118.ケーちゃん
それはある日突然のことだった。
世界樹の下に建てられた仮宿舎で寝泊りしながら、祭りの設営に連日借り出されていたのだが、基本祭りは飲む、食う、歌う、踊る、暴れるらしい。
何でも前回来た時はケーちゃんが邪神の尖兵に乗っ取られて、大変だったとか。
どう大変だったかと言うと、東のヒトが邪神の尖兵に寄生されて次から次へと襲ってきたとか、ケーちゃん内部の探索と制圧に命がけだったとか、そんな感じだ。
正直よく分かっていない。
その事件のお陰で隊長とエルフの間に絆が生まれて今こうやって交易する為の準備を踏めているのだから、災い転じて福となすといった所なのだろう。
そして、そのケーちゃんって一体何なのだろうと思いつつ、ちょっと休憩がてら海辺でのんびり座っていたら、はるか彼方に大きな水飛沫が見えた。
何事かさっぱり予想もつかないが、尋常の事ではなかろうと、すぐさま近くのエルフに伝えに行くと、
そのエルフが仲間を呼んでぞろぞろと、東の海を見に行く。
妙に真剣な面持ちだが、そんな危険な状況ならもう少し人手を集めた方がいいかと、縦巻きロールのエルフを見つけて状況を説明する。
「ふむ、遠くに尋常じゃないサイズの水飛沫が見えたという事か。この時期それだけの水飛沫を上げるのはケーちゃんで間違いなかろうが、果たして今回は無事か?」
「いや、疑問系で聞かれても俺には何の事かわからねぇよ。何か前にトラブルがあったみたいだが、判断する材料がないな」
「それもそうか、よし!総員!東の岸辺に集合!警戒態勢を取れ!出来れば隊長を呼んで<融力術>の準備だ!」
一挙に慌しくなるエルフ達、普段はどこか温暖で安定した気候に合ったのんびりした所のある大らかな種族達に、緊張が走る。
自分も念の為鉄人と一緒に東の海を見るが、今は平穏そのもので、風になびく海面のみ静かに音をたてている。
そんな状況でも、誰も自分の言葉を疑わず、じっと海を見つめて目を離さない。
そして、本当に何の前触れも無しに目の前の水中から何かが現れ、大量の水が岸辺に流れ込む。
足が濡れるのもかまわず、じっと沈黙を続けるエルフ達、ゆっくりとその姿がはっきり見えてくる巨大な影。
目が慣れてくると、それは犬だった。
口に謎の水棲生物をくわえた犬が、目の前でコチラを眺め、そろそろと泳ぎながら誰もいない方へと向かい、岸にベッと謎の水棲生物を吐き出す。
「あれだね、多分ケーちゃんのお土産。ケーちゃんに異常ないみたいだし、警戒態勢解除。お祭り始めよう」
いつの間にか全体を指揮していた隊長から、警戒態勢解除が出て一気に緩んだ顔に戻るエルフ達……真剣で真面目な顔の方が、エルフっぽかったがな。
ああ、これがケーちゃんかと納得している内に、何も言わずカパッと口を開いたケーちゃんから、ぞろぞろとヒトが降りてくるものの、どうやらエルフではないらしい。
服装は割りとラフで、いかにも海に住んでる民族と言う感じだが、中にはローブ服のヒトもいて、どうやらちょっと偉いと言うか、一団の代表的な雰囲気が漂っている。
そして、黒いローブの人物から早速隊長が絡まれているが、隊長は隊長で急いでガイヤになすりつけようとしている?
ちょっと気になったので、近寄って会話を聞いてみると、
「だから~今回は自分じゃなくてさ!こっちのガイヤとやってよ。ガイヤも<呪印術>を必要としてるんだよ」
「ほう、確かに見た所、相当の腕の様だが、何故<呪印術>を必要とする?」
「これは正直に答えた方が良さそうだね。はっきり言うと、隊長に負け越してるからだよ。リベンジマッチの約束は取り付けてるけど、力量はほぼ五分五分、この呪印の差で負けるのは悔しいさね」
「ほー!隊長とな!確かに我々も隊長には苦汁を飲まされてるしな。応援したいのは山々だ!」
「いやいやおかしい!あんた方が起こした面倒事を処理しただけだから!今回ももしかしたらと思って皆こうやって集まってるんだからさ!」
「うむ、感謝はしている。しかし腕も地位もあるのにそなたにボコボコにされた司祭達は皆腕を磨いて来ているぞ?果たして口先だけで逃れられる物かな?」
「いや、だ~か~ら~今回はガイヤがいるじゃん!一対一なら相当だからね?自分みたいに集団とかに振ってないんだから、絶対楽しいと思うよ?」
「それでも、アンタに負け越してるだろ?今度は流石に勝たせてもらうよ。決闘王の称号は私が貰う!」
「くっくっく!その意気だ!本来<呪印術>はある程度信頼のある者に授けるのだが、隊長の紹介と、隊長を倒す意気込みを買って、授けるとしよう。条件は一つ!祭り中に司祭達を倒して実力を見せる事だ!ちなみに隊長は既にこなしている事なので、当然それ位出来なければ勝てないと見なす」
「ふん!いい条件じゃないか!闘うしか能のない私には一番分かりやすいね!」
「結局みんな脳筋なんだよな~。まあいいいけどさ」
「話は決まったな!そうしたら今夜はダンスパーティだ!」
汗臭い話から急に優雅な話に変わって脳が追いつかん。いずれにしても自分には縁のない話だ。




