3.
死に設定の予感がするぞ……
ハクの世話をすることになり色々と確認をしたのだが、かなり厳しい道のりだということがわかってきた。
というのも、ハクは文字が読めなかった。簡単な文字なら、といくつか見せたもののどれもわからないと回答が返ってきたのだ。
さらには計算をほとんどできなかった。日常で使うことがあるだろう数字はわかるものの、30+30などの数字が大きくなるとわからなくなっていた。
「前途多難だ……」
噴水広場にあるベンチへ腰掛けながら呟いた。北の大陸に行くにあたって、武器や戦い方を教えたりもするつもりであったが、日常で使う常識から教える必要があるかもと思うと、頭が痛かった。
レイシェドはポケットの中からマポガレットを取り出して火をつけた。口にくわえると、あたりに薄い煙が漂う。
「……それ」
「ん?これか?マポガレットっつーやつだ」
マポガレット。魔力を回復できる薬草をすり潰し乾燥させ、紙に巻いたものだ。火をつけることで燃えて、煙をだす。その煙には魔力回復の効果があり、体に煙を吸い込ませることで魔力の回復を図るというものだ。
「ま、魔力は腐るほどあるから必要はないんだけど、癖になってるんだよなぁ」
「……わたしも、吸える?」
「いーや、ダメだ。マポガレットは満16歳以上じゃないと使用禁止だ。大人になるまで辛抱しな」
煙を使った魔力回復は、直接体内に流し込んで自然回復力をあげるというもの。液体のようにそれ自体に回復効果があるわけではなかった。
年齢制限は、だいたい16歳ほどで魔力の成長が止まるからだ。子供のうちは魔力の上限値は低いが、成長とともに伸びて行く。それは魔力の自然回復力も同じことだ。しかし自然回復力の成長中に煙を使って強制的に自然回復力をあげるのは、大きな負担となってしまう。その結果、異常なまでに回復速度が低下したり、自然回復そのものが無くなってしまうという話もあった。
「まあ本来なら20歳超えてからじゃないと使えないらしいけど、どんだけ強力なんだろなぁ……」
実は、マポガレットが作られたのはつい最近のことだった。彼の父である五十嵐 禅久郎とともに冒険した仲間である、佐藤 雅紀が考案し作られた。参考にしたものは回復効果なんてなく、娯楽の一つとして存在しているらしい。
「まあお前の場合はこんなものより、武器とか防具とか買わないとダメだな。北の大陸に行くのだって戦いに行くって事だし」
ふーっ、と青白い煙を吐き出してベンチから立ち上がる。
「つーわけで、行くぞ。服とかは婆さんが家に寄越してくれるだろうし、簡単な武器防具だけ目星つけちまおう」
「……ん」
静かに頷いて、ハクもベンチから立ち上がった。
レイシェドは武器屋について、一つあたりをつけていた。昔からレイシェド本人もお世話になっているところであり、今回もきっと力になってくれると思っている。
商店街となっている道を二人で抜け、脇道へ進んだ。広い大通となっていたところとは違い、狭く雑多とした道だ。そんな裏路地を歩き続けると、ほんの少しだけ広い空間に出た。目の前にある店の看板には、【紅ノ槌】と書かれている。
レイシェドは特に気兼ねすることなく店の中に入っていった。カランカランと扉の上に設置されていたベルが鳴り響き、少し奥の方で背を向けていた店員がこちらを見る。
「よっす」
「……げぇ」
そして一言呟いては、また視線を後ろへと変えてしまった。
「ずいぶんな挨拶だなオイ」
「アンタが来るとろくな事頼まれないから嫌なんだよ」
赤い髪の毛をポニーテールにした女性店員、音無 焔は鬱陶しいものを見る目でレイシェドを見た。
「ひっでぇな……。俺の剣を整備してくれるのここしかないんだし、もうちょっとお得意様感を出してくれてもいいんじゃないか?」
「その剣が馬鹿みたいにデリケードで扱うたびに神経をすり減らすんだよ。それで他の鍛冶屋も手をつけないだけだ!」
「でもお前は見てくれるだろ?」
「……はぁー、なんでシェドの剣を見るなんて言っちゃったんだろう。まあいい、今日の要件はなんだ?整備ならついこの前やったばっかりだし」
「ん、今日はこっちの武器を頼みたくてな」
レイシェドは後ろから隠れるように息を潜めていたハクを前に引っ張り出した。
「もう一人いたのかい。てかどうしたんだその子」
「色々あって連れてる。一応は妹ということになってるがな」
「はっ、半分魔女のあんたに獣人の妹だって?流石に無理があるだろうよ」
「文句ならギルドマスターへ直接言ってくれ」
「……いや、なんでもない。とにかく、その子の武器を打てばいいのか?」
「いや……武器は適当なもの買うつもりだ」
「あっそ。なら、あの辺から適当に選ぶといいさ」
「助かる」
焔が指差したところには、無数の武器が展示されたり、箱に詰められていたりした。
レイシェドとハクは、ひとまず手に取れる武器を見て行くことにし、最初に片手剣を手に取った。
「一般的な剣だな。重さも……まあ普通。持ってみろ」
「ん」
慎重にハクへと手渡す。しかし、片手剣ではあるが、ハクには大きく重い。両手で持つことによって武器としてなんとか扱えそうな状態だった。
「……おも、い」
「だろうな。てかこれじゃ両手剣持ってるようなものか」
片手剣では体に合わないということで、元に位置に戻す。次の武器を探すと、長槍が目に入った。再び手に取って見る。
「独特の重さだなこれ。ていうか長い」
柄を地面へ着けて長槍を立てる。大きさとしてはレイシェドとほとんど変わらない長さだ。
「ねえ、その子の武器選んでんのよね?そんなもの使えるわけないじゃん」
「いやまあ気になったというか……これ長さは?」
「175センチだよ。大体の長槍はそれくらい」
「……俺173センチだから槍に負けてるのか。いやそんなことどうでもいいな、うん」
「それで、その子の武器は?アタシからしたら短剣程度の長さしか扱えないと思うけどね」
「じゃあダガーとかそういうものかな。……いや、ちょっと待てよ……」
顎に手を当てて少し考え込むレイシェド。ハクは武器が物珍しいのか色々と見ようとしているが、棚へと身長が足りずに苦戦していた。その様子を呆れつつ見ていた焔は立ち上がり、
「アンタの兄貴はあの様子だと耳が聞こえなくなるバカだからね。何が見たいんだい?」
「ん……あれ」
スッと指を向けた先には、刀が置いてあった。
「刀?……流石にまだ大きいと思うけど、持ってみる?」
「ん!」
持つ!と言わんばかりに目を輝かせるハク。少しだけ気圧されながら焔は刀を鞘に納めて渡した。
一般的な刀で、レイシェドの木刀とも大差ない長さだ。もちろん重量もそれ相応にあり、
「……ふむっ……!」
ハクが持ち歩くのは到底できそうに無かった。
「あ、閃いた。焔、脇差とかないか?」
「小刀?あるよ?」
「刀に興味示してるし、それにしとこう。長さも重さもちょうどいいだろ?」
「そう?まあ小刀ならここに置いてあるよ」
部屋の角の方へ押しやられていた木箱を引きずり出し、上に被せられていた布を剥いだ。
そこには鞘に収められた小刀が無造作に差し込まれている。
「こっちを買う人間は少なくてね。売れ残りがご覧の有様なんだ。こっから買ってくれるっていうなら、安くしとくよ」
「まじで?よしここから選ぶぞハク!」
「ん」
二人で木箱の中から適当な小刀を取り出す。レイシェドが持つと、かなり軽く小さく感じている。だが、ハクが持つと身長も相まって武器として扱いやすい大きさだった。
「重さはどうだ?」
「ん……だいじょうぶ」
その場で軽く振るう。一般的な剣を持った時のように、武器に振り回されることはなかった。
「よし。小刀で決まりだ。次はどれを選ぶかだな……これって値段は均一なのか?」
「いや、流石に均一とは違う。それぞれ出来が違うからね」
「ふーん?それじゃあこれで」
軽い相槌とともにレイシェドが手に取った小刀。鞘は白く、刀身も銀に輝いていた。
「……ちなみになぜそれを選んだのか聞いてもいいかい?」
「目に留まっただけだ。値段は?」
「500万エルク。業物だよソイツは」
「ごひゃっ……はあ!?ちょっとまでなんでそんなものがこんな木箱に!?」
「言ったろ?小刀なんて買う人間が殆どいないんだ。どれだけ業物だろうと買う人間がいなくちゃ置物になるってこと。それで、買うの?」
「か、か……待て、武器の鑑定結果見せてくれ。それで考える」
「賢い選択だね。こっちにおいで、広げてあげる」
焔が片手でちょいちょいと2人を手招く。そしてカウンターの下から一枚の紙を取り出して広げた。
そこには武器鑑定結果と書かれ、レイシェドが先ほど手にした武器の詳細が書かれていた。
――――
武器名:閃刃
固有能力:疾風迅雷
・装備者に移動、攻撃速度を20%付与する。
・装備者に対して一時的に風、雷属性の付与をする。
魔法回路
・なし
――――
「固有能力付きか。そりゃ高くなるはずだわ」
「その能力もかなり強力でしょ?だからこんなに高いわけ」
「こんな小刀どこで手に入れたんだ?」
「手に入れたのとは違う。親父が打ったんだ」
「こんな規格外れをか!?確かにこの鍛冶場は高く見てるが、ここまでとは思わなかったぞ」
「……素材は太古の冒険者が魔力を込めて熟成された鉄だ。まあそれを打てたのも親父の腕だ」
「すげえな親父さん……太古の冒険者ってどれくらい前なんだ?」
「1000年前後だ。多少眉唾ものだが、鉄自体は本物のはず。じゃなければこんな固有能力がでないだろうしね」
「そうか……よし、いい値段だが買うよ。固有能力もそうだが、お前の親父さんが打ったんなら斬れ味も十分なはずだしな。ただちょっと注文がしたい」
「ん?なにかあるのかい?」
「焔、魔法回路を引いてくれ。プロテクトとシェルのふたつだ」
「……良いけど、時間とお金が必要だよ。本体含めた550万エルク。完成は、まあ明日にはできるけど」
「550万か。それなら払えるし頼むわ」
「……チッ、もっと高めに提案しとけば良かった。さっさと取り掛かるから明日また来てくれ。……帰るときは店の看板裏返してね」
「おう」
はあ、と隠す気もないため息をついて焔は奥へと入っていった。
見送った2人は少しだけ他の武器をみたものの、特にやることもないと店の外に出た。建物の隙間から見える空はまだ青い。
「あとは……一応食料も買ってくか」
「ん」
店の看板を裏返し、2人は並んで商店街の方へ歩き出す。看板にはCLOSEの文字が控えめに主張していた。