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環楽園の殺人  作者: 凛野冥
第二章:結鷺觜也の黙示録
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6/1「混沌の中の再会」

  6/1


 南館は中央の吹き抜けを階段が通っている構造だったが、この北館は東端と西端にそれぞれ階段があるようだった。北館と同じく階段は一直線で、それゆえに廊下のある側が一階と二階では反対になっている。西端のそれを上って左に曲がるとすぐ左手に扉があり、どうやらそこが舞游のいる部屋らしかった。

 北館はプライベート用という話のとおり、そこは客室とは造りが違った。洗面所やトイレなんかは備わっていないけれど、リビングとベッドルームは別になっているし、その他にも部屋がひとつあった。舞游はベッドルームの中、お姫様が使いそうなイメージの天蓋(てんがい)がついたベッドの上で膝を抱えていた。

「騙してて、ごめんなさい」

 ナイーブな表情の彼女は、僕を見ると沈んだ声でまず謝った。

「お兄ちゃん達に命令されてたの……觜也には本当のことを云うなって」

 少なくとも舞游は喜び勇んであんな茶番劇を演じていたわけではないらしいと分かり、僕は胸を撫で下ろした。

「大丈夫。怒ってなんてない。お前が生きてるなら、なんでもいい」

 僕は此処まで駆けてきたせいで乱れた呼吸を整えつつ、舞游の隣に上がり、胡坐をかいた。俯かれた舞游の横顔……額から顎までの整ったライン、印象的な二重瞼、愛らしい小さな唇、純真そうに澄んでいながらも時折憂いのようなものが宿ることのある瞳……僕をちらと見るその仕草……。桜色の頬にそっと触れてみる。そのまま指を耳の下を通って首筋に移動させ、さらに頭の向こう側に回して、こちらに引き寄せる。彼女は無抵抗に、僕に凭れた。この感じ……この匂い……。

 間違いない。僕が知っている本物の馘杜舞游だ。他の誰を間違ったって、舞游を間違うことだけは絶対にありはしない。

 だが。……僕は気が付く。

「舞游、お前は、この四日間を僕と共に過ごしてきた舞游ではないのか?」

 僕以外の四人はそれぞれ八人に分裂していたが、その片割れはずっと僕から身を隠していた。既に四人全員の片側……僕が接していた方は死んでいる。舞游も南館のリビングにある円卓の上でセンターラインを切断されていた。だからいま僕の目の前にいるこの舞游は、潜んでいた方の舞游……これまでの環楽園での時間を僕と共有していない方の舞游……。

 しかし舞游は「ううん」と否定した。

「私はずっと觜也と一緒だった私だよ。觜也が見た私の死体の方が、ずっとこの北館に潜んでた方の私。……ずっととは云っても、一度だけ入れ替わってたことはあったけど」

「ああ……有寨さんの死体を見つけたときだな?」

 舞游は「そう」と首肯した。

 有寨さんの死体は、内側からバリケードを築かれた完全な密室の中にあった。だがいまとなってはその完全性も瓦解する。あの部屋には初めからもうひとりの舞游が潜んでいたのだ。

 きっとクローゼットの中だろう。バリケードを築くためにクローゼットの扉は開かれていたから、彼女は僕がその前を通過した直後に僕の後ろに続くだけで良かった。僕が有寨さんの死体を目にして振り返ったときに舞游がすぐ背後にいたのはそのためだ。一方、部屋の前まで僕に同行していた方の舞游は、部屋には這入ってこずに黙ってその場を離れた。僕がクローゼットの前を通過してから振り返るまでの時間内に部屋に潜んでいた何者かが部屋を抜け出すというのは無理だが、その何者かが舞游であれば、僕がクローゼットの前を通過した時点でこの密室トリックは成功する。別々に存在する同一人物の入れ替わりなんて、見破られるわけがないのだから。

「だけど、それならあの後の舞游はお前じゃなかったってことか……」

 僕と初めて口づけを交わした舞游は……。

 だがこれにも舞游は首を横に振った。

「お兄ちゃんの死体発見時に入れ替わった私と私は、その後すぐに浴室の中でまた入れ替わった。だからその後の私も、この私……」

 つまり殺された方の舞游が僕と共にいたのは、有寨さんの死体を見つけてから彼女が浴場に這入ったまでの間だけ……なるほど、だから舞游はシャワーを浴びたいと云ったのか。有寨さんの死体に縋りついて服と身体に血をつけたのも、その口実づくりのためだったのだ。そして僕が眠ってしまった後、この舞游はこの北館へ向かい、ずっと潜んでいた方の舞游は杏味ちゃんに殺された……。

「これは私だけじゃないよ。いま生きているお兄ちゃんと霧余さんと杏味ちゃんも、觜也がこの環楽園で一緒に過ごしてきた方。殺し殺されてきたのは全員身を隠してた方。だから、杏味ちゃんはもうひとりの私を殺したから別だけど、他の皆は直截に殺害をおこなってはないよ。〈ウロボロスの蛇〉を形成するためには、実際に殺害って行為を実行した個体が次に実際に殺される個体にならないといけないから」

 だから先程バーで会った有寨さんも霧余さんも、あんなに慣れたふうに僕と会話をしていたのか。もしあれがはじめから身を隠していた彼らだったなら、この屋敷に到着して以降、初めて対面することになっていたはずだ(杏味ちゃんは元からろくに会話を交わしたことがなかったので変わらないようなものだけれど)。

「実際に殺された四人は、じゃあ死体となって僕の前に現れるまでは、基本的にずっとこの北館にでもいたのか?」

「そう。觜也の前でミスが起こらないように、私達は北館と南館でそれぞれ別に生活してた。それで殺す順番と殺される順番のやってきた二人が、そのときになると北館から南館にやって来て事件を起こしてたの。それらの私達はリビングの扉から行き来してたんだけど、これは南館にいた私達が頃合を見計らって閂を外したり掛けたりして行われた……觜也が見るときにはいつも閂が掛かってるようにしながら」

 ……僕ひとりのために、随分と手の込んだ段取りである。そうまでして僕に対して〈環楽園の殺人〉を装った理由はなんだ? どうして計画に本来無関係な僕をそんなふうに翻弄する必要があったんだ? そもそも、どうして有寨さん達はこんなことをしている?

 ――充満世界――プレーローマに憧れます。そこには真理と、永遠がありますのよ。

 ――私は強く焦がれるし、憧れるわ。真実というものにね。

 いつだかに聞いた杏味ちゃんと霧余さんの言葉が想起された。……充満世界? 真理? 永遠? 真実? ……馬鹿な。いくら焦がれ、憧れたとしても、それを掴むためにこんな人知を超越した計画を企てて実行するなんてことが人間にできるものなのか?

「舞游……お前はこの酔狂にどのくらい加担してるんだ? お前も本気でプレーローマなんてものに憧れてるのか?」

 恐る恐る、訊ねる。

「ううん。そんなわけないよ……」

 僕は安堵して、舞游を抱き締めた。彼女が「ちょっと、強い」と云ったので慌てて力を緩めるが、離そうとは思わない。こうして、彼女の存在を感じていたいのだ。脳味噌に手を突っ込まれて滅茶苦茶に掻き回されたかのように僕の思考は混沌としているけれど、舞游だけは確かに生きて、此処にいる。いまはそれだけ、ただそれだけ分かれば良い。

 僕は舞游を抱いたまま、彼女に覆い被さるように倒れた。彼女も僕の背中に腕を回してくる。僕は彼女の唇に自分の唇を重ね、貪るように激しいキスをした。そうしながら右手で彼女の柔らかい身体を愛撫した。息ができなくなってやっと唇をわずかに離すと、今度は舌を彼女の顎から首へかけて這わせていく。彼女の服の裾を掴んでたくし上げ――そのとき、

「嫌だ……」

 舞游の声は、怯えていた。僕は自分がなにをしているのか、なにをしようとしているのか自覚する。途端に激しい羞恥と後悔の念が湧き出した。僕は舞游に乱暴し、彼女を怖がらせてしまったのだ。たちまち頭の中がパニックになった。こんなこと、するはずじゃなかったのだ。舞游を傷付けるなんて、絶対にしてはいけないことなのに。それなのに僕は理性を失って……。

「ごめん」

 辛うじてそれだけ言葉にできた。僕は彼女から身を離し、ベッドから下りて、なにかを云おうとしたが結局なにも云えず、黙って彼女に背を向けてベッドルームを出た。そのまま部屋の外まで出て、階段の一番上の段に座り、隣の壁に思いきり自分の頭を叩きつけた。頭蓋骨が砕けそうな衝撃が全身に伝播し、遅れて酷い激痛が頭の中で脈打つように暴れ出す。知らず知らずのうちに唇を強く噛んでいたらしく、咥内に血の味が広がっていた。

 僕は頭を抱え、しばらくそのままの状態でいた。

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