6/3「新しい朝に回復されたもの」
6/3
環楽園に来てから四回目の朝を迎えた。この北館においては、僕は二階の西端から二番目の部屋を自室として割り当てられていた。舞游のそれの隣である。僕は昨晩、有寨さんとバーで別れた後すぐに此処に来てベッドで寝た。問題は山積みだったけれど、昨晩はもうなにも考える気力が湧かなかった。それはこうして一度眠って起きてみても、あまり変わっていなかった。
とりあえずベッドルームから出たが特にやることも思い浮かばず、リビングのソファーに腰掛けた。カーテンは閉められたままだけれど、開ける気も起きなかった。
時刻を確認しようとして、腕時計がないと気付く。壁に掛かった時計を見ると、午前十時半……。
コンコン、と扉をノックする音がした。
「觜也、這入ってもいい?」
扉の向こうから聞こえてきた声は、舞游のものだった。僕は弾かれたように立ち上がり、直後に昨晩のことが頭に浮かんで胸の奥が痛んだ。しかし彼女の方から訪ねてきてくれたなら、迷っている暇はない。緊張しつつも部屋の扉を開けて、彼女を迎え入れた。
どう切り出したらいいものかまだ決めかねていたけれど、彼女が「座って話したい」と云うのでまずはリビングに通す。僕はソファーに腰掛け、彼女はその斜め前のアームチェアに腰掛けた。
「ほら、昨日の夜……なんか変な感じになっちゃったでしょ? だから早く戻したくて。誤解したままなんて辛いし」
舞游は決まり悪そうにはしているものの、それほど気に病んでいる様子はなかった。僕は自分との温度差みたいなものを感じ、段々と心が安らいできた。
「嫌なわけじゃなかったの、本当。ちょっとびっくりしただけで。だから觜也、気にしないで。きっと觜也、性格的に滅茶苦茶神経質になってるよね?」
「まあ……そうだな。正直、どうしたらいいのか悩んでるところだったよ」
結局舞游に助けられるかたちとなったことを少し情けなく思いつつも、ならばせめてと僕は素直に認めた。すると彼女は「やっぱりー」と苦笑した。
「今更こんなすれ違いなんて、そっちの方がちょっと傷付いたくらいだよ。私は觜也になら、なにをされたって許せるんだよ? よっぽどのことじゃない限りはね」
舞游はそう話しながら僕の隣に移った。彼女が座れるスペースをつくるために横にずれたが、彼女はすぐにその分の距離を詰めて僕の腕に抱きついた。
「それに私、嬉しかったよ。觜也に必要とされてる感じがしてさ。いつもは逆のことばっかだったから」
僕は面映ゆい気持ちで、思わず舞游から顔を背けてしまった。馬鹿面を見られたくなかったのだ。僕のその反応を目にした舞游は、今度は悪戯っぽく笑った。
「いつもはクールぶってる觜也が粗暴になってるところ見れたのも、ちょっと興奮したしねえ」
「あんなのは昨晩だけだ。もう二度としないよ」
「もう、不貞腐れてー」
舞游は僕の腕に巻き付けていた自分のそれを解くと、パンッと手を叩いた。
「じゃあこの話はお仕舞ね」
……彼女だってこの状況下で、本当なら落ち込んでいたいに違いない。どんな事情があったとはいえ、自分が人を殺した(実際に殺したのがもうひとりの自分であっても、それは同一なのだ)と僕に知られ、自分の凄惨な死体も見られ……こんな奇々怪々な事態のなかで平静を保ってなんていられないに違いない。元来がナイーブな彼女なのだ。
なのにこうして、僕のために気丈に振る舞ってくれている。昔の彼女だったら自分のことで精一杯で、僕を慮って無理をするなんて絶対にできなかった。いま、僕と舞游が普段とは逆転していたのだと気付く。僕らはいつの間にか、助け助けられる、そうやって支え合える関係になっていたのだ。
「ああ。ありがとうな、舞游」
「うんっ」




