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習作長篇②

 彼は隠似神社に祭られたが、彼を軽んじる者があった。不逞者は人間ではなく、人間よりも一等下等な生命である。頭胴四肢で構成され、この星の生物のなかでもっとも人間に似た種である。人間が「猿」と呼んでいるこの種は、人間よりも小柄で体毛が深い。四肢で移動するが、稀に人間のように二肢で立つ。

 一匹の猿が、隠似神社に棲みついた。群れからはぐれたものらしい。餌を喰いちらかし、糞尿で神殿を穢す。彼を祭る建物で、猿は好き放題に振るまう。座所を荒らされたことを彼はなんとも思いもしないが、人間たちは怒りくるう。あの手この手で猿を追いはらおうと試みるが、そのことごとくが徒労に終わる。

 棒きれや太鼓の音に動じず、餌つきの罠にもかからない。人間は彼に遠慮し、神社で金物をつかわない。弓矢や矛をつかったところで、この猿をしとめることはできないだろう。この猿は猿でありながら、一等上等であるはずの人間たちよりも智恵がまわる。人間たちを出しぬきつづけ、隠似神社に棲みつづける。

 猿と人間たちとの狂騒を、彼はおもしろく見物していた。この猿のことを気に入ってしまった。この猿と、意思を通じたい......こんな考えが浮かんだのは、初めてのことである。ほかの生物に干渉しようなどと。

「おい。猿よ」

 彼は猿に語りかける。実体がないから、実際に音を発することはできない。それは言葉ではない。猿の脳髄に直接、彼自身が入りこむ。なにせ初めての試みであるから、うまくいくかどうかはわからなかった。猿の脳髄のなかに、彼の意思を流しこんだのだ。

「な、なんだ。この声は? だ、誰だ?」

 狼狽した猿の意思が、彼のなかに届く。どうやらこの方法でまちがえていなかったようだ。彼はつづけて、猿に意思を流しこむ。

「私はこの神社の主、隠似大神命だ。わが座所を荒らすおまえこそなんだ」

 彼は人間からあたえられた名と神格を称した。彼が彼自身についてよくわかっていないから、隠似大神命として振るまったほうが猿にもわかりやすいと考えた。そしてそれは実際、猿に受けいれられた。

「神さまが、おれになんの用があるってんだ。姿を見せろい」

「私に姿はない。だから見せることはできない」

「ここを出ていけってんなら、聞かないぜ。ここは暮らしやすい。雨風は凌げるし、人間どもが食いものを供える。あんた、姿がないんだろ? だったら文句を言われる筋あいはないよな」

「おまえを追いはらおうと、語りかけたわけではない」

「だったら、なんだってんだ」

「おまえはひじょうにおもしろい。提案なのだが、わが眷属になる気はないか?」

 どのようにすれば、この猿を眷属にできるのか。彼はその方法よりもさきに、願望を出してしまった。けれどなんとなく、その方法を思いついている。

「おれを八百万の神にしてくれるってことか?」

「まあ、そんなところだ」

 誕生した瞬間のことをおぼえていないが、彼はずっと孤独だった。語らう同胞が欲しいなどと思ったことは、一度もなかった。猿との語らいが存外たのしく、彼は同胞が欲しいと思ってしまった。

「神さまにしてくれるっていうなら、してもらおうじゃねえか」

「よろしい」

 猿の脳髄から彼は、猿の全身にあわせて膨張する。人間が鉄を鋳だすのを見て、着想を得た。みづからの()なき身を、猿の形に隈なく定着させる。浸透。猿を取りこむように、猿に取りこまれる。同化。そこからすぅっと猿の体から離れ、彼はもとの彼にもどる。分離。

「なにも変わったようには見えんのだが、おれは神さまになったのか?」

 猿の意思が彼に届き、試みが成功したことを彼は悟った。


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