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Astelt.1  作者: アイアー
2/24

2.

 もうすぐ日付が変わろうかという時間、冒険者ギルドは昼間では考えられないほどの静けさを纏っていた。

 冒険者ギルドは基本的に24時間稼働しており、受け付け係が3つの勤務体制で回している。

 夜間になると、冒険者のほとんどが活動を休めるため、冒険者ギルドは昼間ほどの活気は無い。そのためかなり静かな空気が流れているが、その中にカリカリとペンを動かす音が響いていた。


「……超、暇」


 カリ……と手が止まる。


「だいたい受付嬢って言うのになんで書類整理とかやってるのよ私!もうちょっとこう……受付嬢らしくクエストの受理とかやってみたい……」


 ペンを鼻と唇で挟んで、むうっと思案する。彼女が文句を言ったところで勤務形態が変わるわけでは無い。さらに言えば、彼女の種族は獣人族……ミンクの獣人だ。夜行性である。


「もうほんと毎日毎日暇!夜勤暇すぎ!」


 冒険者ギルドは基本的に24時間開いている。しかし冒険者側はわざわざ夜中にクエスト報告をする必要性もなく、帰還すればまずは休息をして報告に行こう。という流れがほとんどなのだ。故に夜間でできる仕事といえば、書類整理やギルド内の貼り紙などの整理。各クエストの受注期間の点検などがほとんどであり、暇じゃ無い時といえば緊急性を要する時くらいだ。


「何か起きないかなぁ」


 あり得ないことだと分かりながらも口にする。暇を感じ続けると、刺激を求めたくなるのだ。

 そんなことをボヤいた直後だった。冒険者ギルドの玄関口となる扉が、ドカンッと音を立てて勢いよく開けられた。


「ちょ!?なに!?なにごと!?」


 突然の出来事に、受付嬢が立ち上がる。その衝撃で積み上げられていた書類が何枚か舞ってしまった。

 扉の方に目をやると、そこには1人の少年が立っていた。肩には少女を担いでいて、反対側の腕はいくつかの怪我がある。着ているものにはあちこちに赤いシミが見え、傷口からは血が滴っているようにも見えた。


「わりィ。婆さん――ギルドマスター呼んでくれねぇか?」

「へ?ギルドマスターを?ち、ちょっとそれは……」


 時計の針が真上を指そうとしている。そんな時間までギルドマスターが起きていることは少なく、呼び出すことなんて以ての外だ。

 どうしたものかと視線が泳ぐ。とにかくはギルドマスターに会いたいというなら明日にしてほしいと断るしかないだろう。


「す、すいませんそれは――」

「その必要はないよ」

「え!?」


 背後から聞こえた声に、肩が跳ね上がる受付嬢。ギルドマスターことコバルがそこに立っていた。


「どーせすぐに終わらせるだろうと踏んでいたからね」

「……家に一回帰るわ」

「まあ待て、報告ぐらいはしていけ」

「……まあいいか」

「あ、あの……」


 どうしてこんな時間にいるのか、というかなぜロビーにまで顔を出しているのか。とにかく疑問の種は尽きない受付嬢は、その場でオロオロと立ち尽くす。それを見かねたコバルは苦笑いで指示を出した。


「とりあえずは治療用の道具を取り出しておやり。人払いは……必要ないしね」


 チラッと周囲に目をやるが、もちろん誰も座っていない。


「は、はい!」


 まだ驚いたままなのか、あたふたと奥へと戻って行く受付嬢。道中で机の角に腰をぶつけて整理されていた書類をぶち撒けた。レイシェドはどことなく申し訳なさを感じつつ、近くの長椅子へと白い少女を寝かせる。


「そやつが?」

「間違いない。襲ってくる直前まで気配を感じなかった。まあ野生っぽい戦い方だったがな」

「何処かの奴隷商から逃げてきたということかの?」

「さあな。出自は知らん。だが、世にも珍しい白狼族の獣人だ……その可能性が高いだろ」

「やはりか……」


 白狼族。かつての獣人族のうちのひとつであり、古くから国の守護獣として崇められるような存在だ。もう数百年前には滅んでいると言われていたが、ごく稀に白狼の血を濃く持った子供が生まれるという。


「あやつの友人……白疾(しらと)も白狼の血をよう引いておった」

「親父の周りって普通じゃないんだよなぁ……」

「シェド坊が言えたことじゃ無いの。っと、まずは犯人捕縛について礼と報酬を」

「ああ、よろしく」

「明日にはギルドカードにも反映されておるじゃろ。それからこやつの事なんじゃが……んむ、ひとまずはこちらで預かるが、明日もう一度ここへ足を運んでもらえんかの?」

「あ?別に暇だからいいけど……何時くらいがいいんだ?」

「昼頃でかまわん。それまでこちらも……シアンになんとかさせよう」

「婆さんがやるんじないのかよ」

「これでも忙しい身だからの」

「よく言うぜほんと……とにかく、明日もう一度来たらいいんだな。今日はもう帰るぜ」

「うむ。手数かけたの」

「気にしてねーよ」


 椅子から立ち上がって膝を手で払う。若干砂が落ちた。


「……傷は問題なさそうかの?」

「もう治った」


 斬り裂かれ、血で汚れボロボロになった袖を捲る。腕はどこにも傷口が見当たらなかった。


「さすが、魔女の子じゃの」

「痛いもんは痛いけどな。そんじゃ、おやすみさん」


 そう言ってレイシェドは冒険者ギルドを後にした。その後ろ姿を見ていたコバルは、いつの間にか大きくなった背中に僅かながら寂しさを感じた。

 コバルは、長椅子の上で寝ている獣人の少女を見やる。寝息は穏やかそのもので異常はない。


「ギルドマスター!包帯とか持ってきました!」

「声が大きいよ。それにしても遅かったじゃないか?」

「そりゃ使う機会がほとんどないんですから覚えてませんよ。っていうかあの人が見当たらないんですけど……」

「シェド坊のことかい?それならもう帰ったよ」

「帰――あの傷でですか!?治療くらい……」

「だから声が大きい。シェド坊なら心配いらないよ。それよりも、この子を見てやんな。少なくとも打ち身程度はしているだろうから、軽い治療を頼むよ。わたしゃシアンでも呼んでくるからの」

「あ、はい。わかりました」


 どっこいせ、と思い腰を上げる。シアンは恐らくまだ起きているだろうと考えたコバルは、子供の世話ならできると踏んでシアンを呼びに向かう。

 シアンが子供好きな事くらいは、コバル(お婆ちゃん)もよく知っているのだ。この少女のことを知らせたら飛んでくるだろうと、内心苦笑いを浮かべていた。



 *



 翌日、レイシェドは予定通りに冒険者ギルドへ来た。軽く見渡し、接客へと余裕のありそうな受付嬢へと目をつけた。


「ちょっといいか?」

「はい?……シェドさんですか」

「おう。婆さんから昼頃に来てくれって頼まれてるんだけどよ」

「ギルドマスターから、シェドさんが来たら通すように通達されてますよ。いま鍵を開けますので待ってください」

「わりぃな」


 受付嬢の案内のもと、冒険者ギルドのさらに奥へと進む。受付嬢が立ち止まり、扉へ手を向けながら、


「応接室にてシアンちゃ――さんがお待ちです。ギルドマスターも呼びに参りますので、中でしばらくお待ちください」

「おう?シアンもいるのか……」


 ガチャリ、と扉を開けると、見慣れた後ろ姿が目に入った。しかし、シアンの方は気がついた様子がなかった。

 回り込んで対面する位置へ移動し、ソファへと腰掛ける。それと同時にレイシェドは呆れたような顔をした。


「おいおい……シアン」

「ん?あぁ、来てたんですねシェドさん!」

「来てたんですね……じゃないだろ。なんでそいつがいるんだよ」


 びしっ!と指を向ける。そこにはシアンの膝に座り、ひたすら撫でられ続けていた獣人の少女がいた。白い耳に尻尾、その外見からもレイシェドは昨日の犯人だとすぐにわかった。


「何でって……この子について話すことがあるんだって聞いてるんですけど」

「いや……まあ、そうだけど……婆さんから聞いてないのか?」

「何をですか?とりあえずこの子の世話をしろと投げられただけなんですけども」


 眉間を抑えるレイシェド。もはや何を言えばいいのかも分からなくなり、ため息を吐いて諦めることにした。


「はあ……婆さんはほんとに何を考えてるんだ……」


 眉間を抑えながら呟く。改めて獣人の少女を見るが、昨夜の荒々しさは全く感じない。

 レイシェドは無言のまま、シアンは獣人の少女を静かになで続ける。若干気まずい空間のなか、早くコバルが来ないかと欠伸を一つついたところで扉が開いた。


「待たせたの」

「ほんとに待ったぜ。ちゃんと説明してくれるんだろうな」

「もちろんだとも」


 ゆっくりとレイシェドの対面になるように座るコバル。


「単刀直入に言う。こやつの世話を見て欲しいんじゃ」

「……はあ?世話を見るって、なんで俺が?」

「いやなに、裁くにしても幼すぎるし、施設に預けるにしては少々不安でな。じゃがシェド坊なら暴れても心配はないし、お前さんは面倒見がいいやつと思っておるからな」

「それで押し付けってか?流石に冗談きついぞ」

「うむ、ところでだが、いま北の大陸がまずい状況にあることは知っておるかの?」

「露骨に話変えるな。知らねえけど何かあったのか?」

「話は変わっておらんとも。北の大陸にある、ゴルタールの山の洞窟型ダンジョンの魔物がやたらと凶暴化しているらしい」

「ゴルタールの山……初心者用の低難易度ダンジョンだろ?凶暴化といっても……」

「負傷者のみならず死傷者も出たと情報が来ておる」

「はあ!?なんだってまた……」

「原因は分かっておらん。しかし、北からは人手不足の通達が来ておる。シェド坊、この娘を連れて行ってくれんか」

「……婆さん、白狼族といっても、まだ子どもだぞ」

「分かっておる。じゃが、こちらも面倒を見る当てがないんじゃ。お前さんのところなら道を踏み外すこともなかろうし」

「……信用されてんなぁ。チッ、まあいい。連れてきゃいいんだろ?」

「うむ。社会見学のようなもんだ」

「軽く言うなよ。というか、北の大陸もちょっとヤバい状況なんだよな。……出発は早めの方がいいか」

「まだ北の冒険者が抑えておる。向こうも手練れは多いからの。易々とやられはせんだろうよ」

「サクッと準備して応援に行くさ。それから、そいつ――あー、名前はなんだ?」

「まだ無いらしい」

「んじゃあこれからお前はハクだ。めんどくさいからそういうことで」

「もっと慎重に決めてやらんのか……。まあよい、戸籍上はお前の妹ということにしておく。これから五十嵐ハクと名乗ることだ……良いな?」


 コバルが獣人の少女に視線を向けると、静かに一つ頷いた。


「まあそいつの面倒を見るに当たって、流石に何か支援はあるんだよな?」

「……服はシアンが昔着ておったのを渡そう。それから、資金の方も口座に振り込んでおく」

「りょーかい。なるべく早くここを出るつもりだから、そこはよろしく。――行くぞ、あー、ハク」

「……ん」


 立ち上がって部屋を出るレイシェド。その後ろを、シアンから降りたハクが付いていった。


「あぁ〜癒しが〜……」


 心の底から残念そうな声を上げるシアンを尻目に、コバルは苦笑いをこぼしていた。


「嫌な予感がするが、シェド坊達ならきっと大丈夫……」


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