誰が為に鐘は鳴る……
「義姉さん……話があるんだ」
お父様とお義母様を乗せた馬車が去っていくのを見送ると突然ウェインが私の両肩に手を乗せて、真剣な顔を向けてきました。
その端正な顔立ちに真正面から覗き込まれ、心臓がドキンっと跳ね上がって自分の顔が熱くなるのが自覚できました。
おかしいです……
ウェインは義弟なのに……
「大事な話なんだ」
「ですがこれからミーシアさんとルバートさんの結婚式が……」
ウェインは神父ですから、式を取り仕切らないといけないはずです。
「式はカヴェルに任せてきた」
この教会にはもう一人神父がいましたね。
影が薄すぎて忘れていました。
「しかし、司式者はウェインにと指名があったはずでは?」
「二人にも了承はもらっている」
そう言うやウェインは私の手を取って歩き始めました。
手を繋がなくてもちゃんとついていけますよ、と口にしようとしましたが、私は言葉を飲み込みました。
引っ張られるように歩く私はウェインのその背中に何か必死な想いを感じたからです。
ウェインの手は微かに震え、緊張に汗ばんでおり、ぎこちない力強さで私の手を握る彼から拒絶に対する怯えのようなものが見えたせいもあるでしょう。
だから私はウェインの手を拒まず、キュッと握り返しました。
ただ、手を繋いで歩く私たちに、町の人たちが皆一様に生温かい目で見てくるのには往生しました。
やはりこんな年増が弟と手を繋いで歩くのはちょっと異様ですよね。
恥ずかしい……
ですが、ウェインは手を絶対に離すまいと強く握り、押し黙ったまま歩き続け、町の外へと私を連れ出しました。
この方角は……
「あの……ウェイン? もしかして……恋人の丘へ行くの?」
その質問にウェインはびくりと体を震わせました。
ですが、彼はその問いに答えてくれませんでした。
この先にはひときわ大きな木がぽつんと一本聳えている丘があります。
そこからは町を一望できる絶景ポイントで、その大きな木の下は恋人たちが愛を告げる場として若者の間で知られています。
ゆえに恋人の丘と呼ばれています。
ですから男女でそこへ行くというのは……
その想像に私の心臓は早鐘を打ち、血液は一気に駆け上りました。
私は何を勘違いしているのでしょうか?
ウェインは義弟なのですよ?
それでも……
それでも……
それでも……
私は期待と喜びと羞恥と……正と負の色んな感情が入り乱れてしまうのです。
この湧き上がる相反する気持ちは理性で抑えられるものでもなく、その感情に振り回されてしまいました。
ああ……
笑いそうです、泣きそうです、叫んでしまいそうです……
ああ……
歓喜の予感に年甲斐もなく胸が騒ついています。
その苦しい程に胸が張り裂けそうになる期待と……
次々と涙が止めどもなく溢れそうになる喜びに……
そんな騒がしい自分の気持ちに気がついてしまったのです……
自分の奥底に隠していた、
気づかぬふりをしていた、
私のウェインへの想い……
その想いに気がつけば、もう気持ちを誤魔化せない、もう溢れる想いを止められません。
そして私の予想通り、ウェインが私を導いた場所は恋人の丘……
「義姉さん」
私の両手をギュッと握るウェインがとても近く、これから起きることに私はおたおたしてしまいました。
ウェインが私に……まさか……本当に?
「ウェ、ウェイン……その……近いわ」
だけどウェインはむしろ私の手を引いて、より近づいてきました。
もうお互いの鼻先が触れそうです。
「ぼ、僕はもう逃げない」
震えながらもウェインは強い瞳で私を見据えるので、私はもう何も言えず黙って彼の言葉を待ちました。
「僕はとても酷い義弟なんだ」
「ウェインはとても優しい義弟よ」
「僕が義姉さんの婚約破棄に関わっているのはもう話しただろ?」
王妃殿下の企てにウェインが協力していたのは聞きました。
「でも、それはこの国の行く末を憂いてのこと……」
「違うんだ……僕はただ義姉さんをアルベルト殿下に奪られたくなかっただけなんだ……だから、義姉さんが婚約破棄されて僕は喜んだ。これで、義姉さんが誰のものにもならないって……それはとても暗く醜く黒い歓喜で……これで義姉さんを誰にも奪われない。ずっとずっと僕だけの義姉さんだって……」
こんな義弟は嫌だよね、とウェインが自虐っぽく笑うので、私はそれを首を振って否定しました。
「ずっとこのままよ。私はずっとあなたの義姉よ」
だけどウェインの吐露は止まりません。
「うん……だけど、ルバートが義姉さんの前に現れて、僕はもう気が気じゃなかった。義姉さんを奪われるんじゃないかって……だから、僕はもう今のままじゃいられないんだ」
そこでウェインはいったん言葉を切り深く呼吸をしたので、私は次に彼が口にする言葉を想像して、心臓がこれ以上にないくらいバクバクと暴れました。
「聞いて欲しい……僕は義姉さんとずっとずっと一緒にいたい。義姉さんを離したくない。それは姉弟としてじゃなくて……」
その時、風が止み私たちの周りが完全な無音となって時間がまるで止まってしまったかのようになりました。お互いの心音だけが時が動いている証左でした。
「僕は義姉さんを愛してます。誰よりも誰よりも愛してます」
ウェインの告白に私はやっと理解しました。
私はずっと心に蓋をしていた部分があったのだと……
「ウェイン……」
だから、私は逃げずにウェインに伝えないといけません。
「私の時間は二十年前から止まってしまっていたのね。いま分かったわ……」
私の気持ち……二十年以上も見てみぬふりをしていた気持ち……
「ウェインに愛していると言われてやっと……」
私の紡ぐ言葉に、ウェインの瞳が不安で揺らぐのがわかりました。
「私と一緒に来てくれてありがとう……
私の傍にずっといてくれてありがとう……
私を愛してくれて……本当にありがとう……」
私の手を握りながら震え汗ばむウェインの手を私は強く握り返しました。
「私もウェインが大好きです……あなたを愛しています」
「義姉さん!」
ウェインの顔がパッと明るくなりました。
「違うでしょ」
にこりと笑って私はウェインの間違いを訂正する。
「もう義姉ではないわ……私はジェラよ」
「あっ!」
「ウェイン……これからもずっと一緒にいてくれる?」
「もちろんだよ」
「傍からけっして離れない?」
「絶対にジェラを離さない!」
ウェインは私の手を離すと腰に腕を回してグイッと私の身体を引き寄せました。
私はそれに抗わず、顔を上げて彼の青い瞳に映る自分の顔に改めて認識しました。
私は彼に恋をしていたのだと……
「ジェラを誰にも渡さない」
「うん……」
「ずっとジェラの隣にいる」
「うん……」
「ジェラを誰よりも愛してる。世界で一番ジェラを愛してる」
「私もウェインを愛してます。いままでも、これからも……」
見つめあう私たちのシルエットは、いま遠くからは重なって見えていることでしょう。
その時、教会の式が終わったらしく――
カラァン、カラァン……
カラァン、カラァン……
カラァン、カラァン……
――祝福のカンパネルラが鳴り響きました。
その響きは町の中を抜け、この丘にまで届きました。
そして、唇を重ねる私たちの上を通り過ぎていったのです。
きっと、その響きはこの空の下のあまねく人々の上に降り注ぐのでしょう……
その祝福の音色は……
遠く……遠く……
どこまでも……どこまでも……
カラァン…カラァァン……カラァァァン…………
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