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第16話 南極・ペンギン・かき氷(前編)

こちらのお話は、


・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。

以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。

 ❄❄❄


 大学の夏休みも後半に差し掛かり、殺人的な猛暑もようやく収まりつつある九月。


 氷彗は指導教員である飯塚の居室に訪れていた。

 とある記事の草稿のチェックをしてもらう為である。


「うん、よく書けている……と言いたいところだけれど」


 向かいに座る飯塚は、メガネの銀フレームを指でなぞりつつ顔をしかめた。

 彼女の居室は本棚と分子模型が所狭しと並んでいるため、二人だけでも手狭に感じる。


「論文にするならこれでオーケーだが、これは研究紹介の記事だからね。もう少しイントロに分量を割いた方がいい。それと、君の研究対象のレビューも追加で何本か文献に入れておくことをお勧めするよ」

「は、はい」


 上擦った声で、氷彗はそう答えた。

 先日、鹿児島にて行われた学会発表で学生奨励賞を受賞した氷彗は、その学会誌に載せる研究紹介記事の執筆を依頼されていた。


 論文の形式なら慣れているのだが、それ以外の文章はほとんど書いたことがないので、四苦八苦している状況だ。


「……しかし、お手柄だったね。学生奨励賞。去年と合わせて二年連続の快進撃だ。流石だよ」


 何度目かの指摘を最後に、飯塚の空気が緩くなった。

 推敲において指摘すべきことは全て伝えた、ということだろう。

 返された草稿は、赤ペンでびっしり余白を埋め尽くされていた。


「いえ、私はそんな……」

「謙遜することはないさ。結果はちゃんとついてきている」


 飯塚の賞賛は嘘偽りのない本心からのものだ。

 しかし、氷彗はそれを素直に受け取れないでいた。


 研究に没頭して得た結果は誇らしい反面、嫌なことから目を背けようと必死だった、証拠のように思えてしまうから。


「私は……ただ、他に何もやってこなかっただけですから」


 そう、何もしていない。

 三年前、母親が飛行機事故に遭って、他界したあの日から。


 葬儀には出席した。

 毎年、お盆には線香を上げに、母の親元を訪れている。

 

 でも、それは機械的に形式に則ったに過ぎない。

 やるべきことは何もせず、全てをシャットアウトするように、研究へ逃げた。


 そうやって目を逸らし続けることで、悲しい記憶ごと時間で洗い流そうとしていたのだ。


 あんなに大好きだった母親の表情でさえ、うららがいなければ思い出せなくなっていた。

 それが何よりの証拠だろう。


 氷彗は、そんな自分が情けなかった。


「それができるのも、私は立派な才能だと思うけどね」


 こちらのネガティブな思考を察したのか、飯塚は話を変えた。


「まぁ、それはともかく。受賞祝いに、君へちょっとしたご褒美があるんだ」

「ご褒美……ですか?」


 飯塚はそろそろとドア付近に移動すると、冷蔵庫から発泡スチロールの容器を取り出した。

 肉か、魚だろうか。

 蓋が開かれ中身を見てみると、レンガ大の氷が敷き詰められている。


 だが、それ以外は何もなかった。


「……これは?」

「見ての通り氷だよ。と言っても、水道水を冷凍庫で凍らせたものではなくて、南極の氷だがね」


「南極? あの、そんなものがどうして?」

「私の同期から、昨日送られてきたんだ。環境学部の所属でね。今年、そこの研究室が南極調査隊に参加したらしい。そのお土産兼暑中お見舞い、ということだ」


 そう聞くと、貴重なものに思えるのだが。


「いいんでしょうか? こんなにたくさんもらってしまって」

「構わないよ。私は昨晩、オンザロックで数万年前の空気が弾ける音を楽しんだから。涼を取るために溶かしてしまうにはもったいないし、どうせなら君の得意な料理で塔山君と有効に使ってくれると嬉しいんだが……どうかな?」


 確かに……うららは喜んでくれるかもしれない。


「そういうことでしたら、ありがたく頂きます」

「助かるよ。ささやかだが、これで彼女の前祝いにもなったかな」

「え?」

「あぁ、いや何でもない……そろそろ会議だから、記事の推敲版はメールで送っておいてくれ」


 飯塚は慌てたように荷物をまとめ、今日の議論はお開きになった。


 ❄❄❄


 氷の入った箱を休憩室の冷凍庫にしまってから、氷彗は買い出しに向かうことにした。

 セミの鳴き声も静かになったキャンパス内には、次の季節を知らせるように赤いトンボが飛び始めている。


氷彗 【うららさん。ついさっき、教授からご褒美をいただきました】

氷彗 【今日の夜食はそちらで作ろうと思うんですが】


 キャンパス入り口の赤信号は少し長い。

 氷彗はスマホを取り出すと、ラインでうららに呼び掛けた。

 返事はすぐに飛んできた。


うらら【教授からの、ご褒美……だと? (;゜д゜)ゴクリ……】

氷彗 【どうされました?】


うらら【まさか、またカエル肉?】

氷彗 【違います! 警戒しないでください】

氷彗 【氷です。南極の氷です】


うらら【なんだ、氷か……】

うらら【って南極氷( ゜Д゜)!? すごいね!!】


氷彗 【はい、私もびっくりしました】

氷彗 【ところで、これでお菓子を作るとしたら、何がいいでしょう?】

氷彗 【私が学会で行ってきた鹿児島だと、しろくまがおいしそうでしたけれど……】


うらら【しろくま! いいよねぇ、フルーツたっぷりで!】

うらら【あぁ! でも最近ミニストップで見かけたハロハロも、パフェみたいでおいしそうだったからな~~(-ω-;)】


氷彗 【迷いますね】

うらら【う~~ん。でも、やっぱり氷彗が作ってくれるなら、かき氷がいいな】


氷彗 【どうしてですか?】

うらら【氷彗の名前が一文字入ってるから!】


 信号が青に変わる。

 だが、今度は氷彗の頬が真っ赤に染まっていた。

中編へ続きます。

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