10. 悪役令嬢はお年頃です④
「そこで何をしている!」
その時、厳しく叱責するような男性の声が割って入ってきました。
「アルベルト殿下!」
振り向けば憤怒の表情をした私の婚約者アルベルト殿下が数人の側近を伴い立っておられました。
「あるまじき不穏当な発言が聞こえてきたが?」
「そ、それは……彼女の振る舞いを……その……正すため……し、指導を……」
アルベルト殿下に咎められ、私はいつものように毅然とした態度を取れませんでした――
「それは脅したり怒鳴ったりする必要があるのか?」
「……ありません」
――殿下の指摘通りそれを私自身が感じていたからです。
例えエリス様に非があるとしても、私の取った態度は貴族として冷静を欠いたものでした。
ですが、ウェインの名前をエリス様が口にした瞬間、彼女とウェインが仲睦まじく談笑する光景が思い浮かび、カッと頭に血が上って苛立ってしまい、どうにも収まりがつかなかったのです。
――私はいったいどうしてしまったのでしょう?
「最近、エリスが迫害を受けているらしいと報告が上がっていたが、よもやジェラミナが煽動しているのではあるまいな」
「迫害なんて……そんな!」
貴族の矜持を傷つけるそんな恥知らずな真似を私がするはずもないのです。
「ち、違います。ジェラミナ様はそのような真似は……」
殿下の言葉に顔を青くしたエリス様も必死に否定しました。
ですが……
「直接ジェラミナ本人が手を下しているとは限らない」
「はい、加害者の中にはバークレイ家の派閥の令嬢の名も上がっております」
アルベルト殿下に側近の一人が追随してきました。
そして、拙いことにその派閥の令嬢に心当たりがありました。
セシーリア・ザルトホッヘ様――
ザルトホッヘ子爵はバークレイ侯爵家の寄子の一つで、セシーリア様はそこの長女でした。
そして彼女はさる伯爵の令息と婚約していたのですが、その彼がエリス様に熱を上げているのです。
私がエリス様について知ったのも彼女からの噂話で、彼女はご自分の婚約を寝取ったのだと恨み言を申しておりました。
彼女とその友人たちが関わっている可能性は高いでしょう。
「どうやら全く無関係ではないようだな」
「その者に心当たりはありますが、私の名誉にかけて煽動も示唆もしておりません」
アルベルト殿下の私へ向けられた冷たい声音に、私も返した言葉は冷えたものでした。
私も殿下もこの婚約を義務としか捉えておらずお互い想い合っておりませんし、私たちの間に信頼も信用も成立していなかったのです。
「それに一方的に彼女を責められないでしょう」
「何?」
「元はと言えばエリス様に婚約者を持つ者が無闇に寵愛を与える現状に問題があるのではありませんか?」
エリス様に懸想している令息は全て婚約者持ちなのです。
軋轢が生じるのは自明の理でしょう。
「なるほど……令息の行動にも問題があると」
「ご賢察いただければ幸甚の至りにございます」
頭を下げて懇願したが、顔を上げてみれば殿下は冷ややかな目をしておられました。
「だがそれは婚約者同士の問題であろう」
呆れた……暗にアルベルト殿下のことも指していたのにまるで他人事のようです。
「その令嬢は婚約者に苦言を呈すべきであって、エリスに無体を働くのは筋違いというもの」
「まったく殿下の仰る通りです!」
「直接当人に言えばいいものを」
「本当に女どもは陰湿だな」
何という言い草ですか!
殿下の言い分は正しいように聞こえますが、貴族令嬢が婚約に浮気をするななどと直言するなど立場的にも矜持としてもできるはずがありません。
先ほどの私が行った殿下への具申とてかなり際どいものでした。
それほど令嬢の立場は弱いのです。
だからこそ貴族女性はコミュニティを形成して己を守るのです。
今回のセシーリア様の行いはさすがに誉められたものではありませんが、決して責められるべきことでもありません。
「そうは仰いますが令息側が浮気をしていなければ、何の問題も起きなかったのではありませんか?」
アルベルト殿下に追随して騒ぐ側近どもを一睨みで黙らせると、私は氷のように冷たい視線を向ける殿下を真っ正面から見据えました。
「それがジェラミナの考えか」
「私はただ改めるべきを改めて欲しいと懇請しているに過ぎません」
私とアルベルト殿下の視線がぶつかり合い、まるで火花が散っているかのようです。
「……いいだろう。ジェラミナの言も考慮しよう」
「痛み入ります」
「だが、今後はエリスに危害が及ばぬように、ジェラミナが令嬢たちを統率するように」
「承りました」
その下知に一礼した私を睥睨していた殿下は続けて言い放ちました。
「エリスは正式に聖女として教会から認定されることが決定した。聡明なジェラミナならこの意味が分かるだろう?」
「交わされた約定が守られているなら問題など何も起きないのです……今までも、そしてこれからも」
釘を刺しているつもりの殿下に、私は逆に釘を刺し返しました。
思えばこの時に、私と殿下は完全に決裂してしまったのかもしれません。
結論を言えば、この約束は守られなかったのです。
お互いに……
その後もエリス様の周囲にはアルベルト殿下と側近たちが相も変わらず鼻の下を伸ばして付き纏い続けたのです。
そして私は――
「ジェラミナ・バークレイ!」
私の名を呼ぶのは激しい怒りを込めたアルベルト殿下の声。
「今日この時をもって貴様との婚約を破棄する!」
その宣言は予想通りのもの。
何故なら……
「理由は言わずともわかっていよう。聖女エリスの殺害未遂……決して罪は軽いと思うなよ」
私はエリス様を殺しかけてしまったのでした……




