2. 悪役令嬢は四十歳です②
孤児院を飛び出した私は魔獣討伐へ赴くために町中を疾走していましたが、背後からそれ以上のスピードで近づいてくる気配に振り向けば、神父姿に不似合いなメイスを担いだウェインでした。
「義姉さんも行くのか?」
そうですが……
いけませんか?
義弟のウェインは私の一つ歳下の三十九歳。
金髪碧眼の派手目な外見の私とは対象的に、白銀の髪と淡い青色の瞳の彼は神父姿も相まって落ち着いた印象を周囲に与えます。
甘いマスクで人当たりも良く、三属性持ちの魔法の使い手で、この町の教会のトップとあって女性にモテモテなのです。
いい加減に身を固めればいいのに……
「魔獣の討伐は僕に任せて欲しいし、それに――」
ウェインの視線が下がって私の足を見て顔を顰めました。
「――その修道服は何とかならないの?」
どこかおかしいでしょうか?
孤児院で子供たちと遊んでたから汚れでもついてる?
「なんでスカートにそんな深いスリットが入ってるの!?」
私の修道服には他のシスターと違って動きやすくするためスリットが入っています。
「その……脚が見えてるじゃないか!」
ですので、今みたいに思いっきり走るとばっちり太ももがのぞいて見えます。
ですが、今までずっと着てきた服ですよ?
「そんな裂け目は破廉恥だし修道服に必要ないだろ!」
必要だからスリット入れてるのですが?
だってシスター服って意外と動き難いのです。
子供たちと遊んだり魔獣を討伐するのに邪魔なのです。
「なぜ子供との戯れと魔獣討伐が同列!?」
どっちも似たようなものですよ?
「違うだろ!」
まったく理解していませんね。
ウェインはあの子たちの相手をしてないから分からないのです。
可愛い外見に騙されてはダメです!
子供たちは魔物よ!
彼らの邪気のない行動と悪戯を相手にするのは尋常じゃありません!
無邪気ですっごく可愛いのですが……
無制限の体力で大人の事情にお構いなしの彼らは白い悪魔なのです!
愛くるしくとっても可愛いのですが……
まあ、つまり孤児院は戦場だと言うことです。
動きにくい格好では、とてもあの子たちの相手は務まりません。
ですがウェインは私の足をチラチラ見て顔を赤くして……何をそんなに怒ってるのです?
「義姉さんは恥ずかしくないの!?」
私の足は見るに耐えなくて恥ずかしいって言うのでしょうか?
くすん……
だから怒っていたのですね。
義姉のせいでウェインが恥ずかしい思いをしていたなんて。
「ち、違う! ね、義姉さんの足は変わらず綺麗……じゃなくて……その……そそられる……って言うか……」
ウェインがゴニョゴニョと何やら呟いていますが?
「だから……その……目のやり場に困るんだよ!」
まあ!
おばさんの足は目の毒だって言うのですか!?
確かに私は今年で四十歳のおばさんです。
もう若くはありません。
やはり男の人は若い娘の方がいいのですね。
くすん……
「そうじゃなくて!」
ああもう、と言ってウェインが頭をかきむしってるけど……いったいどうしたのかしら?
「義姉さんは自分の事が分かってない!」
そうでしょうか?
「義姉さんは戦ってる時、周りの野郎どもの視線が気にならないの!?」
視線って……
冒険者の皆さんも戦っているわけだし、私を見ている余裕なんてないと思いますが?
「やっぱり分かってない。今だってこの非常時にも関わらず野郎どもの目がが義姉さんの足を追ってるじゃない」
まさか。
自分で言うのも烏滸がましいですが、貴族令嬢時代に社交界の華と囁かれていた私は、今でも美人だと思いますし、この歳になってもスタイルは崩れていないと自負しております。
ですがさすがに男どもの視線を釘付けよ、なんてそこまで自意識過剰ナルシストみたく自惚れてはおりません。
「何言ってんの。ほら、肉屋のオヤジも八百屋のジョニーも花屋のサラもみんな目を血走らせてガン見しているだろ!」
ってウェインが叫んでいますが……
肉屋のオヤジさんは恐妻家で、ジョニーはひと回りも歳下の青年ですよ?
なんならサラちゃんは二回りも歳下の女の子なのに……
あ!
サラちゃんが手を振ってくれています。
本当に可愛い娘です。
私がニコニコ笑って手を振り返すと、サラちゃんの顔が赤くなっているのに気がつきました。
目も潤んでいますね。
体調が悪いのかもしれません。
心配です。
「あの百合女、まだ義姉さんを諦めてないのか」
百合?
そうね。
サラちゃんは百合の花みたいに綺麗な美少女ですよね。
「ちが〜う!!!」
ウェインは神父のくせに怒りっぽいですね。
「とにかく老若男女関係なく、義姉さんに懸想してる奴多いんだから気をつけてくれよ」
こんなおばさんに懸想する人なんてそうそういないと思いますよ?
「義姉さんが戦う姿は扇情的なんだよ! 色っぽすぎるんだよ!!」
え〜
「僕がどれだけやきもきしてると思ってるの!?」
どうしてウェインがやきもきするのです?
「義姉さんがスリットから足を晒すたびに奴らのイヤらしい目に舐め回され、激しく躍動して跳ねる大きな胸に奴らの獣欲に血走った目で視姦されるのに耐えられない!」
いや待ってください。
それってウェインも戦闘中に私の身体を見ているのですか?
「そ、それは……その……ね、義姉さんが心配で……」
こんな義姉の身を案じてくれるなんて、本当に優しい子に育ってくれたものです。
幼少期は貴族として恥ずかしくないようにと随分と扱いて、辛い思いをいっぱいさせてしまったというのに。
そうです……
私もウェインも元は高位の貴族だったのです……