第2話-後編
多分そう言ったと思う。
自分でも直前に言ったことの正確さに自信がない。
暫しの沈黙でそんなことを考えていると、腕から完全に解放された。さすがに幻滅しただろう。顔を見ないようにして半歩下がった。
「だから、もう」
――独りにして
「やっと」
「やっとお前の本音が聞けた。俺に弱音吐いてくれた」
遮られたその言葉は、予想外なことだった。え?と顔をあげると、左頬に手が添えられ、頬を濡らすものを親指でそっと拭われる。
「エリーゼが言ってた。お前は人前で弱さを見せないし泣かない…いや、泣けないって」
そんなことを言っていたのか、とクロエはこの場にいない彼女に内心苦笑する。
確かに人前で泣いたことはなかった。助かって目が覚めたあの時でさえ、クロエが彼の前で表した__流した涙は激しい「憤り」
そのことを後になって考えると、マイナスの感受性が強いため、やっぱり自分は混血児なんだと思い知らされた気がする。
たとえ悲しくても、エリーゼ__家族の前では笑っていたかった。それは最後の最期で叶わなかったけれど。
「人の泣き顔見て…なんで嬉しそうなのよ」
恥ずかしさを思い出して少し嬉しそうな彼から顔を背けると、右側の包帯越しで何かが当たった。
それは一瞬で、包帯で覆われていた視界では確認できなかった。
「あんた今何したの?」
「ん?秘密」
(むかつく。その余裕顔が更にむかつく)
「後で教えてやるよ。じゃ、行くか」
「へ!?」
そう言われるなり油断していたクロエの体は浮いていて、肩に担がれていることに気づく。
毎日城にいるこの男の、どこにそんな力があるのか不思議だ。
「ちょ、バカ!降ろしなさいよ!!」
城の廊下にクロエの暴言が響き、結構な人数に見られたがウィリアムの足は止まらなかった。
城を歩く他の者たちが驚くのは一瞬だけで、後はいつもの仲の良い幼馴染みが戯れ合う懐かしい光景に、温かい目で見守っていた。
漸く止まったのは医務室の前だった。
嫌な予感しかしない。
「ナディア!!頼んだぞ!」
「はい、陛下♪」
「えっ!ちょ、ま…」
「はーい、クロエちゃん。力抜いて~」
いつものふんわりとしたナディアの声を最後に、クロエは薬を嗅がされ意識を手放した。
***
「ん……え?あ、さ?」
「おはよう。クロエちゃん」
照りつける日差しに気がついて、クロエは目を開けた。
包帯で覆われているため、当然右半分の視界は無く、ナディアが半分だけ映った。
「気分はどう?」
「…久しぶりに眠れました」
「そう、よかったわ♪じゃ、外してみましょうか」
にっこり微笑んだ後、ナディアはクロエの後頭部に手をかけた。
「え、は!?ほ、包帯を?」
驚いている間に、それはシュルリと音を立てて膝の上に落ちた。
クロエはギュッと目を瞑った。右目が虚ろな自分の顔なんて見たくない。
いや、晒したくもないのに。
「目を開けて」
「…ぃ、や…です」
「大丈夫よ」
何度目かの応酬の後、漸くクロエがゆっくりと目を開けた。
ほら、半分真っ暗。
変わらないじゃない。
「よかった。拒絶反応は無いわね」
と言いながら、ナディアは鏡を差し出してきた。理解出来ない発言に恐る恐る鏡を覗くとそこには。
「右……眼」
自分の翠の双眼と目があった。
義眼だから視力が無いのはあたりまえ。
左半分の視界でそれをとらえていた。
「じゃ、使い方を説明するわね。それは特殊な義眼なの」
「とく、しゅ…」
「それはね、魔力を視力に変換できるものなの。常に魔力を吸い続ける」
「…常に?」
「これはあなたにしか使いきれないの」
ナディアはきっぱりと言った。
そして優しく笑いかけた。
「あなたに生きてて欲しくて、私が作ったのよ」
「っ……」
――あなたに生きてて欲しい
その笑顔と声色が、孤独を感じていたクロエには優しすぎて。
心に覆っていた堅い鎧を溶かすには十分だった。
「あなたはどうなのかしら?」
「ひとり、は……嫌……」
やっと出てきた言葉は頼りなくて。
いつものようにはいかずに、嗚咽ばかりがこぼれた。
「周りを頼りなさい。私が生きてるうちは、目を離さないわよ」
「っう……ごめん、なさい……」
ひとりで生きたいわけじゃない




