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22. 悪役令嬢は四十歳です⑫


 私は赴任して早々、孤児たちに学問を身につけさせようとしました。



 当時の私は平民が貧しいのは、彼ら愚かで怠惰だからだと勝手に思い込んでいました。

 世の理不尽を知らずに、ただ努力をして力をつければ良いのだと……



 ですが、努力して能力を身に付けても、平民にはそれを生かす受け皿が社会にはなかったのです。平民が力を発揮する機会を与える環境が存在しなかったのです。



 それは、栄養のない枯れ果てた土壌に、幾ら水を撒いても作物が育たないのと同じ……



 その環境を整えてあげるのが貴族の役目でしたが、市井の民は努力が足りないのだと断じていた私は本当に何も理解していませんでした。



 平民が学問をしても、いくら知識を身に付けても、それを生かす場が与えられないのですから、平民が勉強を無駄なものと断じるのも無理ありません。


 当然、平民は勉学を蔑ろにする傾向になり、市井で学ぶ場を作る意義が失われ、ますます学問が庶民から遠ざかるという負のスパイラルになっているのです。



 貴族は貴族で、平民は無能で無学、無才であるから搾取の対象としか考えず、平民に優秀な者がいるなど考えもしません。


 他にも色々と理由はあるのですが、とにかく平民が学問で身を立てるのは並大抵のことではないのです。


 だから当然ですが、その時に私が行った教育はうまくいくはずもなく、一人の少女を深く傷つけてしまったのです。



 それがチェルシー……

 とっても優秀な娘でした。



 私が教える内容をするすると吸収してしまう彼女を見て、私はとても嬉しくなりました。だから彼女が私の課題を容易に乗り越えるたびに、その期待と要求も増してしまったのです。


 チェルシーが十三歳の時、もう何処へ出しても恥ずかしくないくらい教育を施したと私には自信がありました。


 彼女は見目も悪くなくこれなら良い仕事を斡旋できると方々に当たってみたのですが、結果は惨憺たるものでした。


 平民であるチェルシーは優秀であっても……いえ、優秀過ぎたからこそ受け入れてくれるところが無かったのです。


 平民の女性に高度な教育を必要とする仕事はありませんし、貴族も貴族の子女ではないチェルシーを受け入れてくれず、私は途方に暮れました。


 高度な教育が却ってチェルシーから未来を奪ってしまうなど私には想像もできませんでした。



 そして、チェルシーは孤児院から消えました。

 きっと失意と絶望に苛まれた彼女は私に見切りをつけたのでしょう。



 私は幼い頃より無理のある厳しい教育を行い彼女の未来を奪いました。私のした彼女への仕打ちは許されるものではありません。


 きっと彼女は今でも私を恨んでいると思います。



 でも……



 それでもいいのです。

 私は恨みや憎しみの目で見られても。

 あの子がどこかで元気に生きてくれてさえいれば………


 ですが成人前の女の子がこの厳しい世界で生き抜くことはとても難しい。


 黒く輝く髪に理知を湛えた青色の落ち着いた瞳。幼さを残しながらも大人びたチェルシーの美しい顔を思い浮かべるたびに、私はいつも自分の過ちに胸が苦しくなるのです。



「じぇらぁ……」



 声とともにくいくいとスカートを引っ張られて、下を向けばターニャの憂い顔が私を見上げていました。


 私の落ち込んだ気持ちを鋭敏に察して慰めようとしてくれるターニャは本当に良い子です。



「悩んでも何の得にもなんないぜ」

「シスター・ジェラは考え過ぎよ」

「別に虐めたわけでもないだろ?」



 ターニャだけではありません。口は悪いですが、この孤児院は人を思いやれる優しい子供たちで溢れています。


 この子たちにチェルシーと同じような思いはさせたくありません。

 今は読み書きと簡単な四則演算だけを教えて、もっと上を目指したい者だけより高度な内容を教えています。



「チェルシーさんって会ったことないけど……」

「その人ってジェラを恨んでないと思うのよね」



 そんなはずはありません。


 私はチェルシーの遊び盛りの多感な時期を黒く塗り潰し、才能ある彼女の未来を奪ったのです。これで恨みに思わない人がいるでしょうか?


 だから私は願わずにはいられないのです。


 彼女の無事と幸せを……

 例えそれが自分のエゴだとしても……




 パカッパカッパカッ……

  ガラガラガラガラガラ……



 私がチェルシーに思いを馳せていたそんな折、教会の前に二頭立ての馬車がやってきました。



「貴族……のようだね……」



 馬車の来訪に気づいたウェインも教会の中から表に出てきていました。



 なかなか立派な馬車です。

 ウェインの言う通り貴族のものでしょう。



「ね、義姉さん、この馬車……」

 え!?



 その馬車の扉を飾る紋章に私とウェインは息を飲みました。

 それはとても見覚えのある貴族家の紋章だったからです。



「バ、バークレイ……伯爵…家?」



 それはかつて私の名乗っていた家名でした。

 その驚きようを見るにウェインも来訪を報されていなかったようです。


 そして、この家紋の馬車に乗っているのはおそらく……



 御者が踏み台(ステップ)を設置し恭しく扉を開くと、中から降りてきたのは私と同じ金髪ながら白髪が少し混じった初老の男性(ロマンスグレー)とウェインと同じ冷えた印象の銀髪ながら淡い緑色の瞳が優しげな美しい貴婦人。



 やはり、お父様とお義母(メリースゥ)様でした……


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