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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第二章 4、一太刀

 シオリら四人はゼンの車で境界の森へ向かっていた。サイレンを鳴らしながら法定速度を遥かに超えるスピードで進んでいく。


「このスピードどう? 楽しい? 怖い?」


 運転席でそう訊くゼンの声色は「怖い」と答えてほしそうだったが。


「そんなに怖くはないです」


 シオリたちは苦笑いする。このくらいのスピードであれば内陸部で散々体感してきた。メアリの乱暴な運転で。むしろ道が舗装されているだけ安心感が強い。

 その旨を笑い話を交えながら話していると「あえて言えば、サイレンが怖いかもです」とユリアが答えた。確かに、とシオリも思う。パトカーや救急車のサイレンほど危険を煽る音色ではないが、緊急事態だということは伝わる音だった。この音を鳴らしていると法定速度より速く走られる上、ほかの車も道を開けてくれるのだ。


「メアリはやんちゃやなあ。年齢からして無免許やろ」

「はい。いまはもう免許を取ることができる歳ですが」

「じゃあ近いうちに免許取れるな。間違いなく教官に怪しまれるやろうけど。せや、試しに運転替わる?」


 助手席のメアリが苦笑いするのがルームミラーに映る。


「遠慮しておきます。内陸で飛ばしてるときよりも、都会でゆっくり走ってるときのほうが内心怖かったですし、それどころか今みたいに都会で飛ばすのは、オレにはまだ」

「せやなあ。都会でぶっ飛ばすのはウチらも最初は慣れんかったな。何回か呼ばれてもないのにサイレン鳴らして練習しとったわ。政府とか警察にバレたら絶対怒られるな、ってハラハラ。おいおいメアリにも経験してもらうか」


 〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉にやってきて一ヶ月が経っていた。政府へ送った書類も問題なく受理され、彼らはすでに立派な〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉の一員となっている。

 訓練を毎日繰り返し、武器の扱いにも慣れてきていた。

 狂った獣が出現してゼンにお呼びがかかったとき、これまでシオリらは本部に残っていたが、この日は初めてゼンとともに出動していた。目には黒のカラーコンタクトをはめている。

 シオリたちは獣と戦わない。任務はゼンの仕事ぶりを見届けることと、怪我をした警備兵の応急処置だ。


「ところで、いま都会でも何度か運転した言うたけど、その車はどうしたん? 盗んだん?」

「企業秘密です」

「なんやそれ」


 それについてシオリも質問をしたことがあったが、今みたいに誤魔化されていた。

 内陸で乗っていた車はどこかの家からキーごと盗んものだらしい。また、内陸でもある程度大きな町だとガソリンスタンドがあるが、そのような町は決して多くない。メアリはよくガソリンの残量を計算して走っていた。

 狂った獣と戦いに行くという切迫した状況だというのに、車の中は和気藹々としていた。ゼンは「お葬式ムードは嫌いやねん」と笑った上で「セリュウならもっと空気張り詰めさせとるな。乗ったことないから知らんけど」と茶化した。


「あんまり緊張せんでええで。狼の一匹や二匹くらい慣れたもんや」


 シオリはあまり緊張していなかった。おそらくメアリもだ。ユリアは少し不安げだが笑っている。しかしフミはうつむき、握った手を胸に当てていた。

 彼女はいつも首からお守りを下げ、服の中に入れている。祖父から貰ったものらしい。

 内陸部に閉じ込められていた二年半も、ここ一ヶ月も、あまり過去の話をしなかった。シオリとユリアは同郷であるためときどき昔話をしていたが、メアリやフミはそれを避けている節があった。シオリたちも無理には聞かなかったため、あまりふたりのことは詳しくないのだ。


「そろそろ着くで。準備しいや」


 家々やお店が多く見受けられていた景色に、枯れた木々の色が多く含まれるようになってきた。この辺りは西ホルンのようにバッサリと森が途切れてはおらず、階調を描くように境界の森ヘ入っていく。この速度であればもう数十秒でフェンスまでたどり着くだろう。

 腰に装着した小刀を触る。人や獣を傷つける刃物が、確かにある。心臓が一歩浮き出るのを感じる。内陸でも血抜きや致命傷を与えるために刃物を携帯していたが、いまは誰かを守るための武器でもある。まるで重みが違って感じられた。

 ユリアやフミはリュックを膝の上に準備していた。怪我をした警備兵の応急処置のためのものだ。シオリやメアリは今回戦わないが、救護要員のユリアとフミにとってはこれが立派な初仕事となる。


「緊張する? ユリア」


 ユリアは引きつった笑みを見せた。


「うん。すごくしてるよ。だから、ユリアたちが襲われそうになったら、護ってね」

「任せて」


 ユリアと目を合わせたまま、シオリは彼女の手を握った。ユリアの頰が緩んだ。






 血生臭い騒がしさを、耳や鼻より先に皮膚が感じ取る。内陸に住んでいたとき以来の感覚だった。つま先に力が入る。


「行くで、ユリア、フミ」

「はい」


 ブレーキが踏まれる。慣性に体がつんのめると、タイヤが砂を巻き上げて滑り込んだ。

 シオリは体勢を崩されながらも、警備兵と戦う狼を視界の中央に捉え続けていた。毛並みの黒い狼だ。体は大きい。体を伸ばせばシオリより一回り大きいかもしれない。

 警備兵に向き合っていた狼が、跳ねるように走り寄る車へ向き直した。腹を地面につけるほど姿勢を低くし、唸っている。

 車が止まるより先に、ゼンがシートベルトを外したのが見えた。ドアを勢いよく開ける。風、血の匂い、舞う砂煙。それらが車内へ吹き込んでから車が止まる。あらゆる感覚にシオリが気を奪われている間に、ゼンは車外へ降りていた。


「これ以上は好き勝手させへんでえ、犬っころ」


 腰に装着した剣を狼へ向ける。唸り声が半音高くなった。

 シオリはユリアとフミの肩を叩く。二人の肩が同時にびくりと揺れた。


「そうだ、行かなきゃ。行くよ、フミちゃん」

「は、はい!」


 後部座席のドアを開き、二人は外へ飛び出した。


「オレたちも行くか」

「うん」


 ユリアとフミは倒れる二人の警備兵へ向かう。狼の居場所を十二時とすると、それぞれ二時の方角と、九時の方角だ。シオリとメアリは彼女らへ少し遅れてついていく。

 狼の目線がそれぞれへ泳ぐ。しかし一番の敵はゼンだと認識しているようで、体を捻ることはなかった。

 ゼンは狼へ向き合ったまま、ただ一人立っている警備兵へ声をかける。


「警備兵の兄ちゃん、襲われんよう下がっといてや。このボロ犬はウチがなんとかするから、救護手伝ったって。この子らは救護要員やから、よろしく」


 彼は戸惑っている様子だった。登場した救護要員がゼンだけでなく、年端もいかない女の子なのだから仕方ないだろう。


「自分の身を自分で守るくらいの実力はあるから心配すんな。うちの弟子を舐めとったら、狼共々殺すで」


 冗談混じりでありつつも凄みのある口調に、警備兵はおそるおそるユリアへ向かった。

 ユリアが診ている警備兵は意識こそなかったが、目立った出血もない。

 瞼を開かせ、ライトをペンライトを当てる。こうした救護の技はゼンとマーラの二人から教わっていた。初めて実践するはずの動作だが、ユリアの手際はスムーズだった。

 近づいてきた警備兵がユリアへ声をかける。


「彼は狼に吹き飛ばされて頭を打ったんだ。噛まれたりはしていない。脳震盪(のうしんとう)かもしれない」


 脳震盪で意識が飛んでいる場合、重症の可能性がある。五分以内に目が醒めることが多いが、どちらにせよ病院で詳しく診てもらわなければならない。

 ユリアはリュックから保冷性の箱を取り出した。中には氷の入ったビニール袋がある。それを頭部に当て、アイシングする。

 早く担架に乗せて車へ運びたくなるが、その途中で襲われたらひとたまりもないため、ユリアはこのまま安静にすることを選んだ。

 フミの方へ目をやる。向こうの警備兵は意識があるが、腕から多くの血を流していた。布と棒で腕を根本から止血している。なんとかはなっているらしい。

 救護班に一段落がついたところで、睨み合いを続けていたゼンが動いた。


「怪我人運ばなあかんから、ちゃっちゃと決着つけるで。痛い目遭いたなかったら、お家に帰ってねんねしいや。ここはあんたの縄張りちゃうぞ」


 剣先を遊ぶように揺らし、挑発させる。

 狼が唾を撒き散らして吠え、ゼンへ駆け出した。


「正面衝突とはええ度胸しとるやないかい。その度胸に免じてお前の寝床用意したるわ」


 ゼンは狼へ跳ぶ。


「あの世にな」


 ゼンの一振りを、シオリははっきりと捉えることができなかった。胴の左側面に位置していた刀身が、一瞬で右上方の太陽へ向いていた。冬の日差しに照らされる刀身から紅い雫が落ちる。狼の右目はわけもわからぬ様子でそれを眺めていた。自らの胴体の向きがゼンから逸れていることに気づいた頃にはもう、白目を剥き、地面に落ちていた。遅れて、灰色の毛並みが赤く染まっていく。


「小さい子もおるからな、綺麗に死なせてやったで」


 首や脚を切断することなく、一太刀で急所を抜く。

 その芸当に、シオリは言葉を失っていた。


「話聞く限り、お前に罪はないんやろ。すまんかったな。人間の勝手で、心を狂わせてしまって」


 剣についた血を手ぬぐいで拭き、腰へ装着すると、ゼンは目を閉じて冥福を祈った。

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