる。


 ロギオスは息をつき、続ける。


「さて。もし本当に同盟違反があったなら、サクスムは『おしまい』っちゅうことになりますけどね……ウチらかて国を滅ぼすなんてことはしとうないんですわ。せやから証明してください。ホドス様は暗殺計画に一切の関わりがなく、身内の犯行であるとも知らなかった。本当にウェントスの陰謀だと思ったからウェントスを滅ぼそうとした――それが偽りのない事実やと、ウチら皆が納得のいくように証明してください。それができなければ今度こそ本当にサクスムは滅亡です」


 監視官は身を翻し、背を向けたまま続ける。


「これ、ホンマに譲歩しまくってますからね。本来なら問答無用で同盟違反扱いしてもええとこなんですよ。さっきのアンタらみたいにね」


「……分かっている。異論はない」


「ほな決まりですね。カリダさん、犯人調査に加えてホドス様の無実も証明してくれると助かります」


 尊大な態度を続けていた彼だが、カリダ様に対しては誠実そうな声で頼み、深く頭を下げた。


「う~ん……それはいいけど、あなたとしてはわたしに任せちゃっていいの?」


「ここから先は専門外ですから、出しゃばるのはやめときます。ウチらを救ってくれたカリダさんなら信用できますしね。カリダさんが調査をするっちゅう点には大賛成ですわ」


 ロギオス監視官は恐縮するように曖昧な笑みを浮かべ、もう一度頭を下げた。


「邪魔してすみませんでした。もう口は出しません」


 それきり彼は本当に喋らなくなった。次に誰が口火を切るべきか、探り合うような気まずい沈黙が落ちる。


 やるべきことは変わらないが、事態はより一層深刻になった。ホドス様の完全無罪の証明――その重大任務は下手をすれば犯人探しよりも難しいかもしれない。


 しかしできなければサクスムは同盟によって滅ぼされる。他の国もきっと反対意見を出すことはできないだろう。


 サクスムの命運は、再びカリダ様の手の中に握られた。


「ふむ。城で調査をするのであれば、案内役をつけるべきでしょうな」


 重い空気も意に介していないのか、アスピダ様が相変わらず不気味に目を泳がせながら提案した。


 さらに、スキア様が挙手する。


「同時に護衛も兼任するべきですね。調査が城内だけで終わればいいですが、仮に街に降りる必要が出てきたら探偵が犯人に狙われないとも限りませんから」


 彼はうーんと唸って顎に手を添えると、もう一方の手を腰に当て、爽やかに笑った。


「土地と身内のどちらにも詳しく、戦闘もこなせる人間――となると僕が一番の適任者だけど……皆を納得させるのはちょっと難しいかなぁ。何せ『犯人候補』だからね! あははっ」


 笑い事ではないのだが、軽く笑い飛ばされると少し気が楽になる。


 彼らに対しては当然ある程度の疑いを持つべきだが、必要以上に緊張しすぎても後が続かない。どのみちカリダ様が調査してからでなければ正体はつかめないのだ。疑心暗鬼になるのはしばらく待ってからでも遅くはない。


「ま、妥当なのは城の夜警か召使か、そのあたりでしょうね」


 城の夜警――それは俺たちのことだ。


 わずかに胸が高鳴っていた。案内役と聞いた時は気づかなかったが、これは花国探偵様の調査を近くで見るチャンスだ。


 いや、違う。何を考えている。俺は強く首を振った。これはエルピネス様のための調査だ。王が死んだ。俺たちの王が殺されたのだ。


 英雄になって王を支えたかった。エルピネス様の守る国を見てみたかった。人生の全てを平和のために捧げようとした王が、はっきりと報われる瞬間を目にしたかった。


 それを全部壊されたのだ。どんな理由かは知らない。そんなものはどうだっていい。今俺が望むのは、王の無念を晴らすことだ。


 一刻も早く犯人を暴き、国の混乱を収めること。ホドス様にかかった疑いを晴らしてサクスムの滅亡を防ぐこと。そうしなければ次の王も決まらない。サクスムの未来は潰えてしまう。


 サクスムを守るため、エルピネス様の意思を守るため、この調査は行われるべきなのだ。


 その上で。


「案内役は自分にお任せください」


 俺は手を挙げる。皆の視線がこちらに集中したのを見て、胸に手を当て頭を下げた。


「はあ?」


 すぐさまアガペーネ様が呆れたような声を発した。


「ねえアンタ、話聞いてた? 魔術もろくに使えない無能に護衛なんて務まらないでしょ。他の兵士に任せなさいよ。それとも、お荷物になって調査の妨害でもしようってわけ?」


「そ、それは」


 実際に詰め寄られたわけでもないのに、あまりの勢いについ後ずさってしまう。そんな俺を見かねてスキア様が助け舟を出してくれた。


「ニケは適任者だと思いますよ」


「何言ってんの?」


 アガペーネ様が烈火のごとき激しい眼差しで睨みつける。スキア様は臆することなく笑い流した。


「先ほどの言葉は撤回いたします。案内役と護衛役は別々につけても問題ないでしょう。純粋な案内役とするのなら、ニケは城内にも城下町にも詳しく、犯人候補全員と関わりがあります。僕やアスピダ様を除けばそんな兵士は彼くらいなものですよ。聞き込みの際、きっと彼にしか気づけないこともあるでしょう。しかも彼は夜警ですから、昨晩の城の状況も把握しています。聞き込みの同行者としてなら、これ以上とないほど有用ではないでしょうか」


「ス、スキア様……!」


 予想外の援護を受けて感極まってしまった。アガペーネ様に罵倒される時は叩きのめされて膝をつくのがお決まりだったため、余計にありがたみを感じる。


「ふんっ。むかつくけど認めるわ。コイツってコネだけは立派よね」


「ウグッ!」


 結局罵倒はされるわけだが。


 しかし構わない。親の七光りと陰口を叩かれ続けてきた俺だが、今日ほどその繋がりに感謝したことはなかった。


「よかろう。では案内役はニケに任せる。あとは護衛だが……」


「私」


 囁くような細い声が、そのくせやけにはっきりと耳に響いた。


「護衛をするのは、私」


 この場に来て初めて、彼女は口を開いた。


 女性にしては大柄で背が高く、何枚も重ねた着物は防寒を通り越して暑苦しい。もこもことした服装とは対照的に眼差しは冷たく、灰色の瞳は波の立たない水面のように静かだ。


 サクスム第一王女、フィリアーネ様――就任式でも宴でも気配を殺すように押し黙っていた姫様が、ここに来て突然名乗りを上げた。


 彼女のまとう冷たい空気のためか口を挟める者は少なかったが、妹君であるアガペーネ様は何の遠慮もなく大きなため息をついた。


「あのねお姉さま、さっきスキアが言ってたじゃない。犯人候補が護衛に就くなんてありえな……」


「私、犯人じゃないわ」


「馬鹿なのっ? そんなこと口で言ったって何の証明にもならないわよ!」


「なら、城内の護衛だけでいい。人目があるから、私が犯人でも安全。何かあっても私の仕業とすぐに分かる」


「それ、護衛の意味ないじゃない……」


「お父様」


 アガペーネ様への説得をやめ、ホドス様に視線を向ける。


「う、うむ。護衛としての意味はないが、調査に支障をきたさないのであれば問題はなかろう。城内にいるうちは同行を許そう」


「ん。ありがとう」


「ちょっとお父様! 甘やかしすぎよ!」


 娘からの非難に対し、ホドス様は咳払いで誤魔化した。


「城外に出る際はイェネオスファムを護衛に就ける。昨夜イェネオは泥酔した客人の見張りに加わっていたため刺客となった可能性はなく、戦闘能力も申し分ない。城内にいる兵士の中では彼が最も適任であろう。異論のある者はおらぬな?」


 イェネオが護衛か。あまり認めたくはないが確かに奴は強い。


「――異議はないようだな。ではイェネオよ、よろしく頼む」


「はっ!」


 イェネオが前に進み出てきて、胸に手を当て背筋をピンと伸ばす。いつものごとく猫耳のように先の分かれた帽子をかぶっていた。


 こうして四人の調査メンバーが決まり、まずは俺とフィリアーネ様の二人が同行者となった。


 早速このまま皆への聞き込みが始まるのかと思ったが、カリダ様はにこにこしながら俺たちに言った。


「それじゃあまず、王様の寝室を見せてほしいな~。案内お願いします!」


 ぺこりと頭を下げられて、俺は慌てて頷いた。


「は、はい! こちらへどうぞ!」


 ついにカリダ様の調査が始まる。あくまでエルピネス様のための調査であるが、やはり花国探偵様の実力がどれほどのものか、気になる気持ちは抑えられない。


「あ、皆はそれぞれ自由にして待ってて~。色々調べた後で聞き込みさせてもらうからね~」


 のんびりとした声でそう告げて、カリダ様はホールを後にする。……この緊張感のなさはどうにかならないものか。


 出だしから調子を狂わされながら、俺たちは第一の調査場所へ向かったのだった。














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