第五章 15、ゲット・アウェイ・ガールズ
「ここから先は、絶対に通さない」
炎を纏わせ、シオリは双眸を煌めかせる。
「絶対に通さない、ね。あたしがこのまま後ろに行って階段降りたら、あいつらを待ち伏せることもできるわけだが」
「それすらもさせない」
「ほう」
シオリの誓いに応えるように、ルーインは炎を舞い上げる。
「まあ、そんなことする気はないが。正面から捻り潰すだけだ」
瞬間、ルーイン右手をかざし、炎の柱を放った。それはこれまで散々見てきた直線的なものではなく、まるで生きているようにうねる、大蛇だった。
予測の難しい複雑な動きで、シオリへ牙を向ける。炎で対抗しようとするが、その反撃は当たらない。仕方なく紙一枚すんでのところもまで引きつけ、地面を横に蹴った。勢いが強く、壁に体が打ち付けられるが、その反動を活かし、ルーインへ飛び跳ねる。
シオリが宙に浮いていたそのとき、大蛇の腹が膨らんだ。
爆発。
再びシオリの体が金属壁に打ちつけられる。受け身も取ることができず、後頭部を強く打ってしまった。
揺れる視野の中で、ルーインの新たな炎が見えた。体を覆うように炎の膜を生むが、ルーインの炎はそれをたやすく貫く。強化した腕でかばうも、全身の汗を瞬時に蒸発せんとする熱は防ぎきれない。喉が焼かれる。
「どうした? その程度か?」
ゴホゴホと咳を繰り返すシオリへ、ルーインは挑発する。
「さっきの意気込みはどうした? ほら、早くあたしを苦しめないと、お前の仲間たちを先回りしてしまうぞ?」
「……それだけは、させない」
「口先ではなく、行動で応えてみることだ」
ルーインのかざした手の先から逃げる。放出された炎柱をなんとか避けるが、その手はシオリを追跡し続ける。広い空間ならともかく、この狭い空間だと動きの制限が大きかった。
(このままだと、すぐに捕まる……!)
だが、すぐには捕まらなかった。ルーインの動きが遅く見える――違う、あえてゆっくり手を動かしているのだ。
――遊ばれている。
「舐めないで!」
壁を蹴る。そのままの勢いでルーインへ拳を放った。
ルーインはそれを片手で受け止める。線の細い女性が片手で受け止められるような一撃ではなかったはずだが、ルーインに触れてしまえば、それは赤子の手にすぎない。
至近距離で、シオリは腹に爆発を受け、吹っ飛んだ。
空中で姿勢を整え、着地する。体のあちこちに、腫れ上がっているような痒みがあった。肌を爪で掻いてしまえば、二度と回復しない痕ができてしまう気がし、唇を噛んで我慢することしかできない。
右手が気持ち悪い。一瞬にして力が抜けるあの感覚は、まるで肘から先が消えて無くなってしまったかのようだった。手を握って、開ける。ようやくそこに腕があることを実感できた。
「もっとあたしを楽しませてくれよ、おチビちゃん」
「うるさい」
接近戦では力を消されるとはいえ、有効範囲はルーインの手に触れている部分だけだ。右手を抑えられても、その隙に左手か脚を出せばなんとか。とシオリは思っていた。
それを実行しようとしていた矢先、ルーインは爆発を発生させた。
シオリは自身の〈蒼い火炎〉で火傷を負うことはない。しかしルーインの〈蒼い火炎〉の影響は受ける。ルーインは常にシオリよりも強力な炎を身にしているため、長期的に接近戦を行うこともできない。かといって、中距離であってもルーインのほうが上手だろう。何か裏をかかなければ、勝ち目はない。その手を考え続けているが、なにも浮かばなかった。
(でも、それでいい。私の目的は、勝つことじゃない)
時間さえ稼げればそれでいい。無理に攻撃を仕掛ける必要はない。
(だけど)
体の奥の奥から熱くて黒いものが込み上がってくる。それを抑えきれていないからシオリは先ほども攻撃に出てしまったのだ。
ルーインがほくそ笑む。
「どうした? そんな目で睨んでも、あたしは倒せないぞ」
シオリは答えない。
ルーインはきっとわかっている。シオリの作戦を。だから、こうして挑発しているのだ。
するとルーインは背中を向けた。一度シオリに吊り上がった口端を見せ、跳んだ。
(しまった)
追いかける。地を蹴り、爆発で加速させる。途端、ルーインが振り返った。
「わかりやすいやつだ」
ルーインが通路いっぱいの炎の壁を造った。壁というよりは岩に近い、分厚い炎。頂点まで加速していたシオリに避けられるはずはない。
全身がカッと燃え上がった。激しい痺れに声すらも出せない。炎を抜けた先で、硬い床に全身を打ちつけられてしまう。
「倒れてる暇があるのか? あたしの速さなら、まだまだ余裕で先回りできるが」
その声は遠かった。実際にはほんの数歩ほどの距離だが、その五倍も、十倍も遠くに感じられる。
「さあ、どいつから燃やし尽くそうか。まずはあのうるさい不良どもからか。お前の同胞は、最後にしよう。お前が助けに来た頃に燃やせば、どんな顔をしてくれるんだろうな。見ものだ」
黒い感情が、腕の神経を、脚の神経を、引っ張り上げていく。指先に、第二関節に、力が入っていく。何かに侵された力が。
「いや、あれだけの人数がいるんだ。燃やすだけじゃつまらないな。知能を消してやろうか」
ぷつり、と。糸が途切れた音がした。
シオリの炎が赤黒く変色する。
「……許さない」
ルーインは笑う。
「あの記者のこと、よほど根に持ってるんだな。そういえば、あいつはどこに行った? あれ以来姿を見かけないが」
「ふざけないで!」
身体中から炎が吹き上がる。禍々しいまでに荒れ狂う炎だった。
視界が、隅のほうから闇に侵食されていく。
「それでいい」
自らの炎を一段肥大させ、ルーインは言い放つ。
「誰かを護ろうだの、仲間のためだの、そんな浅はかな感情は偽善にすぎない。戦う理由など『相手をひねり潰したい』の一点だけでいい」
その時だった。
「その考え方、嫌いじゃないぜ」
一筋の光が、後方からシオリの肩をかすめた。
咄嗟のことにルーインも光を避けきれなかった。短く叫び、後退し、胸元を抑えて苦痛の表情を浮かべている。
「不意打ちは嫌いだが、許せ。こないだの仕返しだ」
シオリの肩に手が置かれた。シオリは見上げる。燃え上がる肩に手を置いているはずなのに、涼しげな顔だった。
「ユリアから伝言だ。『赤くならないで』とさ。だから早く炎を消せ。熱い」
シオリの炎が青ざめ、ついには消えた。
「メアリ……どうして」
「『ゲット・アウェイ』は『逃げる』って意味だが、同じ『逃げる』って意味のある英単語に『ラン・アウェイ』がある。その違い、わかるか?」
「え?」
戸惑うシオリの脳は、メアリの言葉を聞くので精一杯だった。
知るわけねえか、と嗤うメアリ。
「『ゲット・アウェイ』『ラン・アウェイ』はそれぞれつなげて『ゲラウェイ』、『ランナウェイ』という単語にすることもできる。同じような意味ではあるが、ランナウェイには『楽勝』って意味があるんだ。ゲラウェイにはそれがない。言いたいことがわかるか?」
メアリはシオリへ強い目を向ける。赤い炎よりも熱い、落ち着いた眼光だった。
「オレたちはラン・アウェイ・ガールズじゃねえ。どこまでも苦しみもがき続ける、ゲット・アウェイ・ガールズだ。お前ひとりを犠牲にして、楽勝で逃げる気はねえんだよ」
強い風が吹いた。シオリの体がふらつく。それを、メアリが抑えた。
すると、彼女たちの脇を一陣の風が吹き抜けた。
バンダナを巻いた長髪が、揺れた。
「ッハー! 久々の〈魔力〉は気持ちいいぜ!」
風に乗り、エリカがルーインへ飛ぶ。そのスピードは、シオリに勝るとも劣らない。
ルーインが炎で盾を作る。だが、風を前にした炎は流される他ない。体を回すエリカの踵が、ルーインの肩をえぐった。
「エリカの〈魔力〉は〈風〉。風を発生させる力だ。風そのものにたいした力はないが、エリカの俊敏さや馬鹿力を、二倍にも三倍にもさせることができる」
得意げに解説するメアリに、シオリより先にエリカが反応した。
「ボス、馬鹿力ってのはちょっとださくないっすか。もっとかっこいいやつでお願いしますよ」
「オレに勝ってから言え」
エリカの手に先ほどの腕輪はなかった。どうやらメアリの〈光〉で焼き切ったらしい。
「というわけだ」
シオリの頭に、メアリの手が乗った。大きくて、暖かい手。
「お前は少し休んでろ。あいつはオレとエリカで吹っ飛ばす」
「嫌」
シオリは、彼女の手を振り払った。
「私だって、ルーインを吹っ飛ばしたい」
「贅沢言うな」
メアリはシオリの額へ、指を弾いた。
「いたっ」
「てめえはさっきまで散々カッコつけてただろ。オレたちにもかっこつけさせろよ」
シオリは唇を結び、ふてくされたようにメアリを睨む。
「子どもみたいな目しやがって」
「子どもだから」
「都合のいいやつめ」
メアリはシオリへ背中を向けた。髪が逆立っている。気圧されてしまうほど、闘争心がみなぎっているのが、感じられた。
「ここぞというときのために、てめえは休んでろ。いいな?」
返事を待たず、彼女は走り出した。
メアリが光線を放った。ルーインは左手でそれを打ち消すが、すぐさまエリカの拳が鳩尾めがけて放たれる。足元を爆破させて舞い上がるルーイン。彼女の背中を強い風が押した。エリカの〈風〉には特定のモーションが必要ないらしい。空中でバランスを崩すルーインに、エリカは回し蹴りを打ち込む。蹴りが当たった途端、威力も消えたように見えたが、その一瞬、ルーインの意識からメアリが消えていた。彼女の光線が初めてルーインの胴を焦がした。
再度地面に爆発を起こし、ルーインは態勢を立て直そうとする。だが、エリカが天井から床へ突風を吹かせたのが、一瞬早かった。ルーインは自ら起こした炎へ、叩きつけられるように落ちていく。
エリカの動きは迷いなく、素早かった。炎など気にとめる様子もなく、ルーインへ全体重をかけた踵を落とす。重力や体重もかかっているため、ルーインの〈魔力〉でも完全に威力を無効にすることはできなかったらしい。すぐさま仰向けに体勢を直し、両腕で体をかばって受け止めるのが精一杯だった。
両手を封じられた隙だらけの体へ、光線。先ほど服を焦がし溶かした部分を、寸分の狂いもなく貫いた。ルーインが叫ぶ。言葉にならぬ叫び。悲鳴のような爆発が起きた。至近距離にいたエリカは、それを避けられない。煙の中で照明に照らされる影が、宙に浮いて、落ちて、跳ね上がり、煙を撒き散らした。
エリカが嬉々として声を上げる。
「暴れるのは楽しいねえ!」
ルーインは問う。
「腕輪は焼き切ったのか?」
「おう。あまり時間もなかったし、この廊下も狭いから、あっしだけ切ってもらった」
強度が高くて思いのほか時間がかかっちまったな、とメアリ。
「いい判断だ」
言いきると、ルーインは天井のパイプを焦がすほどの大きな炎を出現させた。それを、全身に纏い、蒼く輝く衣を作る。
「準備運動は、ここまでだ」
「お互いさまだぜ」
ふっ、とルーインは笑う。そして、エリカを睨んだ。
「まずは、貴様からだ」
音もなくルーインが消える。
彼女の睨みに威圧されてしまったエリカは、その動きを追えなかった。
「後ろだ!」
メアリが叫んだ途端、大柄なエリカが、虚しく崩れ去った。
側頭部へ燃え盛る手刀が振り下げられていたのだ。
「なっ……!」
これまで、ルーインはしばしば爆発を起こし、その衝撃でスピードやパワーを高めていた。そのため大きな爆音が伴い、耳で反応することができた。
しかし今の一撃には音がなかった。爆発の姿すらもない。
あったのは、空気を震わす衝撃だけ。
もうひとつの〈魔力〉で、爆発の音と爆炎を消したのだ。
「これで、邪魔な風が消えたな」
ルーインは腰のポーチに手を入れる。〈玉〉を取り出そうとしているのだ。
「させるか!」
考えるより先に飛び出したメアリを、ルーインは流し目で一瞥した。
口角を吊り上げる。
その妖艶な表情に、メアリは心臓を氷の手で掴まれたような感覚に襲われた。
頰に、かすかな熱が当たった。頰だけじゃない。体のあちこちに、かすかだが小さな何かが張り付いた。
焦点を目の前に絞る。蒼い何かが、宙に散在していた。
その正体を先に気づいたのは、離れていたシオリだった。
「戻って!」
メアリも、自らが蟻地獄に踏み入れていたことに気づいたが、慣性を打ち破るすべなどない。
ルーインはおもむろに、空いた左手を頭上に上げる。
そして、パチン、と指を鳴らした。
メアリの周囲――地面から天井までに浮いていた細かな火の粉が、瞬時に膨れ上がる。
ルーインの指先からシオリの鼻先までの一帯が、真っ白に輝いた。粉塵爆発だ。
耳をつんざくほどの爆風に、離れていたシオリでさえ吹き飛ばされそうになった。
「メアリ!」
黒煙が立ちこめた。シオリは鼻と口を腕でかばう。少し煙を吸いこんでしまったが、あれ以上吸い込んでいたら、喉がやられていたかもしれない。
廊下に立ち込める煙が薄れていく。少しずつ、メアリの影が浮かび上がる。地面に伏せる影が。
(メアリ……!)
「さあ、これであとは、ガキひとりだ」
濃い煙の向こうにいるルーインは、まだ影すらも見えない。だというのに、その姿が、圧倒的な力が、目に映った。
足が震えていた。怖いのだ。先ほども一対一では一方的に押されていたのだ。勝ち目など、到底見えなかった。
絶望に、目の光が薄れつつあった、その時。
「ひとりは、てめえだ」
ルーインの短い叫びと共に、硬い床を蹴る音と、激しい衣擦れが聞こえた。
そして、一陣の風が吹いた。廊下を支配する黒煙が一瞬にして消え去るほどの風が。
「ボス! シオリ! あっしごとぶっ飛ばしてください!」
エリカがルーインを羽交い締めにしていた。
(やられてたんじゃ……!)
「エリカもオレも、あの程度じゃやられねえよ」
なっ、とシオリとルーインが驚愕したのが、同時だった。
何事もなかったかのように、メアリが立ち上がっていたのだ。
「シオリ! 遠慮すんな! あいつのタフさは俺が保証してやる! あんなガリガリ高飛車ナルシストなんかより、はるかに頑丈だ! 吹っ飛ばせ!」
状況が飲みこめず、シオリは困惑していた。そんなシオリの目へ、メアリは「話は後だ」と眼で強く訴える。
シオリは、頷いた。
ボロボロだった体は、確実に回復してきていた。まだ痛みがあちこちを蛆虫のように這っているが、それらを吹き飛ばさんと炎を全身から噴きださせる。シオリの周辺を龍のように舞うそれは、空気を食らうほどに燃え盛っていく。
そして、青碧の龍はシオリの背後から、肩の上を這う。同時に、シオリは殴るように腕を突き出し勢いを与えた。
エリカの眼に、龍が輝いていた。彼女はルーインに絡めた右腕に顎を引っかけ、左手の指を噛んで腕を固定していた。ルーインの〈魔力〉によって、腕の力がほとんど消されたのだろう。その上、ルーインは身体中に炎を纏い、エリカの全身を飲んでいた。
それでも、エリカはまっすぐにシオリの炎龍を見つめていた。
来い、と。
ルーインの眼前へそれが迫ったとき、メアリもルーインへ腕を向け、光線を放った。
二つの大熱が、二人を喰らい、爆発する。
悲鳴はなかった。金属筒を反響する爆音だけがあった。
エリカとルーインは、背中から落ちる。倒れた後も、エリカはその腕を離さない。
「エリカ!」
メアリが駆け寄ると、エリカは咥えて続けていた指を離し、血に濡れた手を天井に伸ばした。
「あっしは、だいじょうぶっすよ、ボス」
体の上でぐったりとしているルーインを、半ば投げるようにどかす。なされるがままに体を床に打ちつけるルーイン。意識はないようだ。
エリカは顔を歪ませながら体を起こした。バンダナが燃え切れ、足元へと落ちた。
「あっちい……。ボスもシオリも、すごいっすね」
ハハハッ、と笑うエリカ。
「よかった……」
メアリもシオリも安堵の息をつく。その途端、疲れがどっとやってきて、壁へもたれかかってしまう。
「ねえ、さっき、どうしてメアリはだいじょうぶだったの?」
よく見ると、粉塵爆発の前と衣類の汚れの量は変わっていなかった。
「ん? ああ、あれか。エリカのおかげだよ。やられたふりしてたエリカが、」
「爆発の瞬間に、風を起こしたのさ。ボスの体を守るように。いい演技でしたよ、ボス」
「お前こそナイス演技だったぜ、エリカ。爆発直前、ルーインの背後のお前と目があったときは、驚いた」
そういうことね、とシオリは体重を壁に預けたまま座り込む。シオリも――誰よりもエリカの近くにいたルーインすらも、エリカの意識が消えていないことに気づかなかった。それにメアリが気づいたのは、きっと必然だったのだろう。
「正直あちこち痛すぎてもう歩きたくないっすけど、みんなの元へ、行きましょうか」
「ああ。〈玉〉を奪って、みんなを取り返して、帰ろう。エリカ、肩貸してやるよ」
「サンキュー、ボス」
メアリがエリカへ手を差し出す。
エリカはその手へ、腕を伸ばし、光に飲み込まれた。
「……え?」
エリカもメアリも、シオリも、思考を失った。エリカは自身の見る世界が消えていくのを、メアリとシオリはエリカが光の筋となってルーインの手元へ吸い込まれるのを、ただ見ていた。
「死んだふりには、死んだふりを」
ルーインが、ねっとりとした動きで、這い上がる。憎悪が剥き出しになった、暗い眼だった。
「このような汚い真似は好きじゃないが、薄汚れた泥棒風情にはちょうどいいだろう?」
衣服こそボロボロになっていたが、ルーイン自身はあまりダメージを被っていないようだった。
さっきの一撃を、消したのだ。
シオリはこれまで、ルーインの二つ目の〈魔力〉は「手に触れたものを消す」というようなものだと思っていた。だが、今の攻撃はルーインの胴体をめがけていた。ルーインがあまり傷ついていないことを思うと、〈魔力〉の有効範囲は手だけではないらしい。
これまで彼女が手で攻撃を受け止めてきたのは、手が最も効果が高いからか。それとも、自身へのハンデキャップか。
シオリは、震えた。
ルーインが余裕の笑みを浮かべ、問いかける。
「目の前で仲間が消された気分は、どうだ?」
シオリは、隣にいるメアリが叫ぶと思った。逆上し、ルーインへ襲いかかると。
しかし意外にも彼女は小さく息をつき、肩の力を抜いた。
「別に、どうってことねえよ」
ルーインとシオリは、まばたきを失う。
「おめえら、オレがキレると思ったか? 多少ムカついてはいるが、キレちゃいねえよ。オレはそこまで短気じゃねえ。なめんな」
なぜなら、と言ってメアリは笑う。
「てめえを倒せば、万事解決だからだ」
シオリは小さく噴き、「そうね」と頷いた。
ルーインは舌打ちする。
「戯言を。貴様ら、忘れたのか? つい数日前、あたしに惨敗したことを」
「忘れたな 知ってるか?」
「さあ。なんのことかしら」
「ってことだ。戯言言ってんのはてめえだよ。妄言吐くほど疲れてんなら、とっととお家に帰ってねんねしな」
ルーインの髪が、なびいた。
「その減らず口を、金輪際叩けなくしてやろう」
ルーインが構える。その所作ひとつで気温が下がるような、凛とした力強さ。
シオリとメアリも構える。
「行くぜ、シオリ」
「あら、ようやく名前を覚えてくれたんだ」
シオリの皮肉に、メアリは鋭く鼻で嗤う。
「共に寝食し、戦い、血を流した姉妹の名前を、忘れるわけはねえだろ」
「……それもそうね」
二人は、同時に地面を蹴った。




