25. 悪役令嬢は四十歳です⑮
「感動の再会に水を差して申し訳ないが……」
旧交を温めていたところに声をかけてきたのはお父様でした。
「実はもう一人ジェラミナに会いたいと言う方がおられるのだ」
もう一人?
いったい誰でしょうか?
「もう間も無くご到着されるはず……」
トントン、トントン
お父様の言葉を遮るようなタイミングでノックして入ってきたのはシスター長ヨルズでした。
「シスター・ジェラにお客様よ」
そして、彼女に案内され部屋にヴェールを被った貴婦人が入ってこられました。
「それでは我々は外で……」
「ジェラミナさん、また後でね」
お父様とお義母様に促され、私以外の者は部屋を出ていき、残されたのは私と新たに登場したヴェールの貴婦人の二人。
しばしの沈黙……
気まずいです……
いったいこの方はどなたなのでしょう?
「お久しぶりですジェラミナ様」
沈黙に耐えかね、あの……と声を掛けようとしましたが、それより先に声を発したのは貴婦人の方でした。
そして、彼女はヴェールに手をかけ取り払うと、私は絶句してしまいました。
そのヴェールの奥から現れたご尊顔はエリス・ゼレーゼ――この国の現王妃殿下であらせられたからです。
「ふふふ……驚きましたか?」
呆気に取られていた私は彼女の挨拶に我に返り、慌てて挨拶を返しました。
「そんなに畏まらないでください」
それは無理な話です。
この方はこの国の王妃なのです。
しかも私は過去に無礼を働いているのです。
私はその過去の過ちに対して謝罪を行っていません。
だから私は王妃殿下に対して膝をつこうとしました。
しかし彼女はさっと私に近づき両手を取って私と向かい合いました。
「ジェラミナ様とこうしてお話しするのも久しぶりですね」
にこりと微笑む昔の可愛らしい容姿の面影があります。
「本当はもっと前に……ジェラミナ様が追放された、いえ……あの事件の前にお話したかったと思っております」
私もです。
ですが……
罪人である私が王妃殿下にお会いできる機会などありません。
王妃殿下にはずっとずっと謝罪をしたいと思っておりました。
「謝罪は私の方こそしなければなりません」
王妃殿下はおそらく婚約破棄の時のことを仰っておられるのでしょう。
「アルベルト様の件についてはもうウェイン様より聞き及んでおられるのでしょう?」
あの裏で行われていた企みの詳細はこの地に来る途中でウェインから聞かされました。
現王妃殿下、当時の男爵令嬢エリス・ゼレーゼ様と現国王陛下、当時の第二王子レオルド様の二人により仕組まれた陰謀。
「当時、アルベルト様は優秀な方ではありましたが、素行はお世辞にも良いとは言えない方でした」
婚約者の私をほったらかしにしてエリス様を追っかけ回しているようなお人でしたから。
「側近たちがそれを諌められれば問題なかったのですが……」
まあ無理ですよね。
その側近たちが一緒になってエリス様を追いかけ回していたくらいですから。
「私としても婚約者のいる方とご一緒できないと申し上げたのですが……」
奥ゆかしいだとか、恥ずかしがるなとか、遠慮するなとか……彼女の言を自分たちの都合の良いように解釈して振る舞いを一向に改めようとはされなかったのだそうです。
「アルベルト様を始め側近の方々は学業に関しては優れておられましたが、まるで人の言葉に耳を傾けない独善的な方々で……」
それに関しては王妃殿下の訴えを聞こうとしなかった私も他人のことは言えません。
「これは乙女ゲームの矯正力によるものなのではないか……だとすれば私の存在がアルベルト様たちを狂わせたのではないか……当初はそう悩みました」
矯正力なるものはよく分かりませんが、あの方々がおかしかったのは生来のものではないでしょうか?
「くすくす、そうかも知れませんね……それでもジェラミナ様がアルベルト様の舵取りをできればこの国も大丈夫だろうと思っていました」
アルベルト様は私の話など始めから聞く気はありませんでしたよ?
「そうですね……アルベルト様はジェラミナ様に強い劣等感を抱いておりましたから」
アルベルト様が私に?
「あの方はなまじっか優秀でしたからプライドが高くて自分よりも属性が多く強い魔法を駆使できるジェラミナ様をお認めになれなかったのでしょう」
なるほど……王妃殿下がいかに強い光の神聖術を行使されても属性魔法の適性がなかったからアルベルト様にとっては自尊心を傷つけられなかったのですね。
「私はそんな小さなことでしかご自分のプライドを守れないアルベルト様に国を任せられないのではないかと考えるようになりました」
だからレオルド陛下と結託してアルベルト様たちを引き摺り下ろそうと?
「レオルド陛下は良い意味でも悪い意味でも野心のある方でした。ですが、アルベルト様にこの国を委ねるよりもずっと良いと思ったのです」
セシーリア様の婚約破棄もアルベルト様たちを引き摺り下ろす計画の一つだったのですね。
「はい……セシーリア様は協力者の一人です。そして、ウェイン様も。できればジェラミナ様にも協力を仰ぎたかったのですが……」
私は話を聞かずあの事件を引き起こしてしまい、アルベルト様に婚約破棄され追放されたと……
「これ幸いと私とレオルド様はアルベルト様を追い込みました」
国王の許しも受けずに先走り、勝手に婚約破棄と私の処刑を決めようとしたアルベルト様は国王の不興を買ってしまった。
「それにジェラミナ様の婚姻で得られるはずだったバークレイ家は降爵に……」
自分の味方を自分で貶めたのですから、アルベルト様に協力する者は少なかったでしょう。
それが、あの時の婚約破棄の裏側のあらましです。
「ジェラミナ様を利用するような真似をして申し訳ありませんでした」
当時の私は高貴なる者の責務に凝り固まった人間でした。
おそらく王妃殿下の行動に理解を示すでしょう。
「昨年、レオルド陛下が王位継承を継承し恩赦が出ております。もちろんジェラミナ様の罪も対象です……ジェラミナ・バークレイとして王都へお戻りになりませんか?」
王妃殿下のせっかくの申し出でしたが、私は黙って首を横に振りました。
「そう……ですか」
王妃殿下は少し寂しそうに微笑まれました。
「なんとなく、断れらるような予感はしていました」
王妃殿下のご厚情を無下にするのは心苦しかったのですが、シスター長ヨルズが仰っておられました。
――罪とは許すとか許さないとかではなく、犯した者がどう向き合うか、と……逆に言えば犯した罪は生涯消えることはないのです。
この二十数年もの間、私は自分の罪と向き合って生きていきました。
だからもう私はその罪と共にこの町に根付いてしまったのだと思います。
きっともう私はシスター・ジェラ以外の生き方はできないのでしょう……




