6.
あたまからっぽ
ばなな
「食え食え!初のクエストクリアの祝いだ!」
平原熊の討伐依頼を終え、報告も済ませたレイシェドとハクは、冒険者ギルドに付設された食堂で小さな宴を開いていた。
「いやー、ジャイアントツリーといい、平原熊といい、やっぱ白狼族ってのは違うな!俺がガキの頃でもあんなに動けなかったぞ?」
「……ん」
「なんにせよ、新米冒険者の初クエストクリアだ。食え食え!」
「ん!」
レイシェドは、普段よりも多めに注文していた。食堂の机では収まらないほどの注文だが、問題とはなっていなかった。
「奢り甲斐があるぜほんとに」
先ほど運ばれてきたのは、鳥の唐揚げだ。数個入っており、大人1人分といった量だ。
「おいしいか?」
「すごくおいしい」
「本当に奢り甲斐があるな……」
また料理が運ばれてくる。すでに置くスペースは無い……というわけでもなかった。ハクは運ばれてくる料理も、かなりのスピードで食べているのだ。直ぐに皿は綺麗になり、重ねあげられていく。
「シ、シェドさん、大丈夫なんですか?」
「ん?何がだ?」
何度も行き来をする従業員も心配しはじめていた。
「いや、かなり食べてますけど、お金とか……」
ピクッとハクの耳が動いた。同時に一瞬だけ動きが止まる――がまた食べ始める。
「気にしなくても大丈夫だぜ。それより材料まだあるか?」
「そ、そうですか。うちの倉庫はまだまだ余裕ありますけど……」
「お、じゃあもうちょっと頼むわ。えぇっと……」
再びメニュー表を取り出して注文を始めるレイシェド。すでに2周はしたところだ。従業員も予想していなかったのか、注文の受け取りに少しだけ手間取ってしまう。
「んじゃ、よろしく!」
「は、はい。承りました」
何枚も重ねた皿を持ちながら戻っていく従業員を送り、レイシェドは再びハクの方へ視線を向けた。
「ん?どうした?」
しかしハクは食事を休め、どこか不安げな顔でレイシェドのことを見つめていた。
「なんだ?どうしたんだ?」
「……。」
「えっと……流石に読心術は使えないんだが……」
「……お金……いっぱい使うから……」
「ん?」
「だから……もう、ごちそうさま」
「はい?……あ、もしかして俺の懐事情を気にしてんのか?それだったら心配いらねえぞ」
「……え?」
「これでも稼いでる身だぞ」
ギルドカードを取り出してハクへと手渡す。
「お前も作ってもらったのがあるだろ?説明しておこうか?」
「……うん」
「んじゃあ、まずはギルドランクから。基本はF -(マイナス)からS +(プラス)まである。それぞれにマイナスとプラスがあるんだ。昇格条件もいろいろあるが……一番すごいのはSランクの人間だ。ギルドからも認められて、色々恩恵も受けるすごいヤツだって覚えとけ」
「……シェド、A +……?」
ギルドカードに表記されるレイシェドのギルドランクはA +だった。詳細を確認してみれば、昇格条件を満たしていることもわかる。
「Sランクはいろいろギルドからしてもらえるけど、逆に有事の際……まあ大変な事になったら助けに行かなきゃいけないんだ。他にもギルドへの貢献が必要になる。……ま、面倒なことをさせられるんだ。だから俺はAで止めてる。噂ではSSランクとかもあるらしいが、今まで2人しか存在しなかったらしい」
昇格条件を満たせば、昇格するわけではない。ギルドランクの昇格は任意での扱いになっている。
「その下の方に、所持金とか書いてあるはずだ」
ギルドカードの情報は、冒険者ギルドが持つ巨大ネットワークで管理されている。その情報はあらゆるものを扱っている。それは預金額や、討伐履歴、一定の金額以上の取引などだ。他にもパーティ情報なども管理されており、当然ギルドカードでも確認ができる。
「所持金……えっ」
「んお?」
「………………えっ」
長い沈黙を挟んだが、2度目の驚愕。ハクは完璧に固まっている。
「ど、どうした?」
「……所持金、これ?」
ギルドカードを見せながら指をさしたのは、間違いなく所持金の項目だ。
「おう。読めなかったか?」
「……数字が大きい」
「まあそうだな。というか、精々4桁までか、わかるの」
「……うん」
「じゃこれで一つ賢くなる。これは9桁。3億だな」
「……3、おく?」
「まあそれなりの大きさだと思えば」
「3……おく……んん?」
「難易度の高いクエスト受けまくってたらこうなるもんさ。それに俺は冒険者歴もそこそこ長いしな」
カラカラと笑いながら、皿の上にある黄色い果実を手に取るレイシェド。そのまま唐揚げの上で果汁を絞り出した。
「あっ……!」
「ん?」
「……なんで、かけちゃうの」
「あ、レモンだめだったか?」
「……それ、おいしい?」
「唐揚げにはレモンだろ。最高に美味いと思うぞ」
「じゃあよし。たべる」
「おう、食え食え」
騒がしい食堂の一角。小さな宴はまだしばらく続いていく。
*
あれから2日後、もう一度簡単なクエストを終わらせ、北の大陸に向かう旅の準備をある程度済ませた2人は、ギルド長ことコバルの下に訪ねていた。
「では明日出発なんじゃな?ルートは決まっておるか?」
「ああ、ルートも一応決まってる。明日商会の馬車に乗せてもらって、<アサケリ>の街に行く。あとは空路で北の大陸にまで直行だ」
「飛空船を使うんじゃな?」
「そのつもり。魔物の影響でもしダメなら海路を使う。それもダメなら転送屋にでも頼むさ」
「大陸間移動の転送は高くつくじゃろう?」
「まあこれもクエストだからな。こっちでなんとかして目的達成までが冒険者の務めだ」
「ふむ……ま、何かあれば援助はしよう。……それで、シェド坊や」
「あん?」
「挨拶回りは済ませたかの?」
「いや、今から行く予定」
「なら良しじゃ」
「別に、挨拶回りするほどでもないだろうけどな」
「何をいうか。ハクのことも説明しなければならんじゃろ」
「あー……まあ黙ってるってわけにはいかんか」
レイシェドにとって、この街は第二の故郷だった。長い間この街のお世話になったこともあり、知り合いの数は多い。
「冒険者は危険が多い職なのは間違いない。お前さんなら大丈夫だろうとは思うが、そういう面があるということも教えておきなさい」
西の大陸の魔物は、弱いものが多い。特に冒険者の街と呼ばれる<トゥール>では、多くの冒険者が街の外の魔物を狩るために、勢力も虚弱なのだ。
しかし、他の大陸となると話は変わる。特に顕著であるのは、南大陸とされており、空気中にある魔素が非常に濃い。そのため、魔法などを使用すると、通常よりも強力な魔法になったりするのだが、魔力によって体ができている魔物も非常に強化された状態で出現することが多い。
そのため西の大陸から南の大陸へ渡った冒険者が、魔物に殺されてしまうというのはある程度聞く話である。
「南大陸は慣れない奴が行くと大変だからな。けど俺にとっちゃホームだぞ」
「……魔女の血を引いておったな」
「ああ。魔力が濃いところってのは大歓迎だ」
「……魔女の血?」
ハクがレイシェドのことを見上げ、問いかけた。
「ああ、特異能力の他にも一応あってな」
五十嵐レイシェドは、魔女と人間の間に生まれたハーフだ。魔女は人とは違い、永き時を生き、魔を司る種族。
レイシェドは魔女の血を半分ほど引いており、人としては多少特異な<体質>も持っていた。
「例えばこんなの」
手元に氷の刃を作り出す。そして腕に当て、斬り裂いた。
「え!?」
「まあまあ。こいつをみてみろ」
突然の自傷行為に、流石のハクも驚いて立ち上がった。が、レイシェドの制止を受けて少しだけ落ち着く。言われた通りに腕を見てみると、
「治って……いく?」
少しずつ、ゆっくりとだが、明らかに目に見える速度で、傷口が塞がり始めていた。
「魔女の血を引くヤツは、何かしらの<体質>を持つ。俺の場合は自然回復だ……見ての通りな」
「……すごい」
「けど普通に痛い。怪我はしないのが一番だな」
既に傷のなくなった腕をさすりながら、苦笑を浮かべた。
「ともかく、挨拶はしておくんじゃぞ?」
「わかってるっての。あ、ハクの服は?」
「今日中に配送されるはずじゃ。上下セットで10着ほど見繕ったが足りんか?」
「知らん。……足りるか?」
あまり格好に頓着のないレイシェドとしては、着れる服が3着前後あれば十分だった。それだけでなく、異性の衣類事情などわかるわけもなく、当人であるハクへと視線を向ける。
「……わからない」
が、当然のことながらハクにもわからないのだった。
「ま、聞いてみるわ。当てはあるし」
「それが一番じゃろ。一応、シアンが選別したものじゃが、不満があれどあれで我慢してもらうぞ」
「別に大丈夫だろ。必要なら買うし」
「そうじゃな」
*
「旅に出る?どれくらいの日数?」
「日程は決まってねえけど……」
【紅ノ槌】に訪れた2人。改めて焔へと話をしたのだが、
「日程も決まってないの?それじゃその武器どうするのさ」
背負われている木刀へと目を向ける。
「どうにでもなるさ。最悪もう一本なんか買うし」
「買うってアンタ、武器といえど大切に使わないのはあたしでも許さないよ」
「職人だな……流石に普通の武器の手入れくらいは心得てるって」
「ならいいけど」
まだ若干訝しんだ視線を向けつつも、再びカウンターへと体を預ける焔。
「というわけで、その挨拶回りだ」
「……もう日も沈み始めてるけど」
「結構回ってる……」
「人気者は大変だね。あたしのところで終わり?」
「いや、最後にもう一軒あるんだ」
「そ。じゃあさっさと行っておいで。ハクも疲れちゃうだろうし」
「ん……だいじょうぶ」
ハクが控えめにだが胸を張る。レイシェドと焔はその様子を見て、少しだけ笑いが溢れていた。
「ま、まあ遅くなっても悪いし、もう行くわ」
「そうしな。……またおいで」
「ああ。そんじゃ、また」
手を振りつつ【紅ノ槌】を後にする2人。次の行き先は決めていた。
「次は……テディんところだな」
「テディ?」
「昔っからの友人だ」
2人が歩いてたどり着いた先は、なんて事のない平凡な一軒家だった。表札には『ベルア』と書かれている。
レイシェドはインターホンを鳴らして、しばらく待った。数分とかからずして、玄関の扉が開かれ、中からは住人である女性が顔を出した。
「よお」
「あら、珍しい」
後ろで束ねられた赤茶色の髪の毛が揺れる。
「ちょっと話があってな。テディは?」
「もう帰ってるわ。上がって」
「お邪魔する」
促されて、2人は家の中へあがる。居間へと案内されて扉を開ければ、
「あれ?シェド?」
「よっ」
本を読む旧友の姿があった。