4.
翌日。2人はレイシェドの家で一晩を過ごし、机を挟んで朝食を摂っていた。
「……あのさ」
朝食はサラダやトーストにマーガリンを乗せたもの。ベーコンエッグなどを作って出している。朝食としては少し多かったかと思っていたレイシェドだったが。
「……ん」
コーヒーカップを片手に、呆れたような口調でレイシェド声をかけると、右手にベーコンの刺さったフォーク、左手にはトーストを持った状態のハクが短く返事をした。
「落ち着いて食え」
「……ん」
先ほどまで、一切休む間も無く食べ続けていたハクに、つい耐えきれず突っ込んでしまった。しかし、短く返事を返したもののハクの食べる速度は変わらない。
ベーコンを口に含み、次にトーストを食べる。それと同時にフォークは次の獲物を捕らえて口へと持っていかれている。
休む間も無く次々と食べるハクだが、その周辺は食べカスで散らばっていた。
「いや話を聞けよオイ。もっと落ち着いてゆっくり食べろって。机の上に凄いことになってきてんじゃねえか」
トーストのカケラが舞い散り、ベーコンエッグの油が滴る。サラダにかけてあったドレッシングも飛び散っていた。
「だって、おいしい」
「……嬉しいこと言ってくれるけど、頼むからゆっくり食べてくれ」
「……ん」
ガツガツ、ムシャムシャ……
「……もういいや」
結局机の上は食べかすだらけになり、ため息を吐くレイシェドだった。
*
「今日は防具を揃えるとするか。といってもどんなのがいいかね」
「……わからない」
「だよな。ま、【紅ノ槌】にも置いてあったはずだから、武器の受け取りがてら確認してみるか」
「ん!」
少し暑く感じる日差しの中、トゥール街の大通りを歩く。正午も近づいており人も多くなっていた。途中にある噴水広場に差し掛かったとき、ハクがレイシェドの袖を引っ張った。
「ん?どうした」
「あれ……なに?」
「あれはーーああ、掲示板のことか」
端の方に設置されている板ーー公共掲示板だ。周囲の魔力を吸収して稼働しており、触れることによる操作ができる。伝言を残したり、宣伝をしたりなど様々な用途で使用され、中には冒険者ギルドで受けることのできるクエストとは違って、お使いのようなクエストも掲示されていることもあった。
「見ていくか?」
コクリ、とハクは無言で頷いた。
レイシェド達は掲示板の前に立ち、掲示板の『Communication』に触れる。パッと開いた画面には、待ち合わせの場所や外の街へ宛てたメッセージなどが見つかった。基本的なものは普通に回覧することはできるが、プライベートなどで使用されるところは鍵が掛かっていてパスワードを入力しないと使用できないようになっている。
「最近ちょこちょこと増えてきた携帯端末があるとそこから『Communication』とかは使えるみたいだけどな」
「……便利?」
「ああ。こういった掲示板とか、携帯端末とか……勇者様ってのが発案して作ったりするらしいんだけど、どういった頭してるのかね」
チラリ、と噴水広場を行く人たちを見る。手元には板状の物を持った人が数人いた。
「……?あれは?」
「あれがさっき言った携帯端末。昔からある連絡結晶の役割も持ってるし、他にもいろんなことができるみたいだ。例えばこの掲示板の『Communication』もアレと連携してるしな。俺はまだ持ってないが、あると便利そうだし考えてる」
「……無くしそう」
「連絡結晶よりちょっと小さくなったしな。便利だけど不便になったところもあるかもな」
後ろ髪を掻きながら笑いをこぼした。
*
【紅ノ槌】に着いた2人は、店内へ入った。そして最初に目についたのは、机の上に乗せられた燃えるような赤髪だった。
「……焔?」
近づいてみると、スー、スー、と寝息が聞こえた。2人は安堵するようにため息を吐く。
「……寝てる」
「無理させすぎてしまったかもな」
カウンターに腰掛けるようによりかかり、腕を組んで苦笑いをする。
「悪いが少しでいいから起きてもらうか……。焔、起きてくれー」
肩を持ってユサユサと揺らすと、焔は呻くように声を出して、ほんの少しだけ目を開いた。
「おはようさん」
「……おやすみ」
「悪いがもう少しだけ起きてくれ」
続けてユサユサと揺らし続ける。
「うぅ……ん……寝る」
「意地を張るなコラ。武器はできてるのか?」
「あー……?あー……できてる……寝る」
「そうかできてるのか。って寝たら受け取れないだろうが起きろー」
ユサユサ、ユサユサ……。
諦めずに揺さぶり続ける。次第に焔は顔を腕の中に隠して、ガッチリと固めた。力強さすら感じる体勢にはレイシェドも呆れを通り越して笑いすらあった。
「ほら起きろー。朝……はもう過ぎて昼近くだぞー」
「んんん………………んぐはぁっ!」
「おおっ」
ぐぐ……とタメを作った後、勢いよく体を起こした。反動で椅子がガタンと後ろにズレるほどに。
「クソ眠い」
「わかったから武器を、な?」
「ここにあるよ」
そう言ってカウンターの下からゆっくりと小刀を取り出した。
「はいこれ。鑑定用紙」
一緒に取り出した鑑定用紙もつけてカウンターの上に置く。レイシェドとハクは2人でそれを確認した。
――――
武器名:閃刃
固有能力:疾風迅雷
・装備者に移動、攻撃速度を20%付与する。
・装備者に対して一時的に風、雷属性の付与をする。
魔法回路
・物理防御
打撃に対する防御力が上昇。
・魔法防御
魔撃に対する防御力が上昇。
・瞬間加速
任意のタイミングで加速する。同魔法と重複可。
――――
「お、おお……いやちょっと待てなんか頼んだ覚えの無いものがあるんだが」
「オマケだよ。丁度空きがあったから組み込めた」
「丁度空きがあったからって……おま、値段……?」
「変わらず550万エルクで手を打つ」
「まじかよすげーなおい……」
「えっと……?」
焔が欠伸をし、レイシェドが顎に手を当てて何かを考えている。しかしハクにとっては何がすごいことなのかわからなかった。
「ああ、これな。魔法回路の組み込みって結構難しいんだよ。例えば今回頼んでたプロテクトシェルもなんだがな」
魔法回路は武器の表面に直接その回路を彫り込む。回路に魔力が巡ることでその効果を発揮するのだ。そのため、回路は正しい形でなければならない。レイシェドが頼んだ二つの回路の相性は良く、互いに干渉することもなく閃刃へと馴染んでいた。そこへクイックの回路を当てはめると、3つの回路が互いにギリギリのところに存在して干渉していない。回路の道順は成功している。
しかし回路を彫り込むのも、ただ掘ればいいだけでは無い。わずか数センチでも魔力が通り反応するように、彫り込み手の魔力を送り続けなければいけない。1000年前後と言われるほど貴重な鉄を壊さぬように彫り込むのは至難の業だ。
「集中力とか、彫り手の魔力量とか、かなり難しいしややこしい。普通ならゆっくりと何日か掛けてやる作業でもあるんだが、一晩で終わらせてるからなこれ」
「はっはー、死にそうだぞシェド」
「いやほんとよくやったよこれ……オマケにクイックまで付けてくれてるし、一級品だぞ」
「似たような特異能力使いには敵わないから、気をつけないとダメだけどね……」
「特異能力?」
「ん?ハク……って言ったっけ?アンタは知らないのか。まあその辺は兄貴から聞いた方がいいよ。そうだろう?」
「……ん、そうだな。あとで説明してやる。それよりコレの会計をいいか?」
「ああいいとも。550万エルクだ……カードでいいだろ?」
「現金だと流石に難しいだろ」
レイシェドはコートの内側にあるポケットからギルドカードを取り出して焔に渡した。受け取った焔はカウンターの上にあるレジへ読み込ませ、金額を確認して再びレイシェドへと手渡した。
「はい、たしかに。確認してね」
「おう」
ギルドカードの所持金額を確認すると、所持していた分よりもキッチリと550万エルク減っている。支出入の確認できる項目でも問題なく処理されている。
「問題は無しだ。ほんと助かったぜ」
「それは良かった。それじゃあたしは寝――」
「その前にいい防具ないかな?」
「寝させろ。……防具ってその子にでしょ?どう考えても鎧着せるより籠手とか軽い方がいいでしょ」
「やっぱそうなるか。籠手ってあの辺?」
スッと埃が積もっている布に覆われた木箱を指差した。
「正解。サクッと見つけて持ってきて……本当に眠い……」
「おう」
棚に置かれていた籠手を手にとってみる。右手全体を覆う、鎧を切り取ったかのようなものだ。
「……ハク、試しにつけてみるか?」
「ん」
「よし、手ぇ出せ」
伸ばされた手に籠手をあてがう。もちろんサイズは大人用なので、ハクには大きすぎた。固定するための紐も意味をなさない。
「これは防御用の籠手かな。たぶん攻撃防ぐのに使える」
「ん……重い……あと大きい」
「そりゃそうだ。攻撃を防ぐために鉄が厚めに作られてる。お前が使うタイプのじゃ無いだろうな」
「……ん、そっか」
シュルシュルと紐を解いて、籠手を外す。元の位置に戻してから、また陳列されている装備を眺めてみた。
しかし、ハクが使えるようなもの……子供用のサイズの防具は一つもなかった。
「……焔、防具ないかね?」
諦めを感じられる声音で呟いた。返答があるものと思っていたが、すぐに聞こえてきた返事は、
「すー……すー……」
すでに限界を迎え、気持ちよさそうな寝息だった。
「……うん、しゃーねえ。出るか」
「……ん」
結局二人は防具を購入せずして店を出た。
「さて、時間も余ったし……そいつを試し斬りでもしに行ってみるか?」
「ん」
閃刃を指差しながら提案すれば、ハクは頷いた。
二人は冒険者ギルドの方へと歩き始めた。街の外への討伐依頼などは年中貼り出されているので、試し斬りをするまでに都合の良さそうなクエストを受けようということだった。
冒険者ギルドは、昼も過ぎたこともあって人の量はピークより少し減っていた。それでも利用者は多いもので、食堂に当たる場所では複数人で酒を飲む者がいたり、作戦会議のように話し込む者が多かった。
「ハク、逸れるなよ」
「ん」
人混みを避けながら、依頼掲示板へとたどり着いた。その中から依頼目的が討伐にまっていて、ランクが低いものを目当てに探してみた。
「……最低ランクのは無いか」
新米冒険者なら誰もが通過するであろう、平原猪の討伐依頼は貼り出されていなかった。代わりと言わんばかりに、平原鷲などの少しだけ難易度が高くなるものが多く残されている。
「ん……こっちの方がいいか」
レイシェドはその中から一枚の貼り紙をとった。紙には討伐依頼と書かれており、中央には大きめの写真が貼られている。
「平原熊の討伐っと。1体倒すだけだし楽だろ」
貼り紙を剥ぎ取って、二人は受付嬢のいるカウンターへと向かった。人のいない窓口を見つけて、そこへと貼り紙を提示しに行く。
「こんにち――シェドさんじゃないですか」
「よう。元気そうにやってんな、ミラ」
「おかげさまで。本日はどういった御用ですか?竜退治にでも?」
「いやそんなハードなことしねぇよ?今日はこのクエストを受けたいんだよ。後はパーティ登録もしたい」
「パーティ登録……ですか?もしかして後ろのその子とですか……?」
「そうだが……なんだ?」
「いえ……」
ミラは手に持っていたペンを机の上に置いた。
そして流れるような動作で連絡装置に手をかけて、
「もしもし騎士団の方ですか」
「って待て待てなに通報しようしてんだ」
「いやだって女の子連れてるって……誘拐じゃないですか」
「違うわ!婆さんに頼まれてんの!」
「……ギルドマスターにですか?」
「そうだよ!なんなら婆さんに確認してみろ」
「……いえ、わかりました。ギルドマスターからということでなんとなく察しました。それよりもパーティ登録とのことですが――そちらのギルドカードは既に?」
「あっ」
ピシリ、と固まる。すっかりとレイシェドは忘れていたが、冒険者ギルドで依頼を請けたり、その他にも恩恵を受けるには冒険者へと登録、ギルドカードの作成をしなければならないのであった。
「……今から作る。それでいいよな?」
「構いませんよ。手数料はシェドさんの方から引いておいてもいいですか?」
「頼む」
「わかりました……こちらに記入後、提出をお願いします」
「おう」
ぺらり、と1枚の用紙とペンを受け取って席に向かった。
向かい合う形で座り、ハクは受け取った用紙とにらみ合いを始めた。
「適当に書けばいいぞ」
「……ここは?」
そう言って指差した項目は、氏名と表記された空白だ。
「妹ってことになってるんだし、五十嵐ハクでいいだろ。五に十に嵐……って文字読めないんだったな……。仕方ない、俺が書くからペン貸せ」
「ん」
ギルドカードを作成するにあたって、必須事項は少ない。名前と種族だけでいいのだ。
分かりきっているところでもあるので、レイシェドは手早く『五十嵐ハク』と『白狼族』と埋めていく。
「他にも色々あるけど書いておくか?」
「ん!」
「……書くってことでいいのかね」
次の項目からは必須ではないが、書けるなら書いておいた方が助かる。と言った程度のものだ。その次の項目は、
「年齢……あれ?ハク何歳だ?」
「ん……たぶん、10?」
「えっ……俺てっきり8くらいだと思ってたぞ」
「……たぶん」
「あー、いや、うん。まあわかった。10歳って書いておくぞ」
年齢の記入が必須じゃない理由はこれだ。冒険者になる人間は、自分でも自分のことがわからない人間が少なからずは存在するのだ。最悪名前はその場で確立したものをつけられるし、種族は外見で殆どの見分けがつくために必須とされている。
「(歳の割に幼く見える……違うな、成長が遅れてるってことか?ほんと厄介なこと押し付けるぜ婆さん……)」
「シェド?」
「ん、なんでもねえ。それより次だ」
数日もすればこの街を離れて旅に出るというのに、ハクの現状を知ってしまい苦い顔をするレイシェド。少なくとも昔のように雑な旅はできなさそうだと予感はしていた。
「次は……戦闘スタイルだな。これは希望でも構わないけど、一応書いておきたいことはあるか?」
「……?わからない」
「んー……まあ閃刃なんて小刀持ってるんだし、前衛近接ってことにしておくぞ」
「ん」
まだ戦闘は、始めて会ったあの夜以来でしか見たことはない。しかし白狼族ということもあって、レイシェドはあの閃刃をきっと使いこなしてくれるだろうと思っていた。
「これくらいか?あとは本登録だな」
書き終えた登録用紙を、もう一度受付――ミラの下へと持っていった。
「ミラ、これで頼む」
「はい……レイシェドさん、字がちょっと汚いですね」
「ほっとけ」
「冗談はさておき……ハクさん、でいいですかね?こちらの装置に手を入れてください」
慣れた手つきで、灰色のカードを装置に入れてハクへと手渡した。一瞬だけ不安そうにレイシェドを見るが、当の本人はとぼけたような顔で気がついていないようだった。
「ああ、痛いとかはありません。一瞬で終わりますから」
「……ほんと?」
「ええ。もし痛かったらシェドさんを殴っても構いませんので」
「俺は困るなー」
恐る恐るといった具合に、装置の中へと手を入れるハク。ゆっくりと中に入れ始め、中指が装置の端の方へと辿り着くと同時に、装置から淡い光が漏れ始めた。
「わわ!?」
「落ち着け。今はギルドカードとの紐付けしてるんだ」
次第に光が弱まり、消えたことを確認すると、ミラへと装置を預ける。中からカードを取り出してレイシェドへと手渡した。
「一応、確認をお願いしますねシェドさん」
「ん……オッケー。問題ないぜ」
「では、ギルドへの本登録もしておきますね。パーティ登録は2人でいいですよね?」
「ああ、そうだ」
「わかりました。……登録は済ませましたが、ギルドカードに反映されるまでは少しかかると思います」
「タイムラグがあるんだったっけか」
レイシェドは手元にギルドカードを取り出し、パーティ情報を確認した。いまだ空白になっている部分はしばらくすれば、情報が書き加えられているだろう。
「10分ほどで更新されると思います。それから、クエストの受注でしたね。……平原熊1匹以上の討伐、間違いありませんか?」
「大丈夫だ」
「では受領しておきます。達成後に報告をお願いしますね」
「ん」
「それでは、お気をつけて……」
「ああ、ありがとな」
2人は冒険者ギルドを後にして、街の外に向かった。