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第15話 思い出・パリパリ・かき揚げ蕎麦(前編)

こちらのお話は、


・二人がご飯を作って食べるだけのお話です。

・ファンタジー要素はありません。

・幽霊、あやかし要素はありません。

・ミステリー要素はありません。


また、科学的説明はあくまでスパイスです。

つまらなかったり、面倒くさければ、読み飛ばしてもらっても全然大丈夫です。

以上の点にご注意の上、お腹を空かせてお読みください。

 ☀☀☀


 お盆休みの明けたキャンパス内は、制服姿の高校生で溢れ返っていた。

 本日は名知大学のオープンキャンパスである。

 行きかう初々しい瞳はキラキラと輝いて、来年から始まるキャンパスライフに胸躍らせている。


 休み明けのうららの初仕事は、理学部学生会館の奥地にひっそりと設けられた、研究室紹介ブースでの対応だった。訪れた高校生に、研究内容や大学生活について紹介するのだ。と言っても、オープンキャンパスの理学部の目玉企画は、教授陣と議論するサイエンスカフェなので、ここに来るものはほとんどいない。


 それが通例だったのだが……


「——それでね、就職の方も不安なんですよ。友人から聞いた話じゃね、企業からの人気は理学部より工学部や農学部の方が高いって」


 現在、うららはブースに訪れた女子高生の母親から質問責めにあっていた。

 娘のことがよっぽど心配なのだろう。試験の難易度や留年する割合、生活費、果てはアルバイト事情まで、キャンパスライフに関することをくまなく問いただされた。


「企業からの人気は分かりませんけれど、就職については安心してくださっていいと思いますよ。私の研究室も卒業生は全員、希望の職に就けていますし」


 正確なデータは知らないので、当たり障りない回答でやんわりとやり過ごす。

 隣の女の子が呆れてため息を吐いた。

 制服の胸ポケットには、見知らぬ校章が刺繍されている。県外の高校だろうか。


「ほら、だから大丈夫だって」

「でもねぇ、お母さん心配なのよ。ほら、この前もテレビでやってたじゃない! ブラック研究室。夜通し研究室に拘束されて、下宿に全然帰れないって証言もあったでしょ」


 グサグサグサッ——!


 突如、どこからともなく目には見えない透明な棘が、うららの胸を貫いた。


「あんなのレアケースだって。お母さん、テレビの情報を真に受けすぎ! 毎日、真夜中まで研究している所なんて、そんなほいほいあるわけないじゃん……ですよね?」


 当たり前のように女の子が同意を求めてくる。

 無垢な瞳を向けられて、うららの背筋に汗が浮かび、顔面の筋肉が引きつった。


「……………………そ、そうだね」


 蚊の鳴くような声で答えると「ほらね~」と、女の子は母親に得意げな表情を向ける。

 汚い大人になってしまったと、うららは罪悪感を覚えた。


 その後、親子は「ありがとうございました」と頭を下げて、ブースを去っていった。

 仲睦まじい二人の背中を見送っていると、ほほえましく思うと同時に、込み上げてくる羨ましさも意識せずにはいられなかった。


 結局、ここ数年と同じく、うららは盆休みに母親と会うことはなかった。


 いつでも会えるんだし、わざわざ会いに行くこともない。

 いつの間にか舌に染みついた、そんな言い訳を盾にして。


 その考えはダメです!——


 脳裏に氷彗の叫びが反響する。料理以外であんなに主張してくるなんて初めてのことだ。


「雨晴……」


 氷彗の母親の旧姓であり、その地元でもある名前。

 誰もいなくなったブースで、うららは小さく呟いてみる。


 今にして思えば、この名前はどこかで聞いた覚えがあった。

 そんな遠い昔ではない、ここ数年……研究室に配属されて以降だと思うのだが、どこだったろうか?


「塔山さん、お疲れ様です」


 目的の記憶を掘り返そうとしていたら、不意に現実に引き戻された。

 気付けば隣に、指導教員の田宮が立っていた。


 普段のヨレヨレしたワイシャツではない、格調高いスーツ姿。明らかに外向きの格好だ。

 今までサイエンスカフェで高校生相手に、議論を白熱させていたのだろう。


「お疲れ様です。サイエンスカフェどうでした?」

「えぇ、好奇心旺盛な高校生がいっぱいでした。質問の嵐でなかなか解放されませんでしたよ。そちらは?」


「数名くらいです。まぁ、オープンキャンパスで研究室紹介のブースに来る高校生って、中々いませんし。あ、でもさっき女子高生が来てくれましたよ」

「そうですか。やはり立っているのが塔山さんだと、向こうも話しかけやすいのかもしれませんね」


 実の所、話しかけてきたのは母親の方ですけどね、と胸の中でうららは苦笑する。

 そこでふと、ある考えが浮かんだ。


「あの、教授……聞きたいことがあるんですけど」

「はい、何でしょう?」


「雨晴という名前、ご存知ありませんか? 院に入ってから、どこかで聞いた記憶があるような気がして気になっていて」


 田宮はうららの研究分野では大御所だ。

 四十年近く培われた人脈も、相当なものに違いない。 

 そこに期待して、うららは尋ねてみた。

 すると意外にも、田宮はあっさりと口を開いた。


「雨晴? その方なら、すぐそちらにいますよ。ほら」

「へ?」


 田宮が指さした方向を目で追いかける。

 視線はその先、学生会館中央ラウンジで談笑している大柄の熊みたいな老教授にぶつかった。


「雨晴広葉さん。名知大学の環境学部長ですよ」

「あぁ、そういえば」


 凪から聞いたことがある。

 科学館の企画展でよくお世話になる教授で、展示資料集めに協力してくれるらしい。


「……でも、あの人じゃないと思うんですよね。私が聞き覚えあるのは多分、女性かと」

「女性ですか?」


 ふむ、と田宮は考え込むように顎鬚をさすった。


「塔山さんが院に入ってからということは、うちと多少なりオーバーラップがある研究界隈でしょうね。それで、雨晴となると……」


 思い当たる人物が浮かんだのか、田宮の顎をさする手がピタリと止まった。


「おそらく、彼の妹さんのことでしょう」

中編へ続きます。

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