終章 その後
車を走らせながら、メアリとシオリは、ユリアとフミが研究所で体験した出来事を聞いていた。〈玉〉から出されてすぐに腕輪をつけられたこと。「部屋の数が足りない」と言われ、マヤとマユのいる部屋に入れられたこと。リザがルーインにくっついてやってきたこと。一緒に住むようになったこと。
食事が与えられたこと。ルーインに監視されながら夜に外へ出たこと。他の部屋の少女たちと話したこと。
「双子の部屋に入れられたところから、全部罠だったんだろうな」
唾棄するようにメアリは言う。してやられてイラついているようだが、疲れているからか、それともフミを助けられたからか、落ち着いた様子で、あまり殺気立ってはいなかった。
ユリアが尋ねる。
「やっぱり、あのふたりは敵だったってこと?」
「それしか考えられねえだろ」
(あのふたりがルーインやサドの側の人間だったとして、)
メアリの横顔越しの、赤く沈み始めた空を見ながら、シオリは思った。
(最初から仲間だったのかな。それとも、ユリアたちのように連れさられ、仲間になったのか)
〈あの光〉を作ったというサドが黒幕なのは確かだ。
それならば、ルーインはどういった立場なのだろう。
―― 同じ〈あの光〉の被害者同士なんだから仲良くしようじゃないか。
初めてルーインと対峙したとき、そう言われた。
被害者なのだとしたら、どうして加害者の仲間になるのだろうか。
「なんだシオリ。オレの顔になんかついてんのか」
メアリはシオリへ流し目を向ける。
今の疑問を話す気にはなれなかった。問いかけたところで、メアリが正解を知るはずもない。別の疑問を口にした。
「どうして〈魔力〉が使えたんだろう、って思って。腕輪つけてたのに」
「あいつらの腕輪だけ偽物だったんだろ。こういうときのために。つまり、オレたちの襲撃も、ルーインに勝ったことも、すべて策略の内だった、ってわけだ」
車が大きく上下に揺れた。この道は(道と呼べたものではないかもしれないが)凹凸が激しい。スピードを出していなくても、ときどきこのように揺れてしまうのだ。傷だらけの体には、なかなか堪える。メアリも同じだろうが、彼女は悲痛な表情を浮かべなかった。
「フミ、ユリア、気分悪くなったら言えよ。シオリも、ここに来るまで何度か吐いてんだから」
「二回だけだよ」
ミルサスタにたどり着いたときと、研究所に着く前夜。
はい、と後部座席のふたりは声を揃えた。
それから少しの間、誰も話さなかった。気まずいと思ったのだろうか、ユリアがバックミラーに映るメアリへ言った。
「マヤさんはなんでリザだけを連れ帰ったんだろう。もうひとりくらい――なんとかすれば全員を連れ帰ることもできたかもしれないのに」
「知らねえよ」
再度、沈黙が訪れるが、それを破ったのもメアリだった。
「……なあ、あのリザってガキの〈魔力〉はなんだ?」
「え? 知らない」
シオリも「そういえば」とまばたきする。
「あいつは何者だ」
「何者って……。ミルサスタで唯一生き残っていた女の子だけど」
「あの、血まみれだった町でか?」
メアリたちゲット・アウェイ・ガールズは、シオリがユメと遭遇した頃、ルーインを追ってミルサスタにいた。雨が降る前のあそこは、死体が片付けられていても無残な姿だった。
「でも、リザは〈あの光〉のときずっと家に閉じこもってた、って言ってたよ。嘘をつく子には思えないし」
「……それもそうか。いや、ちょっとな。引っかかってたことがあって」
「なに?」
「リザは特別扱いされてたんだろ、フミ」
「は、はい」
メアリの後ろで、フミはシートベルトをつけながらも前のめりになった。
「あいつらは、オレたちよりも、リザを手の内に置きたかったんじゃねえか?」
「どうしてでしょうか」
「さあな。だが、もしだ。もし、あいつが内陸で一番でかい町をひとりで破壊したのだとしたら、手の内に置きたいのも、頷けるだろ」
そんなことが、本当に起こり得るのだろうか。
それはわからない。
リザの無邪気な笑顔を思い出すと、そんなわけはないと信じたくなる。でも、彼女の掴みどころのない性格を思うと、あり得ない話ではない気がしてしまう。
「気がかりなことがあるんだけど、いいかな」
ぼそぼそとしたユリアの声。
「ああ」
「リザちゃん、腕輪を付けられてなかったの」
「え」
シオリとメアリは同時にこぼした。
全員がつけているものだと思っていたから、一緒にいるときもまったく気に留めていなかった。
「腕輪を? どうして」
「〈魔力〉を使えないから付けられてないみたいだよ、ってリザちゃんは言ってた」
「〈魔力〉って何かのきっかけで突然使えるようになるものだろ。突然使えるようになったりしたら、まずいんじゃないのか?」
「ユリアもそう思うけど……」
あー、とメアリはハンドルを細かく指で叩く。
「他にもなんか、喉に小骨がいくつもひっかかってるような感覚はあるんだが、その正体がなんなのかがわからん。ああ! ムカつく!」
ハンドルを強く叩くと、けたたましい警笛が鳴った。
その後、少し寄り道をした集落に車を止め、一晩過ごすことになった。
「さて。これからどうしようか」
四人は顔を合わせて話し合った。
まず、臨海部で盗みを続けるかどうか。つまり、政府やサドたちへのアピールをするかどうか。おそらく今さらなんの意味もなさないだろう、という結論に至り、やめることになった。
だがシオリはハイドを探さなければならない。その事情をメアリとフミにも伝えたところ、臨海部へ向かうことが決定した。
しかし問題がある。サングラスが必須となることだ。シオリのものもルーインに踏み潰されてしまったので、サングラスはユリアの分しかない。
「ユリア、サングラスを貸してくれないかな。私が行くよ」
「年齢的にオレが一番自然だと思うが」
「サングラスかけたいの?」
「かけたくねえよ、あんなださいの」
こうして、メアリが臨海部に入ってサングラスを購入する手はずになった。
翌日、フェンスの穴にほど近い村まで戻り、休憩を挟んでから臨海部へ向かう。
「お前らは休んでりゃいいのに」
メアリはひとりで行くと主張したのだが、他の三人は許さなかった。しぶしぶと言った様子で、メアリが折れたのだ。
境界の森の出口が見えたのは、昼過ぎだった。初めてシオリたちがこの場に来た時分よりも、少し早い。
ずっと向こう――海の方面には青空が広がっていた。ホルンの町並みや海は、倉庫で隠れていて見えなかった。
「まじかよ」
最初に異変に気づいたのは、メアリだった。
「どうしたの?」
「声を落とせ」
メアリは小声で話し始め、フェンスの側へ指を向ける。
「あれ、見ろよ」
三人は、言われるがままに、首を向ける。そして、同時に「あっ」と目を見開いた。
フェンスが修復されていたのだ。その上、警備員が数人佇んでいる。格好からして、警察官ではなく、警備を専門としている民間業者の警備員だろう。
「これじゃあ、出られないね」
少なくとも、誰かが内陸と都市部を出入りしていることは、すでにバレているらしい。ユメによると、とっくにバレていたが放置されていた可能性もある。このタイミングでフェンスを修繕し、警備を置いたということは、「もうここを使うな」という政府からの警告だろう。これまでも逐一テレビやラジオで情報を確認していたが、このことは一切報じられていなかった。
「あいつらぶっ飛ばすか?」
「そんなことをしても意味がない。あの人たちはきっと、内陸部には誰ひとりいないと思ってる人たち。政府の立場や事の全体図を把握するまでは、私たちの存在は知られてはいけないと思う」
ユメから聞いた話が脳裏をよぎる。
みんなに混乱を与えるだけじゃ、ダメなんだ。
「じゃあ、ここで足踏みしてんのか?」
三人は押し黙った。メアリも何も言わず、腕を組んで考えを巡らせている。
二分ほど経ったときだろうか。フミが「あ、あの」と目を泳がせながら提案した。
「一旦、〈血の研究所〉へ行きませんか? 黒幕を直接問いただすのが早いかと」
「案外大胆なこと言うのね……」
「だ、だめですか?」
「だめじゃないよ」
シオリは微笑む。
涙目でうろたえるフミの頭を、メアリが撫でた。
「フミ、ナイスアイデアだ。そうしよう。またあそこまで車を飛ばすのはつらいが、ここで待ってるよりはマシだろ」
「そうね」
「うん」
すると、お日様のように、ぱあっとフミの顔が明るくなった。しっかりとした子だが、このような表情には、年相応の幼さがある。
「じゃあ戻ろう」
内陸部へ踵を返して踏み出す。数歩進んだところで、シオリは振り返り、臨海部の空を見上げた。綺麗な空だった。一度あの下へ出たことが、遠い昔のように思える。
でも、それよりもずっと昔の出来事――村を出たときのことは、なぜだかあまり遠くに感じない。
今までのこと、そしてこれからのことに、シオリは思いを馳せる。
この旅はいつまで続くのだろう。ハイドに会って、いろいろ教えてもらってそれで終わり、なんてことは、なかった。まだ会うことすらも叶っていない。想像もできないことばかりだった。
知らないことを知るのは楽しい。でも、ちっともワクワクしない。怖かった。
この怖さはいつまで続くのだろうか。きっと、まだまだ続く。
シオリはぎゅっと目を閉じ、胸に手を当てた。
なにを願うでもない。なにを思うでもない。ただ、ぎゅっと目を閉じ、ゆっくりと開いた。
目がくらむほど、太陽が眩しかった。
(第一部 了)
ゲット・アウェイ・ガールズ第一部を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
慣れないバトルものに手こずりながらも、なんとかここまで書き紡ぐことができました。
一言でも感想などを下さるとたいへん喜びます。
次回から第二部幕開けですが、その前にひと月ほど休憩を頂き、五月から連載を再開しようと思っています。また、本業との兼ね合いで連載曜日は変更すると思います。たぶん水曜日になるかな……。
では、またお会いしましょう。
2019年3月末 中條利昭
P.S.
四月のどこかで第二部のあらすじを投稿するつもりです。




