24. 悪役令嬢は四十歳です⑭
「あなた……そろそろ……」
私たちが落ち着く時を見計らって、バークレイ夫人が――
「私も母と呼んで欲しいわ」
――お義母様がにこりと微笑んで話し掛けてきました。
とても優しく温かい笑顔なのに、お義母様の圧が凄いです。
「今日はジェラミナさんと言うよりシスター・ジェラに会って欲しい人がいるの」
私に会って欲しい人ですか?
うーん……
家令のセバスでしょうか。
それとも私の専属侍女だったサラサ?
「ふふふ……」
私が首を傾げるとお義母様は悪戯っ子のように笑っておられます。
御年58歳とは思えぬ可愛らしさです。
あ、いけません。
歳は禁句でした。
お義母様すみません、すみません、すみません!!!
もう二度と年齢は口にはいたしません!
だからそんな恐ろしい笑顔を向けないでください。
「十年ほど前にバークレイ家で引き取った娘なの」
お義母様たちの背後に控えていた侍女と思しき女性が一歩前に出て一礼しました。
きちんと教育を受けてきたことが窺えるとても綺麗な所作です。
どこかのご令嬢でしょうか?
「とっても優秀な娘でね、最近、私の専属侍女にしたのよ」
年の頃は30前後くらいでしょうか?
艶のある黒髪で綺麗な青い瞳の美女です。
……なんでしょう?
初対面の方のはずなのですが、どうにも既視感が……
あっ!
ま、まさか……
私は驚きで目を大きく見開きました。
「お久しぶりですシスター・ジェラ」
理知的な響きの声で挨拶をする彼女は……
――もしかしてチェルシー?
「はい……孤児院を飛び出した私は紆余曲折ありましてバークレイ家に拾われました」
なんと数奇な運命でしょう。
孤児院を飛び出した彼女は流れた先でたまたまお義母様の目に留まりバークレイ家に下女として雇われ、そこで頭角を現して今の地位に至ったのだそうです。
「全てはシスター・ジェラの教育と薫陶の賜物です」
それは違います。
全てはチェルシーの努力と実力、そして運によるもの。
お義母様の目にとまらなければチェルシーは生きてはいなかったかもしれません。
バークレイ家で彼女が今の地位にいるのも彼女の努力と自身で磨いた成果の現れ。
私は何もしていません。
それどころか私はチェルシーに酷いことをしました。
幼いあなたに厳しく接してしまいごめんなさい。
あなたに苦渋ばかり与えてしまいごめんなさい。
「シスター……お願いですから謝らないでください」
あなたを苦しめて後に、やっと私は自分の犯した間違いに気づきました。
ですが、あなたは孤児院から姿を消してしまった。
それからずっとチェルシーのことが気掛かりで……
あなたが私の知らない所で辛い目に会っているのではないか――
怪我をして苦しんでいない?
病気で臥せっているのでは?
ひもじい思いをしていない?
もしかしたら既に儚くなっているのでは?
いつもチェルシーのことが気掛かりでした。
だけど……
こんなに素敵な女性に成長してくれてありがとう。
元気な姿を見せてくれてありがとう。
生きていてくれてありがとう。
本当に……本当に……
――ありがとう……そして、ごめんなさい……
「シスター……」
その場で泣き崩れてしまった私とチェルシーは膝を突き合わせてきました。
罵倒されたってかまいません……
批難されたってかまいません……
詰られても、恨み言を並べられても、私はその全てを受け止めなければならないから。
だけどチェルシーは首を振って私の両手をしっかりと握り微笑みました。
「……あなたは私に生きる術を与えてくださいました。それは確かにとても厳しいものでした。ですがいつも私への思いやりと愛に溢れていて、それが私の生きる支えだったのです」
静かに語り始めたチェルシー。
「ですが私はそんなシスターの期待に応えられず働き口も見出せずとても心苦しかった……」
自分の想いを吐露するチェルシー。
「だからシスターに顔向けできず、気が付けば私は逃げ出していました」
私はこんなにチェルシーを追い詰めていたのですね。
「戻ろうとも考えましたが、シスターへ不義理に怖気づいてしまい……シスターの事がずっと心残りでした。ずっとずっと謝りたかったのです」
謝るのは私の方。
あなたをこんなに傷つけてしまった。
「躊躇っていた私の背中を伯爵様と奥様が押してくださいました」
お父様……
お義母様……
ありがとうございます。
「ずっと……ずっとシスターに伝えたかった」
ずっと……ずっとチェルシーに伝えたかった。
「たくさんの事を教えてくださりありがとうございました」
私のもとに来てくれてありがとう。
「いっぱいの愛を注いでくださりありがとうございました」
こんなにも優しい子に育ってくれてありがとう。
「私はシスターにお会いできて幸せです……私はシスターが大好きです」
私はチェルシーと出会えて幸せ者よ……私はチェルシーを愛しています……




