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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第四章 5、光と闇

 メアリとフミは同時に駆け出した。横並びしたマヤたちを挟み込むように、西へ、東へ。

 メアリがマヤのいる側、フミがマユの側だ。


「では、私たちも離れようか」

「そうね。彼らの挑発に乗ってあげましょう」


 マヤたちは交差などせず、歩きながら距離を開けた。マヤがメアリと、マユがフミと対峙する。

 双子が十歩ほどの距離を開けると、メアリがマヤへ向かった。

 メアリが真正面から光線を放ったのが、戦いの合図となる。


(さあ、どう手を打ってくるか)


 鋭利な光線を、細い刀身で受け止める。

 メアリへ目を向けながら、マヤは耳をフミへ集中させていた。

 足音が止まった。マヤの視界には入らない位置。しかし真後ろではない。マヤたちにとって、もっとも都合の悪い位置だ。概ね、マユの動きを止めつつ、マヤへ重圧を与えるのが目的だろう。

 強力な力を持つ者が視界の外にいる。

 冷静なマヤでさえ、そのことを気にせず完全に平静でいられるわけはない。


「いい戦略だ」


 メアリが光線を仕舞うと、マヤはレイピアを構えた。剣を持つ右手を顔の左側面へ運び、相手に体の正面を見せぬよう胴体を捻る構え。すると、視野からさらにフミが遠ざかった。ここまで考えていたのか、と構えて初めて気づく。

 しかし、


(私には、心を通じ合わせた相棒がいる)


 〈(レイラ)〉の脅威は彼女に任せるとしよう。


「今度こそ、一対一で堂々と私と戦おうというわけか」

「フミに背中を向けながら、堂々と言うんだな」

「それくらいのペナルティがあったほうが、フェアに近いだろう」

「言ってくれるじゃねえか」


 語尾とともに、メアリは光線を放った。






 フミが立ち止まったのは、双子と彼女を結んだ三本の線が、直角三角形か、それよりやや角度の開いた三角形になる位置だった。

 視界の端にマヤの背中を入れながら、マユへ手を向けている。

 〈魔力(マ・ラギ)〉は発動させない。しかしその目にマユは「いつでも出すぞ」という脅しの色を見た。


「フミちゃん、大きくなったね。元気してた? ちょっと疲れて見えるけど」


 フミは答えない。マユの動きに注視し続ける。

 ふふ、とマユは笑う。


「わたしがボウガンを構えたら、〈(レイラ)〉を放つつもりかしら」

「はい」


 〈(レイラ)〉を前に、ボウガンの矢がまっすぐ飛ぶことはないだろう。ただの棒切れと化し、無残に吸い込まれるに違いない。

 とりあえずはマユの動きを封じたことになる。――もっとも、〈(ヴァリ)〉さえなければの話だが。

 もちろんそれはフミたちも織り込み済みだろう。そこをどう攻めてくるか。


「楽しみにしてるわ」






 剣を持たないメアリとレイピアを持つマヤの戦いは、必然的に距離の取り合いになる。マヤが接近し、メアリが逃げる。

 動きの多い戦いの中、メアリは常にマユを視野に入れるように動いていた。いまのところ彼女はボウガンを構えていない。フミの脅しが効いているようだ。しかしそちらに意識を向ける制約は大きく、マヤに距離を詰められるばかりだった。

 ついに、マヤの間合いに突入する。

 剣先が脇腹をかすれる。

 光線をマヤの手元へ放つが、鍔の彫刻で防がれる。

 その光線を、瞬時に閃光へ切り替える。


「くっ!」


 不意打ちは成功したが、マヤは体を翻しながらレイピアを振るい、反撃する。鼻先の汗を切り裂いた。

 このまま攻撃を続けるより、背を向けてでも距離を開けることを優先すべきだ。

 メアリはそう判断し、全速力で逃げた。

 再び中距離の間合いに戻ったところで敵へ向き合う。マヤも何度か閃光を受けて慣れ始めているらしく、目の回復が早くなっていた。すでにメアリの瞳を見据えている。

 お互いの体力を消耗し、振り出しに戻っただけの結果となった。成果といえば、メアリの手の内をひとつ明かしたことと、さらにマヤが閃光へ耐性をつけたことか。

 マヤへ光線を薙ぐついでに背後のマユを狙ったりもしているが、フミに気を取られているとはいえ、そう簡単に当たってはくれない。

 つまり、戦況は緩やかな下降線だ。このまま続ければ、先に集中力が切れた方の負けとなるだろう。そして、体力の消耗が激しいのは、メアリの方。

 状況を動かす仕掛けを、使用すべき時だ。

 メアリは右手の光線をマヤへ穿つ。これまで同様、それは正確にレイピアに受け止められる。そして、左手でも光線を薙いだ。両手で〈光〉を使ったのは、フミが現れてからは初めてだった。

 光の軌跡を、マヤはしゃがんで避けた。二本の光線で追尾するも、彼女のしなやかな動きは捉えられない。

 しかし、その両刀の光線には、もうひとつの意味があった。

 それは、フミへの合図。


 ――オレが両手で光線を出し始めたら、マユへ〈(レイラ)〉を放て。


 地を破る轟音が響く。

 さすがのマヤもメアリから目を背けるほかなかった。

 その首を右手で、脚を左手で、挟み込むように光線を薙ぎ払う。

 マヤも過ちに気づいてこちらを向き直すが、遅い。首への光は避けられたが、右脚への熱は避けられなかった。


「……!」


 目を見開く彼女の隣へ、突如マユが現れた。その姿をメアリがはっきりと確認する前に矢は放たれていたが、メアリはそこまで想定済みだ。転がりながらそれを避け、マユにも光線と閃光を同時に放つ。彼女は閃光を察知して体を翻したが、光線のことは頭になかったらしい。ようやく当てられたと思ったが、それをマヤのレイピアが阻止した。


「チッ」


 轟音が鳴り止む。

 体を翻していたマユ――すなわちフミを視野に入れていたマユは、彼女へボウガンを放った。

 強大な力を使った後は隙が生まれる。そこを突かれた形となるが、その可能性をメアリはフミに教示していた。

 おそらくフミは目に止まらぬ速さのボウガンを視界に入れていない。しかしすぐに地面へ飛び込み、躱した。

 マヤがメアリへ立ち向かう。

 マユはフミへ距離を詰めていく。

 その動きにもうひとつの意味があることに、メアリは気づいた。


「フミ!」






 ボウガンを向けてくるマユ。メアリへ向かうマヤ。二人がフミの視点上で重なった。メアリが叫んだのは、その一瞬前だった。

 その叫びに、フミは事前に受けていた忠告を思い出し、横飛びで後退した。


 ――二人が並んだ延長上に立たないようにしろ。


 マユで隠れていたマヤの姿を視界の中央に捉えたとき、マヤが消えた。正確には、マヤの姿を捉え、フミが先ほどまで自分がいた方角に手を向けた瞬間に、マヤが消えた。

 マヤが姿を現したのは、マユの隣ではない。マユと位置を交代したわけでもない。

 マユの位置を中心として、半径をマヤとの距離とした円の、逆側。点対称となる位置。つまり、マユとマヤが重なって見えていた場所。

 これが、〈(ヴァリ)〉の三つ目の能力である点対称移動だ。

 その場所へ現れたマヤが見たのは、フミの手のひら。

 フミは、〈(レイラ)〉を放った。


「読まれていたか……!」


 剣を地面に刺し、マヤはしゃがみこんだ。

 瞬間移動前のマヤとマユの距離。

 瞬間移動後のマヤとマユの距離。

 このふたつは等しい値となる。

 とはいえ、フミはそれを計算してマヤの現れる場所を予期して手のひらを向けていたわけではない。双子側がそれを計算して奇襲をかけてくると予想し、勘で準備をしたのだ。

 これがメアリとフミが考えた奇策。

 もしメアリが叫ばなかったら、凶器を向けるマユに気を取られていたフミの対応は遅れていただろう。

 もしフミがメアリの叫びに「奇策を使うべきタイミングが来た」のニュアンスを感じとらず「気をつけろ」の意だと見誤っていたら、やはりマユに気を取られたままでいただろう。

 長年ともに過ごしてきたからこその連携。


「わたしは、メアリさんを信じていますから」






 メアリは〈(レイラ)〉を眺めながら警戒していた。マヤが瞬間移動でこちらへ来ると思っていたから。しかし、マヤは嵐を耐え続けている。どうやらフミが力尽きるのを待っているらしい。


「クソっ」


 メアリは走る。すると、眼前に矢が飛んできた。

 マユを睨む。彼女は珍しく表情を硬くしてメアリに矢を向けていた。

 睨み合いをしていても(らち)が明かない。肉を切らせるつもりでメアリは右へ駆け出す。

 ボウガンは一撃の威力こそあるが、装填速度はあまり優れていない。

 雨のように降り注ぐわけでなければ、直撃は避けられる。

 マユの照準は的確だ。躱しづらいポイントを狙ってくる。メアリとてあまり自由には動けなかった。また、マユは〈(レイラ)〉に耐えるマヤへ直接光線を打たせないように動いていた。自身を盾にしてでも、フミを封じようとしているらしい。

 このまま右に左に動き続ければ、矢を切らせることはできるかもしれない。しかし、その長時間をフミが耐えられるとは思わない。

 ならば、手段はひとつ。


「正面突破だ」


 メアリは馬鹿正直に疾走する。そんな行動を見て、マユの目が揺らいだ。


「よっぽどバカなのね」

「てめえがな」


 メアリへの照準に集中していたマユは忘れていただろう。

 閃光に。

 相手へ手のひらの一部を向ける動きを、走る動作に溶け込ませる。光線は完全に相手へ向けなければならないが、閃光は攻撃範囲が人の視野よりも広い。有効範囲の境界線をマユに指定して、放つ。


「しまった!」


 光を持続させ、マユを閃光に包み続ける。その隙にメアリは横に跳ね、マヤを視界に捕らえる。

 ゆがむ世界にいるマヤと目があった。


「喰らえ!」


 閃光を消し、両手で光線を放った。

 〈(レイラ)〉に耐えることで精一杯のマヤに避けるすべはない。

 しかし、攻撃は当たらなかった。


「なっ!」


 光線は絶対に曲がることがないと、メアリは思っていた。

 しかし、闇の嵐に入ると、ぐにゃりと曲がってしまった。そのまま、フミの手へ吸い込まれてしまう。

 闇は、光すらも曲げるのだ。

 途端、嵐が途絶えた。

 フミが〈(レイラ)〉を解除したのだ。


「しまった!」


 マヤの口角が鋭く吊り上がる。

 しかし、彼女にとっても想定外のことが起きた。

 フミへ吸い寄せられていた光線が、しなった竹が元へ戻るように、マヤへ襲いかかったのだ。


「!」


 マヤはそれを躱しきれない。

 顔に直接当たった光線の熱に呻き、伏せた。


「フミ!」


 メアリが呼びかけると、フミはマヤから逃げるように遠ざかった。


「マヤ!」

「……だいじょうぶだ。少々火傷を負ったかもしれないが」


 ふらつきながら立ち上がるマヤ。血こそ流していないが、脂汗が顔を覆っている。〈(レイラ)〉で体力を消耗した後の〈光〉は想像以上のダメージだったらしい。

 しかしマヤたちもフミの〈魔力(マ・ラギ)〉に慣れてきている。もう一度同じ手を使って成功させられる確率は低いだろう。

 大打撃を与えられたとはいえ、勝機はいまだ低い。

 勝つためには、あとひとつ、なにかが必要だ。

 そのとき。


「なんだ、この音」


 森から、轟音が聞こえた。重量のあるものが猛スピードで近づくような音。

 否、近づく『ような』ではない。

 間違いなく迫ってきている。

 茂みを薙ぎ倒す圧倒的な馬力。

 砂を掻き上げる車輪。

 暴力的なエンジン。

 森から、自動車が飛び出した。


「誰だ」


 メアリとマヤは声を揃える。

 もちろんメアリはその車に見覚えがあった。そして、ハンドルを握る人物にも。


「マーラさん?」


 パワーウィンドウの開かれた車から怒号が飛ぶ。


「メアリちゃんたちを傷つける輩は許さん! これでも喰らいやがれ!」

「え、誰」


 突然の乱入者へメアリたちが気を奪われている隙に、素早く動く影があった。

 フミだ。

 背後の存在にマヤが気づき振り返ると同時、闇の扉が開かれた。


「ぐっ……!」


 即座にレイピアを地面へ突き刺し、しゃがみこむ。フミとの距離は五歩ほどだ。遥か遠くの木を揺らすほどの吸引力に、マヤは方向感覚を失う。剣を岸壁に刺し、そこへぶら下がっているような気さえもしていた。

 その危機的状況に、熱いものが脳の芯から分泌される。

 死の淵に立っているこの緊張感こそ、人間が真に求める崇高。

 マヤは食いしばる歯を輝かせた。






 一方、マーラの車はマユへ突っ込んでいく。


「ブッ殺す!」

「ちょっと! 車で轢いてくるのはシャレにならないって!」


 マユは思う。

 あの目は、本気で跳ね飛ばしにきている目だ。脅しでもなんでもなく、殺しにきている。

 背中を向けて逃げるも、距離は詰まる一方。マユは体を翻し、ボウガンを放った。しかし矢はフロントガラスに傷をつけることしかできない。

 車の進行方向と垂直に避けようとするも、マーラのハンドルさばきからは逃げきれない。


「やばっ」


 マヤは〈(レイラ)〉に捕まっている。彼女のそばへ飛べるわけがない。となれば、残された選択肢はひとつ。点対称移動だ。

 轟音に飲まれる直前で彼女は消えた。

 まばたきよりも短い一瞬だけ見える、時空の狭間。限られたものしか見ることの許されないこの瞬間が、マユは好きだった。

 その景色が開けると、眼前が影に包まれた。

 それは、メアリの拳。


「――っ⁉︎」

「慣れればてめえらの動きくらい予測できるぜ」


 痛みを覚えるより先に脳が揺れ、上も下も判らなくなる。昇ったのか落ちたのか、地面へ頭を打ち付け、マユの意識は飛んだ。






 レイピアを刺した地面が抉れてきた。


(まずい)


 先ほど乱入してきた自動車をマユは避けられただろうか。

 双子の妹の気配を探ろうとするも、見つからない。


「討たれたか……」


 彼女たちは 〈(ヴァリ)〉 を使うとき、信号を受け渡すようなイメージを持っていた。飛びたい側が意思を飛ばし、それを受信した側が許可を出して引っ張るようなイメージ。すなわち片方が意識を失えば点対称移動すらも叶わない。


「こうなれば、我慢比べだ」


 自らの声すらも耳に届く前に吸い込まれる。レイピアをさらに深く刺すも、本当に深く刺さっているのか判らない。

 〈(レイラ)〉のような能力は、多大な体力を消費するはずだ。暴走していたときも長い時間放出していたし、その後も動きながら小出しで何度か使っている。再び暴走することさえなければ、そう長くは持たないだろう。

 この状態でフミが新たに攻撃を仕掛けることは不可能。

 メアリは背後からフミに近づけてもマヤに接近することは不可能。〈光〉を遠距離から放つのが関の山だろう。近距離ならば脅威となる威力だが、遠距離であれば動じるほどのものではない。それに、〈(レイラ)〉が〈光〉さえも吸収することは確認済みだ。


(フミの体力が尽きて〈(レイラ)〉が消えた瞬間が、勝負)


 そう思ったときだった。

 闇の中心から光が現れたのは。






 〈(レイラ)〉にジリジリとなにかを奪われるのを、フミは動悸で感じる。まるで長距離走をしているような息切れ。腕から酸素を吸われているみたいだった。

 以前のように心を喰われることはない。しかし、体は蝕まれている。このまま体力が尽きてしまうと、どうなるのだろう。再び闇に飲まれるのだろうか。


(いやだ……)


 早くなんとかしないと。

 視界に霞がかかっている。メアリやマーラ、マユがどうしているのかと視線をそらす余裕もない。

 ここで力を止めたらどうなるだろう。

 ひょっとするとメアリが助けてくれるかもしれない。

 ひょっとするとレイピアの切っ先が自分の腹を貫くかもしれない。


(どうしたら)


 こんなとき、メアリならどうするだろう。


(メアリさん……!)


 すると、手のひらに熱がにじんだ。

 いや、手のひらではない。そのもっと奥。肘の上のあたり。空気。闇の中。


(これは……)


 さっき吸い込んだメアリの光線だ。

 闇の中で、ただひとつ、この光は生きている。


(わたしがメアリさんなら)


 正面の敵を狙い撃つ。

 刹那。

 一筋の光が輝いた。

 それがまっすぐマヤの腹を穿った一瞬後、フミの集中力が切れた。

 闇が消え、霞んだ視界に空が映る。

 力なく〈(レイラ)〉に引き込まれるマヤが慣性で飛んできていた。避ける気力もなく頭と頭がぶつかる――と思ったとき、鈍い音と共にマヤが左へ吹き飛んだ。たったいまマヤがいた場所に、飛び蹴りを見舞ったメアリが着地する。


「オレのフミに気安く触れんじゃねえよ」


 頭がくらりと回り、足の力が消えた。背後へ墜落しそうになる。そんなフミの小さな手を、大きな手が包んだ。そのまま引っ張られ、フミは力なくメアリの胸へ飛び込む。


「フミ」

「メアリさん」


 強く抱きしめられる。

 背中に回される腕の硬さ。髪の感触。汗の匂い。

 すべてが心地よい。

 実の家族にもされたことがないほどの激しい抱擁に、涙があふれ出た。

 ずっとこうしていたい。でも、フミの体は悲鳴を上げかけていた。


「メアリさん、さすがにちょっと痛いです」

「あ、すまん」


 締め付ける腕の力が抜け、顔から柔らかい熱が離れる。ようやくメアリを見上げ、フミは笑う。


「でも、嬉しいです」


 メアリの顔が赤く見えた。しかし次の瞬間には大きな手が頭に覆いかぶさり、その顔が見えなくなった。






 フミの笑顔に顔が熱くなる。底抜けに眩しくて、純粋な笑顔。照れ隠しにフミの頭を撫でる。手のひらに収まるほど小さな頭。しかし妹の面影よりもひとまわり大きくなっていた。その成長が、たまらなく愛おしかった。

 もう一度、掻き乱すように抱きしめたい。

 これまでずっとフミと重なっていた妹の面影が薄れていた。妹と似ているからこそフミへ特別な感情を抱いていたが、すでにそれは関係なくなっているのだ。

 フミは、フミでしかない。闇から解き放たれたような、ぱあっと眩しい笑顔は他の誰とも似ることのないフミだけのもの。


(ずっと、フミを護っていきたい ――)


 音が近づいてくる。乾いた砂を駆ける車の音。力強くも、日常に戻ったような安心できる音。


「メアリちゃん! フミちゃん!」


 滑るように自動車が止まり、ドアが勢いよく開かれる。


「だいじょうぶ? 怪我は……たくさんしてるわね。早く応急処理をしなきゃ」


 いつものマーラだった。


「あ、戻ってる」


 その朗らかな淑女は、さっきまで「ブッ殺す!」と叫んでいた人と同一人物とは思えない。

 ブッ殺されかけたマユとマヤは伸びて伏せているが、いつ起き上がるか分からない。それぞれ一撃殴っただけなのだから尚更だ。むしろ当たりどころが悪かったのか気絶してくれているだけでも運がいいと言えるだろう。


「フミ、マーラさん、こいつらを持って帰るぞ」


 それに対する返事は、フミのものでもマーラのものでもなかった。


「それは困るなあ」


 もちろんマユでもマヤでもない。

 メアリの背筋に、冷たいものと熱いものが同時に伝う。

 この声を聞き間違えるはずなどない。

 振り返る。

 トレードマークの赤髪を縛るバンダナ。

 豪快さと陽気さを備えた黄緑の瞳。


「よっ、ボス。久しぶり」

「エリカ……!」


 そして、その隣には。


「話に花を咲かせるのは構わないが、あまり無駄なことは言わないように」


 全ての元凶の男、サド。

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