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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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終章 家族

「そのようなことがあったとは」


 セリュウは腕を組み、考え込む仕草を見せる。

 シオリたちが狂った獣の群れと戦い、メアリたちがマヤたちとぶつかった翌日の朝。久々にサルコウやセリュウを含む全員が食堂で顔を合わせていた。

 各々が昨日の出来事を報告し、一段落ついたところだった。


「フミくんの件を知らされていなかったことは不服だが、無事で何よりだった」

「あはは……ありがとうございます」


 セリュウの言葉をフミは嬉しく思うが、彼の言葉に角があることも感じていた。その理由は決してフミのことを知らされていなかったことだけではない。


「本当に良かったと思っている。本当に……。私の車のこと以外は」

「あはは……」


 うふふ、とマーラは笑う。


「仕方ないじゃない。緊急事態だったのですもの」

「ええ。それは頷きます」


 その語尾は強く震えていた。


「フミちゃんがマスターキーを持っていなかったら今頃メアリちゃんがどうなっていたか……。あの車は本部のものなんだから、やっぱり鍵は本部に置いておくべきね」

「あなたがあの車で暴れないために私が預かっているのでしょう!」


 セリュウは強く訴えるが、まるで他人事のようにマーラは上品に笑い続ける。

 シオリとユリアは「話には聞いたけど信じられない」「ちょっと見てみたいかも」と声をそば立てる。隣のメアリが「やめておいたほうがいい」と目をつむって静かに首を横に振った。なにかを悟っている顔だ。

 メアリの怪我はひどいものだったため、彼女を後部座席に乗せたマーラは「ゆっくり走るね」と運転席に乗った。しかしエンジンの音を聞いた瞬間、「一刻も早く病院に連れて行かねえとな」と口角を尖らせた。フミが「病院に行く前にメアリさん死んじゃう!」と説得して渋々頷いていたものの、安全運転とは程遠い運転だった。マヤに刺された時以上にメアリは死を覚悟していた。フミによると「行きよりマシです」とのことだが、サイドミラーが消え去りボロ車に成り果てた自動車を思うと、本当にマシだったのだろう、とメアリは察した。おかげさまと言うべきか、松葉杖などの補助がなくても歩ける程度には回復している。体を曲げるのがつらいくらいだ。

 松葉杖が必要なのはシオリだった。怪我はひどくないが足首を捻挫しているため、彼女の椅子には木製のそれが立てかけてある。

 そのような戦い後だというのに、この場は和やかだった。憤るセリュウが気の毒なほど。

 ゼンは茶化す。


「ほらほら、顔が怖くなってるで。落ち着けって」

「顔が怖いのはいつものことだ!」

「自分で言ってて虚しくならへん? それ」


 ほっほっほ、と愉快そうなサルコウも、昨日の出来事を聞いて先ほどまでは「やられたわい」と悔しがっていた。おそらく政府のつまらぬ長話は、本部の人間を減らしてメアリたちをおびき出しやすくするためだったのだろう、と。


「何はともあれ、みんなあっぱれじゃ。セリュウは何もしとらんが」

「あなたまで私を……」

「せやな。フミちゃんも思うやろ? セリュウは役立たずやって」

「思います」

「君まで私を!?」

「――あっ! しまった! ご、ごめんなさいセリュウさん!」

「いいんだ……自覚はある」


 落ち込むセリュウの肩を「まあ元気出せって」とゼンは叩き、彼の耳元に唇を寄せる。


「で、そっちはどないや」


 セリュウも声を低めて静かに答える。


「おかげで随分よくなっている。近々こちらに顔を出す頻度も増やせるだろう」

「ならよかった」


 その様子をシオリは眺めていた。会話は聞こえないが、なにか吉報を話しているのだろう。表情から漠然とそう感じる。

 シオリの隣に座るユリアはそんな様子を気にも止めていないようで「ほんとに、フミちゃんが元気でよかった」とにっこりしていた。


「あ、ありがとうございます。その、ご迷惑をおかけしました。特にユリアさんには危険な目を……」

「気にしないで。ユリアは何も気にしてないから。だって、フミちゃんのこと大好きだもん。きっとユリアだけじゃなくて、みんなそうだよ。ね、シオリ」

「うん。フミがいない間は猛獣が放し飼いされてたから不安だったよ」

「誰が猛獣だ」

「あはは、真っ先に反応してるあたり、自覚アリアリじゃないですか」

「フミ。あとで覚えとけ」

「ひい!?」


 部屋が陽気に包まれる。フミを中心に、皆が笑顔を見せている。

 彼女はエリカたちといた頃を思い出していた。不安なんて全て忘れて楽しんでいる時間。今や彼女たちはいないが、別の仲間がいる。

 かけがえのない、大切な家族。

 いつか、エリカたちとも一緒に笑いあえることを信じて。


(おじいちゃん)


 フミは胸に手を当てる。


(心の鍵、見つかったよ)




     ×     ×     ×




 旅人は海に沿って歩いていた。時に誰かの好意に甘えて宿に止めてもらったり、時に野宿をしながら、彼はホルンから時計回りに歩き続けていた。昨晩はまさに野宿で、昼が過ぎた今も体の節々が痛い。

 草木が整い始めた。ようやく次の村へ着くぞ、と胸が踊る。ベッドでも布団でも、なんでもいいから柔らかいものに飛び込みたくて仕方がない気分だった。

 最初に声をかけることになる住人はどんな人か、などと考えていると、砂浜に人の影を見つけた。男だ。このあたりはかなり田舎であるはずだが、砂浜へ腰をかける男の藍色の衣装は、田舎のものには見えない。

 男も旅人に気づいたようだ。顔を向ける。

 旅人が真っ先に焦点を当てたのは、男のサングラスだった。

 彼は訝しむ。

 南の海は眩しいが、サングラスをかけるほどでもないだろう。光に過敏なのだろうか。それとも盲目か。服装との相性は良く、おしゃれにも見えなくもない。


「こんにちは」


 旅人ができる限り笑顔で声をかけると、彼も「こんにちは」と静かに発した。音程は低くも透き通った声だった。軽く頭を下げる仕草からは好青年のような印象を受けたが、近寄ってみると思っていた以上に歳をとっているようだった。四十代くらいか。


「あんた、もしや〈魔に愛された男(マ・ソメド・ラン)〉かい?」


 サングラスの向こうで男のまばたきが止まったのを感じる。そして、彼はそよ風のように柔和な表情を見せた。


「初対面でそう尋ねられるのは初めてです。サングラスをかけている男などいくらでもいるでしょう」


 その声は挨拶の一言よりも低かった。若者には出せぬ暗い響きが混じっている。


「あんたが側に置いている杖だよ。盲目かとも思ったが、あんたの顔に見覚えがある気がしてな。ずっと昔の記憶だと思うが、すぐに思い出した」

「そうですか」


 サングラスの男は旅人の首からぶら下がっているカメラを見て呟いた。


「記者さんですか」

「元、記者だな」


 男は自嘲の響きで苦笑する。


「今は職を失ったしがない旅人だ」


 彼は男の隣へ座る。

 サングラスの男は姿勢が良く、元記者の男を見下ろす形で尋ねた。


「どうしてあなたは旅を」

「昔から自分の脚だけでこの国を一周したくてさ。失業してしばらく堕落した生活を送っていたが、なけなしの貯金をただ命を繋ぐだけに使うくらいなら、夢を叶えに行こうか、って思って実行したわけだ。あまりいい辞め方じゃなかったからな、罪滅ぼしも兼ねて人助けなんかしたりしながら歩いてる」

「罪滅ぼし、ですか。ここには、そのような人が集まる傾向でもあるのでしょうか」

「ということはお前さんも」

「はい。僕はここの村の人間ではありませんが、農作業や役場仕事のお手伝いをすることと引き換えに匿っていただいているのです」


 匿う。


「その話、詳しく聞きたいが――やめておこうか」

「助かります。そのついでと言ってはなんですが、人助けがてら、僕のことを忘れていただけませんか」


 元記者は頷けない。


「そう簡単に記憶をいじられるわけねえだろ」

「他言していただかないだけでもよいのです」

「真実を真実として話すのが使命だった俺には難しい話だな。だがまあ、いいだろう。ここの宿を紹介してくれ。それで手を打とう」

「ありがとうございます」


 頭を下げる仕草は、誠実だった。記者の良心が痛むほどに。


「名前が分からんと呼びづらいな。仮名でも構わんから、教えてくれないか」

「僕のことを知っているのではなかったのですか」

「名前までは覚えてねえな。お前さんの息子の名なら思い出せるんだが」


 男は自虐的に、しかし大切な人に想いを馳せるように、微笑む。


「僕の名前はハイド。誰かを守る力を持ってして、誰も守れなかった負け犬です」


(第二部 了)

ゲット・アウェイ・ガールズ第二部を最後までお読みいただきありがとうございます。

今後の予定ですが、第三部に入る前に閑話を二つ投稿いたします。


11/13(水) 「閑話 内陸部の食事情」

11/27(水) 「閑話 読書家シオリ」


多少の変更はあるかもしれないので、ご了承ください。


第三部は鋭意制作中です。完成次第、第三部あらすじを投稿して本編開始を改めて報告する所存です。

よろしくお願いいたします。


P.S.

感想などを下さると大変励みになります。

また、本編に影響を与える可能性もあります。(本エピソードの後半は、読者様の声により追加しました)

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