12. 悪役令嬢は四十歳です⑥
ルバートさんがララーナさんを抱えて町の中を駆けずり回り施療院の扉を叩きましたが、やはりどこにも受け入れを断られてしまいました。
施療院は病気や怪我を治癒するところです。
基本的に手遅れの病人を受け入れることはしてくれません。
もう助からないと分かっている人に治療を施す意味はないというのが一般的な考え方なのです。
ですからララーナさんを受け入れてくれないのは仕方がないことではあります。
ありますが……
施療院で受け入れを断られるたびミーシアさんが下を向き、ぐっと拳を握って唇を噛みしめる姿に私は彼女を見放せなくなってしまいました。
そこで、私はララ―ナさんを教会で看取ることを提案しました。
驚いた顔をしたミーシアさんでしたが、行く当てもなく他に頼る者もいない彼女は黙って頷き、私に導かれるまま教会へと赴きました。
「僕は反対だ……この件は絶対に義姉さんが傷つく」
ウェインは私のその行為を諌めようとしましたが、現実に苦しんでいるのはララーナさんとミーシアさんなのです。
「義姉さんは優しすぎるんだよ……きっとララ―ナさんを救えない自分を責めてしまう」
ウェインが私を心配してくれるのはとても嬉しく思います。
ですが、例え私が傷つくとしてもそれは些事にすぎません。
それよりも私は彼女たちをどうしても見捨てられないのです。
私の内なる声が彼女たちに手を差し伸べよと叫ぶのです。
私はその自分自身の心に従いたい。
だからウェインの反対を押し切って、私は教会でララーナさんを看取ると決意したのです。
とは言えララーナさんを救う術を私たちは持っていません。
だから、お二人に対して私が出来ることは限られています。
私がララ―ナさんにしてあげられること……
「ありがとうございます」
病気で蝕まれ苦痛で言葉を口にできなかったララ―ナさんが、寝台で上体を起こして朗らかに笑いました。
「だいぶん体が楽になりました」
「お母さんの顔色が本当に良くなって……」
ミーシアさんも喜んでくれています。
しかし、私が施した術はララーナさんの苦痛を闇の神聖術を用いて和らげているに過ぎないのです。
決して病気に対して治療をしているわけではありません。
だから、病状が改善されたわけではなく、いまも刻一刻とララーナさんは病魔に生命を削られているのです。
それに、確かに痛みのショックで亡くなるリスクは低くなりますし、苦痛が取れるので多少の延命にはなるのですが……
「頻繁に義姉さんが神聖力を注がなければならないので、この状態をいつまでもと言うわけにはいきません」
そんな私たちの希望を打ち砕くような宣告にも二人は笑顔を向けてくれました。
これくらいの事しか出来ない私に……
「これくらいではありません」
ララーナさんは神聖術の行使のため彼女に翳していた私の手を取りました。
「堪え難い痛みとは、時に死の恐怖以上に人を蝕み苦しめるものなのですよ」
「こうやって母が笑顔になれただけでも私たちにとっては奇跡なのです」
だからありがとうございますと謝辞を述べるお二人に、私はララーナさんを看取ると決断したのは間違いではなかったと改めて感じました。
「ここまでしたんだ。僕も最後まで付き合うよ」
ウェインは何だかんだと口で言っても根はお人好しですから、彼女たちの受け入れ自体は否定的ではないようです。
そのウェインは隣に立つルバートさんを横目で睨みました。
「それでお前はいつまでここにいるんだ?」
「ここまで関わったのだ。最後まで付き合うのは悪いことであろうか?」
ララーナさんを抱えて駆けずり回ったのはルバートさんです。
彼が最後まで見届けると言うのならそれもいいでしょう。
「ジェラ殿はよく分かっていらっしゃる。だが、ただ見届けるつもりはありはせん。何でも雑事を申し付けられるがよい」
私もしばらく手が離せなくなりますから、雑事の申し出はありがたく受けさせてもらいましょう。
「みなさん……ありがとうございます」
深々と頭を下げたミーシアさんに、ウェインもルバートさんも黙って手を挙げて応え、私の指示に従い動き始めました。
私も自分の役目を果たしましょう。
こうして私にとってもミーシアさんにとっても忘れられない、それは長くて、だけど短い夜が始まったのでした……




