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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第三章 1、嵐の後

「フミ、起きてるか」


 翌朝、メアリはお盆片手にフミの部屋の戸を叩いていた。


「はら、減ってるだろ。飯を置いておくぞ」


 一ヶ月ほど前からメアリら四人にそれぞれひとつずつ部屋が与えられていた。教室のドアを内側から鍵をかけられるようにリフォームしただけの部屋だ。毎晩フミはメアリの部屋の布団で眠っていたが、昨晩メアリの隣には誰もいなかった。

 お盆をドアの前に置く。マーラの朝食にラップをかけたものだった。

 もう一言声をかけようとしたが、言葉が見つからなかった。今のフミにはもうしばらくひとりでいる時間が必要なのだろう。


(窓から飛び降りたりしなけりゃいいけどな)


 心配に思う気持ちがじれったくなってくる。無理矢理にでもこの扉をこじ開けたくなる。しかし、そんなことをしてもフミのためにはならない。

 メアリは去っていく。わざと音を立てながら廊下を歩き、階段を踊り場まで降りる。その後足音を立てないように階段を登り、角から片目を出してフミの部屋を眺める。

 引き戸が開き、白い手が出てきた。お盆を持つだけで震える腕は、花の茎のように脆い。戸が閉められると、鍵を閉める音が空虚な廊下に響いた。






「起きてはいるらしい。返事はくれなかったが、ご飯は受け取ってくれた」


 食堂の雰囲気は陰鬱としていた。シオリら三人のほか、マーラもゼンも、サルコウもうつむき気味に座っている。テレビの音声だけが明るく鳴っていた。

 春が近づいてきたというのに、冷えた朝だった。シオリの体がぶるっと震えるのは寒さからか、恐怖からか。

 〈魔力(マ・ラギ)〉を持つことへの恐怖は、シオリもずっと持っていた。慣れたとはいえ、ときどき怖くなることがある。ユリアを背負って走ったときも、自分がただの人でないことを強く実感し、怖くなっていた。そのことを悟られないように堪えるのに必死だった。

 フミの場合、あれだけの恐ろしい力なのだ、それがシオリよりも大きいのだろう。

 〈(ライル)〉。

 〈魔力(マ・ラギ)〉に関する文献を読んだことがあるというメアリが、昨日の帰路に言っていた。

 周囲の全てを吸い込んでしまう危険な力。どんな大きなものでも、光さえも吸い込んでしまう。吸収されたものがどこに行くのかは、誰にもわからない。

 文献にはシオリの〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉や〈蒼い火炎(ヴァル・ファルコ)〉、メアリの〈(レイラ)〉やエリカの〈(フィル)〉などについても記載があったらしいが、〈(ライル)〉はその中でも特に危険な部類だと紹介されていたらしい。

 ゼンが静かに口を開ける。


「ウチも昔は武器持つのが怖かったな。今もたまに怖くなる。あんな簡単に生き物を殺せるんやから。キミらも、やっぱり力を持つことは、怖いか?」


 三人ともが頷いた。


「力を持つことを怖いって思うなら、この仕事に向いとるよ。中には強大な力を持つことで気持ちよくなりよる輩もおる。そういう奴らが一番厄介や。それはなんとなくわかるやろ。形は違えど、どこにでもそういう奴はおるからな」


 副村長やジョー、キールのことを思い出す。権力をかざし、母と自分を追い出そうとした彼らは、その力を喜んで使っていた。悦に浸るねっとりした表情は、いまだに夢に出ることがある。


「武器を持つと人は変わってしまう。車もそうやな。車に乗ると性格変わる人もおる。あれだって、時に人を殺す武器になるからな」

「そんな人もいるんですね」

「せやな。攻撃的になる人が多い。車の事故は毎日のようにあちこちで起きとるけど、その原因のほとんどはその攻撃性にあるとも言われるな。中には斜め上に変わる人もおるけど」

「斜め上?」


 ゼンはそこから先は言わなかった。

 うふふ、とマーラが笑う。


「ずっと暗い話をしていてもフミちゃんが余計にやってきづらいでしょう。そろそろお仕事の話をしましょうか、サルコウさん」

「そうじゃな」


 サルコウの側を見たとき、その背景のテレビに『速報 内陸部調査』の文字が、シオリの瞳に映った。


〔えー、ただいま内陸部の調査について速報が入りました〕


 全員が口を閉じ、テレビへ注目する。

 サルコウの調査を受け、政府は二週間前から公に内陸部の調査を始めていた。そのことが度々ニュースで取り上げられているため、最近はこうしてテレビをつけていることが多い。


〔二年前に捜索届が出され、内陸部へ侵入したと思われていた雑誌『ポルタメント』の記者のユメさんと思われる遺体が見つかりました〕


 そうきたか、と。

 シオリは自分でも驚くほど冷静にニュースを見ていた。ユリアは、どうだろうか。シオリの角度からでは、テレビを眺める後頭部しか見えない。

『政治経済の記者が行方不明になり捜索届が出された』

 そのことが世間に流れたのは二年前。彼女が「政府のとんでもないニュースを掴んだが、そのことがバレて消されたんじゃないか」「政府と報道が本格的に内戦を始めるかもしれない」などと半ば冗談ではあったが注目を集めていた。また、女性であることや人柄に評判があったことなどから、記者とは関係なく強姦などに被害にあったのでは、と言われることも多かった。

 中には大々的に聞き込み調査をした報道局もあった。行方が取れなくなった数日後に「似た人が子ども服を買っていた」というアパレル店員の証言を局は獲得し、『ユメさん本人とは限らないが』と念を押して報じていた。これを機に状況はさらに混沌としていき、さまざまな推測合戦が繰り広げられた。

 しかし、それは数日で決着を迎える。

 彼女の所属していた出版社が記者会見を開いたのだ。記者が記者会見を開くとは、と事態を面白がる者も珍しくなかった。

 その場に現れたのは会社の取締役と、行方不明になった女性記者の直属の上司。その上司は開口一番に頭を下げた。わけも分からずざわつく会場。彼は多くのフラッシュに焚かれながら事の顛末を話した。

 ユメが政治経済の記者として優秀だったこと。しかしファッションの部署へ異動を願っていたこと。彼女がそれを直訴したが、上司である彼はそれを受け流したこと。内陸部に行って政府を脅かすようなネタを仕入れてきたら考える、と。

 そして彼女は怒った様子で会社を出て行き、それきりだったと。

「あまりにつまらない結末だ」と呆れる者もいれば「労働者の意思をないがしろにした」と声を上げる者もいた。中には「自ら公の舞台に立ち、責任を逃れようともせず真摯に頭を下げて告白した姿は、報道機関の権威を穢さぬものだった」と称賛する声もあった。

 こうして一連の行方不明事件は収束を迎えた。本人は見つかってはいないが、内陸に侵入してしまったのでは仕方がない。

 皮肉だったのは「無関係だった」と結論づけられ霧散したアパレル店員の証言が正しかったこと。そして「政府のとんでもないニュースを掴んだが、そのことがバレて消されたんじゃないか」という推測が的外れとは言えなかったこと。それを唯一知っているシオリらが政府の傘下である〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉にいること。

 ニュースによるとユメと思われる骨や服、リュックが森の中で見つかったらしい。長く自然に晒されていたため骨は部分的にしか見つかっていないが、森の中に転がっていたリュックからは彼女の身分証明書が見つかったのだとか。


「この方は、お主らが世話になったという娘さんじゃな」

「はい」

「このニュースは、おぬしらにはどう見える」

「……真っ赤な嘘ですね。私たちは村でユメさんを埋めました。森で倒れているのが見つかるはずはありません。場所はユメさんがフェンスの穴を通ってやってきた道と一致すると思いますが、そのことが逆に不気味です」

「なるほどな。これは報道機関の取材ではなく政府の発表。政府はやはりフェンスの穴を知っていて、そこを人が通っていたことも知っておるというわけか。フェンスを修復した業者や、あそこを担当していた警備員の腑に落ちそうな情報じゃな。パズルのピースとしては相応じゃろう」


 ユメが生きていたら、このことをどう思うだろう。激怒しそうだ。多くの報道関係者も、真実を知ればそう思うだろう。サルコウが以前言っていた。報道の人間の中には〈あの光〉が政府の陰謀の可能性があることや、内陸部でも人は生きているかもしれないことを考える者もいると。しかし肝心の内陸部には入れないし、ヘリコプターで上空に行くことも危険だとされている。ヘリは騒音につながるため滅多なことでは飛ばされないので、なおさらだ。

 そのことを聞いたときは「〈あの光〉は『滅多なこと』じゃないのですか」と眉をしかめたが、「現状情報の僅少(きんしょう)さや新たな情報を得られる期待値に対して、リスクと費用が大きすぎる」とのことだった。この国の報道機関は国民のための権威を持つあまり消極的になりがちだと言われる。しかし確実に水面下で動いているもいる。


「なんで骨の一部や身分証明書が見つかったかな」


 ユリアの問いに、サルコウが静かに答える。


「考えられる可能性はふたつ。ひとつはそれも真っ赤な嘘ということ。しかしそれだと遺族へ説明がつかんじゃろう。そこでふたつめの推測じゃが……」

「政府はシオリたちが埋めた遺体を見つけた。あるいはその場所を知っていた」


 メアリの言葉にサルコウは頷く。


「おそらくそうじゃろう。シオリよ。さきほどおぬしは埋めたと言ったが、墓など目印になるものは立てたか」

「はい。壊れた家の壁の木を立てて名前を書いただけの簡易的なものですが。いつか誰かに見つかるといいな、って。リュックも埋めました」


 本当はちゃんと墓石を建てたかったが、さすがにお墓屋さんから勝手に石を運ぶのはバチが当たりそうで断念し、木を立てたのだ。

 ユリアがぼそりと言う。


「でも、わざわざ掘り起こしたりするのかな。名前はペンで書いてたから、あのニュースの人かもしれない、とは思うかもしれないけど。ユメお姉ちゃんのことを完全に終わらせるためにそんなことしたんだとしたら、怖いよ。哀しいよ」


 メアリとサルコウが同時につぶやく。


「ペンか……」

「二年半も雨風にさらされて名前が残っとるものかの」


 ユメのお墓には一度だけ訪れたことがあった。


「一年くらい前に訪れたときは、文字が消えかけていました。お墓の木は傾いてました」


 ゼンが笑い飛ばすように怨嗟する。


「考えれば考えるほど、考えたくなくなるな」


 沈黙に包まれる。テレビはすでにまったく違う話題へ移っていた。


「また暗い話になっちゃった」


 そうおどけたのはマーラだ。


「タイミングが悪いわね、政府の発表も。もう少し空気を読んでほしいわ。こっちはフミちゃんのピンチと、新しい仕事のお話が重なってるっていうのに。しかもこの仕事も政府からの提案だし」

「政府の?」


 マーラとサルコウは目配せをし、小さくうなずきあう。その先をサルコウが続ける。


「先日、政府から内陸部に入って狂った獣を狩ってはどうかと提案されてな」

「内陸部に入って?」

「うむ。攻められる前に攻める、というわけじゃな。奴らが来るのをおちおち待って狩るよりは効率的じゃろう。危険は大きいが、ワシとしては善処したいと思っておる。どうじゃろうか」

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