9. 花国探偵カリダ
今よりおよそ三年前のことである。
炎の国フランマと花の国フロースの国境付近、フランマの市街地にて大きな爆発が起きた。当初は大地の魔力による自然災害と思われたが、災害の現場付近で刃物によって体を切り裂かれた兵士の遺体がいくつも見つかり、フランマが激昂。フロース人の仕業と決めつけた。
これに対しフロースは国を陥れようとする愚劣な妄言だと一蹴したが、フランマも当然引かなかった。五国同盟による裁きを与えるか、戦の許可をもらいたいと主張してきた。
もしも本当にフロースが攻撃をしかけたのなら、それに対する防衛を同盟が拒むわけにはいかない。かといってフロースを犯人と断定し裁くこともできない。
結果、妥協案として二国の戦争を認める声が上がるようになった。だが武力ではフランマが圧倒的に上であり、フロースの敗北は目に見えていた。同盟がフロースを裁くのとほとんど変わりのないことだったのだ。
しかしそんな時、爆発現場の調査を行った者がいた。そう、それがカリダ様だ。
『花国探偵』と呼ばれた彼女は、事件の真相を解き明かすために来たと語り、爆発の原因ではなく兵士を斬った犯人について調べた。
当然フランマは、いくら調査をされようと敵国の言葉など信じられないと追い返そうとした。それでも他の三国から監視官が送られたことで何とか押し通せたという。
結論から言うと、フランマの兵士を斬り伏せた犯人は狼だった。
魔力を多く有して生まれた動物は時として特別な力を宿し、普通よりも高い知能を持つ。
『魔獣』と呼ばれる彼らはかつてより危険な存在として恐れられてはいた――しかし、たかが動物が剣を奪って巧みに操り、人の仕業と見紛うほどの手際で斬殺するとは誰も思わなかったのだ。
だが探偵は先入観に惑わされることなく現場の状況と人々の証言から的確に情報を整理し、犯人は国境付近の森に棲む狼以外にはありえないと断定した。
そして爆発は本当に魔力災害によるもので、魔獣とは一切関係がないとの結論が出た。あまりに間の悪い災害だったために人為的なものと誤解されていただけであったらしい。
驚くべきはフランマがその説明に納得したことだ。よほど話に筋が通っていたのだろう。その後フランマ兵が狼を探し出すと、実際に剣を操り攻撃してきたという。
こうしてフロースに向けられた誤解は消え、戦争も防がれた。これがなければどれだけの血が流れたか想像もつかない。まさしく一国を救った偉業と言えるだろう。
『花国探偵』はそれを推理の力のみでやってのけた。魔力に一切頼ることなくやり遂げた。
彼女は道しるべだ。俺が英雄へと至るための道を照らす光――もう一人の憧れだった。
*
「花国探偵……と申したのか?」
「うん、そうだよ~」
ホドス様の問いかけに、カリダと名乗った少女はにこにこと頷く。
にわかには信じられない。三年前にフロースとフランマの戦争を止めた英雄が、このような愛らしい少女だなどと、一体誰に予想できるだろうか。
確かに噂の中で探偵の容姿について触れている箇所はない。どんな人物であっても矛盾はしないのだが、それでもやはり、現実的に考えてありえない。
「驚かせてごめんね。外見については皆に協力してもらって秘密にしてるんだぁ。だってわたし、身分のわりにすご~く弱いから!」
どれだけ弱いかということを表すかのように大きく腕を広げる少女は、やはり何度見ても荒事とは無縁の、花畑で笑っているのが似合う子どもとしか思えなかった。
しかし確かに彼女には不思議な力を感じる。魔力や腕力といった武力的な意味ではなく、周囲の空気を変えてしまう力だ。
怒りに声を上げていたホドス様も、サクスムの人々も、青ざめて絶望しきっていたロギオス監視官でさえも、少女の声に耳を傾けている。それは花国探偵という身分のせいだけではないはずだ。
「ほら、見て」
少女はトンガリ帽子の縁に咲いた色とりどりの花飾りに手をやると、その一輪を引き抜いた。……どうやら本物の花だったらしい。
抜かれたのは蛍花。気絶したウェントス兵の肩にも刺さっている黄色の球のような花は、触れた者の身に一時的な異常を引き起こす。体から魔力が漏れ出る状態にするのである。そうすることで空気中に流れた魔力を吸い取り、得られた魔力の分だけ強い輝きを放つ。いわゆる食魔植物だ。
しかし蛍花は光らない。魔術の使えない俺でさえ光らせられる花が、わずかな反応も示さなかった。
どんな人間であれ、内に秘める魔力は常に回復しつづけている。すぐに魔術が使えるようになる、とは中々いかないが、蛍花を光らせられる程度の魔力なら一瞬で取り戻せるはずだった。だからあらかじめ魔力を使っておくといった小細工はできない。彼女に魔力がないのは間違いなかった。
全く魔力のない人間など世界全体を見渡しても数えるほどしかいないだろう。花国探偵としての身分を示すのに効果的なパフォーマンスではあった。
だが証拠とまではいかない。戸惑ったホドス様はようやく思い至ったように人々の集団へ顔を向けた。
他国の者が入り混じった集団の中に、トンガリ帽子をかぶりローブに身を包んだ、少女と似たような恰好の人々がいる。彼らがフロース人だ。
ホドス様は事の真偽を視線で尋ねる。帰って来たのは頷きと、「間違いありません」という一言だった。加えてフランマの監視官も首肯してみせる。三年前の事件の関係か、面識があったようだ。
ここまで来れば間違いはないだろう。そもそも偽りの探偵を作り上げる理由がない。ただ偽物が出てきたとして、それで国の滅亡を止められるような権限はないからだ。
では、本当に――。俺はごくりと唾を飲んだ。
魔力を持たない英雄――花国探偵、カリダ様。俺が目指すべき明確な英雄像の一つを見せてくれた心の師が、今、すぐ目の前にいた。
こんな時でなければ真っ先に飛びついてご挨拶をしていたところだが、お二人の会話を邪魔するわけにはいかない。彼女はとてつもなく重要なことを口にしたのだ。
ホドス様も気を取り直し、その場に立ったまま尋ねる。
「よかろう。では花国探偵に問う。あの兵士とウェントスが犯人でないというのは、いかなる根拠によるものだ?」
そう。今、彼女の言葉には多くの人々の命運がかかっている。まるで三年前の事件の時のように。
それなのに彼女――カリダ様は、ほわほわとした日なたのような空気をまとったまま、緊張感の欠片もなくにこにことしていた。
「うん! 兵士くんもウェントスもこの件には関係ないよ~」
「ほう、やはり聞き間違いではなかったのだな。ならばこの場の全員を納得させられるように話してみせよ」
ウェントス人に対し聞く耳を持たなかったホドス様だが、カリダ様相手なら話は別だ。初めて顔を合わせた彼でさえ彼女の意見には耳を傾けるべきだと認めている。きっとこれが英雄の名を背負うということなのだ。
「うん! あ、でも裏付けは取れてないから、皆に事実を確認しつつ話していくね」
カリダ様は人差し指を立てる。
「まず一つ。今回の暗殺に使われた『泥水の悪魔』についてなんだけどね~? さっきこの毒薬を使ったら縛られた跡なんかが残るはずだって言われていたけど、それって確実なことなのかな? あ、王様の体質の件は抜きにしてなんだけど……例えば、王様よりずっとずっと強い力を持った人なら、わざわざ縛らなくても無理矢理毒を飲ませられるかもしれないよね? そんな風に、どうにか痕跡を残さない方法もあるのかなあ?」
その質問にエン医師は、髭のような刺青が入った鼻の下に触れ、わざとらしく眉を上げた。
「いいえ、それだけはあり得ぬと断言いたしましょう! 先ほども申し上げた通り、『泥水の悪魔』は拷問用の毒でございます。被害者が苦しみから逃れようとする力は想像を絶するものです。その力は、たとえ犯人を振り払えずとも、自らを傷つけるには十分でしょう。皮膚の擦り傷や内出血、泣き叫んだことによる目や喉の腫れなど、何かしらの痕跡が必ず残るはず。おお! なんと恐ろしい! それが『泥水の悪魔』という魔術なのです!」
いちいち芝居がかった言い方をするエン医師に皆がうんざりしたような顔をするが、カリダ様はまるで気にした風もなく、こくこくと頷いた。
「うんうん、やっぱりそうだよね。だとすると本来、こんな毒で暗殺を謀るメリットはないはずなんだよね~。でも犯人はこれを使った。結果的に外傷が残らず、エンくんの研究がなかったら病死扱いにされてたわけだね!」
確かにそうだ。エン医師の自慢癖がなければ今回のことは事件にすらならなかった。彼以外に毒の痕跡を見つけ出すことはできなかったのだから。
「これって、犯人は元々王様の『深すぎる眠り』について知っていたってことなんじゃないかなぁ? そうじゃなかったら、せっかく寝込みを襲ってるのにこんな魔術を使う理由がないから。拘束もせず、蛍花も刺さずにね」
俺ははっとした。蛍花――そうだ、何故そのことに気づかなかった。
「普通ならね、『泥水の悪魔』を使うのに蛍花を刺さないなんてありえないの。この毒が魔力に触れると水になっちゃうって話は、さっきエンくんがしてくれたよね? だったら、毒を飲まされた人が反射的にでも魔力を放出したらどうなっちゃうのかな? ――そう、毒が効かなくなっちゃんだよ」
ホドス様が目を見張る。口元を手で覆い、ゆらゆらと後ずさった。
カリダ様はのんびりとした声のまま続ける。
「やっぱり犯人は王様の体質を知っていたとしか思えないんだぁ。王様が絶対に抵抗できないと分かってたから、傷跡の一つも残さずに毒を飲ませられたんだと思うの」
状況について行けていない者、話を飲み込めていない者、様々いるが、多くの者は気づき始めていた。
犯人がエルピネス様の体質を知っていたという事実、それが意味するところは何なのかを。
「でもね? 王様の体質って秘密にされてたはずなんだよねぇ。ごく一部の人にしかお話してないって、ホドスくんが言ってたから。そんな秘密を犯人はどうやって手に入れたのかなぁ?」
さりげない「くん」付けに目を見張ったが、今の状況で突っ込む者はいなかった。
カリダ様の言葉の意味はもう俺にも分かっている。ホドス様がごく一部、つまりは信頼を置いた相手にのみ話したであろう情報を、犯人が持っていた。それはつまり――。
ところが、ここまで話したところでカリダ様は急にぽかんと口を開けた。ぼんやりとした視線を上に向け、考え込んでいる様子だ。
そしてぽんと手を叩いた。
「ああ! ウェントスからの密偵がお城に入り込んでいたなら、知れる可能性もあったかも~!」
今思いついたというような間の抜けた言動に多くの者が面食らった。つかみどころがない。
ホドス様はそんな様子には構わずに首を振る。
「ありえぬ。兵士や召使の中にウェントス人が紛れている可能性はないとは言い切れんが……エルピネスの秘密を知る者たちは皆、ウェントスが同盟に下るより以前から『霧の城』に住んでいる。ウェントスによって送り込まれた可能性はない」
「そっかぁ。それなら、体質について話しているところを誰かに盗み聞きされたとか?」
「それも……ありえぬ」
ホドス様は額を押さえ、痛みをこらえるように小さく呻いた。
「万が一にでも秘密がばれることのないよう、この話題に触れることは深く禁じていた。どうしても話題に出さねばならぬ時は密談のためだけに作った防音室まで利用していたほどだ」
防音室とは『喧噪喰いの鈴』という魔術を用いた、外に音を漏らさないための部屋だ。ソポス先生が毒を飲む実験の際に使っていた、鳴らすと周囲の音をかき消してくれる魔術だ。
「そもそも、エルピネスの体質を話すような場面も少ない。余や他の者が誤って情報を漏らすことは決してないだろう。たとえ密偵がいようとも、盗み聞きされることなど万に一つもありはせぬ」
背筋が凍る感覚がした。これでは決定的ではないか。
「ウェントスの子たちが独自に情報を得る……っていうことはできなかったんだね。かと言って、あなたたちの誰かが情報を流したとも考えにくいよね~。だって『王様は眠ったら何されても起きないよ~』なんて言われたって、普通の人は信じないからね! 不慣れな罠としか思えないよ。――うん、やっぱりウェントスの仕業っていう線はないと考えていいんじゃないかなぁ~」
俺はつい、城の人々の顔を見る。皆の顔には当然ながら動揺がある。その表情一つ一つが怪しく映った。青ざめたその顔は「自分が死刑になるかもしれない」という焦りによるものなのではないか。そうした邪推が頭をよぎる。
「認めよう」
ホドス様が呻くように言った。
「この件に確かにウェントスは関係ない。エルピネスの暗殺を企てたのは――余の身内だ」
静寂がホール内を包む。
カリダ様は紛れもなく本物の『花国探偵』だった。誰もが感情や場の空気に飲まれ正確な事実にたどり着けなかった場面で、一切動じることなく着実に答えを見つけた。そしてそれを冷静に伝えた。あまりに呆気なくやってのけたせいで実感が湧かないが、俺は今、一つの国が救われる瞬間を目の当たりにしたのだ。
今の推理は三年前に披露されたものに比べればほんの序の口に過ぎないのだろう。しかしそれでも力の一端を垣間見ることはできた。
しかしながら、彼女の勇姿に感動している場合ではない。
「なんたることだ」
ホドス様が顔を押さえて呟く。まだ事件は解決していない。犯人が身内にいることは分かったが、それが誰かまでは確定していなかった。
「ほ、ほれ見ぃ! 言ったやろっ? ウェントスは関係ないんやって! せやろ? な? な?」
ロギオス監視官に助けを求められ、カリダ様はうんうんと頷いた。
「そうだねぇ。今回の犯人が自分でやったのか刺客を送ったのかはまだ分からないけど、少なくとも、ウェントスの偉い人と繋がってるならウェントス兵を刺客になんてできなかったと思うなぁ。兵士くんが刺客だった可能性が完全に消えたわけじゃないけど、ウェントスという国自体の疑いは晴れたっていうことにしてもいいよね?」
カリダ様はロギオスのそばまで行き、うーん、うーんと背伸びした。
「な、なんです?」
「ちょっとしゃがんで~」
何事だろうと思って見ていると、カリダ様はしゃがませたロギオスの頭を優しく撫で始めた。
「よしよし、怖かったね~。もう大丈夫だよ~」
「え、あ……ど、どうも」
大変な事態に直面している時に、年季の入った男の頭を少女が撫でて慰めている。うん、分からない。これはどういう状況だ?
「それから、兵士くんが寝室のそばにいた件だけど」
皆がどんな顔をすればいいか分からなくなっている中、カリダ様は何もおかしなところはないとでもいうように平然と話題を戻した。
「きっとアガペーネちゃんのお部屋にいたんじゃないかなあ」
「はあっ? アタシのっ? っていうか今ちゃんって……」
驚くアガペーネ様にも構わず、カリダ様はにこにこと笑って人差し指を立てる。
「理由は簡単だよ! 第一に、部屋を出る時、皆がみんなしっかりカギをしめていたとは限らないっていうこと。忘れていた可能性もあるし、そもそも習慣づいてなかったかもしれない」
二本目の指が立つ。
「第二に、アガペーネちゃんが昨日お城の外で寝てたこと! その分空き部屋ができるはずだから、そこに迷い込んだ可能性はあるでしょう? 夜警の子たちも王女様の寝室までは調べられないだろうから、もし酔っぱらった兵士くんがそこへ迷い込んだら、見つかることはなかったはずだよね?」
「た、確かに」
思わず呟いた。盲点だった。
「その後夜明け前になって目を覚まして、慌てて部屋を出たら夜警のこと出くわしちゃったとか、そんな感じかな~」
ふわふわとした言い方だが、ウェントスの陰謀でないと分かった今ならありえない話でもないと思える。
これでカリダ様は当初の目的を果たしたことになる。ウェントス側の疑いは完全に晴れ、あとはサクスムの中だけの問題となった。
「ヌハハ、これは凄いものを見た! ところでホドス様」
ラクスの監視官カコパイーニが、脂肪で何重にもなったあごを撫でつけながらニヤニヤと嫌な笑みを浮かべる。
「『犯人候補』は具体的に誰であるのか、我々にご紹介願いたいところだなァ。ヌハハハ!」
問われ、ホドス様は顔を押さえたまま深い息をつく。怒りに震えあがっていた時とは別人のように力がなく、枯れ木のようにすっかり老け込んで見えた。
諦めたように名を挙げ始める。
「まずは余と、我が娘のフィリアーネ、アガペーネだ。娘たちには余の口から直接伝えた」
この三名はエルピネス様と血のつながった家族だ。知っていて当然だろう。王妃も知っていただろうが、八年も前に戦で亡くなっているのだから当然人数には入らない。
「それから、外交役のアスピダダン。エルピネスの騎士であったスキアダン。この二人にも、非常時のために知っておいてもらった」
妥当だろう。いざという時に王を守れる戦士の二人には事情を把握してもらった方が何かと都合が良かったはずだ。
「使用人のカストロニアも知っている。彼女は幼い頃のエルピネスを世話していて、眠りの体質に気づいたのも彼女から妻――ランプロティターネに相談したことがきっかけだ。当時の医者に関してだが、彼も八年前の戦で命を落としている。そして最後にもう一人……」
「はーい、ソポス先生でーす」
やる気のない低い声で挙手したのはソポスファーナ先生だった。寝ぐせだらけのボサボサの髪を撫でつけながら、面倒くさそうに説明する。
「先生はあれッス、要するにお医者枠ッス。なんでエル様があんな体質になっちゃったのか、体を検査しても全然分からなかったから魔術的な側面から調べようって話になったンスよ。で、魔術研究の天才であるこのソポスファーナ大先生に相談を持ち掛けたってわけッス」
自身を指さしながら淡々と語り、顔につけた人骨の仮面をコツコツと指で叩いた。
彼女は変人だが、サクスムで最も優秀な魔術研究者である。知識を借りるには十分すぎるほどの人材だろう。
「これで全てだ」
ホドス様は言った。
「『犯人候補』となるのは今挙げた七人のみである」
七人の名を、俺は頭の中で繰り返す。
ホドス様、フィリアーネ様、アガペーネ様、スキア様、アスピダ様、カストロニア、ソポス先生――。
この中にエルピネス様を暗殺した犯人がいる。
刺客を送ったのか、自ら犯行に至ったのか。そのどちらにしても、犯行計画を立てた主犯であることは明白だ。
とても受け入れられないことだった。けれども事実だ。俺たちは疑わなくてはならない。犯人を見つけ出さなければならない。
ホールにいる皆が犯人候補のそれぞれに恐怖と疑いの目を向ける。疑心暗鬼が彼らの中に巣くい、ずしりと重たい空気に押しつぶされた。
カリダ様の推理によって風の国は救われた。だが今度はこの国――サクスムに危機が訪れている。
王と王女、その臣下たちが逆賊として疑われ、恐れられている。ただでさえ次の王を失い国の混乱が避けられない状況で、こんな疑心暗鬼を放置できるわけがない。下手をすれば憶測から犯人を決めつけ合い、殺し合いにすら発展しかねない。
その時、カリダ様が言った。
「わたしが見つけるよ」
全員の視線が集まる。カリダ様はほわほわとした温かい笑みを浮かべると、一切の迷いなく言った。
「王様暗殺の犯人はわたしが必ず見つける。花国探偵としてね。だからホドスくん、わたしに命令して」
ホドス様は目を見張る。枯れた大木のように力を失っていた彼の瞳にわずかな光が宿る。まさに藁にもすがるような思いであっただろう。
「願ってもないことだ。サクスムの一大事、本来であれば余らの力のみで片付けるべきだが……甘いことは言っておられぬ。――花国探偵カリダよ、其方に依頼する。我が息子を殺めた者の正体を突き止めて欲しい」
ホドス様はまっすぐな眼差しで願い、深く、深く頭を下げた。
カリダ様は花の生えたとんがり帽子を頭から取り、胸に当てる。それはフロースにおける敬礼を意味していた。
「うん、任せて!」