23. 悪役令嬢は四十歳です⑬
「義父上に母上!」
慌ててウェインがお二人を出迎えましたが、どうにも驚きを隠せていません。
「このような急な来訪……如何なされたのです?」
「我が子に会いに来るのに理由が必要か?」
ウェインが訝しむのも無理がありません。
この二十数年の間、ウェインがバークレイ領を訪ねたことはありましたが、逆にこのガルゼバにお父様が来訪したことは一度もありませんでした。
当然です。
この地には私という不出来な娘がいるのですから。
「このような場所で立ち話もなんですから、どうぞ中へお入りください」
お父様とお義母様、そして侍従と侍女らしき男女の4人をウェインと私の先導で教会の中へと招きました。
お二人を応接間のソファへと導いた後、ウェインは対面のソファに腰掛けました。侍従と侍女はお父様たちの後ろに立ち、私はウェインの後ろににつきました。
「ジェラミナも座りなさい」
お父様が着席を促しましたが、私は静かに首を横に振りました。
私はもはやジェラミナ・バークレイではなくシスター・ジェラ……
私はバークレイ家を勘当され平民となった身です。
お父様と同席するなど許されるはずもありません。
ああ、もうお父様とお呼びするのも不敬でしたね。
私は腰を折ってバークレイ伯爵に深々と頭を下げました。
なにせ私はバークレイ家が伯爵へ降爵される原因を作った張本人なのです。
この地に追放され、この地で暮らし、この地から教えられるまで私は何一つ理解していませんでした。
私の傲慢で愚かな振る舞いを……
それに気づき謝罪したくとも平民となった私にはバークレイ伯爵とお会いできる機会がありませんでした。
確かにその愚行は二十年以上も昔の出来事です。
しかし、それが免罪符となる訳ではありません。
私は頭を下げたままバークレイ夫妻に謝罪の言葉を述べました。
私は自分の犯した罪を述べ、それに対する悔恨の念を口にしました。こんな言葉一つで許されるはずもありませんが……
ですが、もはや何者でもない、何も持たないシスターである私にはお詫びの言葉と、それに真心を籠める他に術はありません。
「顔を上げなさい」
私が己の罪を語り終えるのを待って掛けられたバークレイ伯爵の声には怒気が感じられませんでした。
むしろ優しく相手を慮る、それでいて寂しさを感じさせるものでした。
上体を起こしてみれば、はたしてバークレイ伯爵は穏和な表情ながらどこか悲しそうにも見えました。
「シスター・ジェラ……貴女の謝罪を受け入れよう。そして、ここからは私の懺悔を聞いて欲しい……」
懺悔?
それはいったい何に……
「私には1人の美しい娘がいた……優れていたのは容姿だけではなく、非常に優秀で、貴族の矜持を強く抱いていた自慢の娘だった……」
バークレイ伯爵の語る娘……
それが誰であるか分からぬほど私も愚鈍ではありません。
「それだけではなく、とても真っ直ぐで、誰よりも優しい心根の持ち主だった……」
バークレイ伯爵の言葉には私はいいえ、いいえとただ首を振るしかできませんでした。
「その事は今のガルゼバを見れば一目瞭然……私は思い知らされたよ……先ほどの謝罪の言葉を聞いてより一層そう思った。ジェラミナは真に良い子だと」
バークレイ伯爵……
私をそんなにも想ってくださっていた。
申し訳ありません。
申し訳ありません。
申し訳ありません。
私はただただ謝るしかできません。
目から涙が溢れそうになりました。
「謝らなければならないのは私の方だよ……ジェラミナ」
バークレイ伯爵は立ち上がると私の傍へと歩み寄り、その手で私の頬をそっと包み込みました。
その手は貴族にしては少し硬く、それは歳を経て、苦労されたことを感じさせました。
「お前は悪くない。私の育て方が悪かったのだ。貴族の在り方を間違って教えてしまった」
そんなことは……
私はそれを否定したかった。
ですが、伯爵の悔恨に籠められた労りと慈愛に胸がいっぱいになり、嗚咽を漏らすしかできません。
「このガルゼバでジェラミナをこんなにも素晴らしい娘になった。それはこの地がお前を支え、導き、育んでくれた結果……」
いつの間にか頬を伝って流れ落ちていた一条の涙を優しく拭ってくださいました。
「こんな私ではもう父と呼んではくれないのだろうか?」
もうダメでした。
目から決壊して涙がハラハラと止めどもなく流れ、私はただただ縋ったのでした。
お父様……
お父様……
お父様……
「ジェラミナ……すまなかった……ジェラミナ……」
お父様と私は流れる涙をそのままに、お互いを呼び合い、お互いを抱きしめ合ったのでした……




