7. 悪役令嬢はお年頃です①
十五歳になって王都の学園に通うようになると、王子妃教育もあって領地へあまり帰れなくなりました。
ウェインやお義母様に会えず一人王都の屋敷にいるのは味気ないものですね。
……別に寂しくなんてありませんでしたから。
……本当ですよ?
まあ、そうやって一年間を大過なく送り、私は無事二年生に進級したのです。
そしてついに一つ年下の義弟ウェインも学園に入学してきました。
「お久しぶりです義姉さん」
「ええ、久しぶり……」
久々の再会にウェインには喜色の見えました。
当然ですが私も嬉しいです。
ですが義姉としての威厳を失うわけにはいきません。
澄まし顔で取り繕わないと。
しかし、それにしても……
私より頭一つ分以上背が伸びたウェインを見上げました。
これほど精悍な美丈夫になって……驚きの変貌です。
かなり努力して鍛えたのでしょう。
出会った頃の可愛らしい面影が失われたのは寂しく少し残念に思います。ですが、高位貴族たるものいつ戦場へ赴いても大丈夫なように準備と心構えを怠ってはなりません。
「元気なようで安心しました」
「義姉さんもお変わりないようで」
貴公子然としたウェインの成長ぶりに嬉しくもあり寂しくもあり……ちょっとだけ複雑な気分です。
「騎士を目指していると聞いたわ」
「他に取り柄がなかったからね」
謙遜していますが、天才剣士としてウェインの名は既に有名になっています。
三属性の魔法も駆使すれば現役騎士も太刀打ち出来ないと聞き及んでいます。
「活躍は耳に入っているわよ」
「義姉さんの薫陶の賜物だよ」
「いいえ、全てはあなたの努力の成果です」
魔法においては全属性を使いこなす私に軍配が上がるでしょうが、総合的な力ではもう私ではウェインに勝てないでしょう。
「これからもバークレイ家の名を汚さぬように精進なさい」
「……はい」
どうしたのでしょう?
ウェインは僅かに眉を顰めたように見えました。
「義姉さんはバークレイ家のためだけに生きているの?」
「貴族の責務は教えたでしょう?」
貴族は己の下位者を正しく導き、庇護と恩恵を与えることで自家に更なる名誉と繁栄をもたらすのです。
「……アルベルト殿下との婚約も貴族の義務?」
「当然です」
この子は何を今さら当たり前のことを言っているのでしょうか。
「殿下に好意持っていないの?」
「殿下はとても容姿の優れた素敵な殿方で、為政者としても素晴らしい能力をお持ちだと思っていますよ」
「僕は義姉さんの気持ちを聞いているんだ!」
「貴族の婚姻に恋愛感情は関係ないわ。高位の貴族なら尚更でしょ?」
それは貴族令嬢としての義務であると同時に矜持でもあるのです。
「好きでもない人と結婚だなんて……そんなのおかしいよ」
「ウェインは好きになさい」
この子はお義母様の連れ子ですからバークレイ家の責務を負う必要もないでしょう。
「そんなことを言っているんじゃないよ!」
「――ッ!」
珍しく声を荒げて私の肩を強く掴んだウェインの瞳には、苛立ちの色が見えました。
「義姉さんはいつだってそうだ……自分のことをいつも切り離して貴族の名誉や矜持ばかり……少しは自分のやりたいことを自由にしたって……」
「貴族令嬢に自由はないわ。それが婚姻に関してなら尚のこと……」
「じゃあなんで義姉さんはそんな顔をしているのさ」
ウェインの瞳に映る戸惑いと悲しみに歪んだ自分の顔に気がつき、ハッとなり顔を背けました。
「義姉さんの……義姉さんの幸せはどこにあるのさ」
「バークレイ家に生まれ多くのものを手にした私に個人の幸福を追求する権利はないのよ」
「そんなの僕は認めない!」
「あっ、待ちなさいウェイン!」
ウェインは私の制止を振り切って走り去ってしまいました。
せっかく久しぶりに会った義弟と喧嘩別れするのは私の本意ではありません。
それからウェインと仲直りをしようとしましたが、何故か彼と二人で話せる機会が作れませんでした。
ウェインは入学したばかりで何かと忙しかったのもありますが、私にも王宮での王子妃教育があって時間があまり作れなかったのです。
そうこうしているうちに不穏な噂が私の耳に入ってきました。
それは幾人かの令息が今年入学した一人の令嬢に入れ上げているというものでした。
そしてあろうことか、その幾人の中には私の婚約者アルベルト殿下も含まれていたのです……