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環楽園の殺人  作者: 凛野冥
第一章:環楽園の殺人
15/40

3/3「密室トリックの考察」

  3/3


 洗面所で傷口を洗い、タオルを強く押し当てて止血した後にハンカチを巻いて結んだところで、処置はひとまず完了とした。舞游はもう泣き止んでいたし、表情もだいぶ柔らかくなっていた。今日一日ずっとまとっていた鬱々とした雰囲気もなくなり、いまは単に落ち着いているといった様子で、それを見た僕も胸の内につっかえていたものが取れたような気分になった。

 だが舞游にはある気掛かりがあるらしかった。僕は窓際に置いていたソファーをベッドの傍らまで持ってきて腰掛け、ベッドに座る舞游と向かい合い、彼女の話を聞くことにした。

「お兄ちゃん達は、觜也を疑ってるよ」

 もちろん衝撃を受けたが、舞游は真面目にそう云っているし、確証もあるみたいなので、僕は平静を装って「どうしてだ?」と訊ねた。

「あの密室は、觜也が犯人ならつくれるからだよ。そもそも觜也、お兄ちゃん達は最初から、この屋敷に私達の他に殺人犯が潜んでるなんて考えてやしないんだ」

 早くも混乱する僕に舞游は掌を向けて「待って。順番に説明する」と云った。

「お兄ちゃんが云ってたとおり、私達の他に屋敷に潜んでる人間がいて、そいつが犯人だった場合、杏味ちゃんの部屋を密室にしておくメリットがない。それどころか、あんな密室をつくってしまったら、合鍵をつくった何者かにしか犯行は行えないよね。となると、後から警察が調べれば、その線から犯人を特定できちゃうんだよ。合鍵なんてつくったせいで、しかもそれを使って密室なんかつくったせいで、犯人は私達が犯人でないことを示唆するばかりか、自分を探し出すための重大な手掛かりを提示してしまってるんだ。つまりあの密室は犯人にメリットがないなんてもんじゃない、致命的なデメリットを生むんだよ。

 だいたい、犯人がこの屋敷に紛れ込んで杏味ちゃんを殺すという行為自体がかなり不自然だよね。だって此処にいる間、その人物はアリバイを持たないことになるんだもん。後から調べられれば、数日間どこでなにをしていたか分からない人間がすぐに容疑者として浮かび上がっちゃうでしょ?」

 僕は唖然とした。こんなにも簡単に、前提条件が瓦解してしまうなんて……そう、前提条件だ。僕はその間違った前提条件を鵜呑みにしてしまっていたから、考えれば考えるほどに深みに嵌っていってしまったのだ。出だしを間違えれば、そうなるのは必定(ひつじょう)である。

「話を戻すけど、じゃあ密室……それからピアノの伴奏も不思議な点だったね、あれらは一体なにを目的としてるのか。

 それはね、私達の他に何者かが潜んでいると思わせるためだよ。一連の犯人の行動は、全部が自己主張という点で一貫してるよね。それが犯人にとってメリットなり得るなら、そうして得られる犯人像はミスリードでなければならない。……分かる?

 犯人が私達の中にいるからこそ、そうやって私達の他に殺人犯が潜んでるんだと誤認させる仕掛けが打たれたんだよ」

 僕は足場が崩れていくかのような凄まじい不安と恐怖を覚えた。

「……そ、それで有寨さん達は、どうして僕を? いや、そうか、有寨さんにとって霧余さんは恋人で、舞游は妹だから、残るのは僕しかいないのか……」

 僕は舞游以外とは、知り合ってまだ二日しか経っていない。この二日間で多少は打ち解けたように感じていたが、実際のところ、信頼関係が芽生えるまではてんで達していないのである。特に有寨さんから見た僕は、云ってしまえば、場違いな新参者と映っていてもおかしくない。

 だが舞游は首を横に振った。

「違うよ。さっき云ったじゃん。觜也が疑われてるのは、あの密室をつくれるのが觜也しかいないからだ」

「……どうやってだ?」

「マスターキーが『ナグ・ハマディ写本』に挟まってるのを見つけたのは觜也だったよね。問題は、觜也以外は皆、マスターキーが確かに本に挟まっているところを見ていなかったということなんだ。だから觜也が杏味ちゃんを殺し、奪ったマスターキーで外から施錠し、あのときにあたかも最初からマスターキーが中にあったかのように振る舞ったとすれば、あの密室の謎は解けちゃうんだよ」

 僕は唖然とするしかなかった。

 あの密室は合鍵を用いなければ為し得ない……と勘違いをさせることが目的でない限り、犯人が密室なんてものをつくるはずがない。ならば犯人は本当は合鍵なんて使わずにあの密室を創出したのだと、逆説的に判明する。そしてそれをできた唯一の人間が……僕。

 いや、もちろん、僕は僕が犯人でないことを知っている。合鍵は確かに『ナグ・ハマディ写本』に挟まっていた。ということは……どういうことだ?

「舞游、でも僕には動機がないじゃないか。杏味ちゃんともまだろくに会話すら交わしてなかったんだぞ?」

「動機なんて知ったことじゃないんだよ。世間では殺人にいちいちそれらしい動機を付けないと安心できない……つまり殺人犯に人情を期待しないと気が済まないみたいだけど、現実にはすべての殺人にそんな都合の良い背景があるわけじゃない。好きだったから殺した、嫌いだったから殺した、興味がなかったから殺した……どんなことだって動機になり得る。殺人そのものが目的なことだってあるし、動機なんてない事故や過失だって多い。だから今回重要なのは、觜也にしか密室がつくれなかったという点だけなんだよ」

「そんな……」

 いくら動機がないように見えたところで、僕以外に犯行が不可能と論理的に導かれてしまえば、それは僕が犯人なのだろう。しかし、そんなの承服できるわけがない。

「でも舞游、密室についてはそんな考えが成り立つけれど、ピアノを弾いたのは僕じゃないじゃないか。あの伴奏を僕は舞游と聞いていたし、直後に有寨さんにも会った」

「それも觜也が犯人であるという考えを補強してしまうんだよ。どうしてあの時間に犯人はピアノを弾いたのか……考えられるのは、あれによって自分を容疑者から外そうとしたって可能性でしょ? ピアノが弾かれていたときに別の場所にいた人間にはアリバイができるから、それが狙いだったってわけ。でもね觜也、あの伴奏はトリックを(ろう)すれば解決しちゃうんだ」

「……録音だった、ってことか?」

 舞游は頷いた。

「あらかじめピアノの音をテープかなにかに録音して、それをタイマーなり遠隔操作なりで流せばいい。音の方向からしてリビングのどこかに隠してあったんだろうけど、ピアノの音が聞こえたからと云って、その時間にピアノが弾かれていなければならないとは限らないんだ」

 嵌められた、と僕は思った。犯人の一連の行動は、僕を容疑者に仕立て上げるために仕組まれていた。……いや、別段、僕でなくても良かったのだろう。これはマスターキーが『ナグ・ハマディ写本』に挟まっていることに気付いた人間が標的にされるシステムである。僕は貧乏くじを引かされたのだ。

「舞游も、僕が犯人だと……?」

 恐る恐る訊ねたが、舞游は「なに云ってんの。そんなわけないじゃん」とすぐさま否定した。

「私は觜也が犯人じゃないのを知ってるよ。当たり前でしょ。いままで述べたのは全部、お兄ちゃん達の考えを代弁したものだよ。だって觜也にあんなことができるわけないもん。杏味ちゃんを殺すだけならともかく、その死体を大胆に切断したり密室トリックやアリバイトリックを用いたり、有り得ないって」

「良かった……」

 僕は本当に心の底から安堵した。

「これが昨日云った〈後期クイーン的問題〉を浮き彫りにした犯行形態……〈操り〉ってやつを応用したパターンのひとつだよ」

「えーっと……偽の手掛かりで偽の真相に誘導する、だっけ?」

 ではやはり、僕は綺麗に嵌められたということか……。

「そうだよな……だって僕が犯人だったら、自分でマスターキーを発見するはずがないもんな」

「うーん、そうとも限らないんだけどね。そう思わせるために、あえて自分で発見したんだって考え方もできるでしょ? これがまさしく〈後期クイーン的問題〉。ある手掛かりがなにを指すのか、一義的に決定できなくなっちゃうの。〈探偵の手のうちを読む犯人〉によってね」

「面倒臭い話だな……」

 たかがミステリ小説に、と思ったが、僕らがいま直面しているのはまさに現実に起きている事件なのである。そう云えば霧余さんも昨晩、〈後期クイーン的問題〉は現実世界においても云えることだと述べていた。フィクションの世界に限らず、真相というものは掴めないものなのだと……。

「ともかく舞游、やっぱり犯人は僕達以外にこの屋敷に潜んでる何者かってことなんだよな? そいつが策を弄して、僕らに仲間割れでもさせようとしてるんだよな?」

 僕だけは無能にもその企みに引っかかることさえもできずに、犯人の行動が支離滅裂と思って頭を悩ませていたわけだが、しかし僕は今回スケープゴートの役割を負わせられた立場なのでそれで当然だったのかも知れない。合鍵が『ナグ・ハマディ写本』に挟まれていなかったのではないかなんて疑いを、発見者その人が抱ける道理がないのだから。

「分かんない」

「分かんない?」

 鸚鵡返しにしてしまった。

「分かんないって……舞游、僕らの他に誰も潜んでないなら、犯人は有寨さんか霧余さんってことになるぞ?」

「うん……、それで私もずっと悩んでるんだよ」

 悩んでいる、という言葉に僕ははっとする。その悩みが彼女に再び自分の手首を切らせてしまったのだから、僕はそれを重く受け止めなければならない。

「どれが真意で、どれがフェイクなのか、考えれば考えるほど、分からなくなっちゃう。私達以外に誰かがいて、私達を弄んでるのか……お兄ちゃんか霧余さんが犯人で、觜也を犯人に仕立て上げようとしながら、表面上では私達以外に屋敷に潜んでる何者かがいるという建前を設けてるのか……」

「でも有寨さんは実のお兄さんだろ?」

「そうだけど……私はあの人のこと、全然分からないんだよ」

 舞游が有寨さんを〈あの人〉なんて呼ぶのは、これが初めてだった。しかしそっちの方が彼女の本心に近いのだと、僕は理屈でない部分で強く感じた。

「いつもは表に出さないし、私だって常にそう思ってるんじゃないけど……私はあの人が怖い。あの人は誰にでも分け隔てなく接してるようでありながら、その全員に対して巧妙に真意を隠してる。なにを考えてるのか分からない。そしてあの人は、私が知る限り、誰よりも頭が良い。単に知識があるとか機転が利くなんてもんじゃなくて、本当に次元が違うの。だから怖いよ。あの人なら、杏味ちゃんをあんなふうに殺したうえで、さらに数えきれないほどの複雑な細工を施し、罠を何重にも張りながら、なお平然と振る舞うことなんて造作(ぞうさ)もないと思うんだ。表向きは私達以外に何者かが潜んでると云って、一枚裏をめくると觜也を犯人と疑ってて、でもそれすらも計略の内なんてことは充分に有り得る。他の人ならこんなの穿(うが)ちすぎだって流せるけど、お兄ちゃんに関してはそうはいかないって、妹の私は昔から思い知らされてるんだから」

 舞游は以前、有寨さんを『ぶっち切っている』と表現した。変人すぎるくらい変人な舞游をしてそれほどまでのことを云わしめるなんて一体どんな人なのだろうと僕は戦々恐々だったが、いざ会ってみると有寨さんはえらくまともであり、すごい人なのは確かだけれど奇人変人と呼ぶにはそぐわないと感じた。しかしそれが安直な判断だったと、いまならば分かる。いや、これだってまだ、ほんの片鱗を理解したに過ぎないのだろう。

 教え子があんな無惨な死体となって発見され、しかも彼女の安全について責任の大半を負っていた身でありながら、ああも冷静でいられるなんて、そんなのまともと云えるわけがない。

 その恋人である霧余さんだって同じだ。彼女は明らかにこの状況を楽しんでいる。ミステリ小説を愛好しているからといって、その嗜好を現実の殺人事件にも持ち込むなんて無神経どころの話ではない。完全に倫理観が欠落している。

 こうしてよく考えてみれば、あの二人が本物の変人であるとは瞭然だった。

 舞游はそうじゃない。彼女は普段の言動にはいささか奇矯(ききょう)なところが多いものの、人として大事なものを失っていたりはしない。自分の目の前で人が殺されるようなことになれば、人並みに、いや、それ以上に驚いたり怖がったり落ち込んだり悩んだりできる。彼女は誰かが傷付くなら自分が傷付くのを選ぶような、純粋すぎて、ゆえに感受性も強すぎる、優しい人間なのだ。僕はそれをよく知っている。

「でもいずれにしても、いまが膠着状態なのは確かなんだよね。そのせいで考えが前に進まないってのもあるんだけど」

「……あれ、だけど舞游、有寨さんが僕を疑ってるというのが本当の本当だったなら、二人一組を提案するのはおかしくないか? 妹を殺人犯とコンビにするなんてさ」

「それも含めて、膠着状態なんだよ。私達以外に犯人がいる場合は表向きの理由のとおり、単独で行動しないことによって防御策となる。そうじゃなくて私達の中に犯人がいる場合も、やっぱり犯人は動けない。だってこの状況下で誰かが殺されれば、その人とコンビを組んでた人が容疑をかけられるのは避けられないでしょ」

「だから安全ってことか。まあ犯人の目的が連続殺人と決まってもないし……そうだよな?」

「分かんないねぇ……」

 舞游は神経質そうに自分の髪を掻き回した。このあたりで手詰まりなのだろう。

 そこで僕もいまの話を脳内で反芻(はんすう)し、自分なりに分かったことをまとめようとしてみる。

 そうしているうちに、僕は話の流れで、ある事柄を見過ごしてしまっていることに気が付いた。

「僕が犯人じゃないってのはいいとして、なら、あの密室はどうやってつくられたんだ? 合鍵が使われたはずがないっていうさっきのロジックは、フェイクじゃないんだよな?」

「それなんだよ、問題は。私には私達以外の誰かが屋敷に潜んでるとはどうも思えないんだけど、そうだったところで、あるいはお兄ちゃんか霧余さんが犯人だったところで、あの密室はつくれない……」

「でも現に密室はつくられた……」

 なら、合鍵を認めるしかないんじゃないか? それが犯人にとってハイリスクであり、わざわざ密室をつくってまで得られるメリットとあまりにも釣り合いが取れないように思われても、犯人の考えが足りていなかったということだって有り得なくはない。

「扉と窓に錠がかかってたのは確かだった。お兄ちゃんが扉を蹴破った後に、お兄ちゃんか霧余さんがこっそり本にマスターキーを挟んだということもなかった。私達はお兄ちゃんが先に部屋に這入ったときにその行動を注視してたし、皆で這入ったときも、いくら杏味ちゃんの死体を見て驚いていたからと云って、誰かが妙な動きをしていたら見逃さなかったはず。あの部屋は本当に密室で、マスターキーもはじめから本に挟まれてた……」

 どう考えたって不可能だ。だが、合鍵を使わずにその密室をつくり出す方法を看破することさえできれば、犯人が誰かも明らかになるかも知れない。

 僕は必死に知恵を絞ろうと励む。密室トリックなんてものに馴染みのない僕だから、この手の推理の勝手すら分からないが、それでも取っ掛かりさえ掴めれば……。

 普段は本なんてろくに読まない僕だけれど、ミステリ小説の一冊や二冊はさすがに読んだ経験がある。かなり昔のことで記憶もはっきりしないが、密室殺人が起きて、それが解決される内容だった。あれのトリックはどんなだっただろうか……。そうだ、実は密室の中に犯人が潜んでいて、主人公たちが扉を破って中に這入った際にこっそり抜け出したなんてものだった。肩透かしもいいところの三文トリックで、幼心に腹が立った憶えがある。

 これはしかし、今回には適応できないだろう。部屋に誰も潜んでいないとは、有寨さんだけでなく、僕も、舞游と霧余さんだって確認していた。……だが、もしもこれが真相だったなら、犯人は僕らではなかったということになるのか。僕らは全員揃ってあの部屋に……。

「あ」

 僕は不意の(ひらめ)きに襲われ、間抜けな声を出してしまった。

「なにか、思い付いたの?」

 舞游に問い掛けられ、僕はたちまち困惑する。

 思い付いた。ひとつ、思い付いてしまった。真相であるという証拠はない。あくまでただの思い付きで、机上の空論でしかない。それなのに、話してしまったら途端に真実味を帯びてしまいそうな予感があり、それが怖いのだ。

 舞游は僕の抱いている惧れを察したようだったが、しかし引き下がるはずもなく「云ってみて」と促してくる。

 結局、僕は観念して「ただの思い付きだよ」と前置きした後に、その考えを述べた。

「霧余さんなら、ペットの白蛇を使って、錠をかけられるんじゃないかと思うんだ」

 舞游は目を見開いた。僕は補足するかたちで続ける。

「僕ら以外の誰かが部屋の内側から錠をかけたうえで中に潜んでいたなら、あの密室はつくれる。だけど中には誰もいなかった……人間は。でも蛇なら、身を潜められる場所はいくらでもある。なら蛇に簡単な芸をしこんでおけばいい。杏味ちゃんを殺して、死体を切断し、マスターキーを『ナグ・ハマディ写本』に挟み、部屋を出る際にドアノブに蛇を巻き付ける。自分が部屋を出た後に、蛇はドアノブのすぐ真上にあるつまみを捻って施錠し、あとはどこか目につかない場所に身を潜める……いくらなんでも都合が良すぎるかな?」

 話しているうちに無理を感じてきてそう訊いたが、舞游は「ううん」と首を横に振った。

「蛇は狭くて暗い場所を好むから、それは自然な行動だよ。蛇に施錠させるのだって、上手くいくまで何度でも繰り返せばいいんだし……。それに私、今日は霧余さんが白蛇を連れているところを一度も目にしてない」

 ずっと行動を共にしていたので当たり前だが、僕も同じだ。

「きっと杏味ちゃんの死体を発見した後は常にお兄ちゃんが一緒にいたから、蛇を回収する機会がなかったんだよ。でも、もう遅いだろうね……。この時間じゃあ、お兄ちゃんはもう寝た後だ。なら霧余さんは既に蛇を回収してる……証拠は残らない」

「……本当にこれが、正解なのか?」

 舞游もさすがに慎重になっているらしく、すぐに頷いたりはしなかったが、その表情は八割方肯定しているようなものだった。

「動機は……霧余さんは杏味ちゃんとあまり良い仲じゃなかったらしいから……」

「それに昨晩、杏味ちゃんがお兄ちゃんを誘惑したって話も忘れちゃいけないよ」

「……霧余さんはそれを知って、杏味ちゃんを殺した?」

 恋愛絡みの怨恨。杏味ちゃんの身体は頭頂部から股にかけて真っ二つに切断されていたが、あれはもしかして女性器を破壊するのが真の目的で、あとはそのカムフラージュだったのだろうか。自分の彼氏を寝取ろうとした淫乱な女に対する仕打ちとして、頷けなくもない気はするけれど……。

「どうする? 舞游。これらは全部、推論でしかないけど」

 舞游は難しそうな顔をして考え込んでいる。

「僕は、そっとしておいた方が良いんじゃないかって思う。だってこれが事の真相だったなら、もう誰も殺されない。変に霧余さんを刺激しないで、膠着状態を維持したまま助けが来るのを待つのが一番だと思うんだ」

 つい先程までは真相を突き止めなければと焦っていたのに、いざそれが現れてみれば、知らない方が良かったんじゃないかという、なんとも後味の悪い後悔があるのみだった。

 しばらくしてから、舞游も苦そうな顔で「……そうだね」と頷いた。

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