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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第三章 5、〈絆〉

 メアリはマユを睨む。マユはいやらしい笑みを浮かべ続けている。

 戦う。なぜ。

 実力が知りたい?

 どうも釈然としない。

 もし断れば、マユはどう反応するか、考える。

 フミはいない、と告げたとき、


 ――あれれ。ちょっと話が違うわね。わたしたちの情報が間違ってるのかしら。それともあなた、なにか隠してるのかしら。


 つまりマユはフミがここにいるという情報を、なぜか掴んでいる。ひょっとすると、シオリやユリア、ゼン、サルコウがいないことを知っているのではないか。挑発に乗ってここを離れれば、本部の守備は限りなくゼロになる。


「いろいろ考えているみたいだけど、心配しないで。あなたと戦ってみたいってこと以外に他意はないわ。国民を守っている〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉を破壊しても、こちとらメリットなんてないし」


 信じるべきか否か、判断がつかない。


「エリカたちは、オレの姉妹たちは、どうした」

「戦ってくれるなら、少しくらい教えてあげてもいいわ。無理に戦え、って言ってるわけじゃないから、じっくり考えてね。ただ、わたしたちはふたりで戦うから、フミちゃんも一緒じゃないと、わたしたちが有利すぎるのよ」

「フミ以外に戦える人間がいねえって知ってるような言い方だな」

「だって知ってるもの」


 怪訝に眉をひそめる。

 なぜ知っているのか。もしや誰かが情報を流しているのか。

 チラリと本部へ振り返る。すると、マユは笑い出した。


「あはは。あなたたちの中に裏切り者がいるとか、そういうのじゃないから安心して。わたしもよくわかんないんだけど、特殊な情報網があるみたいなのよね。いやあ、メアリったらわたしの手のひらで踊ってくれて。かわいいわね」

「うるせえよ」

「あー怖い怖い」

「特殊な情報網ってなんだ。お前にもよくわからないってのはどういうことだ」

「挑発に乗ってくれないのはつまらないわね。つまらない子には教えませーん」


 マユの煽りを聞き流しながらメアリは考える。

 『特殊な情報網』とやらが何なのかは不明だが、その情報を掴んでいるのは、おそらくサドだ。こいつはきっとサドから「ここにメアリとフミがいる」「シオリとユリア、他の〈神の新砦〉の戦士はいない」などと情報を受け取り、メアリらと戦うよう命令されているのだろう。

 なぜ。

 『実力が知りたい』という言葉を素直に受け止めていいのだろうか。安易に乗っかかるのは危険だろう。

 とはいえ、マユらを打ちのめして問いただせば何かしらの情報は得られるはず。


「いいだろう。完膚なきまでにぶっ倒してやる」

「やったー。ここで待ってるから。準備して来てね。ひとりで決断したってことは、フミちゃんを連れてくる気はないんでしょうけど、よろしく伝えといてね」

「黙ってろ」


 本部へ引き返しながらメアリは思う。

 不気味でならない、と。

 彼女らの〈魔力(マ・ラギ)〉は離れていても互いの居場所へ移動するというもの。〈(ヴァリ)〉と言っていたか。昔読んだ〈魔力(マ・ラギ)〉に関する文献に載っていた覚えがある。『互いの居場所へ移動する』だけではなかった気もするが、うまく思い出せない。あの本を無くしてしまったことが悔やまれる。

 どちらにせよあまり戦い向けのものではないはずだ。それなのにこうして戦いを挑んでくることが不気味でならない。なにか策があるに違いない。

 念のために短刀は持って行っておこう。重量で動きにくくもあるが、戦闘向けの能力でない彼らが武器を持っている可能性は高いだろう。


(他に持っていくべきものは)


 校舎に入ると、眉を八の字に曲げたマーラに、服の腕部分をつままれた。


「メアリちゃん」


 冷たい隙間風が衣服を揺らした。窓が人差し指の長さほど空いていた。どうやら会話を聞いていたらしい。


「今から奴らと戦いに行ってきます」

「罠なんじゃ」

「罠ごとぶっ潰してきますよ」


 メアリはできる限り平静を装い、歯を見せる。


「フミを、よろしくお願いします」






 門へ戻ると、マユは右足を重心に立ち、人差し指を下唇のあたりにまっすぐ伸ばして歯先をちらりと見せていた。


「あらあら、短剣まで持ってるなんて。用心深いね」


 腰にあるそれを指差す。


「〈(レイラ)〉があるのに、それを持ってちゃ邪魔にならないかしら」


 確かに重量があるため動きが鈍くなる。

 その上〈(レイラ)〉は手のひらを使う能力だ。剣を持っていると使えなくなる。

 以前獣と戦ったときも、剣を持っていなければ、早く決着をつけられたかもしれないとは思っていた。しかし、なにかあったときのために持っておくべきだろう。剣が必要になったときに持っていないのでは意味がないのだから。


「怖気付いているのか?」


 メアリは挑発する。


「いいえ。それがわたしたちに当たればいいわね」

「ああん?」

「せいぜい楽しませてちょうだい」


 そう言ってマユはメアリへ手を差し出した。細く、白い手だった。握れということだろうか。

 包むように手を重ねる。「紳士的ね」とマユが唇を動かすと、世界が変わった。


「驚いた?」


 〈血の研究所(メ・サイコ)〉の周囲を思わせる広い空間だった。あそこよりはひとまわりもふたまわりも小さい。周囲が森で囲まれているため、おそらく内陸部だろう。

 マユから手を離す。彼女の隣には同じ顔があった。マユの妖艶さを冷静な逞しさに変換し、髪を男性のように短くした顔。

 マヤだ。


「二人連れてくる算段だったはずだが」

「ごめんねマヤ。メアリはわたしたち相手にひとりで充分とか言っちゃってるの」

「面白い冗談だ」

「冗談じゃねえよ」


 メアリは後ろへ跳ね、距離をとった。


「とっとと片付けて、隅から隅まで問いただすまでだ」


 ふむ、とマヤは顎に手を当てる。


「せいぜい頑張ることだ。私たちは、決して手を抜かない」


 言いながら彼女はマユへ何かを渡した。腕の長さほどの猟銃に弓を取り付けたような武器と、いくつもの矢が収納された縦に長い丸いカゴ。


「ボウガンか」

「武器を持って戦いに誘うのって、脅しみたいで嫌だったんだよね」


 マユはカゴについた丸い紐をたすき掛けし、左肩の後ろから矢を取り出せるように装着した。豊かな胸の谷間が強調される。


「メアリったら、えっちね」

「黙れ。てめえのになんて興味ねえよ」

「それはそれで傷つくなあ。お返しにたっぷりいじめてあげる」


 対照的にマヤはまっすぐな細い長剣を地面に軽く刺していた。刀身は足の先からヘソのあたりまで。太さは指二本分ほど。


(レイピア)


 突きに特化した剣だ。

 鍔には複雑な金属彫刻が飾られている。刃は軽そうに見えるが、派手な柄はかなりの重量があるのかもしれない。

 遠距離のマユと、近距離のマヤ。

 中距離から〈(レイラ)〉で炙るのが無難な攻め方だろう。


「そろそろ始めるか」


 マヤがレイピアを地面から抜き、切っ先を空へ向けた。銀色の刀身が光る。


「ワクワクするわね。こうして初めての相手を対峙するのは、」

「初めてかもしれない」


 メアリは刀身から目を離さぬよう、ゆっくりと間合いを取っていく。マヤのレイピアが傾いていく。メアリの心臓へ切っ先を向けるように。

 一度心臓を指すと、マヤはかすかに微笑んだ。右手に持ったそれを角度を変えぬまま左肩へ運んでいく。レイピアを握った拳が顔のすぐ左に来たところで動きが止められる。敵へ身体の側面を向け、半分背中を見せる構えは、高貴なる者の遊戯を思わせた。


「では、始めるとしよう」


 マヤは深く踏み込み、小さく縮めた腕を解放し、突く。十歩近く間を開けたというのに、たった一歩でレイピアはメアリの胸へ届いた。


「まじか」


 体を(ひるがえ)して避けるが、まばたきの早さで次の突きが胴へ向かう。後ろへ跳ねるも、その距離は瞬く間に詰められる。相手と向き合いながらでは、その突きの範囲から逃げることなど到底できそうになかった。それどころか避けるだけではすぐに限界が来るだろう。

 数度目の突きを(かわ)すと、腰から短剣を取り出した。次の突きを、それで弾く。しかしこの剣は短すぎる。今度は距離を埋めるため前方へ跳んだ。短剣の間合いに入ると、その剣をマヤの鼻へ刺す。レイピアの鍔で受け止められる。そこまでは想定通りだ。すぐさま手首で剣を引き、がら空きの胴へ斬撃を入れる。

 しかし、それは叶わない。

 レイピアの複雑な金属彫刻に刀身が絡まっていたのだ。


「これを、ただの飾りだと思っていたか?」


 マヤが腕を振り上げると、メアリの手から短剣が吹き飛んだ。

 剣がマヤの背後へ宙高く舞う。そして彼女のレイピアが大きな弧を描いて振り下ろされる。

 左足元へ逃げるが、避けきれない。斬撃が右肩をかすめた。皮膚に炎を当てられたような熱が這う。

 しかしこのまま倒れはしない。攻撃を当てられた隙に空いた手を的へ向ける訓練は、シオリと散々してきた。マヤの脇腹へ左手を向ける。マヤもその反撃に気づくが、遅い。すでに光は貫いている。これまで余裕を保ってきた表情が初めて歪んだ。


「ただでやられると思うなよ」


 メアリは体勢を整え立ち上がる。

 双方に一撃ずつを与え、戦況が対等になったと思われたその瞬間。

 メアリの視界が揺れた。

 何が起きたのかわからぬまま、正面へ倒れそうになる。なんとか踏ん張るも、そこで生まれた隙は大きい。マヤの突きがメアリの頰を掠め、量の多い髪を一束、根元から切り裂いた。

 歯を食いしばり、光線で牽制しながら距離を取る。背中が刺されたように痛む。いや、『刺されたように』ではない。手を背へ伸ばし、刺さっているものを引き抜くと、殴られたような痛みと共に血飛沫が背後へ落ちた。メアリの手には、関節ひとつ分ほどが血に塗れたボウガンの矢があった。


「もしかして、わたしのこと忘れてた? メアリったらひどいわー」


 メアリは半身を声の方向へ向ける。二十歩ほどの距離のところでマユがボウガンを握りながら退屈そうに腕を組んでいた。


「うるせえ卑怯者が」

「わたしたちふたりなんてひとりで充分、とか言ったのはあなたでしょ?」


 九時の方向にマユ。三時の方向にマヤ。

 奇しくも挟まれた形になった。短剣は二時の方向の彼方で地面に刺さっている。


(これはまずいな)


 威勢を張ってひとりで来たものの、状況はかなり負い目だ。

 とはいえフミが戦えるはずがない。いまのように落ち込んでいなくても、フミは〈魔力(マ・ラギ)〉を使えないのだ。


(まず片方を仕留めれば)


 楽になるだろう。

 どちらからやるかなど考えるまでもない。

 マヤへ体を向け、右手を伸ばす。マヤはその掌から逃れるが、メアリが放ったのは光線ではない。マヤはメアリの意図に気づいたのだろう。腕で目を庇おうとする。


「遅えよ」


 メアリは閃光を放つ。この二年半で磨き続けた閃光は、瞼を閉じていても視界を完全に守ることはできないほどになっていた。シオリ曰く『しばらく目がチカチカする』らしい。マヤのように腕で庇えば威力を打ち消せるが、彼女の動作は一瞬遅かった。

 また、メアリの本当の目的はこれではない。

 体を翻し、マユへ駆ける。

 右手で閃光を放ったと同時に、左手をこっそり背後のマユへ向けていたのだ。案の定「きゃっ」と短く叫び、悶絶していた。

 音を頼りにボウガンを向けるが、ジグザグに動くメアリには当てられない。メアリは五歩の距離で跳び、腕の長さほどの光を生み出す。短く細く圧縮したそれは、一撃必殺の熱を持つ光の剣。


「これでひとり」


 確信に笑ったとき、目を腕でかばうマユの口許が、ニヤリと笑った。その口許が、瞬時にして真一文字に切り替わる。切り替わったのは口だけでない。目をかばう腕が消え、髪が短くなり、武器がボウガンからレイピアに変わった。


「チェックメイト」


 心臓めがけてマヤが鋭い突きを放つ。


「なっ……!」


 咄嗟に腕を振るレイピアの刀身に腕が当たった。切っ先が傾き、レイピアは脇腹を貫通した。メアリの身体は勢いのまま鍔まで刺さり、レイピアごと仰向けに落ちた。


「危ない。つい殺してしまうところだった」


 レイピアが抜かれると、血の匂いが充満した。意識が遠のいていく。


「マヤったら! ダメじゃない!」

「すまない。だがメアリが腕を振ったおかげで軌道が逸れ、皮膚と筋肉を貫いた程度で済んでくれた。内臓は傷ついていないだろう」

「でも出血が」

「〈(ミディ)〉を渡そう。渡してはいけないとは言われていない」


 掠れていく視界の中、マヤが目の前で膝をついたのが見えた。懐から小さな袋を取り出し、そこから小さな錠剤をつまみ出した。〈(ミディ)〉と呼ばれたものだろう。


「誰が、そんなもん……」

「強がるな。メアリにはもう少し戦ってもらわないとならない」

「こんなに早く倒れられちゃデータが取れないもの」


 口を開けさせられ、それを入れられる。苦い味が喉に広がる。


「飲み込む必要はない。口の中ですぐに溶けるだろう」


 〈(ミディ)〉と呼ばれた物体が溶けきるまでは十秒ほどだった。痛みがみるみる癒えていく。流血が止まり、薄くなった血液が元気を取り戻していくのを感じる。筋肉の疲労も回復していく。


「なんだ、これは」

「不思議だろう。つくづくサドの発明は恐ろしいと思わされる」


 意識の薄れが取れると、メアリは起き上がってマヤと距離を取った。まだ痛みは残っているが、流血の熱さはほとんど消えている。脇腹の貫通した傷も塞がっているらしい。


「完治まではしないだろうが、一時凌ぎにはなるだろう」


 あまりに早く傷が癒えることに、身体が驚いているような感覚がある。

 一体これは何だ。

 こんなことがあり得るのか。


「では、第二ラウンドと行こうか」

「〈(ミディ)〉はもうひとつあるから、多少無理をしてでも頑張ってね」


 頭を振り払い、思考を切り替える。

 おそらく彼女たちの能力〈(ヴァリ)〉は、お互いの元へ移動するだけでなく、お互いの位置を入れ替えることもできるのだろう。気をつけなければならない。


(これだけならいいが……)


 まだ何かを隠しているかもしれない。

 シオリとの特訓の成果もあって、スピード技から繰り出される突如の出来事に反射神経が追いつくようにはなっているが、それでも押されているのは紛れもない事実。


(フミ……)


 屈託のない笑顔が脳裏によぎる。

 あの笑顔を取り戻すためにも、


「負けるわけにはいかねえな」


 唾を吐き、メアリは突進する。

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