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ゲット・アウェイ・ガールズ  作者: 中條利昭
第二部 〈狂獣〉篇
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第一部 2、サルコウ

 初めのメアリの光線は見事に避けられたが、あれには意味があった。

 ひとつは、メアリの〈魔力(マ・ラギ)〉が『光線』であると思わせること。

 もうひとつは、メアリの攻撃の発動条件が、手を突き出すことだと思わせること。

 手を下ろしたまま老人へ閃光を放ったメアリを斜め後ろから眺めるシオリは、そう感じた。

 出会った頃は、手を相手へかざさなければ攻撃を放つことができなかった。しかし、今は手を下ろしていても、手のひらさえ向いていれば、モーションは要らない。

 また、閃光の有効範囲も広がっていた。手のひらが少しでも見える範囲であれば、目を眩ませることができる。

 ニヤリと口角を上げ、メアリは走った。

 老人は予想外の閃光に小さく唸り、杖を持っていないほうの手で目をかばっていた。メアリの作戦は成功したようだ。

 草食動物に襲いかかる肉食動物のように、メアリは凶猛に拳を向け、跳んだ。

 捕らえた、と思った。

 しかし目をくらませたはずの老人は、紙一枚のところでするりと避けた。そして猛進するメアリの背中へ軽く杖を払う。

 メアリが吹き飛んだ。着地はかなわず、砂地へ転がり落ちる。


「痛ってえ……」

「ほっほっほ。目眩しは見事じゃったが、その後がうるさすぎたの。あれでは、目を潰されていても、ありありと動きがわかるわい」


 老人は目をつむったまま、メアリに背中を向けて笑っている。


「クソッ!」


 メアリは腕を薙ぎ払った。そして、老人の脚へ光線を放つ。

 たとえ目を潰されていなくても、老人にメアリの動きは見えないはずだった。

 だというのに。

 彼は、ひょいと小さく跳ね、脚を払う光線を避けた。


「なっ!」

「なるほどのう。その光線は突くだけでなく、薙ぐこともできるのじゃな」


 メアリが腕を振ったことは、音で掴めるかもしれない。今は冬だから衣擦れの音も大きいだろう。

 だが、振り払った腕の高さなど、わかるものなのだろうか。


「わかるんじゃな、それが」


 シオリとメアリの背筋が、同時に凍る。


「人生経験の差じゃよ。伊達にジジイなわけじゃないわい」

「じゃあその衰えた体をガタガタ言わせてやるまでだ」

「ほっほっほ、威勢がよいのう」


 メアリが飛び込む。

 拳を、脚を、次々と打ち込んでいく。格闘系の〈魔力(マ・ラギ)〉を使っているわけではないというのに、重たく、だが軽やかな猛攻が、目にも留まらぬ速度で繰り出されていく。

 老人はそのすべてを左手の杖で払う。

 自らの攻撃の軌道のすべてが標的から逃げていき、メアリのこめかみの筋が次第に濃くなる。

 老人の目には余裕が浮かんでいた。


「喧嘩慣れしておるようじゃが、まだまだ喧嘩の領域じゃな。もう少し脇を締めてみてはどうかの」

「ざけやがって……!」


 脇を締めた一撃を、メアリは放つ。

 爽快で乾いた打撃音。

 老人が、目をつむったまま、その拳を右手で掴んでいた。


「よい突きじゃ」


 メアリがほくそ笑む。


「あたり前だろ」


 彼女の蹴りを、老人は跳ね避ける。そして、その(すね)へ杖を払った。メアリの顔に痺れが走った。


「そろそろ反撃しようかの」


 顔を歪ませたままメアリは老人から距離を取る。


「痛ってえな……。武器なんて使いやがって」

「それもそうじゃな。ワシとしたことがフェアではなかった。では、」


 老人は杖を手から離した。

 杖が倒れ、地面を転がる。風が吹いた。


「これでどうじゃ」


 老人は構える。膝を、肘を、少しずつ曲げる。下半身は大きく構えているが、上半身の構えは小さくまとまっていた。

 遠くから眺めているシオリの腕に、鳥肌がたつ。老人の気迫に、息がつまるほどだった。

 正面からそれを見るメアリは、一歩後退し、構えた。


「いいねえ、爺さん。かっこいいじゃん」

「ほっほっほ。いつぶりかのう、拳だけで戦うのは」

「あんたが何者かは知らねえが、拳で語り合おうぜ」


 メアリは老人へ正面からぶつかっていく。馬鹿正直な一撃だった。

 老人は手刀でそれをたやすく払う。その次の腕も、またその次の脚も、目をつむったまま払っていく。


「躱してばかりじゃなくて、ちょっとはせめて来いよ、爺さん」


 メアリが挑発の言葉をかけた瞬間。

 彼女の眼前、紙一重に、老人の拳があった。


「こういうことか?」

「……!」


 メアリの挑発の語尾近くまで、老人は体ひとつぶんメアリから離れていた。ほんの一瞬で大きくメアリの懐へ踏み込み、寸止めを放ったらしい。

 あまりの早さに、シオリも驚いていた。瞬発的な早さであれば、〈肉体強化(ラグ・ヘイト)〉を使ったシオリよりも上だろう。


「あのおじいさん、すごいね……」


 気がつけばユリアが隣にいた。彼女の横顔を見下ろしながらシオリは頷く。


「うん。とてもじゃないけど、メアリと私の二人でかかっても、勝てる気がしない」


 この二年半でシオリはグンと背が伸びた。対して、ユリアはシオリほどは伸びず、シオリの目線はユリアの頭上にある。

 背後に足音が聞こえた。フミも物陰から出てきたようだ。


「メアリさんとシオリさんが二人がかりでも勝てないかもしれないなんて……」


 フミも小柄ながら背が伸びていた。歳はシオリたちの二つ下なので、旅を始めた頃のシオリたちと同い歳だった。背も同じくらいだろうか。

 ユリアがシオリを見上げる。


「ねえ、シオリ。あの人、どこかで見たことある気がしない?」


 シオリは大きくまばたきをした。


「ユリアも、そんな気がする?」

「じゃあ、シオリも」

「うん」


 見たことがあるとしたら、どこだろう。

 そもそもシオリたちは老人の顔をほとんど見ることができていない。つばの大きな帽子をかぶっている上、手ぬぐいで鼻から下を隠していて、ほとんど顔が見えないのだ。

 手ぬぐいでこもった声にも、かすかだが覚えがあった。そちらからも記憶を手繰り寄せようとしているが、なかなか思い出せない。

 そうこう考えている間にも、メアリと老人の戦闘は繰り広げられ続けている。背はメアリのほうがずっと高いはずなのに、大人に遊ばれている子どもみたいに見えてしまう。

 突如閃光が放たれた。シオリたちの目を直接襲う角度ではなかったが、思わず目をかばってしまうほどの強烈な光だった。

 その光が収まった時にシオリたちが見たのは、閃光を放った左腕を掴み、右拳を相手の鼻先にかすめた老人と、固まるメアリの姿。

 彼の瞳はメアリを覗き上げていた。つまり、一瞬で閃光を察知し、懐に潜り込んで躱したのだ。

 老人はメアリの鼻に触れた手を開き、彼女の鼻先に軽く触れた。


「これで二度殴ったことになるな。次は当てるぞ」


 その言葉尻と共に、老人の眼光が光った。

 それは、闇色の光。すべてを吸い込む底なし沼のような、光ではない光。

 メアリの肩越しにシオリはそれを見て、心臓を震わされていた。

 この感覚は、覚えがある。


(そうだ……! あの人はあの時の)


「……望むところだ」


 メアリの手が光った。すなわち不意打ち。躱せるはずなどない――というのに。


「いい攻撃じゃが、甘い」


 光線はなにも貫かない。老人は既にいなかった。


「……!」


 メアリの背後へ回っていた老人は、首へ手刀を振り落とす。一瞬の唸りとともに、メアリは膝から崩れた。老人は彼女の腹へ回り込み、肩で肩を受け止める。


「メアリさん!」


 駆け寄ろうとするフミの手を、シオリは掴んだ。


「気絶してるだけだから、メアリはだいじょうぶだよ」

「でも……!」

「あの人は悪い人じゃない」


 悪い人じゃない確証はなかったが、気絶したメアリをゆっくり地面に寝かせている様子からは、安心感が見えた。

 シオリは老人を見据え、一歩近づく。


「あなた、ホルンの宿屋――ステナさんの宿屋で会った人ですよね。私に、『どこかで会ったことがあるか』と尋ねた」


 え、と驚くユリアの声。あのとき、彼女は老人を正面から見ていなかったから――あの不気味なまでの眼光を正面から見ていなかったから、わからないのも無理はない。

 老人は「ほっほっほ」と快活に笑う。


「ようやく気づいてくれたか。まあ、これだけ顔を隠しておるのじゃから、仕方あるまい」


 え? え? とフミは混乱している。


「えっと、ホルンってことは、臨海部から来た人、ってことですよね」

「そうじゃ」

「臨海からはこちらへ来られないはずでは……」

「政府によると、もう内陸へ入っても死にはしない可能性が出たそうじゃ」


 可能性、とシオリは咀嚼(そしゃく)する。


「詳しい話は後にするが、ワシに調査命令が出た。臨海の人間のワシがここにいる表向きの目的は、そういうことじゃ」

「表向きということは」

「裏向きもあるということじゃな」


 老人は笑いながら杖を拾い、シオリたちへ歩み寄る。両者が手を伸ばせば握手できるほどの距離で立ち止まり、顔に巻いた手ぬぐいと帽子を外した。シオリを見上げる。色の褪せた肌に、細やかなシワが浮かんでいた。


「裏向きの目的は、おぬしらを見つけることじゃ」

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