第0話-後編
* * *
ぼんやりと意識が覚醒すると同時に、クロエは右目が経験したこともない、刺すようなひどい痛みに襲われるのを感じた。やがてそれは右目だけではなく、身体中が軋むような痛みとだるさが重くのしかかる。
身体中の包帯を見て、怪我をしたのだとようやく認識した。回復魔術に長けた妹が瞬時にサポートしてくれていたおかげで、それは久しく無縁だったから。
「起きたか……まだ動くなよ」
聞こえてきた声へゆっくりと視線を移動させる。包帯の隙間から、ベッドサイドに腰掛けた国王である幼馴染みがいた。
「ここ、は?」
「城の中だ安心しろ」
「ウィ、ル?なん……!」
言葉が終わらないうちに、ウィリアムが覆いかぶさったことで遮られる。寝ているクロエの肩に頭を沈めて言った。
「今は……何も言わなくて、いい。無事で、よかった……」
声が震えていた。
視界が半分包帯で覆われていて彼の顔はよく見えない。ただ伝わってくる温もりにクロエは心から安心した。
* * *
「リヒトとエリーゼは?」
クロエの問いにウィリアムは首を横に振った。
「二人ともいなかった。何があったのか話してくれないか」
「西の国の戦争終結の条約を持って帰る途中で、別の軍に襲われたの」
「北の国か?」
「あまりに数が多くて、桁違いで…リヒトを庇ったエリーゼが……死んだ」
「っ…」
消えかかるような細く震えた声でクロエはそう言った。爪が食い込むほど強く手を握っている。
「それで、リヒトが壊れて。禁忌の魔術を発動させた。でも魔力が足りなくて、右目、奪られた。あの数の兵が死んでいたなら、あたしが気を失ってる間に発動したんだと、思う。リヒトの身体は魔力に耐えられないから消えるだろうし……」
「………」
「あたしたちは…エインセルの身体は死んでも利用される。エリーゼがそうなることがリヒトは許せなかったんだよ」
リヒトはエリーゼを愛していた。エリーゼもまたそうだった。
こんな最期を迎えてしまうなんて。
沸き上がってくるものが抑えられない。
「エリーゼが死んだとき悲しかった。でもそれ以上に許せなかった。エリーゼを殺した人間たちが。だから、リヒトを止められなかった。あの一瞬」
覆われていない方の眼から涙が溢れてくる。悲しみではない、後悔と憎しみが綯い交ぜになったようなそれが。
同調してしまったのだ。自分も。
人間なんて滅べばいいと願ってしまった。あの一瞬。
「あたし、たちは!この世界の為に!!人間も、他の種族も混血児も。エリーゼは、みんなの為に……それが、こんな形で!!」
「エリーゼは最期に何を言ったんだ」
「!!」
「聞いてないはずがないだろ」
「……『みんなが幸せになれる世界のために、生きて』」
「その言葉をよく考えろ」
ウィリアムはそれだけ言い残して部屋を出た。
「エリーゼ……リヒト…」