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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
73/76

第四章 6、hide

 同刻。

 政府機関の窮屈な応接室でサルコウと政府の男が向かい合っていた。


「話は以上です」

「なるほど」


 〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉の一員として政府と対話をする時、相手はいつもこの男だった。鉄仮面で面白みの欠片もないため、この男と話すことは何かの罰なのではないか、とさえ思えてしまう。

 サルコウは皮肉の笑みを浮かべる。


「最初は『電話で充分じゃな』と思っておったが、なるほど。話は最後まで聞いてみるもんじゃな。メールで充分な内容じゃったわい」

「機密事項ですので、できる限り直接対話したいのです。近頃おそろしい速度で科学技術が発展してます故、盗聴でもされたら堪りません」

「聞き耳を立てられて困る中身なのかも甚だ疑問じゃがな」


 サルコウが政府に呼ばれたのは、『先月の調査への感謝を込めた特別な報告』というような名目だった。他の人間には明かさぬ秘密などをサルコウの人望を信じて話す、というようなスタンスだろうか。感謝をしているなら、もう少しまともな人間を相手にしてほしいものだ。

 政府の調査について、サルコウ自身気になっていた部分があったため断ることはしなかったが、さほど興味深い内容もなかった。多くの集落がひどく損壊しているが、そのほとんどは狂った獣の仕業。中には力任せの獣の被害だとは思えぬようなものもあった、と男が話した時にはやや前のめりになったが、「神獣の仕業である可能性が高い」と言われると興味が失せた。


神獣(やつら)とも長らく会っておらぬな」

「まるで旧来の親友のように言いますね」

「敵だとは思っていないだけじゃよ。少なくとも巷で溢れる『魔獣』との呼び名は、毛並みの美しい彼らには似合わぬ」

「生で見たことのない私もそう思いますが、現にそう呼ばれるに値することをしているのも事実です」


 サルコウはそれ以上この話題について受け答えをする気にはなれなかった。


「では、帰るとしようか」

「はい。表まで案内いたします」

「その前にいくつか質問させてもらおうかの」


 腰を上げようとした男にそう言うと、男の眉がゆがんだ。それを見て、サルコウは愉快に笑う。


「ハイドという男のことを聞いたことはないか。歳は三十代か四十代。杖をつき、サングラスをかけているらしい」


 シオリが探している男。

 彼について政府の犬はどんな反応を見せるのかと、サルコウはここに来るまでの間楽しみにしていた。つまらない話を聞かされ続けた仕返しのつもりで男の目を覗き込む。

 男は顔色ひとつ変えない。しかし、かすかに動揺していることが長年の勘で伝わる。


「サングラスなど珍しくもないでしょう」

「夜でもかけていたそうじゃ」

「知りませんね、そんな如何にも偽名の男」


 ほっほっほっ、とサルコウは(しゃが)れた笑みをこぼす。


「やはりそう思うか」


 シオリには気の毒だが、サルコウは初めてその名を耳にした時から偽名だと感じていた。おそらくメアリもそう思っているのではなかろうか。


「では、ロウライドという名に、覚えはないか?」


 男はサルコウと目を合わせ、まばたきを封じる。人は嘘をつく時や動揺する時にまだたきの回数が増える。そのことを当然知っているであろうこの博学の男はおそらく、意図してまばたきを減らしているのだろう。


「知っていたらどうだというのです」

「名前までは世間的に有名でないとはいえ、政府の人間なら知ってそうじゃと思ってな。特徴は先ほど言ったハイドという男とほぼ同じ。彼を探しているのじゃが、知らぬか」

「知りませんね」

「ひょっとすると、おぬしらも彼を探しておるのではないか?」


 サルコウが目を見開くと、男は視線を逸らした。


「さあ」

「政府が先に彼を見つけるか、ワシが先に見つけるか。面白い勝負事ができたな。おそらくハイドという名は、本当に知らなかったのじゃろう。今もそやつがその名を使っているかは判らぬが、ヒントを与えてやったんじゃ。歓べ」

「あなたの暴論を肯定したつもりはありませんが」

「ほっほっほ」

「あなたとはできるだけ関わりたくありませんね」

「奇遇じゃな。ワシもじゃ。もっと話のできるやつに変わってくれんかの」


 男は目を細め、立ち上がる。


「出口はあちらです。元気なあなたなら徘徊せずにまっすぐ帰れるでしょう」


 皮の剥がれかけた男の言い草を楽しみながらサルコウは立ち上がり、応接室の扉を開く。


「では、まっすぐ帰らせてもらおうか。ついでに総理に言っといてくれ。久々におぬしと会いたくなってきた、と」

「ええ。善処します。あの方とお話しする機会など私にはほとんどありませんので、存分に期待しておいてください」

「この老いぼれの記憶力に負けんよう頑張っとくれ。達者でな」




     ×     ×     ×




 サド。

 それは、この国で唯一未成年にして死刑を執行された人物の名。

 内陸部の中心に位置する研究所で、人知れず森の動植物を大量虐殺したとされている。

 その理由について彼は「なんとなく」と供述したと、メアリは故郷で聞いたことがあった。あまりに残忍な事件と、あまりに軽い動機。反省の様子が皆無であるため、死刑宣告を受けたという内容には、薄っすらと覚えがある。

 その人物が、現在目の前にいる。

 かつての友と共に。


「エリカ……どうしてそいつと居る」


 エリカは笑う。


「そこで伏せている双子を持って帰るためっすよ。あと、ボスとも久々に会いたかったですしね」

「目を覚ませ」

「まるであっしらが催眠術にでもかけられてみたいなこと言うんすね。そんなことはないんで安心してください」


 その次のエリカの一言は、メアリが最も聞きたくない言葉だった。


「あっしたちの姉妹(きょうだい)は、みんな元気っすよ」


 エリカの笑顔は、昔と何ひとつ変わらぬ色だった。

 彼女は手で弄んでいた 〈(メロウ)〉を開き、足元で倒れるマヤを吸い込む。


「ほんとはボスもこっち側に招待したいんですけどね。許してくれないんですよねえ、この人が」


 気軽にサドを指差すエリカ。サドは顔色一つ変えず「駄目だな」とだけ呟く。

 エリカはメアリに向かって歩き出した。正確には、その背後のフミとマーラへ、いや、遥か彼方で伏せているマユに向かって。


「なんで」

「すみませんねボス。あっしらはもうこの人たちと一緒に進むって誓ったんです」


 すれ違っていくエリカの手が、メアリの肩をポンポンと叩く。一歩も止まることなくエリカとサドは進んでいく。


「待ちやがれ……!」

「ボスのその、気迫溢れる声、懐かしいなあ。力づくで止めてやるって言わんばかりのそれ、好きですよ」

「言わんばかりの、じゃねえよ」

「今のボロボロのボスに何ができるって言うんすか」


 見下した嘲笑に、メアリは胸を太い槍で射貫かれたような孤独を覚え、思考が途絶える。


「あっしもボスと戦いたいんですけどね。お互いもっと元気なときに拳を交わしましょうよ」


 フミも大きくなったなあ、とエリカはフミの頭を撫でる。フミはどう反応すればいいか判らない様子だった。


「それにしても、面白いっすよね」


 エリカは振り返り、八重歯を見せた。


「クソッタレな現実を吹っ飛ばし、陰謀を暴き出すと誓ったあっしらが、今や陰謀を企てる側にいるんですから」


 メアリは何も言えず、再び踏み出すエリカの背中を睨む。むかし隣にいた頃に見た背中よりも、一回り大きな背中を。

 歯ぎしりが抑えられない。


「くそっ」


 唾を吐くと、赤いものが混じっていた。

 叫ぶ。


「サド!」


 彼は足を止め、半身だけ振り返る。エリカも遅れて歩みを止めた。


「なんだ」

「ハイドという男を知ってるか」


 サドの銀色の瞳がつまらなさそうにメアリへ向く。


「サングラスをかけて杖をついた男だ。多分ハイドという名前は偽名だろうが。オレはその男を〈魔に愛された男(マ・ソメド・ラン)〉だと睨んでいる」


 ハイド。英語表記でhide――『隠す』を意味する単語だ。シオリから彼の存在を聞いたときから、メアリはその名に「いかにも偽名」といった印象を受けていた。しかしその考えを口にしたのは、今が初めてだった。

 目の色が黒でない男〈魔に愛された男(マ・ソメド・ラン)〉。『隠す』という名とサングラスという特徴は、それを示唆している気がしてならない。


「同じ〈魔に愛された男(マ・ソメド・ラン)〉として、知らないか?」

「その男は君と関係があるのか?」

「それは、その男とシオリが関係あると知っている、って自白と捉えていいか?」


 ハハッ、とエリカは笑う。


「してやられてるじゃんか。うちのボスは見た目の割に頭切れるから要注意だぜ」


 エリカに嗤われてもサドは「ふむ」と他人事のように頷くだけだった。


「勝手にすればいい。ところで、ひとつこちらからも質問したいのだが」


 メアリはサドを睨む。彼はそれを肯定の返事と受け取ったようだった。


「私の名を名乗る者について、なにか耳にしていないか?」

「てめえの名?」


 メアリは眉をしかめ、再び赤い唾を吐く。


「知らねえな。サドってやつはとっくに死刑になってるってこと以外。てめえは、誰だ」


 サドは顔色ひとつ変えない。並大抵の人間ならメアリの気迫に怯えずにはいられないだろうが、彼の素ぶりは『気迫』という事象すら知らないかのようだった。


「そうか。まだ君たちの元に情報は届いていないのだな。エリカ」

「はいはい」


 彼らは再び歩き出す。

 あまりに普遍的な速さの歩みだが、メアリは追いかけることができない。たとえここで体力が急に回復して走ることができたのだとしても、追いつくことさえ叶わぬような距離を感じていた。

 とうとう彼らはマユの元へたどり着き、彼女を 〈(メロウ)〉に収納する。

 エリカは振り向き、大きく手を振った。


「ボスー! お互いもっともっとでっかく成長して、絶対に譲れないものを持って、サイコーの舞台で会いましょう! それじゃ!」


 そしてエリカとサドは消えた。まるで最初から現れていなかったかのように、あっけなく。

 向かい風が吹く。凍える木枯らしの中、熱い残り香がメアリの頰を掠めた。

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