最初の儀式
その日、ルカはほかの家族と共に儀式の間に来ていた。
そこは地下室で、限られた日にしか開かず、いつもは鍵がかけられている。
床には魔法陣が描かれていた。
過去の研究を元に書かれた文字は今の時代には失われたもので、意味は解らない。
その魔法陣の中に継承者が宝石とともに立つと、始祖であるナイトの力を使うことができるのだという。
妹のマリーが父親に促されて、宝石を握り締めながら魔法陣の中に立つ。
それで終わるはずだったが、前回の人生では問題が起きた。
力がマリーに継承されなかったのだ。
魔法陣の中央に立つマリーの前に薄ぼんやりとした煙が現れ、そして消えた。
通常ならば、その煙が継承者の身にまとわれるはずだと騒ぎ立てる父親と、何が起きたかわからずぼんやりとしているマリー。
それを魔法陣の外で黙って見ていたルカのすぐ隣に煙が現れた。
驚いたルカはすぐに飛び退こうとするも、体が動かない。
まるで何かに腕を捕まれているようだった。
その場にいる者がみな茫然とする中、煙から声が聞こえた。
「継承の準備が整っていないようだ」
若い男性の声に聞こえた。
「私の力を引き継ぐ気はあるのか?」
声が続く。
この声が、始祖であるダークナイトのものだと家族全員が気が付いた時、マリーが口を開いた。
「あります。私の名と受け継がれる血をかけても」
凛とした声で答えるも、煙の反応はにぶい。
煙は魔法陣にらいるマリーではなく、ルカに興味を持っているようだった。
ルカの周りをふわふわと漂い、こちらを観察しているような気配がした。
それは、まるで継承者はルカだと言っているようで。
沈黙が流れ、どうするのかとルカは見守っていたが、父親が驚くべき提案をする。
「始祖は何か勘違いをしているようだ。継承者はマリーで、そこの出来損ないではない」
その目がルカに向く。
「だが、始祖に間違いを指摘するのは失礼に値するだろう。魔力は血と髪に宿るという。出来損ないでも、妹のためにそれくらいはできるだろう?」
そしてルカは妹の魔力を偽装するため、その場で髪を切られて、血を流された。
貴族の令嬢として、髪を長く美しくすることは必須のステータスだった。
妾の子として、蔑まれているルカだったが、この髪だけは自分は貴族の娘だと証明することが出来るただ一つのものだった。
それを当然のように切られてしまう。
自分の意思など無視され、妹を引き立てるただの素材扱いをされてしまう。
嫌だという言葉を口にすることもできず、父親に押さえつけられ、母親に髪と指を切られた。
切られる髪の間から、マリーの顔が目に入る。
マリーの顔はただ笑みを浮かべているだけだった。
まるで、当然のことのようにルカがされていることを見ている。
ルカの髪を混ぜながら髪を結い、血を唇に塗ったマリーは改めて魔法陣の中で祈りを捧げる。
すると、魔法陣が光り始め、煙がマリーの元にまとわりつく。
それは始祖の力が彼女に宿ったということなのだろう。
喜び、抱き合う家族を、もうルカは見ていられなかった。
ひっそりと地下室のドアをあけて、外にでる。
髪を切られ、血を流したルカの姿を見て、家のメイドや執事達は何事かと避け、遠巻きにみているばかり。
誰も彼女を助けようとしない。
その時、ようやく受け入れられたのだ。
私は誰にも愛されないのだと。