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【本物って誰のこと?】中編

 カキコカキコカキコ・・・・・・。

 私は今、使い慣れない羽ペンを使い、とても立派な机の上でお手紙を日本語で書いている。

 西の聖女・・・もとい、ノエミちゃんへのご挨拶の手紙を正式にこちらの国の言葉で書いてから、そのままの言葉を翻訳してノエミちゃん用に書いているのである。

 目の前にいる“聖女の世話係”は、上品な灰色の髪をオールバックにキメ、がっしりとした黒縁メガネで、私の手元をじっとりと見つめている。

「余計な事は書いていませんよね?」

「はい、ちゃんと余所行(よそい)き用に丁寧な言葉で書いていますよ」

 嘘である。

「・・・ちゃんとノエミ様に何て書いてあるか、1字1句聞きますからね?」

「済みません、書き直します」

 カキコカキコカキコ・・・・・・。

 ソラルさま警備突破事件から一夜が明けた。

 (侵入した賊って・・・ソラルさまの事なんだろうか? それとも別の侵入者?)

 賊が侵入したと言う情報は世話係全員に通達されていたが、ベランダでの出来事は誰にも話してはいない。

 当たり前だ、あんな事は口が裂けても、言えない。

 でも、頭の片隅に何かが引っかかっていた。

 (う~ん・・・なんか大事な事を忘れているような?)

「ヒロコ、実は急で申し訳ないのですが・・・今日この後、謁見(えっけん)が入っていまして・・・」

「え? 謁見? 陛下もまだなのに部外者に会っていいの?」

「ヒロコは立場上、謁見される側なのですが・・・部外者ではなく・・・正式に、その・・・本来はきちんとご挨拶をしなければならなかったのですが・・・色々あったもので」

「部外者じゃない? 本来はきちんと挨拶が必要な相手?」


 西側の聖女(見習い)ノエミちゃん宛の挨拶の手紙・・・まだ、ミリアンの正体が聖女ヒロコだって言っていないのだ。

 マテオ様に正式に「ノエミちゃんと聖女として会いたいな? いいかな?」と言うお伺いと、「ちゃんとした戦闘訓練をソラルさまの近くで習いたいな!」と言う希望(願望)書である。

 ちなみにこの訓練の希望書は後出しだ。

 既に騎士の訓練の横っちょで見学まがいな事はしていた。

 立場上 、ちゃんとこーゆー事しないと、みんなに迷惑かけちゃうしな。

 ナトンが「僕が教えるって言ったじゃん!」と、()ねかねないのだ。

 ついでに、トリュフチョコレートを自分で(大量に)作りたいから、厨房の使用許可と材料の取り寄せの依頼書を書いて、誰かが勝手に手紙を開けられないように、クレーに封をしてもらった。

 (へい、ひと仕事終わったよ! 今日のお昼ご飯は何かな?)

 昨晩はひと騒動あったので、遅めのお目覚め・・・朝食と昼食は一緒に、と言う感じでセッティングしてもらった。


 クレーが私の手紙をマテオGの宰相室に届ける為、ナトンと一緒に出てしまっていた。

 ナトンは体術が得意で、とっても頼りになるボディーガードなのだ!

 ・・・んで、お昼ご飯の給仕は誰がやるのかというと・・・イスマエルである。

 食事を乗せたカートを押して、座っている私に前掛けのナプキンを首に巻いて、目の前に懇切丁寧に食器を並べ、さっと食前に常温のマリーゴルドのお茶を出し、前菜のキャベツのおひたしを出した。

 以外に合う組み合わせだった。

 (うんうん、私が食べ過ぎないように気を使ってくれているのだなあ・・・)

 もぐもぐもぐもぐ。

 このキャベツは柔らかくて新鮮で、高級感があった・・・深夜のスーパーで見切り品を買い漁る派遣時代が、なんだか悲しい思い出になってしまった。

 ちなみに、冷蔵庫が食料で満タンになった事など一度もない。

「確か私の死亡保険なら教育ローンを完済してもお釣りが出るはず・・・」

「ん? どうしたヒロコ?」

 しゃもじを持ったイスマエルが、皿に白米をよそいながら私の方を見た。

「あ、ごめん、ちょっと独り言・・・」

「そうか」

 実は私は二重の教育ローンを組んでしまっていた。

 大学はワケあって一年で中退、その後、専門学校で経済学を学んだ。

 故に、教育ローン貧乏である・・・しくしく(涙)。

「金利が4%と6%じゃ辛いよなぁ・・・でも電車止めちゃったし・・・」

(賠償金とかあるのかなぁ?)

「どうした、ヒロコ? 悩み事か?」

「うん、お金の悩み事」

 カシャーン・・・

 金属製のしゃもじが落ちた――――。

 (ここはしゃもじもオサレっぽいな)

 お皿を持ったままイスマエルが固まっている。

 「イスマエルは白い割烹着も似合いそうだなぁ」などと睡眠不足の私は、ぼうっとしながら考えていた。

 直ぐにイスマエルは拾ったしゃもじを水魔法を使って空中で洗浄し、気を取り直して食事の支度を進めた。

 どこからともなく現れた水は、どこからともなく消えていった。

 マジシャンみたいにキレイな魔法を使う・・・と、私は感嘆の溜め息をこぼした。

「済まないヒロコ・・・食事が質素だったか・・・」

「ううん、ぜんぜん! 毎日おいしいごはんありがとう! 調理師さんにも今度ご挨拶したいな?」

「そうか・・・」

 (なんだかイスマエルが涙目になっているよ? どうしたイスマエルの兄貴!?)

 今日のお昼ご飯は、キャベツのおひたし・白米・和風スープ・魚のソテーだった。

 この国で手に持つ茶碗などは、下級の庶民しか使わないそうなので、却下された。

 とりあえず、立派なお箸は作って貰ったのだが・・・作法の勉強の為、あまり使わせてもらえないのだ。

 今日は特別にお許しがもらえた。

 もぐもぐもぐもぐ・・・美味しい食事に思わず笑みがこぼれまくる私であった。

「やはり・・・幼いなヒロコは・・・」

「そお?」

 もぐもぐもぐもぐ・・・。

「そんな質素な食事を美味しそうに、頬張って・・・」

「質素じゃないよ? 誰かが自分の為にこんなに美味しいごはんを作ってくれるなんて、奇跡だよ?」

「なんと純粋な・・・」

 この貴族様感覚は、どうも馴染めない。

 (こいつ根っからの坊ちゃんだな)

「まだ、正式発表をしていない聖女見習いでは予算が少なくてな・・・服も少なくて、申し訳ない・・・」

「は? もう普段着が10着もあるし、寝間着も3枚あるし、下着も毎日ちゃんと準備してあるじゃん!」

「いや、とっておきのドレスもまだ・・・」

「いらん!」

「いいや! 陛下の前に出るときの鮮麗されたドレスは全ての衣服代金を合わせても足りんのだ!」

「デスヨネ」

「いっぺんに二人も聖女を召喚するから・・・予算が・・・」

「帳簿見して」

 私はそう言って掌を出した。

「は?」

「この国のお金の単位は?」

「通常は金貨・銀貨・銅貨だが?」

「じゃあ、金属の価値で物価の流通価値が決められてしまうの? 国内通貨の単位がきちんと決まっていれば、その国の価値が推し測れるはずなんだけど」

 そう、金属価値で換算してしまうと、国内の物価価値と国外の物価価値がイコールにならないのだ。

 A国でパンが一つ銅貨一枚で、B国で銅貨二枚であったとすると、物価価値を理解しない一般人が暴動を起こす恐れがある。

 だから、貨幣価値と単位は国ごとに分けた方が賢明なのだ。

 まあ、基準は「M社のハンバーガーがひとついくらか?」などの基準で考えると分かり易い。

 某国では日本円に換算してひとつ1,000円とか恐ろしい価格でもある。

 要するにハンバーガーが安い南の国は国民が豊かで、高い北の国は貧乏と言う理論に行き着くのだよ・・・。

 人の感覚によって何が豊かで、何が貧しいかなんて推し測れないのは確かだけどね。

 何故日本が豊かなのかは、次回に説明しよう(笑)

「貨幣単位はΒ(べー)だ」

「べい?」

「銅貨一枚が10Βだ、その上が大銅貨で100Βだ」

「ふんふん、ジャガイモの価値に換算すると?」

「知らん」

「・・・・・・やはり、坊ちゃんか」

「坊ちゃん」

「じゃあ、この国の平均収入は何ベー?」

「し・・・知らん」

 イスマエルは少し悔しそうにしゃもじを握っていた。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「先ずは統計学観点からこの国の基準を知りたいのですが?」

「統計学・・・」

「まさかとは思いますが、この国の人口ってご存じですか?」

「し・・・調べてくる・・・いや、調べてきますので一日ほど時間を下さい。ヒロコ様」

「宜しくお願い致します」

 私の差し出したお皿に、しゃもじで白米を盛りつつ、少しだけ放心気味であった。

「あと、地理の勉強もさらっとではなく詳しく知りたいな。地域による収穫物や、特徴的な特産品、隣国の規模や人口、海産物、山では鉱山、歴史的発掘物の価値、もちろん武力のレベルなども詳しく・・・退屈な歴史ではなく、今現在のこの国の経済状況についても学びたい」

 もぐもぐもぐもぐもぐ・・・。

「わかりました・・・家庭教師をつけます」

「いいえ、イスマエル、私と一緒に学びましょう? 度々教師をゲストとして呼ぶのは喜ばしい事ですが、一方的な固定願念の授業なんて面白くないでしょう」

「あなた何者ですか?」

「とりあえず、25歳、リテールマーケティング職の元派遣社員で、現在は聖女見習いのヒロコですが?」

「13歳ぐらいにしか見ませんが?」

 もぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐもぐ・・・。

「おかわり!」

「ダメです。さすがに食べすぎです!」

「えぇ~っ!」

「ほら、白米ばかりがっつかないで、水を飲みなさい、水を!」

 (“坊ちゃん”ではなく、正体は“おかん”だったか・・・)


 がっつり朝昼兼食を済ました後、戻ってきたクレーとイスマエルは私のお世話(お護り)を交代した。

 どうやら先ほどの口ぶりからして、帳簿などの確認やら、聖女補佐としての実務の仕事をイスマエルは担当しているようだった。

 やっぱりイスマエルは生真面目な仕事人間らしく、忙しそうだ。

 ついでに戻ってきたナトンを捕まえて、仕事を手伝わせるつもりらしい・・・イスマエルに捕獲された彼の顔色が急に悪くなった。

 (体育会系の少年よ、健闘を祈る!)

「ヒロコ様、今日はお疲れでしょう。午後のお散歩は中止して、ベランダにお茶の準備をしますので、ごゆっくり日向ぼっこでもいかがですか?」

「そうね、日光浴も(ウツ病回復に)大事ね・・・お願いするわ」

 (うんうん、さすが女子! 気遣いが素晴らしい)

 ベランダの木製のベンチにクッションなどを敷いてもらい、ゆったりと食後のお茶を啜りながら、ぼ~と遠くを眺めていた。

 緑の木々の間には高い塀がちらほら見えているのだが、気にしない気にしない・・・今は・・・ね。

 ティーセットのワゴンの横で凛と立っているクレーを見て、私は言った。

「クレー、一緒に飲もうよ」

「いえ、私は侍女ですから、このままでいいのです」

 ニッコリと貴婦人のような笑顔で返されてしまった。

「え、でも、ずっと動きっぱなしで疲れてなぁい?」

「あ、いえ・・・何故だか最近、体力の回復が早くって・・・昨日の疲れも・・・ンんン?」

 クレーが自分の顎を持ちながら首を傾げている。

 その動作に釣られて私も同じ方向に首を傾げた。

「どうしたの?」

「え? 今、あれぇ?」

「?????」

「疲れが、今イッキに吹き飛びました」

「うっそお?」

 クレーは自分の掌をグーパーグーパーしながら見つめていた。

「いま・・・感覚的にですけど、昨夜消費した魔力が完全回復した気がします」

「ど、どうした!?」

「う~ん? ヒロコ様の身の回りのお世話って意外とハードなんですよね」

「すみません」

 私はティーカップ片手に、思わずペコリと頭を下げた。

「まあ、やりがいがあるんですけど、それでも神官職の早寝早起きの時よりもすごく体が楽なんですよ。どうしてですかね?」

「そう、言われましても・・・さっぱり分からんとです!」

「不思議ですねぇ・・・ヒロコ様のお傍にいると、私はいつも元気をもらえる気がします」

「あ・・・はい、ありがとうございます」

 再びペコリである。

 クレーも釣られてペコリとお辞儀をする。

 疲れた・・・と、言わんばかりにクレーにお茶を下げさせ、私は手招きをする。

「は、何でしょう?」

「ここ、座って」

ポンポンと、ベンチをゆるく叩いて見せた。

「いえ、私はやはりこのままで・・・」

「ううん」

 左右に首を振る。

「?」

「膝枕お願いします」

 クレーはくすっ、と可愛らしい大人美人の笑顔を見せた。

「なるほど、ヒロコ様のおねだりですね?」


 私の好みは、男性の肩から手にかけての長めのラインが美しければ、ルックスは二の次だ。

 女性の美人のマイ基準は・・・顎から鎖骨にかけてのラインの美しさである!

 つまり、男性に向ける好みは腕フェチ、女性の美人基準は顎から鎖骨のライン・・・つまり首&鎖骨フェチである。

 クレーは格別にそこのラインが美しい・・・美女の決定版なので、この膝枕で180度眺め放題である。

 変態? さて、何のことやら・・・。

 ウエストはクビれてるし、太ももは良い感じの肉付きだし。

 胸の山が・・・ヤマヤマしているし、きれいな顔は下から見ても崩れてないし、赤茶の瞳はキラキラしてて宝石みたいだし、オリーブグリーンの髪は絹の糸みたいに輝いている――――。

 ユリ属性の気持ちが分かる気がする。

 (我ながらその扉を開ける予定はないが)

 ガサ、ガサガサッ――――。

 近くの茂みが揺れた。

何奴(なにやつ)!?」

 クレーはササッと変わり身の術で、私の体を揺らさずにクッションと入れ替わった。

 (お~っ!“くノ一”系侍女ですか?)

 敵襲に備えて、クレーはかっこよく構えた。

 (キャー! ステキ!)

 私もベンチの上で寝っ転がってる場合では無いので、直ぐに起き上がって、その場に立ち上がった。

「何者ですか! 名乗りなさい!」

 すぐ近くの花々が揺れ、私達の真正面に茶色い影が飛び出して来た。

 その素早さに、クレーも私も動体視力が追いつかない。

「ミリアンさまあぁぁぁぁ~~~っ!」

 どすっ・・・。

 地味に内蔵に響く体当たりを食らってしまう・・・か~ら~のぉ締め技だ!

 ギリギリギリギリギリ・・・。

「ちょ・・・苦し・・・ノエミちゃ・・・」

 いつの間にか私の足は地面から離れていた。

「ノエミ様! 一体ここまでどうやって?」

「もちろん走って来ました!」

 クレーの方に振り向き、的外れな元気の良い返事をしながら私を抱きしめ続けていた。

 ぎゅぎゅぎゅぎゅ~・・・。

「ノエミ様! ヒロコ様をお放し下さい! 死んでしまいます!?」

「はっ! いけない、アタシったら!?」

 意外に馬鹿力のノエミの腕から解放された瞬間、私は脱力し、クレーが素早く体を支えてくれた。

「ご、ご、ご、ごめんなさい! うれしくって、つい」

「とりあえず・・・話し合おうか・・・」

 ベランダでは何なので・・・と、客室に何故かメイドコスプレをしているノエミを案内し、お互いにソファーに座り向かい合った。

 ノエミはウルウルした瞳で、顔の前に掌を組みながら私を見詰めた。

 クレーは警戒しつつ、来客用に冷たいアップルティーを淹れてくれた。

「ミリアン様・・・いいえ、やはり貴方が聖女ヒロコ様なのですね」

「うん、まあ、そう・・・」

 これは誤魔化しようがなかった。

 すでに現場を押さえられた万引き犯の心境である。

「先ほど聖女ヒロコ様からの手紙を受け取り、居ても立っても居られなくって!」

「もしかして・・・侍女の衣服を剥ぎ取り、ここまで走ってきた?」

「てへ!」

 ノエミは後ろ頭を掻きながら、舌を出して茶目っ気を出した。

 (可哀想に・・・被害者の侍女さん・・・)

「あの! 初回限定ムツノクニポストカード・・・ありがとうございます」

「いえいえ・・・ノエミちゃんが頑張ってるご褒美です」

「しかも、アレクシ様のピンポイントぉぉぉっ!!」

 (とりあえず一枚だけね)

「うん、好きだと思って」

「しかもレアな騎士制服のヤツ」

「人気投票一位はマティアスだったけどね?」

「私は受け顔のツンデレ・アレクシ様一筋ですから!」

 (言っちゃったよ、“受け顔”って言っちゃたよ! 聖〇士〇矢の氷〇様タイプだもんね)

「知ってるんだね、BL版裏設定・・・」

「モチのロンです! シナリオライター様と神絵師様の裏ペンネームで書いた本!」

「ああ、冬コミ行ったクチ?」

「はい、薄い本で貯金が危うかったです」

「本物だけ買えばそんなに使わないでしょう・・・実際グッズもそんなに出してないし」

「いいえ! ファンの課金熱量を甘く見ないで下さい!」

「デスヨネ?」

 ‟ムツノクニ下克上”を熱く語り始めたノエミに、私はやるせない気持ちになり、体中に震えが走っていた。

 たった一冊のあの本のせいで、この子は青春の真っただ中で死んでしまった。

 これから大人になり、自分で稼ぎ、楽しい事も辛いこともたくさん経験できたはずの未来が絶たれてしまったのだ。

 とても中途半端な人生・・・プツリと切れた運命の糸は二度と戻る事はないだろう。

 私も学生時代はとても辛い経験もあったけれど、ちゃんと学生と社会人の区切りを経験できただけでも儲けものだと考えている。

 なんて尊い――――。

 私は意を決し、ソファーから立ち上がり、彼女の横に立った。

「え、ヒロコ様、どうしたの?」

 そして私は土下座した。

「ノエミ様、この度は弊社のトミシヤマ企画が、ムツノクニ下剋上バカンス編のライトノベル化におきまして、初回特典ポストカードの増版が間に合わず、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありませんでした!」

「えええぇっ!! うそ? スタッフ様だったの!?」

「ヒロコ様! 聖女が土下座なんてしてはなりません!」

 土下座をしながら体を屈めていた私を、クレーは両肩を支えながら引っ張り上げた。

「そうよ、ヒロコ様は悪くないわ! 青信号だろうが何だろうが、きっとアタシが落ち着いていれば避けられたかもしてない事故だったんだから」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・」

 (うつむ)きながら謝罪の言葉を繰り返す私の前にノエミは跪き、頬を両手で包み込み、顔を上げさせた。

「いいえ! あなたはスタッフ様! ミリアン様! ヒロコ様! 聖女様! 女神様・・・」

 その時、客室の扉がガチャリと音を立てて開いたが、ノエミはかまわず言葉を続けた。

「そして神! 私にとって、あなたは神です!! だってミリアンと言えばあの、ラノベの連載の後書きとか、ラノベ設定を加筆した超有名人ではないですかぁ!! まさしく私にとって神そのものです! あのポスカを拝めるとは天にも昇る気持ちでした!」

 客間の扉がほぼ全開にされていた為、ノエミの“神”発言は廊下中に響いた――――。

「この聖女ノエミが、貴方を“神”認定します!」

「“神”・・・?」

 扉を開き、呆然とそこに立ち尽くしていたのは、ノエミの大好きな“アレクシ”の姿を持つマクシスだった。

 私とノエミとクレーはゆっくりと扉の向こう側に立つ、マクシスの方に顔を向けた。

 その後ろには数人の人影が見えたが、直ぐにササっと姿を消したのだ。

「マクシス様! 早く扉を閉めて下さい!」

 クレーの声にハッとしたマクシスが扉を閉めた。

 ノエミはマクシスの姿を見た途端、私の顔を押さえていた手を離し、私はクレーによってソファーへポイっと投げられた。

「はああぁあっん! ヤッバ・・・三次元のアレクシ様ぁあああっ!!!!」

 今度は自分の両頬を押さえ、体を思いっきり反らしながら悶え始めた。

「クレー! タオルでノエミの顔をっ――――」

 (ヨダレと鼻血を拭いてあげて)

「う・け・が・お・・・グフッ・・・」

 クレーはノエミの顔にタオルを当てつつ、ポイっと彼女をソファーに転がした。

「クレー、出来れば鼻血が止まるまで横向きで!」

「承知しました!」

 真っ赤な顔をして、ソファーに横たわるノエミ、その横のお誕生席に腰を落ち着けた私、呆然と立ち尽くすマクシス、そして、静かに常温のカモミールティーを準備し始めたクレーであった。

「とりあえず、マクシス、こちらの席にどうぞ」

 横たわるノエミの向かい側のソファーの席を勧めたので、彼は黙ってその席に着いた。

 一番冷静なクレーは、背の高い白い陶器のティーカップに入ったカモミールティーを三人分テーブルの上に並べた。

「え~と、午後の作法の授業は中止でいいよね? ヒロコ」

 とりあえずノエミはそのままにして、私達二人はゆっくりとカモミールティーを口にした。

「うん、この後、来客の予定も入ってスケジュールが押せ押せになってるから、次回がんばります」

「よろしくね」

 ガタン・・・と、ベランダで大きな音がして、窓の方に視線を移した。

 大きな黒い影がそこにはあった。

 ぶほっ!

 マクシスと私は仲良くカモミールティーを吹いた。

「んなっ!? なんでルベンがここに・・・て、ノエミが居るんだからそうか・・・」

 ガラス窓の向こう側に、肩で息をしながら、青ざめてこちらを睨みつけている。

 暑苦しい黒衣を纏った、長髪のルベンが窓に張り付いていた。

 (こっわ・・・さすが魔王、赤い瞳が迫力満点だわ!)

 どうやら、断りもなく飛び出してきたノエミを必死で追いかけて来たらしい。

「ノエミ様!!」

 ベランダへ続くガラスの扉が勢いよく開き、鍵の部品が千切れて吹っ飛んだ。

 クレーが床に転がった壊れた扉の部品を拾い、嫌そうな顔をする。

「鍵の応急処置が必要ですね・・・」

 ノエミが横たわったソファーに駆け寄り、彼女の様子に更に驚きの声を上げた。

「貴様ら! ノエミ様に何をした?」

 ムッ、としたマクシスがカモミールティーを啜りながら言い返した。

「逆に君は何してた? いきなりこの部屋に奇襲をかけて来たのはそっちじゃないか。このバカ娘をちゃんと見張っとけ!」

 どうやらマクシスは‟音楽の才”を使い、先程までのこの部屋の音を拾っていたらしい。

「なに! 聖女を捕まえてバカとはなんだバカとは!?」

「は~い、バカ1号で~す!」

 鼻血を流しつつ、ノエミは手をゆるりと上げた。

 どうやら、お気に入りキャラからの(ののし)りプレイはオッケーらしい。

「な・・・ノエミ様!」

「は~い、2号で~す」

 私も手を上げた。

「ヒロコまで・・・仲いいな、君ら・・・」

「まったく、届けられた手紙を読んだ途端、遣いに来た侍女を・・・」

「脱がして、庭に飛び出した・・・と?」

 ルベンは私の方を見て、直ぐにその場で跪いた。

「ヒロコ様、先ほどは大変失礼いたしました。うちの聖女がご迷惑をおかけしたようで、申し訳ありません・・・」

 (どこの迷い犬の飼い主だよ!)

「そっちの聖女はどうやら“探知”・“体力”・“浄化”の才を持っているようだね?」

 ギクリ、と分かり易い表情をしたルベンに、意地悪気な笑みをマクシスは浮かべた。

「私は、私は?」

 私にそう聞かれたマクシスは、眼を瞑り、首を傾げながら。

「ヒロコは・・・“浄化”の力が異様に強いね。後は・・・“増幅”かな? 他にもあるようだけど、どれも俺が感じた事のない能力だからよくわからないよ」

 腕を組み、眉間に皺を寄せながら答えた。

「“増幅”だと? よりにもよって・・・」

()()()()()()だろう?」

「増幅って何?」

「ヒロコ・・・君の近くにいると魔力と体力が増幅されるようなんだ。異世界召喚された人間は伸びしろが大きいと言われている。ヒロコ自身の“浄化の才”もこれから様々な進化をすると思うよ?」

「えええっ! 聖女ってポケ〇ンみたい!」

 (ノエミちゃん、右に同じだよ)

「ああ、ですから私の魔力と体力の回復が早かったんですね?」

 クレーは合点が付いたと言わんばかりに頷いていた。

 マクシスは、まぶたを薄っすら開きながら、宙を見上げた。

「まあ、お互いに能力について把握しないと厄介だから教えたけど。陛下への公式報告までは内容は多少ズレると思うね。あくまで俺の光属性での判定の範囲だからご愛敬だよ」

 金糸のような髪、透き通る青空色の双眸、桜色の柔らかそうな唇は背の高い白い陶器のティーカップを傾け、喉を潤す。

 白人モデルも真っ青な顔面偏差値カンスト級だ。

 よもや土下座王子だとは思えない風貌に、鼻血を垂らしながらうっとりと見つめるノエミがいた。

 黒髪長髪の魔王ルックスの迫力ある端正な顔のルベン。

 鼻血を流しつつも、茶色のメイド服を、チョコプリンな茶髪で可憐に着こなせるノエミ。

 (私以外、みんなルックスがおとぎ話レベルだなあ・・・)

 私は見目麗しい、白い陶器の芸術品のようなティーカップでお茶を啜りつつ、現実逃避をする為に庭の美しい花々に視線を移した――――。


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