13. 悪役令嬢は四十歳です⑦
ララーナさんにつきっきりになって動けない私の代わりにウェインとルバートさんが色々と動いてくれました。
私がララーナさんの看病に集中できたのも二人のお陰ですね。
まあ、看病と言っても彼女の苦痛を緩和するだけのものなのですが……
私は全属性を使える上に、その親和性も高く王宮魔法師にも引けを取りません。
ですが同じ属性の魔力でも出来ることに得手不得手があるのです。
攻撃系な魔力であったり、補助系なものであったり、そして癒し系であったり……
それは成人するまでに固着するものですから、私は貴族として常時戦闘を意識し、全てを攻撃系へと振り向けてしまいました。それは騎士を目指していたウェインも同様です。
ですから攻撃系の魔力との親和性に固着させた私たちは高い戦闘力は持ちますが、治癒能力はあまり優れていないのです。
あの時どうして私は少しでも治癒系の力を身につけなかったのでしょう……
ララーナさんに向き合いながら、私は悔やんでも悔やみきれませんでした。
そんな私の心中とは真逆にララーナさんの表情はとても穏やかで、とても死を目の前にしているとは思えません。
それとも死を覚悟した者の悟りなのでしょうか。
私の方が狼狽え、惑い、悩んでいることを恥ずばかりです。
「シスター・ジェラはとても素晴らしい方ですよ」
ララーナさんのその言葉を私は素直に受け入れられませんでした。
私はいつも矜持ばかりが無駄に高く何者にもなれず、何事も成せず、何も他人に与えられず……
「あなたは私に手を差し伸べてくださいました」
しかしララーナさんは逆に私の言葉を否定しました。
「あなたは周囲の人々があなたの為に手を貸してくれる素敵な尼僧です」
それは私の周囲が優しい人たちだから……
「そして、あなたは私とミーシアにとても大切な……かけがえのないものを与えてくださいました」
私がララーナさんとミーシアさんに?
いったい何を与えたと言うのでしょうか?
しかし、ララーナさんは微笑みを湛えるだけで私の疑問には答えてくれませんでした。
ララ―ナさんはふと窓へと視線を向け、既に陽が落ちて暗くなった外を見て目を細めました。
「明日の朝日を見られるかしら?」
ララ―ナさんの病状はあまりに悪く、それまでもたないでしょう。
「そうなの……」
こんな無情な回答にも、ララ―ナさんは静かに納得し取り乱す様子もありません。
むしろ私の心の方が失意に染まっていたのかもしれません。
私は彼女の朝日を見たいと言うたったそれだけの小さな望みさえも叶えてあげられないのですから……
そんな私の自分への落胆を他所にララーナさんとミーシアさんの時間が穏やかに、静かに、ゆっくりと流れていきました。
「覚えているかしら……まだ小さかったミーシアが森に行ったきり夜になっても帰ってこなくって……とても心配したわ」
「うん……次の日の朝、大木の根元で泣き疲れて寝ているのを狩人のガゥさんに見つけられたんだよね……」
それはゆっくりと、ゆっくりと……
「あなたが無事に戻ってくるまで一睡もできず生きた心地がしなかったわ。それなのに……」
「私ったらおっきなガゥさんに抱えられてはしゃいで帰って……お母さんにすっごく怒られちゃった……」
それはとてもとても静かに流れて……
「だけど森に入った理由が……私の誕生日の為に木苺を摘みに……だったのよね……それを知ってとても嬉しかったわ」
「でも結局その集めた木苺のほとんどを迷子になってる時に食べちゃって……お母さんに渡せたのはほんのちょっとだけだった……」
そうだったわねとララーナさんが相槌を打つと、二人は顔を見合わせてふふふと笑い合う……
それは二人だけのどこまでも穏やかな時間……
「お母さんは女手一つで私を育ててくれて……結婚する時には我が事のように喜んでくれた……」
「愛する娘の事だもの……当たり前でしょ……」
二人の間にはお互いを思いやる労わりがあって……
「あの人の不幸で私が寡婦となって戻ってきても……お母さんは優しく抱きしめ迎え入れてくれた……」
「いつだってミーシアには扉を開けているわ……だって私はあなたの母親だもの……」
二人の間には強い強い確かな絆が結ばれていて……
「ありがとう……お母さん……私のお母さんでいてくれて……」
「幸せだったわ……あなたが私のところに生まれてきてくれて……」
二人の間にはたくさんの感謝の気持ちがあった……
次々と温かい想い出を語る二人の世界……
この静謐な空間はただ二人だけのもの……
だから私は口を噤み二人を見守ることしかできませんでした。
二人の想い出はどこまでも尽きることがなくて……
いつまでも語り合いたいというささやかな願い……
ですが時間は無情に過ぎて……
それは誰にも平等で、誰にでも残酷で……
過ぎていく……過ぎていく……過ぎていく……
その終わりは確実に近づいて……
しだいにララーナさんの声が小さく……か細く……弱々しく……
やがてララーナさんの声が聞きえなくなり、部屋は闇と静寂に包まれました。
――今まで本当にありがとう……
その時、私の耳にミーシアさんのほんの僅かに震える囁く声が届いたのです。
――お休みなさい……お母さん……




