14. 悪役令嬢は四十歳です⑧
死も、悲しみも、全てを静かに包み込む闇の空間――
一言も発さず私もミーシアさんもその時を待ちました……
きっと通りは閑散とし町は眠っているのでしょう。
ウェインやルバートさんも物音を立てないよう気を使っているのでしょう。
何の音も無く、何の動きも見えず、ただじっとしている私たちに黒一色の世界はまるで時間が制止しているかのような錯覚を抱かせます。
だから、この闇夜と静寂の世界はいつまでもいつまでも、永遠に続くものと思われました。
ですが、明けない夜はないのです。
間もなくして、真っ暗で一寸先も全く見えなかった部屋がうっすらと輪郭を伴い始めました。
昇り始めた陽の光が窓から差し込み始め、その陽光は寝台のララーナさんの姿を徐々に浮かび上がらせていくのです。
彼女は静かに目を閉じていました。
そして、その顔は穏やかに微笑んでいて、とても安らいだものでした。
手を取ればまだ温かく、ただ静かに眠っているだけなのではないかと感じさせました。
ですが、ララーナさんはもう二度とその目を開けることはないのです。
ララ―ナさんの口が再び娘との想い出を優しく綴ることはないのです。
私とミーシアさんはそんなララーナさんを黙って見つめていました。
ただ、口を閉じ黙って……
ただ、じっと見つめて……
最愛の母を喪くしたミーシアさんは何を思っているのでしょう?
彼女の胸中はどれ程の悲しみに埋め尽くされているのでしょう?
静かにララ―ナさんを見つめるミーシアさんは、泣くこともなく、取り乱すこともなく、凪いだ表情からは彼女の心中を推し量れませんでした。
「ありがとうございました」
どれくらいの時が流れたでしょう。
ミーシアさんは私の方を向いて頭を下げました。
「シスター・ジェラのお陰です」
お陰?
私は何もしておりません。
私は何も出来なかったのです。
そう、私はララ―ナさんにもミーシアさんにも何もしてあげられなかったのです。
ごめんなさい……
私が治癒魔法を身につけていればララーナさんに朝日を見せてあげられたかもしれません。
ごめんなさい……
私にもっともっと力があれば二人にもっともっと想い出を語らせてあげられたでしょうに。
ごめんなさい……
ララ―ナさんの小さな望みも、ささやかな願いも、私は何一つ叶えてあげられませんでした。
ララ―ナさんの死に打ちのめされた私の心はバラバラに引き裂かれそうで、どうしてこんなにも苦しいのでしょうか。
だけどミーシアさんはゆっくりと首を振りました。
「いいえ……あなたは何よりも大切なかけがえのないものを母と私に与えてくれました」
ララーナさんも同じようなことを仰っていました。
ですが私はいったい何をしたと言うのでしょうか?
「私は母の容態が悪化し周囲に助けを求めました。ですがどこの施療院も受け入れてはくれませんでした……」
その時のことを思い出したのか、ミーシアさんの瞳が濡れて揺らいでいます。
「誰も母を助けてくれず……この絶望に私の胸は世の中を恨む気持ちで張り裂けそうになりました……」
そんな彼女の悔しさとやり場のない怒りの籠る言葉を私は黙って受け止めました。
「けれども、この教会が……シスター・ジェラが私たちに手を差し伸べてくれて……母の苦しみを取り除いてくれました」
私に向けられた目から光る雫が流れ落ち、それでもミーシアさんは穏やかに微笑むのです。
「お陰で母と最後の時間も一緒に過ごせました……見てください……とても満足そうな……安らかな表情です……」
ミーシアさんはララーナさんの顔に手を伸ばし、その頬を撫でました。
「お母さん……お母さんはきっと自分で選んでここに来たんだよね……最期に一緒の時間を過ごせて……想い出をいっぱいいっぱい話せて良かったよね……」
ミーシアさんは私へ向かってまた頭を下げたのでした。
――母との最期の想い出をくださり本当にありがとうございました……




