第1話-後編
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「義眼?」
「ええ。あなたせっかく綺麗なのに」
「遠近感はもうすぐ慣れるはずです。だから……」
「隻眼の混血はもっと人間に見下されてしまうわ。それに、魔力が半減してる。それでも十二分に強大な魔力よ」
包帯のまま即座に答えるクロエをナディアは遮った。いつものふんわりした空気はどこにもない。堅い表情と声だけがあった。
混血児の差別は厳しい。
失ったことを後悔もしていないが、右目が無いことで不自由しているのは事実だ。だからといって、着けたところで以前のような魔力が回復するわけではない。
全部、全部わかってる。
「それで、完成した義眼なのだけれど……」
「あたしは…!!」
「!」
クロエは目の前のテーブルに勢い良く手をついて、ダンッと音を立てて立ち上がった。
「あたしには、必要ありません」
込み上げてくるものを押さえながら慎重に言った。
ここで吐き出せばただの八つ当たり。それだけは避けたかった。失礼します、と告げて逃げるようにその場を去った。
***
コンコンと規則正しい音が、ウィリアムの執務室に響いた。
「どうぞ」
大量の書類を捌く手を止めるわけにいかず、目線は落としたまま書類の山越しで相手が部屋に入ってきたことを感じとる。
「なんですか?」
「あたしよ」
「クロエ?」
普段、自分から会いに来ない来客に手を止めて振り返ろうとした。
「そのままでいいの!!」
が、それはクロエの大きな声によって止めざるを得なかった。
「どうしたんだよ?」
「義眼……」
驚いたように訊ねると、ポツリと単語が返ってきた。
「あぁ、完成したのか」
「……どう、して?」
「俺とナディアで決めたんだ。なぁ、これ話しづらいんだが…」
「これ以上、あたしごときで迷惑かけたくない。こうなったのは自業自得だし、リヒトとエリーゼのことも…あたしの問題よ。だから……一人でやるわ」
少し震えた声が聞いていてとても辛かった。
「怪我が治ったら……出てく、から…」
「クロエ……お前…」
「っ、あたしは!!」
思わず椅子から立ち上がって振り返ると、下を向いたままのクロエがいた。こちらが立っていることにも気がついていない。
何かを押し込めるように握られた両手が白くなっていた。
「あたしは……そんなに弱くないから」