11. 悪役令嬢は四十歳です⑤
――――カンカンカンカン……
また警鐘が鳴らされています。
まあ、あまり緊迫感のない打ち方ではありますが……
それでも私の血が騒ぎます!
「義姉さんは何でそんなにウキウキしてるの!?」
お肉が町に近づいていますよと警鐘がお知らせしているからですよ?
「肉じゃなくて魔獣だから!」
普段は修道院と孤児院の雑事のせいで稼ぎに出られないのです。
私にとっては魔獣もお肉も変わりがありませんよ?
「それ違うから! 絶対違うから!」
さあ稼ぎ時です!
お腹を空かせた孤児院の欠食優良児が口を開けて親鳥の帰りを待ってるのですから。
「あいつら義姉さんがせっせと餌付けしてるからぜんぜん欠食じゃないよね!?」
喚きながら私の後を追ってくるウェインは無視です。
私は一刻も早く現場へ赴かなければならないのです!
他の冒険者に獲物を奪われるわけにはいかないのです!!
私は急ぎました。
それこそ子供たちのために懸命に走ったのです。
ですが、女の足ではたかが知れておりました……
「ジェラ殿、意外と遅かったですな」
現場に到着した私の前にはエキゾチックな風体の中年男性が、血まみれの魔獣を足蹴にニヒルな笑いを浮かべています。
くっ!
ルバートさんに先を越されてしまいましたか。
子供たちのご飯が……
くすん……
「どうやら駅馬車が魔獣に追われていたようだね」
駅馬車と言うのは定期的に町から町の間を運行して旅客や貨物、郵便物を運搬する馬車です。
庶民にとって重要な移動・輸送手段なのです。
ただ、こんな田舎町には旅行者は滅多に訪れませんから、おそらく馬車の中は貨物と郵便物だけでしょう。
……と思ったら、荷物の他にお客もニ人乗車していました。
一人は二十代半ばくらいの焦げ茶髪の女性……なかなかの美人さんです。
どことなく影のある、儚げな美女です。
美人でも気の強そうな顔付きの私と違って、大変にモテそうな方です。
さっそくルバートさんが馬車から降りる彼女をエスコートしています。
もう一人は五十前後くらいのご婦人でやつれていますが美人さんに似ています……母娘でしょうか?
かなり衰弱している様子で、ルバートさんが抱きかかえて馬車から降ろしています。
やつれているとは言え女性一人を軽々抱えてフラつかないルバートさんはさすがに逞しいです。
「いや、僕もそれくらいできるから。義姉さんを抱きかかえることだって……」
何を張り合っているのです?
だいたい、なぜ私が抱えられないといけないのですか?
「どうやらギセンバークへ向かう駅馬車だったようですな。魔獣に遭遇してこちらへ流れ申したそうな」
ご婦人を抱きかかえ美人さんを伴ってルバートさんの説明では、やはりこの二人は母娘なのだそうです。
母親の方がララーナ、娘さんの方がミーシアと紹介を受けました。
ララーナさんはかなりの大病を患っており、もはや手の施しようがないと町の治癒院で治療を断られたそうです。
そこでこの地域で最も大きな都市ギセンバークの治癒院ならば診てくれるのではないかと考えたのだそうです。
ですが……
「ギセンバークへ行かれても治癒は望めないでしょう」
魔法による診断で出したウェインの見立ては厳しいものでした。
「如何な理由だシスコン神父!」
ルバートさんがウェインに食ってかかりましたが、こればかりはどうしようもありません。
ララーナさんの容態はそれほど酷い状態――もう末期の腫瘍に全身を蝕まれているのです。
「義姉さんの言うようにララーナさんは今の容態で生きているのも不思議なくらいなのです」
「そんな……」
ミーシアさんは青ざめ言葉を失いました。
「ジェラ殿もお前もかなりの魔法の使い手であろう。助ける事はできぬのか?」
ルバートさんの問いに私もウェインも首を振らざるをえませんでした。
この状態を治癒できる可能性があるのは、王宮魔法師並みの治癒魔法の使い手か、もしくは聖女並の神聖力による光の神聖術の癒しです。
「僕も義姉さんも魔法師としての実力は王宮魔法師に劣りませんが、何分にも僕たちは戦闘特化で治癒の魔法は得意ではないのです」
そして聖女級の神聖力を持つ私ですが、その属性は闇。
闇の神聖力は主に精神に働くので治癒には向きません。
現在、この国でそれだけの光の神聖力を持つ人物として知られているのはエリス・ゼレーゼ様――王妃殿下のみです。
「で、では王都へ行けば母は助かるのですか?」
「それは……難しい、と言うより不可能でしょう」
相手は王妃殿下です。
平民が治療を願い出ても取り合ってもらえるはずがありません。
王宮魔法師にしても同様です。
それに――
「ララーナさんは王都までもちません」
ララーナさんの余命は――もって1日。
おそらく今夜中には……
「――ッ!?」
その宣告に息を飲んだミーシアさんは、その場に泣き崩れてしまいました……




