144.アルバイト
「一応ここじゃ、誰しも何らかの仕事をして、その対価の中で慎ましく生活している。外の者は知らないかもしれんが、そう豊かな土地じゃあない。さて、あんたはどうする?」
飲食店の店員から尋ねられたが何ともフワッとしていると言うか、不気味と言うか、試されてるのだけは分かるが、こんな土地なら中々交流が進まないのも頷ける。
さて、どうしたものかと阿空と顔を見合わせるが、向こうも特にこれと言って案はないらしい。
それなら、上手くいくかは分らないが一つ提示してみるか……。
「そこの奴が食べてるのがここの飯だとしたら、俺もそれなりの物が作れるがどうだ?」
「ほう?いい判断だな。タイミングもいい。丁度食料が心許なくなってきた所に、仕入れが立ったんだが、他の種族との分配もあるんで、まだこの店には入荷してなかったんだ。もし、あんたが手持ちの食材で何がしか作るのなら、売った分はあんたが持っていけばいい。店の設備の使用料は戴くが、もし仮にそこの飯より上質なものが出るなら、そんなものはあっという間に支払えるだろう」
「もし、支払えない場合は?」
「食材を直接俺が買う。ただ、作って売るよりは大分儲けはなくなると思え」
ふむ、こいつは腕が鳴るな。
<調理>ははっきり言って趣味スキルに毛が生えた程度の認識のプレイヤーが多い。
十分に熟練度を溜めれば、素材と腕次第で一定時間のバフを得られたりもするのだが、最重要に位置するものではないと言う事だろう。
そんな中、自分は現実の仕事もあって一応取得し、更には店で交代とは言え食事を作るのが日課だ。
無駄に熟練度があり、元々現実の料理知識も多少なりあるとなれば、ここで退いては男が廃る。
食料が少ない地と予め聞いてたのもあり、かなり余裕を持って鞄に詰めてきた食材の内、どれを使うか?
「ちなみにリクエストはあるか?肉か魚か穀物か……」
「肉がいい!外から来た奴が初めて持ち込んだ不思議な肉料理がいい。肉をエッジの利いた根野菜と一緒に焼いてたのは分かってるんだが、食料が乏しくなるに連れてアレを思い出すんだ」
唐突に酔っ払ったおっさんに声を掛けられたが、やはり普通のおっさんだ。全然ムキムキじゃない。
「ふーむ、まあ作ってみるか」
まず塊で買ってきた豚肉をスライスして、フライパンで軽く火を通す。
次にすりおろした玉ねぎをフライパンに入れていき、少しだけ原形を留めた部分は刻んで一緒に炒める。
火が通って玉ねぎの色が変わってきたら、ニンニク、生姜、蜂蜜、酒、醤油、砂糖を混ぜて作ったタレを入れてそのまま軽く煮立てる。
香りが立ったら、皿に盛って完成!豚の生姜焼きだ。
どうやらこの地では金属皿を使っているらしいが、やっぱり鉱物資源が豊富なのだろうか?
「こ、こいつは……!」
「どうだ?正解だったか?」
米も何も出してないのに、いきなり肉だけ喰らい始めるおっさん。
かなりしょっぱいと思うのだが、大丈夫だろうか?絶対肉体労働ではない体つきなのに……。
「しょっぱ!!!大ハズレだ!!!だが、美味すぎる!幾ら出せばいい?」
「ん?金はもらえるのか。そうだな……ここの一食の相場は?」
「銀一枚だな。酒をつけて銀二枚」
「だがおかずだけじゃ満たされないだろ?炭水化物をつけるぜ」
とはいえ、今から米を炊いていたんじゃ時間もかかるし、ここはゴロゴロジャガイモスープで勘弁してもらおう。
作り貯めしてきたスープストックを鞄から取り出し、それをベースにジャガイモと玉ねぎをこれでもかとつっこんで、煮るだけの簡単な料理だ。
ある程度の所で、火から上げおっさんに出すと、火傷しそうな勢いで食べ始めるので、常温のまま行ける日本酒を一杯出してやった。
一気に全てかっ込み、カーっと気炎を吐いたかと思えば、銀貨三枚カウンターに差し出してきた。
「久しぶりに満足できる飯を食った。やっぱり外ってのはいいもんだな」
「この地は排他的だって聞いてたんだが、あんたはそうでもないのか?」
「ん~難しい所だな。俺達はこの地でずっと何代も生きてきた。産まれた時に仕事を決められ、コツコツそれさえやってればとりあえず生きて行けるそんな環境だったのが、前に来た丸耳の……なんだったか」
「隊長か?」
「そう、そいつが来た事で外との繋がりが出来たんだが、外には悪い奴もいるって言うし、警戒してるってのが正直なところだな。はっきり言ってあいつが作った飯もあんたが作った飯も美味いと思うし、仲良くしたいとは思ってる。だがいきなり心を開くのは無理だ。それで今回祈りの祭壇の先からヒトが来て話し合いがあるんだろ?」
「なる程な。まぁ俺も隊長との縁で来たんだが、それで隊長達はどこにいる?」
「多分闇精の【巫士】様の所だろう。俺達をまとめる方だ」
「それじゃあ、そこに行ってみる……か?」
「おいおい!そいつだけ食べて俺達にはないのか?銀貨3枚と情報でいいなら、俺も出すぞ!」
「ちょっと待て、俺もだ!俺にも作ってくれ!話の間腹を鳴らして待ってたんだからよう!」
次から次へとエルフ達が群がってきた。中にはそれなりにしっかりした体の若者もいるし、別に地下のエルフ皆が皆非戦闘員って訳でもないらしい。
とりあえず、この状況を捌く為、食材を取り出しガンガン作り、配膳は阿空に任せていく。
本当に多めに食材詰め込んで来て良かった。




