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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第二章 3、癖

 毛皮のコートを羽織っていても外は寒い。

 シオリ、ユリア、フミは中庭のひなたで軽くストレッチをしていた。メアリは「トイレに行ってくる」と言って席を外しているが、じきに戻ってくるだろう。


「やっほー」


 ゼンの声に反応して渡り廊下を向くと、ゼンとメアリが並んで歩いてきていた。


「遅れてすまんな。メアリとはそこで会って、ちょっと喋っとってん」


 ゼンは昨晩のように髪を編み上げてまとめていた。化粧は眉を描いた程度だろうか、薄い。首にタオルをかけており、汗をかいているようなので、落ちたのかもしれない。あるいは、化粧が落ちる前提であまり力を入れていないか。

 ゼンは先ほどまでグラウンドで体を動かしていたらしい。ゼンひとりで広いグラウンドを使い、大人数で狭い中庭を使うのも変な話だが、仕方がない。まだ正式に〈神の新砦(シン・オウガンツ)〉の一員となっていないシオリたちが人目につくのは都合が悪いのだ。


「この人数で中庭は窮屈やろうけど、ちょっと我慢してくれ。花壇とかもあるからあんまり能力も使えんやろうし。ま、しばらくは〈魔力(マ・ラギ)〉封印してもらうから、ちょうどええっちゃあちょうどええけどな」

「封印、ですか?」

「そうそう。〈魔力(マ・ラギ)〉ありで戦ったら相当強いかもしれんけど、これからは警備兵――すなわち第三者と一緒に戦うこともあるからな。そういうときのためにも、まずはキミらの得意分野を使わんでも最低限身を守れるようにした方がええと思って」


 ほんまは全力のキミらと戦いたいけどなあ、と。


「おいおい〈魔力(マ・ラギ)〉も使ってもらうし、剣術も学んでもらうけど、まずは生身の実力を見てみたい」


 生身の実力。

 シオリたちはこれまで毎日のように訓練を積んできたが、ゼンの言うように〈魔力(マ・ラギ)〉を使う前提で行うことがほとんどだった。

 〈魔力(マ・ラギ)〉を使わずに使わずに戦ったときの自分の力を、シオリは想像できなかった。この力がなければ、〈あの光〉以前と同じ、ただの子どもなのかもしれない。


「とりあえずメアリとシオリにはウチと戦ってもらうで。ユリアとフミは救護要員やから、あとで護身術やるまで休んどいて」


 ユリアは首をかしげる。


「救護要員?」

「ウチらはたいてい獣が出現してから遅れて出動するから、着いた頃には高確率で警備兵が怪我しとるんよ。怪我人を重症化させんためには早急な応急処置が必要やろ? そういう技術を学んでもらいたいってわけ。これに関してはマーラさんからも教えてもらおっかなあ、って思っとる。あ、メアリとシオリもちょっとは勉強してもらうで」

「はい」

「同じようにユリアとフミにも最低限の護身術はしてもらう。その前に、メアリ。手合わせしようや」






「なるほどな」


 メアリの突きを軽く払い、ゼンは背後に飛ぶ。攻撃を続けていたメアリは肩を上下させているが、ゼンは涼しい顔だ。


「オッケー、もうええで。なかなかやるやんメアリ」

「ありがとう、ございます」

「でも、力を入れた時はちょっと隙が大きいな。三分くらいやってて、力を入れた攻撃が八回あったけど、カウンター食らわせる隙は十一回あったで」

「はい」


 〈(レイラ)〉を使えず本来の力を発揮できていなかったとはいえ、外野のシオリから見ると打ち込める隙はせいぜい二回だった。それも、〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉で身体能力を上げての二回。

 これが戦いを生業にする者の実力。


「小回りを利かせようって時は、逆にパワーが足らんなる傾向がある。その間を意識できると、もっと柔軟な戦い方ができるんちゃうかな」

「ありがとうございます」


 深く頭を下げるメアリ。内陸部にいた頃、メアリがたびたび「戦い方を指導してくれる人が欲しい」と嘆いていたことを思い出す。このまま実力が同格のシオリと鍛え合うしかできないことに、メアリは限界を感じていたのだ。だからこそサルコウに一戦交えようと提案されたときに喜んでいたのだろう。


「じゃあ次はシオリ。ウチはそう簡単にやられんから、殺す気で来いや」

「はい」

「躊躇なく返事したな……こわっ」


 シオリは曖昧に微笑み、コートを脱ぐ。

 〈魔力(マ・ラギ)〉を使用してシオリとメアリは互角レベルだ。メアリが一撃も当てられないのだから、シオリだって同じだろうと覚悟はしている。しかもシオリの能力は身体強化。それを使わなければメアリよりも遥かに劣るだろう。

 それでも。

 〈魔力(マ・ラギ)〉は体力を消耗する。特に〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉は戦闘中に使用する時間が長く、消耗が激しい。

 そのため、シオリは極力それを使用せずに戦う訓練を繰り返していた。

 能力を抑えて戦う点では、シオリはメアリより慣れている。

 シオリはゼンの正面に立つ。距離は十歩程度。

 ゼンの構えは薄い。肩幅に足を広げ、軽く曲げた肘を下げている。隙はあるが、この距離を詰めるまでに、相手に合わせた構えを取ることが可能な、最低限の体勢だ。


(どこから攻めても、きっと同じ。それなら)


 真正面から。

 肩まで伸びた髪を舞わせ、シオリは飛びかかる。






 案の定攻撃は当たらない。しかし、「当たりそう」と思った回数は多かった。おそらくゼンはわざと隙を作り、そこへ打ち込まれた打撃を、寸前で躱しているのだ。自らの意思で拳を打ち込んでいるのに、まるで操られているみたいだった。〈魔力(マ・ラギ)〉を使っていないのに、疲労が早い。

 シオリの右手がゼンの左手に弾かれた直後、ゼンの脇腹に隙が見えた。おそらく、わざと。

 あえてシオリは左手を、再度ゼンの左手へ向けた。指一本ぶんの隙もない場所へ。

 パアン、と破裂音を立て、拳がゼンの左手の中へ収まる。防がれているとはいえ、初めて拳がゼンに当たった瞬間だった。

 ゼンの重心が背後側の左脚へ移った。反射的にシオリは掴まれていた手を振りほどき、後方へ跳ねる。左足から着地し、右脚へ体重を受け止め、蹴る。力を込めた右手をゼンへ打ち込む。

 右手でひとつで受け止められたが、先ほどよりも快音は大きい。


「きれいな顔してなかなかやな」


 ゼンは攻撃態勢に入っていた左足の力を抜き、構えを解いた。シオリも距離をとって構えを解く。


「メアリに比べると筋力も攻撃スピードも劣るけど、小回りは効いとるな。隙も少ない。いったん下がってからの次の手がなかなか早くて驚いたわ」

「ありがとうございます」

「シオリは確か、〈魔力(マ・ラギ)〉ふたつ持っとるんよな、体強くするのと、炎出すの」

「はい」

「ここぞって時に力出されると、攻撃食らってまうかもな。オッケー、常識超えへんレベルまでなら肉体強化してええで。どこまで強くなるかは知らんけど、ちょっとくらいならバレへんやろ」


 実のところ、ゼンが褒めた動作は反射的に〈魔力(マ・ラギ)〉を使っていた。飛びながら力を抜いたので程度は弱いが、それが気づかれていないのであれば、そのくらいか、あるいは多少強めるくらいなら問題なさそうだ。


「わかりました」


 シオリが構えると、ゼンは最初よりもやや深く構えた。〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉のスピードを警戒しているのだ。

 完全な構えならともかく、あれくらいのゆるいガードであれば、打ち抜ける。しかし今は全力を出してはいけない。かといって初手を正面から攻めることに変わりはない。

 地面を蹴ると、ゼンの八重歯が見えた。白い歯めがけて拳を打つが、受け止められる。快音は、今日一番の大きさだ。


「痛った」


 痛みに快感を噛みしめる表情を見せ、ゼンは空いたほうの手をシオリへ突き出す。その手を払い、懐へ潜り込もうとするが――


「――っ!」


 シオリは背後へ跳んだ。ゼンの右膝が、空を切る。もしあのまま前進していたら、今頃あの膝に体を抉られていただろう。

 先ほどと同じように着地のエネルギーを反動に攻撃へ出ようとしたが、やめた。右足に溜めた着地エネルギーを殺し、その場で構える。

 シオリはおそらくゼンの懐へ潜り込むように誘導されていた。どこから誘導が始まっていたのかはわからない。ひょっとすると、最初に構えあっていた時から、なにかを仕組んでいたのかもしれない。

 一度距離を取り、反動を利用した一撃を入れるところまでゼンの掌の上だったのでは。

 シオリの頰から汗が落ちると、ゼンは構えを解いた。


「オッケー。もうええで。さすが、ふたりとも伊達に生きとったわけやないって、よう伝わったわ」


 ベンチにかけていたタオルを手に取り、顔を拭きながらゼンはメアリへ向く。


「メアリはパワーもスピード感もあるな。そこらの不良やったら戦わずして伏せさせるくらいの迫力と風格すらあると思う。さっきも言ったけど、隙が目立つから、そこをカバーする練習から始めるべきかもな」

「はい」


 次にゼンはシオリへ歩み寄る。


「シオリは小回りの良さと冷静な判断力、それから普通の人間ではできんことを自分ができるっちゅうことを活かした早業が得意みたいやな。後退してからもう一回来る時、能力使う許可を与える前から〈魔力(マ・ラギ)〉使っとったやろ」

「あ、バレてたんですね」

「キミが肉体強化の〈魔力(マ・ラギ)〉持っとることを知らんかったら、純粋に驚いとったと思う。んなアホな! って。サルコウさんクラスの速さやったからなあ。多分やけど、使おうって思って使ったんやなくて、反射的に使ってもうたんやろ?」

「はい……そこまでわかるなんて、すごいですね」


 へへっ、とゼンは笑う。小麦色の肌や編み込んだ茶髪からは大人っぽさを感じるが、ふとした時の笑顔は若々しかった。


「ありがとさん。そういう反射行動は大事やと思う。もし考えてやったんやったら、もうワンテンポ遅かったやろ。日頃の努力の賜物(たまもの)やな」

「ありがとうございます」

「でも、あの動きにはひとつ注意せなあかんことがある」

「注意?」

「それが癖になっとるっちゅうことは、しっかり意識した方がええで。これまでは仲間内での組手ばっかりで、負傷しながら戦うことは久しいんちゃう?」


 メアリとの実戦において、多少の怪我で中断することはしなかった。しかし大事になってしまうと治療に時間がかかって逆効果なので、無理をする前に打ち切っていた。


「たとえば右足をくじいた状態でその動きやったら、どうなる?」

「あ……」


 後ろへ跳んだ身体を右足で受け止め、それを反動に地を蹴り前へ飛ぶ。右足への負担が大きい動作だ。足に負荷をかけられない状態でそれをしようものなら、間違いなく体勢を崩す。それどころか、さらに強く足を捻挫しても不思議じゃない。

 思い返すと、左足より右足に先に疲労を感じることが多かった。この動作は戦う中で自然と身につけた癖だったが、他にも意識していない癖が右足への負担を大きくしているのかもしれない。


「足痛めとる時は着地はおろか、跳躍ですら危ないからな。シオリは特に脚力を重視した動きが多い気がする。少しでも無駄な磨耗を減らすことと、無意識へ意識を向けながら訓練を積むように」

「はい」

「じゃあ、護身術やってこか。シオリとメアリはちょっと休憩しといて。ユリアとフミ、来て」


 ユリアはテキパキと立ち上がり、コートを脱いだが、フミは動作が遅かった。あまり乗り気ではないようだ。


 ――ただ、フミがな……。


 今朝メアリは心配していたが、その理由はシオリにもだいたい分かる。フミは暴力ごとを嫌っていた。最低限の自分の身を護られるように努力はしていたが、元々の運動能力が低いことを短所に思っている節もあった。その上、彼女は〈魔力(マ・ラギ)〉を使えない。本当に使えないのか使わないようにしているのかは、シオリも知らない。

 ユリアと一緒に救護要員として動くことになったとはいえ、〈魔力(マ・ラギ)〉という特殊な能力を使えることを見込まれてシオリたちはここにいる。後ろめたい気持ちを持つなという方が無理だろう。


(変なことが起きないといいけど……)


 シオリは平穏を祈ることしかできない。

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