8. 悪役令嬢はお年頃です②
「あなたがエリス・ゼレーゼ様ですか」
私は件の令嬢と対峙しました。
銀糸のような美しい髪に丸く大きな青い瞳。
優しげで愛らしい顔立ちはどことなくお義母様に似ています。
ですが、お義母様とは違い、幾人もの令息を誑かした恥知らずです。
「悪役令嬢……ジェラミナ・バークレイ……様……」
彼女は何やら呟きましたが……
悪?
なんでしょうか?
よく聞き取れませんでした。
ただ、恐るでもなく私を真っ向から見返す彼女の瞳には強い意志が感じられます。
「あなたどういうおつもり?」
「何のことでしょう?」
私の問いにエリス様の対応はとても静かです。
想像していたよりも落ち着いた方のようです。
「アルベルト殿下やその他の令息たちのことです」
「アルベルト様ですか?」
私の追及にエリス様は特に動じる様子が見えません。
どうやら中々に強かなようです。
「あなたがアルベルト殿下や高位の令息たちを誑かしていると聞き及んでおります」
「……ゲームとほとんど同じセリフ……まずいわね……」
ゲーム?
いったいエリス様は何を言っているのですか?
「その様子だとジェラミナ様は転生者ではないみたいですね」
「転生……者?」
「そうです……このままだとジェラミナ様は破滅してしまいます」
理解の及ばない単語に私が戸惑っているのもお構いなくエリスは勝手に語り始めました。
「私には前世があるのです……」
エリス様の話は荒唐無稽なものでした。
彼女はこの世界とは全く別の異世界で生を受け、二十歳の頃に病気で儚くなったのだそうです。そして気がつけばエリス・ゼレーゼとして生まれ変わっていたと言うのです。
「私が前世の記憶を取り戻したのは五歳の時で、当時の私は孤児院に預けられていました」
「その話は聞き及んでおります」
エリス様の話は有名で、幼少期より光の神聖力に目覚め、十二歳の時には光の聖女と呼ばれるほどの力を身につけられたのです。
「エリス様は市井から誕生した聖女として有名でしたし、あなたが成した功績を耳にしております」
「ははは……みんなが勝手に呼んでいるだけで、本当に聖女に認定されているわけじゃないんですけどね」
ぽりぽりと指で頬を掻くエリス様は恥ずかしそうに笑いましたが、私は誇るべきことだと思っております。
「関係ありません。前世だろうと才能だろうと磨かずに光るものなどないのです」
「ゲームでは悪役令嬢であるジェラミナ様に虐められずに褒められるのは何だかおかしな気持ちです」
何ですか悪役令嬢って?
虐めなど貴族にあるまじき行為です。
私は尊敬に値する人をきちんと評価します。
「神聖術の一つの極地に至ったあなたの努力は並大抵のものではなかったはずです。その研鑽には称賛と敬意を抱いております」
「え、あの……あ、ありがとうございます」
エリス様はかなり戸惑っていますが、私が他人を褒めるのがそんなに不思議なことでしょうか?
「ですが、それと今回の件は別です。エリス様の前世とどう関係があるのですか?」
「実は……この世界は私の前世で遊んだ乙女ゲームの世界のようなのです」
その乙女ゲームなるものはヒロインが攻略対象と呼ばれる地位や名誉、財産のある美形の男性から気に入った者と結ばれるために選択肢を選んでいくゲームなのだそうですが……
何ですかその意味不明な遊びは?
「この世界がゲームの中で、私たちがその登場人物だと?」
「間違いありません」
「にわかに信じがたいお話です。それに、仮にその話が真実として、それならどうして私に打ち明けたのですか?」
乙女ゲームとやらの内容に従えば、エリス様は王妃を始め様々な地位が選り取り見取りなのですから。
「私は私です。エリス・ゼレーゼであってゲームのヒロインではありません」
「つまり、自らの意思で道を選び、歩んでいきたいというわけですか……」
他人から与えられる高価な施しよりも、自らの力で得た貧素な糧を選択する。
それは好感の持てるとても誇り高き生き方です。
「それにゲームでは悪役令嬢と呼ばれる恋路の邪魔をする存在がいるのですが……」
彼女の説明ではその悪役令嬢はヒロインを虐め、殺害を企てて失敗し、最後は大衆の面前でその罪を暴露されて婚約破棄されるのだそうです。
「ヒロインが攻略対象と結ばれてエンディングを迎えると、悪役令嬢は婚約破棄後に処刑、失意の中の病死、野盗に襲われ殺されるなど、ほぼ死亡が確定しているのです」
婚約者に浮気され婚約破棄されるだけでも業腹なのに、なんですかその理不尽な仕打ちは?
全くもってその悪役令嬢という方に同情して――ん?
そう言えば先ほどからエリス様は私のことを何と呼んでいましたか?
「ま、まさか、その悪役令嬢というのは……」
「はい、その悪役令嬢というのはジェレミナ様のことなのです」
なんですか!?
その不条理は!