8.
「それでは出発いたします」
沢山の荷物の乗せる馬車。レイシェドとハクはその一つに居場所を借りていた。
風が吹き抜け、暖かい陽射し、透き通るような青空。まさに旅立ちの日にはうってつけの天気だ。
「よし、ちゃんと装備はしてるな?」
「ん、だいじょうぶ」
確認するレイシェドに対して、サムズアップするハク。レイシェドの装備は、普段とはあまり変わりはないが、ハクは長旅用に装備を少しだけ増やしていた。
服装はシアンがかつて使っていた洋服等を選び、なるべく動きやすいものになっている。他にもベルトの類を増やし、魔法鞄や、閃刃を吊るすように備えていた。
「そいつがあれば、荷物とかはだいたい解決する。寝袋もあるし、野宿も準備万全だからな」
「ん……野宿」
「あ、基本は宿を取るつもりだけど……なんか楽しみって顔してんな?」
「そんなこと……あるかも?」
「正直者め」
苦笑いを浮かべつつ、レイシェドが地図を開け、ハクを手招く。一瞬だけ不思議そうな顔をするも、横に座りなおした。
「今いるのがここ、トゥール国の街<トゥール>から少し出たところだ。それから」
西大陸のやや中央にある<トゥール>から、東へ向かい指を奔らせる。その先は、西大陸の端、<アサケリ>。
「おおよそ2日間かけてこの<アサケリ>に向かうんだ。ただし、途中にある<タッコナ>という村で一晩休むことになる。宿は借りないが、馬車の荷台を貸してくれるし、野宿よりは断然気が楽だぞ」
「……ん」
「なんでちょっと残念そうなんだ」
地図を折りたたみ、魔法鞄の中へしまい込む。
ハクはまた荷台から顔を出して、外の様子を見ていた。
すでにサコラス平原は終わりへと差し掛かり、その先のデボア森林へと入っていくだろう。道は商隊などが通ることも想定されているので、馬車が通るには問題がない程度には整備がされている。
それでも天然の地面であることには違いがなく、凸凹の地面に車輪が跳ね、中のレイシェド達にもその振動を届かせていた。
腰にくる衝撃に顔をしかめながら、レイシェドはこの馬車に同乗することになった者へと視線を向ける。
事前に会っていたわけではなく、偶然にもほとんど同じタイミングでこの馬車へと交渉をしていたのだ。
「……なに?」
「いや、べつに」
同乗者は、黒い髪の毛をポニーテールにして垂らしている。腰には2本の剣が目に入り、それぞれの柄には特徴的な形と構造をしているのがわかった。
見た目にしてもレイシェドとはあまり歳が離れているようには見えない。
他には仲間がいないようで、レイシェドとしても少し不思議に思っていた。
「ひとり旅なのか?」
「……そうだけど」
そっけのない返事だが、無視をされるよりはマシだろうと思うレイシェド。せっかく少しの間とはいえ同乗する中なので、話し相手になるくらいはしておきたかった。
「自己紹介しとくか。俺はレイシェドだ」
「知ってる」
「そうか?こっちはハクだ。まあ、妹」
「獣人の妹?」
「色々複雑なんだ」
「ふぅん……」
いまだに外へと興味を向け続けるハクを一瞥する少女。その後にレイシェドの方を見るが、すぐに顔を背けてしまった。
「あー、あんたは?」
「……時雨」
「ほーん、時雨って言うのか……ん?」
どことなく、なんとも言えない感覚が頭の中をよぎった。だが特になにかがわかったわけでもないので、気のせいかと振り払う。
「あー、時雨も<アサケリ>に?」
「<タッコナ>になにかあった?」
「木がある」
「そ、それは今もそうじゃない?」
「だな。んじゃあ<アサケリ>まで一緒ってことか。どうぞよろしくな」
「うん、よろしく」
と、挨拶を終えたところだった。すでにあたりは木に囲まれた森の中にいるなか、馬車が不意に止まる。何事かとハクが前方を確認すると、何匹かの小鬼が立ち塞がっていた。
「シェド!」
「うん?」
「あれ」
指を指す方向をレイシェドが見ると、面倒臭そうな顔を隠さずにため息をつく。中に戻って時雨へと報告をした。
「ゴブリンだ」
「何匹いたの?」
「多分4匹じゃねーかな」
馬に隠れて前はよく見えていなかったが、おおよその数は魔力で感じられていた。
ゴブリン族は魔物種に属している。魔物種というは総じて、魔力によって体を形成しているため、魔法などに精通する人間はその気配を察知することがある。
「……ん?」
「ハク?」
「……なにか……違う匂い」
「違う匂い?」
「遠くからする」
「そうか。遠いなら後回しだな。ひとまずはあのゴブリンを倒すぞ」
木刀を抜いて馬車から飛び降りる。商人たちがなんとかゴブリンを威嚇していたおかげで、特に状況の変化は起きていなかった。
レイシェドが降り立ち、その後ろにハクが追随する。既に閃刃を抜いて戦闘準備はできている。
「ま、ゴブリン程度なら問題ないだろ」
「ん!」
すぐにゴブリンと商人たちの間に割って入る。
「待たせたな」
「冒険者方!」
「とりあえず後ろで馬を宥めとけ。ゴブリンは全部俺たちが相手してやる」
「ん!」
まかせました、と商人が下がっていくのを確認した2人は、ゴブリンをにらみつける。僅かに怯んだゴブリンたちだが、すぐ立て直し、手に持った棍棒を構えた。
「さ、とっとと行くぜ」
*
「おらっ!」
真横に振り払われた木刀が、ゴブリンの頭蓋を砕く。血肉を撒き散らしながらゴブリンの1匹が吹き飛んだ。
「……そこ」
レイシェドの背後に回り込むゴブリンたち。だがその更に後ろからハクが閃刃で首を切り落とす。
「んじゃ、テメーで最後だな」
「GAA!GYAAA!」
「終わりだ!」
腕を引き、一気に突く。ゴブリンにあたるその時だった。
「シェド!!」
「ぐっ……!?」
突き攻撃のために伸ばしていた腕には、狼が噛み付いていた。鋭利な牙はレイシェドの腕に深々と食い込み、いまにも肉を噛みちぎらんとしている。
「危ない!」
狼を引き剥がすため、空いた手で魔法を使おうとする。その隙をゴブリンが棍棒で殴りかかろうとしていた。
とっさにハクが駆け出そうとするが、ソレよりも早く、ゴブリンの動きが止まり、背中から鮮血を吹き出す。
「しつけえ!」
バリッ、と音が響き、狼が黒く焦げた。
「油断しすぎ」
「ほんとだぜ。森狼に気が付かねーなんてな」
ゴブリンを倒した正体――時雨が剣を納刀しながら、回復薬を取り出してレイシェドへ投げ渡す。それを受け取り、傷口に流した。
「シェド、大丈夫?」
「心配すんな。お前に噛まれたときのほうが痛かったよ」
「……なら、よかった」
実際は嘘であるが、この程度の痛みならレイシェドにとって差異はなかった。
黒焦げになった森狼を調べる時雨。触れてみても、炭のようになり、脆く崩れていく。
「やりすぎ。素材も取れないじゃん」
「それは悪かったな。というか森狼が1匹でいることあるか?」
「一匹狼って言葉があるけど」
「それはまた別だろ」
「じゃあ聞いたことない」
「だよな。ハク、わかるか?」
レイシェドの問いかけに対し、ハクは無言のまま鼻を動かす。馬の臭いや、先ほどのゴブリンと森狼の血肉の臭い。馬車に積まれた商品の変な臭いも含めて、様々な臭いを感じ取る。
「……来る」
その中から、歴戦を潜り抜けた、土と血の臭いを纏った、野生の臭いを感じ取る。獣人族の特徴の一つ、鋭敏な臭覚は、何がいるかだけでなく、何が何匹、どこにいるかもハクは見抜いていた。
「狼……6匹。半分、囲まれてる」
「ぐるっとか?」
「ううん。前半分だけ」
「後ろは商人たちが居るから、引けないわけだ。まあ6匹ならなんとかなる」
がさり、と草むらから森狼が姿を現わす。数は2匹で、他の4匹は機会を伺っている様子だ。
「……ちょっと多くない?」
「いいハンデだろ。烏合の衆じゃないだろうから骨がありそうだしな」
しかめ面をする時雨に笑いかける。レイシェドは彼女の太刀筋を確認したわけではなかったが、手練れであることはすぐに見抜いていた。
「長期戦になると危ない……言いたいことわかる?」
「あ?……まあ慢心はやめとくか」
木刀の刀身を握る。そしてゆっくりと柄を引いた。
「刀?」
静かに抜刀されたそれは、刀身が透き通るほどの青だった。
「……噂に聞いた魔晶刀。この目で見るなんて」
「そんな大層なもんじゃねえさ」
左手には鞘となっていた木刀。右手には青い刀を持って、レイシェドは不敵に笑う。
「時間はかけねえぞ」
「当然」
「UUUUU!GAAAAAAA!」
森狼が吠える。それが合図だったのか、2匹の森狼が茂みから飛び出し、レイシェドと時雨に襲いかかった。
「おらッ!」
「ふんッ!」
左右から飛びかかってきた森狼を、それぞれ得物を使って迎撃する。どちらも傷は浅く、森狼は後退しつつも着地をしていた。
そのわずかな間に姿を現していた森狼が時雨へと駆け出す。レイシェドよりは仕留めやすいと感じたのだろう。だが時雨はまだ鞘に収まっていた剣を抜刀し、隙も見せずに斬り伏せた。
「二刀流か」
「……そんなに珍しくないでしょ」
「中央ならな。西大陸で二刀流は流石に珍しいって」
西大陸では魔法が栄えているためか、冒険者はローブなどの魔力を高めやすい装備を求めることが多い。また近接戦闘を望む人間であっても、魔法使いが攻撃を与えやすくなるように、重鎮な鎧を着込み、敵を抑え込む傾向にある。
レイシェドやハクもそうだが、鉄を使わぬ装備をした近接戦闘者は西大陸では珍しい部類であった。
「ん……ッ!」
ハクが咄嗟に飛びのく。茂みから森狼が襲いかかるが、危うげなく避けた。
その後ろから、レイシェドが斬り裂く。最初に退けた森狼の2匹が回り込むようにしてハクへと接近した。
「……負けない」
「お……っと、こっちはこっちってか」
2匹の森狼がハクへと対峙する。援護に向かおうとするレイシェド達に対しても、残りの森狼達が唸り声をあげて威嚇していた。
「時雨、あっち頼んだ。」
「任せて」
時雨がハクの横へ並ぶように移動する。
「ハク、さっさと終わらせんぞ」
「ん」
*
新たに姿を現した森狼を含め、レイシェドは2匹対峙していた。森狼達は、互いに攻撃の届かぬ位置で、レイシェドの出方を伺っている様子だ。それに対して、彼は軽薄に笑うだけだった。
「こっちは1人だぜ。かかってこねーのかよ?」
顎を上げて明らかな挑発をする。森狼にも伝わったのか、唸り声をさらに上げて、いつでも攻撃ができる体制へと構えた。
ようやくその気になったかと、レイシェドも魔晶刀を構える。
「来な」
「GRUUUUU!GAAAAAA!」
唸り声を一際大きく上げた直後、雄叫びを上げながら、2匹がレイシェドを挟むように駆け出した。
「全力だ。《魔装》サンダー!」
バリッとレイシェドを取り巻く空気に、稲妻が走る。
森狼達は、レイシェドの左右へと移り、飛びかかった。
「ほっ!そら!」
前転で回避。体を反転させたところで追撃が入る。それも大きくバク宙をして回避した。
レイシェドはさらに魔力を練り上げる。それは魔晶刀へと流れ込み、青い刀身が、赤く染め上がった。
森狼達は、明らかに空気が変わったことを認識していたが、それでも正面から飛びかかった。
「……サンダーバレット!」
片方の森狼に、雷の弾丸が突き刺さる。レイシェドが放った雷魔法だ。雷そのものでできた弾丸は森狼に突き刺さり、周囲を焼いて消滅した。
弾丸に当たることなかった森狼は、そのままレイシェド噛み付く――こともできなかった。
レイシェドの横を通り過ぎるように降り立ち、しばらくその場から動かなかった。そして数秒後、頭から尻尾まで、縦に割かれて崩れ落ちた。
「ちょっと切れ味が良すぎなんだよな」
レイシェドは、森狼だったものに目を向けて、呆れるように呟く。まだ魔晶刀には血が付着しているので、振り払ってから納刀し、ハク達の方へと向かった。