3. 悪役令嬢はまだまだ子供です①
私の名前はジェラミナ・バークレイと申します。
この国の権門の一つである侯爵家の一人娘です。
自分で言うのも烏滸がましいのですが、私はきらめく金の髪に澄んだ青い瞳の絶世の美少女です。
しかも、木・火・土・金・水、五つ全ての魔力属性持ちで、闇の神聖力とも親和性を持つ才女です。
つまり、私が唯一使えないのは光の神聖力のみ。
大多数の者が一つか二つしか属性を持っていないことを鑑みれば、私がいかに優れた人間であるかがお分かりになるでしょう。
権力、財力、容姿、才能……
どれをとっても超一流のまさに選ばれた人間、それが私ジェラミナ・バークレイなのです。
私はあらゆるものを与えられ、持たぬものは何もありません。
それでも敢えて私に無いものを挙げるとすれば、それは母の存在でしょう。
私の母は私の弟になるはずの子を出産する予定でした。
しかし、出産の時に弟と共に儚くなりました。
故にバークレイ家の子供は長女である私一人だけなのです。
そのために、バークレイ家の後継が問題となりました。
この時、取れる手段は三つでした。
一つ、私が結婚し、その配偶者に爵位を譲る方法。
二つ、親戚から適当な養子を迎え嫡子とする方法。
三つ、お父様が再婚し頑張って子をもうける方法。
しかし、稀有な全属性持ちの私を囲っておきたい王家は、私と第一王子のアルベルト殿下との婚約を結ばせていました。
当然ですが、殿下を後継にするわけにもいきませんから一つ目の手段は取れません。
二つ目は、親戚にお父様のお眼鏡に適う男子がおらず、お父様は三つ目の再婚を選択されたのは致し方がないことでした。
ですが、私としてはお母様が裏切られたように思えて、面白くありませんでした。
しかも、再婚のお相手には私の一つ下のお子様がいらっしゃったのです。
「こんにちは、私はメリースゥと申します」
引き合わされた女性は落ち着いた銀糸の髪に綺麗な青色の瞳の持ち主で、冷たい印象を与えそうな色合いながら、柔和で愛らしい顔つきと可愛らしい声音の優しげな方でした。
確か二十代半ばと聞いておりますが、愛嬌のある顔は年齢より幼く見えますし、落ち着いた雰囲気は逆にもっと上にも感じさせます。
とても不思議な魅力のある方です。
「ご挨拶痛み入ります。私はバークレイ家の長女でジェラミナと申します」
私の礼儀作法は完璧です。
とても八歳とは思えぬ見事なカーテシーを披露しました。
例え相手がどんなに気に入らないとしても、お父様とメリースゥ様のご結婚は貴族として必要なことなのです。
私の感情は殺して、この結婚を許容しなければいけません。
貴族の責務の前には私の好悪など塵芥に等しいのですから。
「まあ、とても立派なお嬢さんね」
メリースゥ様は屈託なく笑われるので、身構えていた私は毒気を抜かれてしまいました。
正直に申しまして、この状況は気に食いません。
ですが、何故か私はこの方を嫌えないようです。
おっとりしているようで、メリースゥ様は人の心の内にスッと入って来るなかなかに強かな方みたいです。
「ほら、ウェインもご挨拶なさい。これからあなたのお姉さんになる方なのよ」
メリースゥ様……お義母様はご自分の後ろに隠れていた少年の背を押しました。
その少年はお義母様と同じ銀髪碧眼で、少女とも思える中性的な顔立ちはとても端正で……
なにこの子!?
すっごく可愛い――
「僕はこんな陰険そうなヤツを姉なんて認めない!」
――くないです……
「だいたい僕は母上の再婚を認めていない!」
怒りと憎悪を映した瞳で、強く睨みつけてくるお子ちゃまを私は鼻先で笑いました。
「あなたが認めようと認めまいと関係ありませんわ。お父様とメリースゥ様が夫婦になるのは決定事項……幾ら駄々をこねてもあなたは私の義弟になるのです」
「誰がお前みたいな性悪そうな女を――痛ッ!」
わがままを言うウェインの耳を摘んで黙らせました。
貴族令息として感情を剥き出しにしてはいけません。
「な、何をする!?」
「あなたは自分のお母様が嫌いなのかしら?」
「そんなわけないだろ!」
「だったらメリースゥ様を困らせる言動はお辞めなさい!」
この婚姻は白紙にはできません。
ここで彼が喚けば喚くほど、お義母様は不利な立場になるでしょう。
この可愛い――くない義弟もバークレイ家で肩身が狭くなります。
「今日から義姉としてあなたを徹底的にしごきます」
私の宣言にウェインが何やら喚き散らし、そんな私とウェインのやり取りを見ながらお義母様はニコニコと何を考えているか悟らせない笑顔です。
「ありがとうジェラミナさん」
お義母様はそっと私に耳打ちされました。
「ウェインを受け入れてくれて」
「な、何を仰っているのか分かりかねます。私はただバークレイ家の品位をお二人に下げて欲しくないだけですわ」
顔が熱くなったのを誤魔化すためにそっぽを向いて悪態をつくと、私の耳にくすくすと悪意のないお義母様の笑い声が届いたのでした……